勇者は食事の後で見た
最後の派遣先が多国籍であったこともあり、いろいろな食事を口にする機会があった。
味の好みが合う合わないは当然あったが、見聞は広められたと思う。
見た目は好みじゃなくても、味は好き。匂いはきついが、味はまろやか。など、予想外のことは往々に起こり得る。もちろん、反対のことも然り。
世界は広い。見たことも食べたこともないものは数多ある。
つまりなにが言いたいのかと言うと、食わず嫌いは良くない、ということだ。
重要なのは、一度食べてみること。そのうえで好き嫌いを言う分にはなんの問題もない。
そう考えられる自分になれたのだから、あの仕事は悪くなかったと思う。まあ、帰国の飛行機落ちたけど。
……ダメだ。ツッコミがいないとこのボケは悲しすぎる。
「気持ちまで落としてんじゃないよ」
みたいなことをだれかに言ってほしい。
「落とすなよ」
炊き出しの若い兄ちゃんがそう言ってくれた。
「ありがとう」
礼を言いながら、おれは串を持ち上げた。これは炊き出しの兄ちゃんから貰った物で、 よくわからない肉だ。わかっているのは、指が四本の直径三〇センチくらいの腕のような形で、炊き出しの兄ちゃんが直火で焼いている、ということだけ。
炊き出しの兄ちゃんは焼けた部分をナイフで切り、串に刺して配っている。
昔のおれなら通り過ぎていただろう。だが、おれは食わず嫌いをやめたのだ。村人も食べているし、害はないだろう。
多少の勇気はいるが、おれは肉をかじった。
美味いな。
肉の味が濃く、噛めば噛むほど肉汁も溢れてくる。香草のようなモノで香りづけされているらしく、臭みもない。塩コショウやソースなどの味付けがないのが残念だが、現代日本でも十分に通用する味だと思う。
「もう一本ちょうだい」
おかわりするぐらい美味しい。
「気に入ったかい?」
うなずくおれに、兄ちゃんが笑みを見せた。
「なら、特別にこれをかけてやるよ」
「おおおっ!!」
炊き出しの兄ちゃんの懐から取り出された瓶を見て、おれは驚きに声を発してしまった。
ヤベェ色だ。とにかく紅い。物凄く優しく表現すればビーツ。ロシア料理に使うあれだな。ボルシチなどでお目にかかったことのある人もいるだろう。
ただ目の前にあるそれは、ビーツの紅さなど足元にも及ばないほど紅い。しかも、ちょっとだけ光っている。それが肉を焼いている焚火が影響しているのか、していないのかがわからない。だからこそおっかない。
正体不明のそれは、人が口にしてはいけないものだと思う。
「美味すぎるからって死ぬなよ」
死ぬほど美味いっていう冗談なのだろうが、気持ちが追い付かない。
それとも、フグと同種なのだろうか? 当たったら死ぬ。なんて意味じゃないよね?
「量のリクエストには答えられないぜ」
きゅぽん、という音を立て、蓋が外された。
「コイツでいくぜ!」
兄ちゃんはどこからか取り出した刷毛を手の中でクルクルと回転させる。漫画やアニメで見るあの演出だ。初めて見た。カッケェ!
「瓶にドーン!」
無造作に刷毛が瓶に突っ込まれた。それはなんか違うんじゃないかな。
「もっと格好よく、スタイリッシュにやってくれよ」
「ふっ、言っただろ!? リクエストには答えられないぜ。ってよ」
「兄ちゃんカッコイイ」
思わず合いの手を入れてしまったが、別段格好よくはない。むしろ、一滴も無駄にしないように慎重にソースを塗る姿は、豪快さに欠ける。まあ、それだけ貴重なモノであるのだろう。
「ほらよ」
ソースが塗られていない箇所のない肉が差し出された。
「あ……りがとう」
どうしてだろう。お礼が素直に言えない。
「いいってことよ。ただ、みんなには内緒だぜ。多めに塗っちまったからな。はっはっは」
気持ちは乗らないが、受け取らないのは失礼だ。そして、食べないのはもっと失礼だ。何度も言うが、食わず嫌いはいけない。
自分にそう言い聞かせ、おれは肉を口に運んだ。
!!!!!!
食べたら衝撃だった。
このソース美味い。いままで食べたどのソースより絶品だ。ただ、それだけに難点があった。
美味すぎるのだ。味が際立ちすぎていて、他の食材と相性が悪い。というより、ソースの味が強すぎて、素材の味が消えてしまっている。
これはあれだ。単体で食べるしか活きないモノだ。使用すれば、なにを食べてもこの味になってしまう。
最高の一品かもしれないが、『ソース』というカテゴリーで評価すると、ダメなやつだ。
美味いのになぁ。
ただまあ、絶品であることは間違いないし、初遭遇という点においても大満足だ。
「ありがとう。美味しかったよ。ごちそうさま」
礼を言い、おれは別の炊き出しに向かった。
肉もいいが、そこは日本人。ご飯が食べたかった。まあ、この世界に稲。もしくはそれに近い食材があるのかは謎だが、探してみる価値はあるだろう。
「これ食べて」
葉物サラダを渡された。美味しかった。
「勇者様、どうぞ」
スープを渡された。見た目はコーンポタージュぽかったが、味はカボチャのようだった。美味しかったので問題ない。
「いやらしく舐めてください」
ピンクのアイスキャンディーらしきモノを渡された。言い方と凝視してくるお姉さんが嫌だったので、舐めずに返した。
「なら、これを啜ってください」
黄色いゼリーを渡された。たぶん姉妹だろう。もしかしたら、双子かもしれない。どっちにしろ先ほどと同じ理由で嫌だったので、啜らずに返した。
「じゃあ、これなら文句ないでしょ。でも勘違いしないでよね。べつにあんたのために残しておいたんじゃないからねっ」
大きなバナナを渡された。もはや意味がわからない。ツンデレっぽいのもそうだが、渡してきたのがやたらとガタイのイイおっさんである。せめて三姉妹。もしくは母ちゃんを連れてこい。
おれはバナナを二つに割り、姉妹の口に放り込んだ。
それから各所を見たが、どうやら米はないらしい。
残念だが、諦めよう。
腹が満たされたのと村の中を歩いた適度な運動も相まって、おれは少し眠くなっていた。
「ふぁ~ぁ」
あくびも漏れた。
よし。寝よう。……とはいえ、どこで寝ようか。宿屋の場所はわからんし、わかったとしても金がない。仮眠なら昼間のように樹を背にしてもいいが、本気の睡眠には適さない。
あれは体にダメージが残る。
日本で生活していたときに、椅子で寝落ちした翌日の身体が痛いこと痛いこと。
異世界に来てまで、あんな経験はしたくない。
さて、どうしたものか。
んん!? キョロキョロしていたおれは、目の前の家に見覚えがあることに気づいた。たぶんだが、あれは村長の家だ。
デカそうだし、泊めてもらえないか相談してみよう。
「あ~、ダメだ」
窓から見える光景に肩を落とした。
室内では、ベイルとワァーンが励んでいた。なにがとは言わないし、覗くつもりもなかった。ただ、窓がカーテンなどで遮られていないから、見えてしまったのだ。
「このデバガメ野郎が!」
背後から現れた村長に殴られた。
「これは不慮の事故ってやつですよ」
「じゃあ、なんでこんなとこにいやがんだ。バカ野郎!」
「寝る場所を聞こうと思ったんですよ」
「そうか。なら、ついてこい。いま、この辺にはだれもいねえよ。バカ野郎」
村長が歩いていく。言われてはじめて気づいたが、よくよく見れば村長の家の周りには人気が無い。
ということは、村人のほとんどが周知の事実なのだろうか。
「色気より食い気か。バカ野郎」
そう言って、嬉しそうにしていたのはなんだったのだろう。
まあ、突然落ちるのが恋だもんね。ベイルとワァーンがそうなることに異論はない。
ないけど……状況だけ見ればきな臭さを感じてしまう。
とはいえ説明はしてくれないだろうし、眠気に鈍った思考回路では判断も鈍る。
後手後手に回るかもしれないが、いまは寝よう。考えるのはそれからだ。




