勇者は竜神様の結界が呪いだったと聞かされる
これって大丈夫なのかな!?
不安になり、おれはチラチラ後ろを振り返ってしまう。
「戦場でよそ見をするなど、愚の骨頂」
二足歩行の鹿が襲い来た。
その意見には賛成だ。こういうときこそ、集中力が大切なのだ。
しかし、自分の後ろを竜滅槍がついてくるのを、無視はできない。
「ぐあっ」
「ばかなっ」
できないが、死角から襲いくる敵を竜滅槍が始末してくれている。
「どうしよう」
困惑が口をついて出るが、おれにはやらねばならないことがある。それは当然、目の前の二足歩行の鹿を倒すことだ。
「つ、強すぎる」
一刀で斬り伏せた鹿が、貧相な感想を残して倒れた。
このまま勢いに乗り、モンスター退治を加速させよう。そう思えたのも、竜滅槍の働きが大きかった。
正直、トカゲの親分を倒してからこっち、おれが倒した敵の数より、竜滅槍が倒した敵の数のほうが確実に多い。おかげでおれは、戦場を走り回るだけで二倍以上の戦果をあげている。
これなら、戦闘の終わりも時間の問題だろう。
予想より早く戦闘は終わった。
後処理などは残るが、それは村民に任せていいだろう。おれは褒めてほしそうに明滅している竜滅槍を大事に抱え撫でた。すると、竜滅槍が活きのいい魚のように、おれの腕の中でビチビチと揺れた。
(気に入られたのかな? でもこいつ、さっきまでおれを殺そうとしてたよね? 大丈夫? 信じていいの?)
愛でるや信頼などの感情より先に、疑心と疑念が沸き上がる。
ダメだ。昔はどうあれ、いまは尽くしてくれているのだから、信じよう。竜滅槍はヤンでない。
「お願いだから、後ろから刺さないでね」
信じているやつの言葉とは思えないが、そう言わずにはいられなかった。
了解! とばかりに紅く光る竜滅槍を抱え、おれは甲冑騎士のもとに向かった。
「助かった。心から礼を言う」
深く頭を下げられた。律儀な男だ。好感が持てる。
「気にしないでくれ。それと、忙しいところ申し訳ないが、少しだけ話してもいいかな」
おれは甲冑騎士と話すつもりだったのだが、彼はそう思わなかったらしい。
「村長のところに案内しよう」
そう言って、颯爽と歩いていってしまう。呼び止めるのも悪いし、そこで話せるなら問題はない。おれは甲冑騎士の背中を追った。
村の外れに、一張の大きなテントがあった。
「村長。村の恩人をお連れした」
甲冑騎士に続いて中に入ると、そこには地べたに座る一人の老人と、その脇に立つ二人の若い女性がいた。
「此度の働き、誠にありがとうございます。勇者様」
老人が額を付けて感謝した。ちなみに、それはおれに向けられたものではない。老人の身体は真っすぐに甲冑騎士に向けられているからな。
「勇者?」
「ははっ、これは恥ずかしい言葉を聞かれてしまったな。気にしないでくれ。おれは勇者じゃない」
甲冑騎士はそう言うが、本当だろうか? ベイルより、よっぽど勇者っぽいのだが。
…………おれは思い違いをしているのだろうか? この世界で最初に出会った強者がゆえ、おれはベイルが勇者であることを疑っていなかった。本人も自分は勇者だと言っていたしな。
だが、もし万が一それが嘘であるのなら、話は変わってくる気がする。
ベイルはなんのためにそんな嘘をついたのだろう。酒池肉林を味わうためか? 前日のワァーンとの接し方を思い出せば、ありえない話ではない。だが、それをするために森の迷宮などと呼ばれている場所に立ち入るのだろうか。
ありえなくはない。外界と接点の少ない森の中なら、相手を騙すのは簡単かもしれない。ベイルの実力があれば、信憑性は増すだろうしな。
だが、それは博打ではなかろうか。迷宮の森に入り、無事村にたどり着くかもわからないし、そこに自分好みの女性がいるかどうかは知りようがない。
おれならそんな博打はしない。森の外で出会いを探す。その方が手っ取り早いし、確実だ。
いや、待てよ。そもそも論として、勇者ってなんだ?
「村長、彼は勇者で間違いないのかな」
「はい。勇者様です」
おれの質問を、村長は即座に肯定した。
「証拠はあるの」
「古の伝えを全うできるのが、その証拠です」
「六本のご神木を護るのが各村の使命ではあるが、その使命に縛られることなかれ。我らが倒れしとき、勇者降臨し災厄を沈めるであろう。ってやつかな」
「貴方様もご存じでしたか。はい。まさしくその通りです」
「村長。お言葉を返すようで申し訳ないが、おれにそんな力はありませんよ。その証拠に、彼が来てくれなければ、この一の村ですら守れなかったんですからね」
甲冑騎士の言葉は、たぶん合っているのだろう。だがそれは、守るものがあるからだ。村民を筆頭に、家や食料などを含めた生活を守ろうとしたから難しかったのだと思う。
もし仮に敵の殲滅だけを目標にしていれば、遂行も可能だったのではなかろうか。
「それは負けるよりも恥ずべきことだ」
訊いたおれに、甲冑騎士はそう言った。
「捨てるのは簡単だが、拾うのは難しい。それが人の命なら、尚更だ」
付け足された言葉が男前すぎる。
これはもう本当に、甲冑騎士が勇者でいいだろう。彼がそうなら、だれからも文句が出ない。
「おれは次の襲撃に備えなければいけないので、これで失礼する」
多くを語らず、甲冑騎士がテントを出ていった。
その後ろ姿はやはり男前だ。けど、解せないこともある。
「次の襲撃って、そんなのないだろ」
思わず漏れた言葉を、
『次の襲撃は、あります』
村長の脇にいる二人の女性が、声を揃えて否定した。
「マジで?」
村長も含め、三人がきっちりと首肯した。
確信しているらしい。だが、おれには信じられない。
いくらなんでも、モンスターの数が多すぎやしないだろうか。異世界に来て間がないおれが倒したのだって、相当な数だ。それだって氷山の一角なのだから、駆逐されたモンスターの総数は幾ばくほどか。
それがまだ続くとは考えられない。
「理由はあるの?」
「やつらはご神木を狙っています故、必ず来ます」
「成果を上げ、やつらは高揚しています。自重する必要性も皆無です」
「それどころか、力を増しているいまこそがそのときなのです」
おれの問いに村長たちが答えてくれた。
前の二つは理解できる。モンスターの狙いはご神木であり、六の村や三の村のそれが倒木できたので、勢いに乗っている。ということだろう。だが、三人目の言葉がわからない。
力を増しているとはどういうことだろうか。
「やつらは竜神様の結界によってその力を抑制されていました。その結界が壊れたことにより、やつらは本来の力を取り戻しつつあるのです」
なるほど。
おれとベイルが六の村のご神木を倒したがため、モンスターの力が上がった。その結果、いままでは対等に戦えていたモンスター軍に圧され、三の村のご神木も倒されてしい、更なるパワーアップを許してしまった。ということだろうか。
……だとしたら、これはおれとベイルに責任があるということだな。
「ごめんなさい」
おれは正直に謝った。
「お気になさることはありません。我々は、むしろ感謝しているのです。永きに亘る呪いから解放されたのですから」
「呪い?」
「そうです。竜神の呪いです」
……思考が追い付かない。村長はいま、竜神の呪いと言ったよな? えっ!? 竜神って神様じゃないの? それとも、神様が呪いをかけたってこと?
ダメだ。疑問が多すぎる。一つずつ解決していこう。
「竜神の呪いって言った?」
三人がうなずいた。どうやら聞き間違いではないらしい。
「竜神って、この森に結界を張った竜の神様と同一体?」
「もちろんです。この世界に降り立った神は、この森の竜神様以外存在しません」
強い口調で村長に断言された。そこには、怒気が含まれているような気がした。
「なら、神様が呪いをかけたってこと?」
「そうではないかもしれません」
予想外の否定に、おれはパニックになりかけた。
「ですが、ご神木と共に歩んだ歴史は、呪いそのものです」
悲しそうな声音で話す村長が、おれをそうさせなかった。
「護れと告げられたから、護ってきました。ですが、護るべき樹に生活を寄せれば、離れてしまう」
それは六の村の村長も言っていた。
ご神木を中心に村を作ることは、樹が嫌うと。
なら、呪いとはなんだ?
「それでもよかったのです。陰日向にあることで、我々も救われてきましたから。けど、ある日気づいた者がいるのです。モンスターは必ず村を狙うと。当然それ自体に不思議はありません。けど、モンスターたちの進路上にご神木があるのだとしても、それを無視して村を襲うのであれば、話は違うのです」
それはそうだ。これまでの話は、モンスターはご神木を倒して魔王を復活させるのが目的で、人はそれを阻止せんがために戦う。
それが基本線だ。
それが崩れてしまうということは……
「我々はご神木を護るために戦うのではなく、自らを護るために戦わねばならないのです」
苦しいな。いつ、どこから来るかわからない敵襲に備えるというのは、緊張が途切れないということだ。
「敗走し、村を捨てたこともありました。傷ついた体にムチ打ち、新たな集落を築き、平穏に暮らすことを望んだこともあります。ですが、気づけばご神木は側にあるのです。そこにあるのが当たり前であるように、我らの傍らに居続け、モンスターを呼び寄せるのです」
一時的な退却は許すが、戦場からの退避は認めない。唯一の例外は、死んだときだけ。
三の村がそれを証明している。
「これを呪いと言わず、なんと言いましょう」
目に一杯の涙を浮かべ、村長が悔しそうに唇を噛んだ。
わからないでもないな。彼らはずっと、安寧のない暮らしを強いられてきたのだ。
「敵襲だ!」
外から甲冑騎士の叫びが聞こえた。
残念ながら、呪いはまだ続くらしい。




