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勇者は可能性を信じている

「勇者様、私は幸せ者です」


 二の村に行く途中、ワァーンはそう言って笑った。


「それはいいことだ」


 出会って数日だが、まあまあヘビーな人生を歩んでいるような気がする……が、本人がそう言うなら、そうなのだろう。


「はい。それも、勇者様に出会えたからです」

「いやいや、おれが現れたから、こんなしなくていい苦労をしてるのよ」


 もちろんそれは現在進行形だ。ワァーンはつつがなく案内をしてくれているが、最短距離で行くその道は、モンスターをかき分けて進む危険の伴うものであった。

 レベルアップしたモンスターたちを避ける迂回ルートもあったのだが、戦ってみたら苦もなかったので、この道を選ぶことになった。

 もちろんワァーンが傷つかないように注意はしているが、左腕に乗せるようにワァーンを抱き、右手で剣を振るうというのは思いのほか難しい。

 兎角、バランスが崩れやすいのだ。

 剣を振っても、敵の攻撃を避けても、ワァーンが動く。

 慣性の法則だから、それは仕方がない。けど、こちとら戦士としては未熟もいいところであり、戦いとワァーンの崩れたバランスを直し保つ。という、ながら作業を完璧にこなせるほど完成度は高くない。

 そうなると、危険も増すわけだ。


「グアアアアア」


 死角から来られた場合、このように鳴いてくれないと気づけない恐れだってある。


「せあっ!」


 クルッと回転し、後ろにいた熊っぽいモンスターを斬り伏せた。

 まあ、いまは大丈夫だけど……いつまでも続くとは限らない。万が一起こる、ということは否定できない。


「それでも私は、幸せです。こうして、勇者様の腕の中に居られるのですから」


 たぶんそれは、告白なんだと思う。


「勇者様がおっしゃったように、私も因習に囚われていたのです。ですから、村のため。他人(ひと)のため。いつかは尽くさなければいけないのだと思い込んでいました。ただ、そのときが来るかどうかはわかりませんし、もしかしたら女性の勇者様が現れる可能性もあると理解はしていたんです」


 長い間、竜神の結界が脅かされることはなかったのだから、そう思うのも当然だ。身を捧げるだなんだといっても、そのときにならなければ本当の覚悟などできないのだろう。

 だけど、ワァーンはそれをしていた。

 女性勇者の可能性にいたっては、おれは頭の中にはカケラもなかった。それをきちんと考慮していたのだから、ワァーンのほうがよっぽど思慮深い。


「ですから、どこかで諦めていたんです。自分を物のように扱う人たちがいても仕方がない。だって自分は、勇者様への貢ぎ物であるのだから、と」


 人生を悲観するのは簡単だ。悪いことは全部他人のせいにすればいい。

 成功できないのも、成功するための努力ができないのも、外的要因を求めれば簡単に見つかる。


「でも、悪いことばかりでもなかったのですよ。傷つかないように、大切に育てられましたから」


 ワァーンがコロコロと笑っている。

 思い出しただけで笑顔になれる記憶がある。それはとっても素敵なことだ。

 人生を楽観するのも簡単だな。いまのワァーンを見ていると、本気でそう思えた。


「平時のときは人で、有事のときは物になる。自分の存在は、そういうものだと疑ったこともありません。でも、勇者様は違いました。有事のときに、「抱えてもいいかな?」と、訊いてくださいました」


 言ったのかもしれないが、正直記憶にない。おれにとっては、それほど小さな一言だった。

 けど、ワァーンにとっては違ったのだ。


「嬉しかったんです。どんなときも、私を人として扱ってくれる人がいたことが」


 その表情は、とても晴れやかだ。そうされたことを、本心から喜んでいるのだろう。


「これから、そうしてくれる人は増えるよ」


 はぐらかしているわけじゃない。おれは本気でそう思っている。

 この地から竜神の守護と魔王の脅威がなくなれば、必ずそうなると確信している。


「そうでしょうね。でも、勇者様を越える方はおられないと思います」


 気持ちが伝わってくる。だからこそ、おれは言わなきゃいけないのだと思った。


「ワァーン、可能性に蓋はしないでくれ。それをされると、おれのやろうとしてることが、無意味になっちゃうかもしれないからさ」


 おれは甲冑騎士を助けたいと思っている。そのためにご神木を伐り、魔王を復活させた後、モンスター共々討伐することでこの地に平和をもたらす。そうすれば、この戦いで甲冑騎士が命を落とすことはないはずだ。

 その先にあるワァーンや村人たちの幸せについては、願うだけ。


「その可能性を信じているから、頑張れるんだ」


 おれ自身がどうなるかはわからないが、少なくとも迷宮の(ここ)に留まることはない。三号を探す旅に出なければならないからな。

 だから、応えることはできない。


「はい」


 ワァーンがうなずいた。

 察したのだと思う。

 だから、表情を隠すように、おれの胸に顔をうずめたのだろう。

 二の村への案内が途切れたわけだが、問題ない。すぐそこに見えている。

 ワァーンもそれはちゃんと確認していたはずだ。


「ありがとう」


 礼を言い、おれは二の村に突入した。


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