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勇者、契約を結ぶ

『宣誓書

    散らばった魂は自分で集める

               清宮成生』


 力強い文字だった。


「あなたの前に、わたしのところに来た、あなたの魂が記したものです」


 間違いない。

 見覚えのあるクセのある文字は、おれのものだ。

 おれの一部が、おれの背中を押している。

 胸が熱くなっていく。


「サインがされているなら、異論はない。その仕事、受けた!」


 会社に縛られることはないが、契約は順守する。

 それが、フリーランスだ。


「よろしい。では、清宮成生。いまからあなたは、勇者です」

「わかった。おれはおれの魂を集める勇者になる。差し当たって、それにサインしたおれはどこにいるんだ?」

「異世界です」

「え!?」


 迷いなく言われ、おれは固まった。


「ああ、やはりご本人でも驚くんですね」


 納得するように、サラフィネがうんうんとうなずいている。


「あなたの魂の一部は、なんの手掛かりもないまま、ある異世界に旅立ちました。本人曰く、匂いがするらしいです」


 スナイパーや探偵が比喩っぽく言うあれかな? だとしたら、ヤバくない!?

 そいつ自身も、そいつと同様の魂を持っているおれも。


「それだけならまだいいのですが、あなたの魂……めんどくさいですね。二号にしましょう」

「いや、解り易いけど、二号は止めて。なんかさ、そいつが二号だと、おれってかなりイタイ奴みたいじゃん?」

「その二号は突っ走ったあげく、大魔王の城に単身乗り込み、一喝されただけで逃走し、いまは城のガラクタ置き場にある宝箱の中に籠城しています」


 イタイ!

 間違いなくイタイ!

 だって心に致命傷を受けたもの。

 そんなおれを無視して、サラフィネが言葉を続ける。


「二号を助けるためには、大魔王を倒さなければなりません。しかし、日本人であるあなたにそんな力はありません」


 わかっているならありがたい。

 いまは心の回復が第一だ。

 そっとしておいてほしい。


「ですから、あなたにこれを授けます」


 サラフィネはそれを許さない。

 サクサク話を進めてしまう。


「出でよ! 聖剣」


 唱えた途端、空中に無数に発生した光の粒子が集約し、一振りの剣が生まれた。

 サラフィネはその剣を両手で持ち、おれに献上するように差し出した。

 鞘に納められているため刃の部分は見えないが、鞘同様無駄な装飾がなく、実用一辺倒に鍛えられた業物なのだろう。

 ゴクッとつばを飲み込み、剣を受け取った。

 なぜかはわからないが、そうしなければいけない気がした。


「おおっ」


 感嘆の声が漏れた。

 というのも、鞘を腰に据えると、胸当てと手甲と足甲が装備されたからだ。

 ヤダッ、テンション上がる!

 なんかやれる気がする。

 おれは心の回復を確認した。

 こういったことは卒業したと思っていたが、おれの中にはまだ残っていたようだ。

 中二魂というものが。

 まあ、なんだかんだゲームも小説も好きだからね。


「その装備を身に着けたことで、あなたには相応の力が付与されました。身体的にも若返り、いまや見た目だけは完ぺきな勇者です」


 サラフィネの言葉に、棘を感じるのはおれだけだろうか。


「ですが、力を行使するには責任が伴います。過ぎたるは及ばざるがごとしです」


 確かにそうだ。

 ファンタジー小説の主人公になったような気分ではいけない。

 浮かれて失敗するのが関の山だ。

 それは現実世界でもあった。

 給料が上がり、自分はできると勘違いし、イタい目にあったのだ。

 同じ轍を踏むところだった。


「注意してくれてありがとう」

「お安い御用です。では時間もない事ですから、修行に移りましょう」

「えっ!?」

「フォールシールド」


 サラフィネが言うのと同時に、四方をバカでかい白い壁に囲まれた。

 本能的なものだが、これはどうにもならない気がする。試しに殴ったり体当たりしたが、予感が当たっていたことを証明しただけだった。

 比喩ではない。

 文字通り、どうにもならないのだ。

 殴った手も、ぶつけた体も痛くない。

 感覚としては、物凄く柔らかいクッション材に包まれた感じに似ている。

 やんわりと衝撃を吸収し、元の形状に戻る。

 そんな感じだ。

 たぶんだが、拳銃やバズーカ……不謹慎だが、核爆弾でも破壊できないのではなかろうか。

 腰に携えた剣ならイケるのかもしれないが……どうだろう?


「セイヤァ!」


 試しに斬りつけてみたが、どうにもならなかった。


「セイント」


 サラフィネからのフリが聞こえたので、


「セイヤァ!」


 もう一度剣を振るった。

 やはりダメだった。壁にもおれにも、一切の手ごたえがなかった。

 サラフィネからのリアクションもない。

 スベって詰んだ。

 納刀しそう思ったとき、頭上から一枚の紙が落ちてきた。

 手に取り、書面に視線を落とした。


『勇者よ、健闘を祈ります!

              サラフィネ』


 読むと同時に、床が上空に移動し始めた。

 感覚としては、白い箱で作られたエレベーターで上に昇っていると考えてもらえば間違いない。

 最初同様、壁を触っても痛くもないし、摩擦で手が熱いなどということもない。

 落ちる危険はないのだろう。

 だが、どこまで上昇するのかもわからない。

 これは怖い。

 そう思うのと、床が止めるのが同時だった。

 勢いよく射出されたおれは空中でバランスを崩し、背中から落ちた。


「イタッ」


 反射的に言ってしまったが、少しも痛くない。

 よかった。地面も柔らかい素材でできているようだ。


「お待ちしておりました。勇者様」


 安堵するおれの前に、胸まで届く立派なあごヒゲをたくわえた老人が現れた。

 いや、よく見れば老人ではない。

 サラフィネだ。


「なにしてんだ? お前」

「お初にお目にかかります。わたしは修練の間を管理する者です」


 おれの疑問は一蹴され、初対面を装う女神が恭しく頭を垂れた。


「いや、サラフィネだよね」

「違います。ポポです」

「ミスター?」

「ご安心ください。ミスです」

「そうか。なら、この話はやめよう。これ以上は地雷になりかねん」

「お心遣い感謝します。では、修練の間へとお進みください」


 言葉とは裏腹に、おれはサラフィネに背中を蹴られ、無理やり修練の間に押し込まれた。


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