勇者、意味ありげな実を見つける
走りに走った。肺が爆発するんじゃないかというほどの息苦しさを感じ、おれは足を止めた。
「はあはあはあはあはあ」
息が荒い。真っすぐ立つのもしんどく、おれは膝に手を置いた。
あれからどれほど走ったのかわからない。わかっているのは、時折横に曲がったり斜めに走ったりしたということだけだ。
ひとまず、ここまで来れば大丈夫だろう。
かなりの距離をかなりの速度で走ったにもかかわらず、おれはまだ森の中にいる。
広大だ。下手をすれば、遭難して死んでしまうこともあるのではないだろうか?
「そうなんです」
だれもいないから、自分で言ってみた。面白くはないが、一種の達成感はある。
うん。笑いは大事だ。誰も笑ってないけど。などとくだらないことを考えられるほど、呼吸と思考が落ち着いてきた。
冷静になれば、考えなければいけないことも理解する。
食べるモノもなければ、それを買う金もない。
放置プレイもいいところだが、二回目ともなれば取り乱すこともなかった。
幸いなことに、この森は動植物が豊富そうだ。川などがあれば、飲み水も確保できるはずだ。
木が陰になっているおかげで暑さは感じないが……ダメだ。意識してしまったら、喉が渇いてきた。
なんとかしなければ。
水……自然界で口にするなら、川が比較的安全なのだろうが、場所がわからない。木の根や地面のくぼみに雨水などが溜まることはあるが、衛生的に飲むのは危険だろう。
残された可能性は、果物だ。
見渡す限りに木が生えているのだから、実をつけたのが一本くらいあってもいいはずだ。
おれは上を見た。
大半が針葉樹らしく、果実は見当たらない。だが、全くないわけでもない。
赤い果実が生っている木も所々見受けられた。
光の加減かもしれないが、多くの木になっている赤い果実は毒々しい色にも映る。
鳥などが突いた感じもないようだ。たしか、渋柿も放置されるんだよな。
大丈夫かな?
思案したところでわかるモノでもないし、採ってみるか。
…………うん。そうだな。採ってみてから、判断しよう。
そう結論付け、おれは果実のついた枝にジャンプし、根元に着地した。
「あれ?」
近くで見たことで気づいた。
おれが飛び乗った木の実はリンゴっぽいのだが、その先にある樹に生っている実は少し違うのだ。
色はリンゴっぽいのだが、光沢がない。
成熟度が違うだけなのかもしれないが、気になった。
「木、だけにね」
ダメだ。二度目は寒々しい。
笑いは大事かもしれないが、ダジャレはやめよう。
そして、真面目に観察しよう。
光沢があるのとないの。美味しそうなのは、光沢があるほうだ。
だが、よく見れば光沢のある実をつけている樹は多い。状況から考えて、群生しているとみて間違いないだろう。
その反対に、光沢のない実を成す樹はあれだけだ。比べると、幹の太さも違う。一際太いのだ。
林業の経験も山で暮らしたこともないが、あの樹が特別なのはなんとなくわかる。
怒られるかもしれないが、食べるならあっちだな。
おれは光沢のない実を成している樹に飛び移った。
なるほど。光沢のない理由がわかった。件の実は、表面が毛羽立っているのだ。形もリンゴというよりは、桃寄りだ。
美味しそうだが、素手で触って手が痒くなったりしないかな?
手が洗えない現状、それは嫌だ。
果汁はどうだろう。おれは剣を抜き、実に切り込みを入れた。
「おおっ!」
感嘆の声が漏れてしまった。
果実からは瑞々しい果汁が溢れている。
食べても大丈夫だと信じたい。というより、我慢が出来ない。
飛び降りながら実を枝から切り落とし、着地してからキャッチする。
それでいこう。
ただ、脳内でシュミレーションもしておこう。
瞳を閉じ、空想でやってみた。
飛び降りながら
「見つけたぞ!」
声がした。だが、いまはそれどころではない。
剣を振るい、実を落とす。
「無視すんな」
相手はする。だから、ちょっと待て。ベイルよ。お前の優先順位は果実の下だ。
着地して、果実をキャッチ。
万全だ。シュミレーション完成だ。
『とうっ』
おれは枝から飛んだ。なぜだろう。とうっ、という声が重なって聞こえた。
目を開き、確認した。
「えっ!?」
なぜか枝が離れていく。というより、樹が倒れている。狙っていた果実も、おれの剣が届く範囲から遠ざかっていく。
「くそっ」
慌てて剣を薙いだ。果実だけを切り離すことは出来なかったが、枝もろとも樹から切り離すことには成功した。
よし。後は下でキャッチするだけだ。
重さの関係で、おれの方が先に着地した。走れば、十分間に合う。けど、それはできない。
果実は大事だが、己の命のほうがもっと大事だ。だから、おれは地面に伏せた。
ビュンという音がし、ベイルの剣戟が頭上を通過した。
当たっていれば、上半身と下半身がさようならしていただろう。
「ちっ」
舌打ちし、ベイルが剣を振り下ろした。
それをおれは横に転がって回避しながら、立ち上がった。
いまの二撃は、殺す気で放たれたものだ。
受けたのがおれでなければ、殺されていただろう。たぶん、前の世界の大魔王レベルでも、回避は無理だったのではなかろうか。
それほどに鋭い斬撃だった。
「お前、何者だ」
ベイルが訊いてくる。
「しがない旅人です」
「嘘を吐くな。お前の戦闘レベルは、旅人のものじゃない」
村での印象とは違い、油断なくこちらを見据えるベイルの佇まいは、強者のそれだ。
下手なごまかしは通用しないかもしれない。
「勇者様がどうおっしゃられようとも、私は旅人です。自分を探す旅人です」
ウソではない。おれは自分の魂のカケラを探しているのだから。
「では質問を変えよう。その戦闘力はどこで身につけた」
「天より授かった物です」
これもウソじゃない。おれの身体能力や装備一式は、女神サラフィネが与えたものだ。
「では、貴様も勇者ということだな」
理屈がわからん。というより、天から能力を授かれば勇者なのか?
だとしたら、勇者は何人いてもいいことになる。
「んなわきゃねえだろ」
その辺を聞こうと思ったが、おれとベイルの会話は禿げたおっさんの乱入によって止められた。
「あ~あ、バカ野郎どもが。どうしてくれんだ、これ」
禿げたおっさんが、ベイルが斬り倒した樹を指さしている。
「大事なものなんですか?」
「大事に決まってんだろ! これは村のご神木で、この地の守り神だ。バカ野郎」
訊くおれの頭を、禿げたおっさんがグーで殴った。
「いや、斬り倒したのはあっちですよ」
「言い訳すんな! おめえが枝を切ったところも! ちゃんと見てんだ! バカ野郎!」
言葉を区切るたびに、太ももを蹴るのはやめてほしい。けど、それを口にしたらこれが続くので、反論はしない。
「なにヘラヘラしてんだ。おめえのほうが罪は重いんだぞ」
おれの怒られる様を見て笑みを浮かべていたベイルが殴られた。
「俺は勇者で、不審者を退治しようと」
「うるせえ! 言い訳すんじゃねえ。大体おめえが勇者なら、なんで村のご神木を斬り倒してんだ。バカ野郎」
バカ野郎が口癖なんだな。禿げはかわいそうだから、これからはバカ野郎おじさんと呼ぼう。
「まあ、やっちまったもんはしょうがねえ」
おっ、許してくれるのだろうか。
「ちゃんと責任はとってもらうからな」
ダメらしい。
「その辺の話もあるから、村に来い。くれぐれも逃げんじゃねえぞ、バカ野郎」
責任はベイルに……
「って、なに逃げようとしてんだ」
「人のこと言えるのか、お前は」
互いの行動を非難するが、おれたちは同時に逃げようとしていた。
どっちもどっちなのだが、強行しなかったのを鑑みれば、互いに罪悪感は持っているのだろう。
「早く来い! バカ野郎」
急かしはするが、バカ野郎おじさんはおれたちを拘束しなかった。お人好しなのか最低限の信頼なのかは知れないが、これを裏切ることは許されないだろう。
足取りは重かったが、おれとベイルはバカ野郎おじさんの後に続いて、村に向かった。




