勇者、昼寝する
五の村に行くとき同様、ワァーンの指示は適切だった。
迷うということがない。なにかを目印にしていなければ、こうはいかないだろう。
それを知りたくて訊いたのだが、
「すみません。勇者様に話しても理解できないかと」
と、やんわり拒否された。
「でもでも、誤解しないでくださいね。決して勇者様の能力が劣っている。などとは思っていませんから」
ワァーンが慌ててそう付け足した。
「じゃあ、話してくれないか」
「えっ!?」
「能力じゃないってことは、感覚か経験があれば目印に気づけるんじゃないか? おれにそれがあるかどうか、確認してみよう」
知ることは大切だ。成功はもちろんだが、失敗することも大事なのだ。
「ですが……そのように勇者様を試すようなことをするのは……」
ワァーンはおれに恥をかかせたくない。もしくは、勇者の格好悪い姿は見たくないのだろう。
これは、正攻法は無理だな。
そう思ったおれは、足を止めた。
「えっ!? どうされたのですか?」
「教えてくれなきゃ動かない」
心配そうに見上げてくるワァーンに対し、おれはそっぽを向いた。
別に本気でへそを曲げているわけではない。こうすることで、外堀を埋めているのだ。
「勇者様。勇者様」
肩を掴んで揺らされたが、おれはてこでも動かない。
「もう。わかりました。お教えします」
「ありがとう」
ワァーンが折れたので、おれはニッと笑みを浮かべた。
作戦は成功だ。
「勇者様、正面に枝からヘビがぶら下がっている樹がありますよね?」
「ああ」
「あの樹と後方左斜めにある樹との違いが判りますか?」
「さっぱりわからない」
ヘビがいるのといないの。違いがあるとすればそれだけだ。
「あの二種類の樹はまったく別の品種です」
にわかには信じがたい。
「勇者様、ほんの少しでいいので、両方の樹の表面に切り込みを入れてみてください」
歩み寄り、剣で傷をつけた。
片一方は透明な樹液が流れ、もう片方は白色の樹液が染み出てきた。
「透明なモノは食用に、白色のモノは陶器などに加工できます」
透明な樹液をヘビが舐めている。白いほうには見向きもしない。
なるほど。説明と実証を経ても、樹液が出ていなければ、おれにはさっぱり見分けがつかなかった。
「この森にはこのような違いが数多くあります。ですから、私たちは村と村を繋ぐ道になにがあるのかを、幼少期から覚えるのです」
これは無理だ。一朝一夕でどうにかなるものじゃない。
「時間を使わせて悪かったな。急ごう」
「お願いします」
反省し、歩みを再開させた。
「右です」
「左です」
と、指示によどみはない。
あらためて思った。おれとワァーンでは、見えている森の姿が違うのだ。
短い時間かもしれないが、注視してみよう。無理だとは認識しているが、きっかけがあれば変わるかもしれないのだ。
…………変わらなかった。
おれが次に感じた変化は、村を視界に収めたことだった。
「止まってください」
森を抜ける手前でワァーンがそう言うので制止した。
「申し訳ありませんが、降ろしてください」
五の村での経験が生きているようだ。
非常事態とはいえ、お姫様抱っこされたまま村民に会うのは避けたいのだろう。
理解し、おれがワァーンを立たせると、
「ご神木を確認しに行く許可を取ってきますので、勇者様はここでお待ちください」
そう言い残し、すぐに村に向かって走っていった。
穏やかな村だ。
モンスターに襲われている気配もない。
護衛も必要ないだろう。
いままでと変わりなく、ご神木も村外にあるのだと思う。なら、ワァーンの言葉に甘えてここで待たせてもらうとしよう。
おれは地面に座り、木に背中を預けた。
体を揺さぶられている。
「……者様。勇……様。勇者様」
ワァーンの声がした。
はっ、とし、目を開いた。覗き込むように視線を合わせるワァーンと目が合った。
「よかった」
ほっと胸をなでおろすワァーンを見て、自分が寝てしまっていたのだと気づいた。
「悪い」
「勇者様はずっと動いていらしたのですから、疲れていて当然です」
「そう言ってもらえるのはありがたいが、時間がない……」
空を見ると、夕日が顔を出し始めている。村についてから、最低でも小一時間ぐらいは経過しているはずだ。
「はい。ですから、ご神木の確認は私がしておきました」
「一人で?」
「まさか。四の村の村長と護衛の村人数人で、です」
「そうか。で、無事だった?」
「はい。健在でした。損傷もありません」
ワァーンは嬉しそうな笑顔を浮かべている。おれもほっとした。
「では、六の村に帰りましょう」
「えっ!? まだ全部確認できてないぞ」
「わかっています。ですが、日没が近いので、今日はここまでにしましょう」
それは理解できる。暗い中森に入るのは得策じゃない。視界が悪くなればワァーンも目印を確認しづらくなるだろうし、見落とすことも考えられる。
灯りがなければなにもできないし、最悪迷って遭難だ。
その肝心の灯りも、電気のない村では焚火の火を利用しているらしい。
見れば、村の広場に大きな組木が置かれ、火が点けられている。あそこから種火を取り、各家庭の灯りにするのだと、ワァーンに説明された。
火災が怖く、森にたいまつを持っていくことは極力しないということも補足された。
当然だな。森林火災でご神木が燃えたなどというのは、洒落にもならない。
六の村までの道がわかるのもワァーンだけだ。
「次の村は六の村のほうが近いのかな?」
「正確な距離はわかりませんが、あまり変わらないのではないでしょうか」
距離が近いなら四の村に一泊させてもらい、明日移動しようと思ったが、同じようなら帰ろう。
どうこうなるつもりはないが、二人で宿泊するのは気が引ける。かといって、別々の場所に止まった場合、外様であるワァーンが襲われない保証もない。ベイルのように、男の皮を被った野獣はどこにでもいるのだ。
年頃の娘がいるなら万全を期したほうが無難だし、ワァーンも自宅にいるほうが安心できるだろう。
「よし。帰ろう」
「はい。そうしましょう。では、お願いします」
ワァーンが手を広げた。
わかっている。わかってはいるが、複雑だ。
おれはタクシーじゃない。手を広げれば、抱えると思うなよ。という気持ちと、普通に歩けば、帰路の途中で日が沈むもんね。という気持ちがせめぎあっている。
だが、おれが選べる選択肢は一つだ。
ワァーンを抱えて帰る。
そうしなければ、森で遭難する可能性があるのだ。重ねて言えば、ワァーンが視界のない中、正確に道案内が出来るとは限らないではないか。
だから、一つなのだ。
これは罰ゲームじゃない。美少女をお姫様抱っこできるご褒美だ。
自分にそう言い聞かせ、おれはワァーンを抱えて六の村に帰った。




