勇者と甲冑騎士の矜持
剣戟の音がする。戦闘が始まったようだ。
いま出ていくのは簡単だ。
だが、それをすればここに来た意味はない。おれは状況を理解し、自分の行動を決めるためにここに来たのだ。
いままでのように、流されるように動いていては、ダメなのだと思う。
「助けてはくださらないのですか?」
すがるような視線を向けられるが、いまは無視をする。
「私たちでよろしければ、後でお相手させていただきます」
村長の脇にいた女性たちが隣に来て、おれの腕に胸を押し当てた。色仕掛けが常套手段なのだろうか。行く先々でこんなシーンを見たり体験したりする。
嫌悪感はない。賛否はあるのだろうが、これも立派な手段だ。
外との交流の薄い寒村であるなら十分にうなずける。
だが、おれの琴線には触れない。いま、おれが知りたいのは……
「一つ訊いていいかな。さっきの話は、一の村の意見なのか、それとも、六つの村すべての総意なのか。どっち?」
「確認したことはありませんが、総意と思ってもらって間違いありません」
眉根を寄せながらも、村長はそう言った。
答え自体は意外じゃない。というより、よくよく思い出せば、そういうことなんだと思う。
ワァーンを抱え五の村と四の村を回って帰ってきたとき、六の村では宴会が開かれていた。あのときは敵襲を退けたことを喜んでいるのだと思ったが、そうじゃなかったのだろう。
村人が喜んだのは、ご神木が倒れた事。そして、自分たちが呪いから解放されたことを喜んでいたのだ。
勇者を名乗るベイルがいたことも、それに輪をかけたかもしれない。
「お気に障りましたか」
おどおどと伺うような村長に、おれは頭を振った。
一ミリも腹が立っていないわけではないが、怒るほどの事ではない。
利用されていたのだとしても、その都度おれに拒否権はあったのだ。断固として拒めば、関わり方は変えられたし、見捨てることだって可能だった。
いまだってそうだ。村長はおれを戦力として利用しようとしている。
当然だな。甲冑騎士がいるとはいえ、村に被害が出るのは免れないだろう。それを少なくするには、おれと竜滅槍は恰好の戦力だ。
それに異存はないし、助けてやろうとも思っている。
甲冑騎士を。
ただ、終わりのないデスマーチに付き合うつもりはないし、それをしたところで未来は確定しているのだ。
他者依存で日々を過ごす。呪いだなんだと嘆いたところで、根本を解決しようとはしない。困ったら誰かが助けてくれる。金はないが、人ならいる。つまみ食いもご自由に。
そんな考えの人間に使われ続けるだけ。
ははっ、まるで社畜のようではないか。
それが嫌で、おれはフリーランスになったんだ。決断が招いた結果は受け入れる。それで苦しい立場になるのだとしても、納得した。
少なくとも、他者に依存したり、いるかどうかもわからない竜神を恨みがましく妬むことはない。
おれはそうなりたかった。だから、その生き方は絶対に許容できない。
まだわからないことはある。けど、おれがやるべきことは決まった気がする。
腕に絡む女性を解き、おれはテントを出た。
村の入口に立ち、モンスターの侵入を食い止めようと剣を振るう甲冑騎士がいた。
「苦しいなら下がれ。生き残ることが最優先だ」
甲冑騎士の言葉が響き渡る。
傷ついた幾人かが戦場を放棄した。
「それでいい。死ぬことは損失でしかないんだ」
また、幾人かが離脱した。
「死ななければ再起はできる。おれがそれを支えるから、安心しろ」
甲冑騎士は後ろを見ていない。その余裕すらないのだ。目の前に迫る膨大な敵と対峙するので精一杯なのだ。
「護ると誓った」
なにを?
「糧を。希望の糧を護るんだ」
そんなものはない。なぜなら、戦場(この場)には誰も残っていないのだ。甲冑騎士の後ろには、捨て去られた村と、死人しかいない。生きている者は、皆戦場を後にしている。
「竜滅槍。手伝ってくれるか?」
穂の部分が紅く光った。
「甲冑騎士を死なせたくない」
紅みが増し、柄にも広がった。竜滅槍も同じ気持ちなのかもしれない。
「じゃあ、やるか」
竜滅槍を手放し、おれは剣を抜いた。
「ここからは、おれが選んだ戦場だ」
腹をくくり、敵陣に突っ込んだ。
敵戦力に変わりはない。殲滅に苦労することもないだろう。
だが、殲滅し続けるとなれば、話は別だ。体力と集中力は無限ではない。甲冑騎士の動きも少し鈍っているように感じる。
村とご神木を放棄することにはなるが、ここは一時撤退した方が賢明だろう。
「退くぞ」
「助かった。行ってくれ」
甲冑騎士は剣を振るい続ける。前へ出ることはあっても、後ろに下がることはない。村を壊すのは二の次なのか、モンスターたちは甲冑騎士とおれだけを標的にしている。
「確認だが、退く気は?」
「ない」
甲冑騎士がはっきりと否定した。
「村人はいないぜ」
護るべき者はいない。撤退したとしたとしても、許されるはずだ。
「関係ない。おれは約束したんだ。君の大切な村はおれが護る。だから泣かないで、とな」
「お前が死んだら、その子が悲しむだろ」
「笑って死んだあの子が、泣くわけない」
手と足が止まりそうになった。
わかってしまったから。
甲冑騎士は自分と同じ類の人間なのだ。損得勘定も好き嫌いもある、特別褒められた人間ではない。だが、己のルールは順守する。
契約したならやり通す。おれの矜持がそれなら、甲冑騎士のそれは……
結んだ約束は守る、だ。
故人だなんだは関係ない。自分が生きている限り、全うすべきことなのだ。
ただ、これだけは言ってやらねばならないだろう。
「泣くと思うぞ」
甲冑騎士はなにも言わなかった。けど、一歩だけ後退した。
ははっ、素直だね。でもまあ、これが限界だろう。
これ以上の説得も撤退も無理であるなら、おれのすべきことはこれじゃないな。
「竜滅槍。甲冑騎士に力を貸してやってくれないか」
拒否するように横に振るえる様は可愛らしくもあるが、こちらは説得したい。
「おれは少しだけここを離れたい。その間、甲冑騎士を護ってやってくれ」
なにか言いたそうに竜滅槍が明滅した。
「安心しろ。必ず戻ってくる。約束だ」
こそばゆくはあるが、おれは竜滅槍に小指を絡めた。指切りという文化はないだろうが、それがなにかの儀式だということは伝わったらしい。竜滅槍の放つ光が、一層強くなった。
「おれの代わりを頼めるのは、お前しかいないんだ」
ムフッー! と竜滅槍から蒸気が上がった。
「やってくれるか」
答えの代わりに、竜滅槍がモンスターたちを屠っていく。
これなら大丈夫そうだな。
「少しだけここを離れるけど、どちらも死ぬなよ! 絶対だぞ!」
甲冑騎士が左手を上げ、竜滅槍が光った。
信じよう。
自分にそう言い聞かせ、おれは森に入った。




