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勇者は一の村に行き、戦禍に巻き込まれる

 目が覚めた。

 寝覚めは最悪だ。

 それでもやるべきことは決まっている。

 自称神様の言葉を確かめなければ。

 よし、そうと決まれば決行だ。おれは村を出て、森に入った。

 どうやら、昨夜自称神様に会ったのは、夢や幻ではないらしい。そして、自称ではなく、ちゃんとした神様で間違いないのだろう。

 おれがそう思うのは、森に金色の矢印が浮かんでいたからだ。

 昨日まではなかった。それは間違いない。ならこれが、神様が残した目印なのだろう。

 おれが一歩進むと、矢印も同じだけ進む。これが本当に一の村を指しているのかは謎だが、信じるほかない。


「出たとこ勝負だな」


 腹を決め、おれは矢印を追いかけた。



 矢印は正確だった。

 きちんと村には着いた。問題があるとするならば、ここが一の村なのかどうかということと……話を聞ける雰囲気じゃないことだ。

 モンスターと人が戦っている。


「総員突撃! 押し込むのだ!」

「女子供を逃がせ! 男衆よ。いま少し持ち堪えてくれ」


 双方の指揮官の声が響き渡る。それだけでどちらが優勢かは理解した。

 モンスターと村の男衆が貧相な装備で戦っている光景は、いままで目にしてきたものと大差ない。しかし、モンスター軍の圧倒的優位で戦局が進んでいる。

 両者の実力は似たり寄ったりで、一対一なら力負けせずに対抗できていたはずだ。それがいまや、どうにかこうにか戦線を維持するのがやっとである。

 いつ瓦解しても不思議ではないが、そうならない理由も明らかだ。

 村人の中に、西洋甲冑を纏った武人がいるのだ。彼だけはモンスターの力を上回っており、八面六臂の大活躍をしている。


「負傷者は下がれ! 生存が最優先だ」

「それでは村が」


 甲冑騎士の指示に二の足を踏む村人たち。


「おれが立っている限り、村は滅ばん。だから安心しろ」


 それを叱責することなく、甲冑騎士は背中を見せた。実際より大きく見えたそれは、安心感の塊でもあった。


「すまん」


 負傷者が後方に退いていく。その姿を見ることなく、甲冑騎士は最前線に立ち剣を振るっている。肩書は違うのかもしれないが、その姿は勇ましき者であり、勇者と呼ぶにふさわしい気がする。

 彼がいなければ、とうに村は壊滅していただろう。


「これも利用されてるかね? 神様よ」


 答えはなかった。

 なら、自分で判断しよう。

 彼を死なせたくない。加勢する理由は、それで充分だ。

 剣を抜き、おれは参戦した。


「でやぁ!」


 モンスターの軍勢に飛び込み、クマみたいなモンスターを斬った。

 ? 違和感があった。

 硬い気がする。このクマタイプのモンスターと対峙したのは初めてではない。それこそ何度も葬ってきた。クマっぽいだけで別個体なのかもしれないが、それでもおかしい。

 なにが? と訊かれれば、手ごたえがあるのだ。いままでも指揮官クラスの魔物たちにはそれがあった。というより、しっかり剣を押し当てて振らないと切断できなかった。

 反対を言えば、雑魚は難なく切れたのだ。感覚としては、切れ味鋭い包丁で豆腐を切るぐらいの手ごたえだった。

 この違いは明らかであり、無視できない。

 クマ型にこだわらず、サル、モグラ、ライオンぽいのを片っ端から斬っていく。

 やはり、全員が硬い。ということは、いままでの指揮官レベルのモンスターが雑魚で、ここを率いているやつはそれより上ということになる。

 戦力差がひどいな。

 指揮官を討ち取りモンスター軍を混乱させようと思っていたが、おれがそれをする前に村が壊滅してしまう可能性もある。むしろ、そのほうが高い気がする。

 仕方ない。方針を変えよう。村人の救済。それが最優先だ。

 風波斬で広範囲を薙ぎ払うのは簡単だが、それをすれば村人にも被害が出る。

 ネイと対峙した昨日も思ったが、他の技がないっていうのも不便だな。

 よし。今度人知れず練習しよう。

 そんなくだらないことを考えながら、おれはモンスターを屠っていった。


「はあはあ、あり……がとう」


 助けた村人は息も絶え絶えで、言い終わると同時に倒れた。

 安全な場所まで運んでやりたいが、現状村にそんな場所があるのかわからない。それに、おれが前線を離れるわけにはいかないだろう。

 出来ることは一秒でも早く戦闘を終わらせ、一人でも犠牲を減らすことだ。


「無事でいろよ」


 声をかけると、村人が小さく右手を挙げた。

 ガッツマンだね。これなら大丈夫だろう。おれはその場を離れた。

 剣を振るうのは、甲冑騎士と出来るだけ距離を取った場所で。示し合わせたわけではないが、おれの参戦に気づいた甲冑騎士がそう動いている。

 それにはおれも賛成だ。

 互いの守備範囲が重ならなければ、より広範囲をカバーできる。

 モンスターの数は多いが、これならどうにかなるかもしれない。


「貴様の相手は我らがする」


 そう思った矢先、二足歩行のトカゲの親分みたいなモンスターが、おれの前に立ちはだかった。三叉の青い槍が印象的だ。他に身につけているのが、革の鎧だけだから余計にそう思えるのかもしれないな。


竜滅槍(りゅうめつそう)が貴様を屠る」


 頭上で大きく旋回させた後、右手左手と交互に持ち替えグルグル回す。槍術というよりは、バトントワリングを見せられている感覚だ。

 それ自体は美技であるし、視聴にも耐えうる。だが、それをしている時間はない。


「風波斬」


 おれが放った一撃に、トカゲの親分が反応した様子はなかった。

 上機嫌に槍と尻尾を回している。

 登場は勇ましかったが、退場は無様になりそうだ。

 甲冑騎士の居場所を把握するため視線を動かした瞬間、竜滅槍が紅く光るのが視界の端に映った。


「無様なり。そして」


 右手で竜滅槍を頭上に掲げ、左手を開いた状態で前に突き出す。それは歌舞伎に見る見得のようなポーズだ。


「破れたり、風波斬」


 トカゲの親分が表情を決め、竜滅槍を突き出した。ドンッと風がぶつかるような音がし、風波斬が消滅した。

 こいつを侮ってはいけなかったらしい。時間は惜しいが、トカゲの親分と向き合おう。

 まずは観察だ。


「貴様が屠りし同胞たちの無念。あ~っ、我らが晴らしてくれようぞ」


 セリフもそうだが、所作が芝居がかっている。自分に注意を引き付けるためにそうしているのだろうか? あえて注目を浴び、仲間に死角から襲わせる。いまがまさにそうで、おれはトカゲの子分の襲撃を受けている。

 背後からの奇襲がメインであるが、スピードもパワーもいまいちで、対処に困ることはない。剣を一閃させるだけで、多くの子分が倒せた。

 敵の数が減ればありがたいが、トカゲの親分の目的はそれじゃない。

 大体にして、同胞の無念を晴らすとのたまっていたのに、これでは本末転倒だ。

 一体こいつはなにがしたいんだ?


「戦場で思考に暮れるとは! 愚か者よ、破れたり」


 口上と共にトカゲの親分が動いた。

 速くはない。が、それに惑わされてはいけない。おれは昨日の黒ずくめとの戦いでそれを学んでいる。


「てえぇぇい、やぁぁぁぁぁ」


 繰り出された攻撃は大したことない。両手で握った竜滅槍を前に突き出しただけ。


「歌舞伎のクセが強い」


 ツッコミながら、剣で弾いた。


「まぁだ。まだ」


 二撃目三撃目と打ち込まれはするが、脅威は感じない。おれはカウンターを取るように剣を横に薙いだ。

 イメージでは胴体を真っ二つに出来ると思ったが、紅く光る竜滅槍できっちり受けられた。


「今度はこちらからゆくぞ! くらえ! 竜滅閃」


 竜滅槍の紅が濃くなり、震えた。

 手に伝わるそれでわかる。

 ヤバイやつだ。


「でやぁ」


 おれは力任せに、竜滅槍を上に弾いた。

 瞬間、切っ先から放たれた竜滅閃が空を(つんざ)き、射線上の雲を消した。

 万が一村に命中していれば、一の村は消し飛んでいたはずだ。ご神木もダメだったろう。

 味方に被害が出るのもお構いなしに、とんでもない技を使ったものだ。

 竜滅槍も青ざめているではないか。

 正直、正気を疑うぞ。


「いやいや、それはまずいであろう」


 なぜかトカゲの親分が冷や汗を流しながら、そんなことをつぶやいた。


「まずいだろうって、お前がやったことじゃねえか」

「我ではない。やったのは竜滅槍だ」

「だからお前だろうが」

「我の言葉を理解できん馬鹿者が。これだから下等な人間は嫌なのだ」


 トカゲの親分の顔が紅くなるのに呼応し、竜滅槍も紅みをおびた。


「させるか」


 竜滅閃を撃たせるわけにはいかない。そう何度も何度も上手く上空に弾けるとは限らないからな。

 脅威は未然に防ぐのが一番だ。


「うおちょちょちょ」


 驚いているような気合いの声をあげ、トカゲの親分が竜滅槍を繰り出す。

 さっきまでの素人のようなものじゃない。槍の特性を十二分に理解し、体得した者が繰り出す連撃であった。


「うおちょちょちょ」


 おれの口からトカゲの親分と寸分違わぬ奇声が漏れた。直撃こそ受けてはいないが、避けたり弾いたりするのがやっとだ。

 このままなら押し切られてしまうかもしれない。というより、いま竜滅閃を撃たれたら終わりだ。


「せぃりゃぁぁぁ」


 トカゲの親分の気合いがこだまし、竜滅槍のおびる紅が増した。

 これは本格的にマズイ。どうにかしなければ。だが、どうすればいいのかわからない。


「後ろに下がれ」


 だれが言ったのかも正否もわからないが、おれはその声に従った。


「逃がさんぞぉ」


 飛び退いたおれを追撃しようと、トカゲの親分が竜滅槍をさらに伸ばしてきた。


「ちょおちょちょ、ストップ! あっ、ストップだ」


 思いのほか距離があったのか、トカゲの親分がたたらを踏みながらそう言った。

 竜滅槍が紅い光を明滅させた。それが抗議しているように見えた。

 わかった気がする。


「貴様の相手は我らがする」

「竜滅槍が貴様を屠る」


 トカゲの親分はそう言っていた。

 その言葉に偽りはないのだろう。たぶんだが、竜滅槍には自我がある。紅く光ったときは、竜滅槍の意思で動いているのだ。


「でりゃあぁぁぁぁぁ!」


 両手で剣を振りかぶり、全力で打ち下ろした。


「なんのぉ」


 紅くなった竜滅槍が迎え撃つ。

 ガキッ、という音を立て、両者がぶつかった。

 これでいい。後は、自分の剣もろとも竜滅槍を地面に突き刺さるように叩きつけるのだ。


「うりゃあぁぁぁぁぁ!」


 腕力勝負ならおれに分があるらしい。思惑通り、おれの剣と竜滅槍を地面に突き刺すことに成功した。

 数秒かもしれないが、動きを封じた。


「おりゃあぁぁぁぁ!」


 柄を離し、おれはトカゲの親分を殴り飛ばした。


「ぐへっ」


 情けない声を上げて仰向けに倒れたトカゲの親分に馬乗りになり、容赦なく拳を振り下ろした。一発二発三発と重ねていく。


「ちょ、ちょいと待つのだ……イダイイダイ。ダメ。ちょ、ちょ待てよ。いや、ちょっと待って。お願い」


 待つわけがない。勝機はいましかないのだ。心が痛まないわけではないが、それはそれ。ときとして非情にならなければいけないときもあるのだ。

 自己弁護感が半端ないが、やらなければいけないのもまた事実だ。


「た、助けて。竜滅槍」


 トカゲの親分の懇願に、おれの後ろで金属音が鳴った。

 確信に近い嫌な予感がしたので、おれはトカゲの親分から離れた。

 ドスッ、と竜滅槍がトカゲの親分の腹を串刺しにした。


「痛い」


 それが最後の言葉だった。

 刺さっている箇所は、おれがいた場所だ。竜滅槍はトカゲの親分を救おうとしたんだと思う。

 勝ちはしたが、なんとも言えない気持ちになってしまった。って、イカンイカン。感傷に浸っている場合じゃない。戦線に戻らねば。

 剣を拾い、おれはその場を後にした。


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