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勇者は突然キレた

 左肩が熱を持ち、ジンジンしている。が、ダメージを受けたのが利き手じゃなくてよかった。戦闘においておれがいままで苦労しなかったのは、敵とのスペックの差が大きかったからだ。

 利き手である右手を負傷していたら、その優位性は確実に落ちる。だっておれは、殺陣を含め、斬り合いなんぞしたことはないのだから。

 人生すべてに共通することかもしれないが、経験が大事だ。戦闘も例外じゃないらしい。

 おれは一つ利口になった。

 が、こんな経験は出来ればしたくない。痛いんだもの。

 とはいえやめるわけにもいかないし、動けば出血も多くなるだろう。

 短期も短期のド短期決戦にするしかない。

 差し当たってやることは、黒ずくめとネイの討伐だ。

 どういうわけか、黒ずくめたちと戦い始めたら、周りの雑魚が動きを止めた。奇襲を伺っているような雰囲気はあるが、実行に移すモンスターは皆無だった。

 まだツキはあるらしい。

 肩が痛くて全集中はできないが、やるしかない。まずは確認だ。


「風波斬」

「ケアアアア」


 黒ずくめに放ったそれは、ネイによって相殺された。


「てい! てい!」


 二連発で放ってみた。


「ケアアアアアアアア」


 気合のこもった鳴き声を上げたネイが、バッサバッサと羽をばたつかせた。つむじ風が舞い上がり、風波斬をかき消した。


「ていていてい」

「ケアアアアアアアアアアアアアア」


 三度目も同じだ。

 これで間違いない。正面から撃っても、風波斬が届くことはない。当てるなら、一工夫が必要だ。

 さて、どうしたものか。なんて悩みたいよね。おれには無理だけど。

 攻撃手段は風波斬と近接戦闘しかないのだ。しかも、そのうちの一つである風波斬にはきっちりと対応されている。

 なら、おれが選べるのは近接戦闘しかない。

 左肩は痛いが、頑張ろう。

 おれはネイに向かった走った。

 距離が詰まるが、ネイは動かない。おれの動きを認識できていないわけではなさそうだが、どういうことだ? 黒ずくめも落ち着き払っている。剣を構える素振りすらない。

 嫌な予感がする。こういったのは当たるものだ。おれは自分の身体に急ブレーキをかけた。が、車も人も急には停まれない。

 滑るように進むおれの目の前の地面が隆起し、マールが飛び出してきた。


「死んでないんかい!?」


 ツッコムおれに、マールが突っ込んできた。

 正面衝突だ。まともにぶつかり合えば押し負けないが、こっちは停まろうとしていたのだ。勢いはマールのほうがはるかに凄く、おれは後ろに吹き飛ばされた。

 地面を転がりながら、背後にいたモンスターの足元で押しやられた。


「グアアアア」


 吠え、大きな爪の生えた手が振り落とされる。


「やかましい!」


 八つ当たりも甚だしいが、おれはモンスターを斬り伏せた。

 イライラする。なぜこんなにも上手くいかないのだ。この世界に来てから、ずっっっっっとだ。ストレスしかたまらねえ。

 なぜこうなった? どこで間違った?

 前の世界はあんなにスムーズに進んだじゃないか。話すことすら許されなかったのに、あんなにサクサク進んだ……ってそうだ。おれが現地民との交流を求めたんだった。

 まさかとは思うが、その結果がこれなのか? そうなのか? サラフィネよ。

 …………当たり前だが、答えがねえ。

 わかってる。サラフィネはこっちの世界に干渉できない。これが当然の結果だ。

 だ・け・ど、はい、そうですね。と言えるほど素直ではないし、勇者だから頑張ります。と言えるほどガキでもない。

 イカン。イカンぞ。負の思考に陥り始めている。

 ダメだ。すべてがどうでもよくなりそうだ。このままじゃイカン。ポジティブに切り替えなければ。

 おれは勇者。おれは勇者。六と三の村を守るんだ。そして、三号の行方を知るんだ。

 輝け! おれのピュアハート!

 六の村のみんなの顔が思い浮かんだ。ああ、そうだ。あいつらは初対面でおれに石を投げてきたんだ。

 ゆるせない。じゃない。あれは仕方がなかったんだ。それに、昨日の夕食や寝床はありがたかったじゃないか。村長やワァーンにしたって、世話してくれたじゃないか。……世話……してくれたのかな? 働きづめだったような気もするが。

 思い出せば思い出すほど、輝こうとするおれのピュアハートに影が差す。

 これじゃ、足りない。もっとだ。おれに元気を分けてくれ! 三の村。

 ダメだ! 会ったことも見たこともねえ。そんなやつらのために大けがを負ってまで粉骨砕身とはいかない。

 ヤバイ。マジで六の村のためとか、三の村のためとか、心底どうでもいいような気がしてきた。だってあいつら、なんか隠してるじゃん。訊いても本当の事言わないじゃん。

 大体にして時間がない時間がないと急いていたが、それがそもそもの間違いなんじゃなかろうか? なぜおれがそんなに必死に頑張んないといけないんだ?

 というより、おれが頑張ってどうにかなるのは良い事なのか? 本来ならおれはこの世界にいないのだ。いま起こっている問題だって、本来ならこっちの世界の勇者であるベイルが対処するべきことのはずだ! それをあいつは、ワァーンと乳繰り合っているだけでなにもしやがらねえ。


「ヤバイ! モンスターより先にあいつを殺したい」


 込み上げてくる殺意。

 おれの中でなにかが弾けた。


「ケアアアアア」

「やかましい!」


 ネイが生み出した風の刃を、おれは一刀に切り裂いた。


「ケア!?」


 驚くネイとは対照的に、おれは確信した。

 怒りの炎が天を突き破らんばかりのいまならイケる。


「風波斬!」

「ケアアアア」


 四度目の激突。結果は、おれの風波斬が勝った。互角だったのが嘘のようだ。


「アアアア」


 旋風を切り裂くだけにとどまらず、ネイも一緒に真っ二つにした。


「貴様ぁぁぁぁ! よくもわが友ネイを! 許さんぞ!」


 黒ずくめが涙を浮かべた。大切な存在だったんだな。けど、謝る気はない。そうしたところで、許してもらえるとも思えないし。


「死神灯篭」


 刀を大上段に構えたまま、黒ずくめが向かってくる。

 ネイが死に、風による急加速は不可能なはずだ。けど、油断はしない。まだ、マールが残っているのだ。


「マール」


 呼びかけに答えるように、マールが黒ずくめの後を追走する。マールのほうが速いらしく、二人の距離が詰まる。

 ひょっとしたら、ぶつかった衝撃で加速するのかな。

 当たりだった。

 ただ、ネイのときとは違い、黒ずくめは少しだけ痛そうに表情を歪めている。

 そんな観察が出来るぐらいに余裕がある。

 今度こそカウンターを決めよう。

 んん!? 足元に異変があった。微弱な振動があり、地面にひび割れが生じた。

 なんか出てくるな。

 おれが後ろに跳ぶと、マールと同種のミミズが這い出てきた。


「潰せ! マール」


 黒ずくめの命じるまま、マールがおれに向かって倒れてきた。

 地表から出ている部分は約二メートル。それも可能だろう。だが、おれが横に逃げたらどうするのだろうか。

 興味はあるが、左右に動ける可能性もあるので、それを行うべきじゃないだろう。

 もとより、おれには知らなきゃいけないことがある。


「マールって名前じゃないのかよ」


 言いながら、マールの根元を斬った。

 胴体を切り上げられたことにより、頭部分を支点にマールが空中に弧を描く。これで頭上の安全は保たれた。


「くらえ!」


 マールは目隠しの役割も担っていたのだろう。黒ずくめの斬撃は目前にあった。

 薙いだ剣はすぐには戻らない。佐々木小次郎のような燕返しはおれには無理だ。

 だから、避けた。

 心の準備さえ出来ていれば、なんてことはない。


「馬鹿な」


 驚愕する黒ずくめに付き合う気はない。今度はおれの番だ。


「もらった」

 剣を振るったが、黒ずくめは斬れなかった。身代わりのように間に入ってきたマールが、おれの太刀を受けたのだ。


「助かった」


 礼を言いながら距離を取る黒ずくめには違和感がある。なぜこいつは、マールが斬られたときは冷静なのだろう。ネイのときは泣くほど取り乱したのに。

 愛情に差があるのだろうか。

 違うな。その必要がないのだ。斬られたマールが再び動き出したのを見て、納得した。

 多くのミミズは切ったら片方が死ぬのだが、種類によっては両方生きる個体もいる。マールはそれに近いようだ。

 斬られた分だけ家族が増えると考えるなら、悲しむ必要はないな。マールは一杯いるのだから。

 そうと解ればおれにも考えがある。


「でややややややや」


 マールを細切れにした。こうすれば、目隠しにも盾にもならない。


「風波斬」


 油断している黒ずくめに斬撃を放った。


「バ、バカな」


 呆気ないほど簡単に黒ずくめが倒れた。

 漆黒の三連星のように生き返ったら面倒だが、いまは放っておこう。そうしないと、三の村に行けなくなる可能性がある。

 黒ずくめとネイ、マールがやられた影響で、雑魚が逃げ始めた。モンスターの群れの先に三の村があるのだ。三々五々に散られたら、おれが迷子になってしまう。

 なんとしても話を聞きたい。そのためには、是が非でも三の村に行くのだ。

 固い決意を胸に、おれはモンスターの群れに突っ込んだ。

 頼む! 在ってくれ! 三の村!

 願いは届き、おれは無事に三の村にたどり着くことができた。けど、話を聞くことは出来なかった。

 おれがたどり着いたときには、三の村は崩壊していた。


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