表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/157

勇者、修行の後、異世界に行く

「もうやだ~」


 修練の間に入って五分もしないうちに、おれは追い詰められていた。


「キシャアアアアア」

「グワァァァァァ」

「ピギャアアアアア」

「ドビュッシュゥゥゥゥゥ」


 獰猛な唸り声をあげ襲い来る獣たち。

 総じて体長三、四メートル越えだし、目方も百キロはあろうかと思う。

 中にはフランス出身の有名作曲家のような鳴き声のやつもいるが、全員が鋭利な爪や牙をギラつかせて突進してくる。

 修練の間は広く小回りが利くため、辛うじて避けられてはいるが、どうにか出来そうな気がしない。

 剣を抜いて戦うなど、出来ようはずがない。

 だって、めっちゃくちゃ怖い!


「逃げてはいけません。戦うのです。勇者」


 いつからそこにいたのかは定かでないが、ポポという名を語るサラフィネが、ファイティングポーズをとってみせる。


「さあ、行け! 行くのです! 勇者よ」

 

 ボクシングのセコンドよろしく、床をバンバン叩いて鼓舞するが、そんな無責任な言葉に従えるわけがない。

 おれは醜く転がりながら、なんとか獣たちの攻撃を躱し距離を取った。


「相手は弱っています。いまです」

「キシャアアアアア」

「グワァァァァァ」

「ピギャアアアアア」

「ドビュッシュゥゥゥゥゥ」


 サラフィネを否定するように、獣たちが再度咆哮した。

 弱っているどころか、元気満々だ。そして、幾分かの怒気が混じっているような気がする。


「あんなものは虚勢にすぎません。ためらわずやるのです」


 言いながら、ジャブ、ストレート、フック、アッパーという流れるようなコンビネーションを披露するサラフィネ。腰が入り、軸回転で放つそれは、見事だった。


「お前がやれ!」


 言い返すおれに、


「それは出来ません。わたしは修練の間の管理者であって、この場に足を踏み入れた、勇者であるあなたを鍛えることしか許されていません。いまここであなたの手助けをすることは、その成長を阻害します。ですから、アドバイスしかできないのです」


 サラフィネはそう言うが、アドバイスすらされた記憶がない。

 おれの記憶にあるのは、修練の間に入った瞬間、獰猛な獣たちに追い回された思い出しかない。


「だいたいこれのどこが修行なんだ。一撃で死ぬぞ」

「ええ。勇者の一撃で難なく屠れる存在です。さあ、やっちゃってください」


 話が噛み合ってねえ。


「死ぬのはこっち」


 半泣きで訴えるおれを無視して、


「実戦に勝る修行はありません。心身ともに極限状態に陥ることで、あなたの中に眠る潜在能力が目覚めるのです。さあ、覚醒するのです」


 サラフィネが悦に入っている。

 その姿はヤベェやつだ。

 信じる者を間違えたかもしれない。


「おれは戦闘民族じゃねえぞ。ごく一般的な日本人だ」


 抗議の声を上げたが、それが意味の無いことだとも理解している。

 そして、おれ自身覚悟を決めなくてはいけないことも。

 ……やる……しかない。


「キシャアアアアア」

「グワァァァァァ」

「ピギャアアアアア」

「ドビュッシュゥゥゥゥゥ」


 だって獣たちは、()る気満々だから。

 集中しよう。

 こういうときは目を瞑り、己と対峙するのだ。

 …………実践しようとしたが、


「キシャアアアアア」

「グワァァァァァ」

「ピギャアアアアア」

「ドビュッシュゥゥゥゥゥ」


 そんな獰猛な声が聞こえる以上、目を瞑ることなどできようはずがない。

 できたとしても、8ビートのように刻む心音がうるさくて、集中できない。


「やっぱ無理。助けて」

「すでに剣と防具を授けています。これ以上の手助けは、契約上できません」


 突き放す言葉であったが、おれは思い出した。

 契約。

 そう。そうだ。おれは、サラフィネと契約を交わしたんだった。

 そしてそれは、いまここにいない自分との契約でもある。

 全力で業務にあたる。

 過程においての失敗は許されるが、結果を失敗で終わらせることは許されない。

 万が一失敗したとしても、全力で事にあたったと、胸を張れる自分でいなくてはいけない。やれることは全てやったと言えないようでは、フリーランスとして生き抜くことはできない。

 なら、おれはいま、全力で対処しているだろうか?

 否だ。

 困難から逃げているだけだ。

 これではいかん。

 やるしかない!

 そして、それは『いま』なんだ。

 覚悟を決めると、おれの中でなにかが爆発した。


「キシャアアアアア」

「グワァァァァァ」

「ピギャアアアアア」

「ドビュッシュゥゥゥゥゥ」


 恐ろしい咆哮だった。だが、いまはそれを冷静に受け止められる自分がいる。

 そしてよく見れば、獣たちの動きはそれほど俊敏ではない。

 もし自分の手に負えない相手であるなら、おれはとっくに死んでいたはずだ。


「キシャアアアアア」

「グワァァァァァ」

「ピギャアアアアア」

「ドビュッシュゥゥゥゥゥ」


 血気盛んに迫りくる獣たちに向け、剣を一閃させた。

 剣線が届く距離ではない。

 だが、獣たちは首をはねられ、事切れた。


「お見事です」


 拍手するサラフィネに、斬撃を放った。


「キシャアアアアア」


 サラフィネの前に突如現れた獣が、断末魔の叫びと共に切られた。


「見えない敵も切る。一段上の剣技を身につけましたね。これで一応の修行は完成です。さあ、異世界に行くのです」

「早くね!?」

「グズグズしている時間はないのです。さっさとしないと、二号は大魔王に穢されてしまいます」


 サラフィネの言っていることは理解できる。

 だが、物語はまだ序盤だ。大魔王討伐は時期尚早だ。それだけは間違いない。

 だからおれは言った。


「おっしゃってることは理解できるんですけど、大魔王に戦いを挑むのはまだ早いと思うんですよね。準備とか……異世界の知識とか……色々ご教授願いたいんですけど……だめですか?」


 思いっきり下手で。

 平身低頭で揉み手をする姿は、完全にご機嫌伺だ。


「転送はわたしにお任せください」


 こちらの話を聞く気はないらしい。

 サラフィネが両手を合わせ祈りをささげると、おれとサラフィネの足元に魔方陣が生まれた。

 交渉は決裂した。というより、こちらの願いは話し合いの場にすら届いていない。


「実戦に勝る修行はありません。ただ、これだけは胸に刻んでおいてください。あなたの仕事は、大魔王を倒すことであって、魔王を倒すことではありません。いいですね? 狙うは一つ。大魔王の首です」


 力強く言うサラフィネに、おれは言った。


「おれの魂の回収は?」

「おまけです」


 はっきりとそう聞いたのを最後に、おれは異世界に跳んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ