勇者、神官に逃げられる
「テレポート」
えっ!?
驚くおれを尻目に、神官が消えた。
数秒前までいた場所に手を伸ばすが、掴む者はない。
言葉通り、瞬間移動したのだろう。
逃げられた。と同時に、不快さが消えた。
「はっ……はっ……は……」
乾いた笑いが漏れた。
不快さは、たしかに消えた。だが、胸の底から沸き上がる気持ちがある。
怒りにも似ているが、少し違う。
悲しみとも似ているが、少し違う。
喜びとは違うが、完全な不一致とも言えない。ような気がする。
この感情は……上手いこと言い表せない。
けれど! だれにぶつければいいかはわかっている。
「あのアマ! どこ行った!?」
ぶち壊す勢いで教会のドアを開け、おれは吠えた。
外にいた市民たちが、ザッと一斉に視線を逸らした。
「隠すとタメにならんぞ」
だれ一人目線は合っていないが、全員が頭を振った。
ウソ臭い!
これだけ揃うのは、事前に打ち合わせがなされているからではなかろうか。
…………
いかん。疑心暗鬼になっている。
たが、それも致し方ないと思う。死んでからここまで、ずっと騙されてきたのだから。
やりたくはないが、実力行使、も、辞さなくてはいけないのかもしれない。
「ぎゃああああああ」
「逃げろおおおおお」
蜘蛛の子を散らすように市民たちが拡散していく。
しまった。口に出してしまったのか。心の声で留めておくつもりだったのに。
とはいえ、一人ぐらいは余裕で捕まえられるから、問題ない。
最後尾を走っている青年に話を聞こう。
うん。そうしよう。
おれが追いかけようとした途端、青年が倒れた。
「おい。大丈」
夫か!? を言い終わる前に、教会の前にいた市民が次々とくずおれていく。
その光景に驚き、おれは動きを止めた。
いまもバタバタと転倒が続いている。
ドミノ倒しが起きたのかと思ったが、違う。
そこまでの人混みがあったわけではない。
それに、ドミノ倒しであったなら、倒れる方向はある程度決まってしまうものだが、市民の倒れる方向はバラバラだ。
けど、理由なくこんなことは起きない。
「っ」
体に小さな痛みが走ったのと同時に、一時的に消えていた不快感が再発した。
おれがこの不快感を覚えたのと、市民の昏倒にそれほどの時差はなかったように感じる。
なら、因果関係があると考えるのが妥当だろう。
どういう理屈かも知れないし、ステータスのような解り易い表示もないから断言はできないが、これは生命力を吸われているのではないだろうか。
おれが市民のように倒れないのは、体力のキャパシティーが高いから。
それなら説明がつく。
だが、それも長くは続かないかもしれない。気を抜くと、貧血で眼前が霞むような感覚が襲ってくる。
おれでこうなのだから、市民の中には、すでに重篤な症状に陥っている者もいるだろう。
なんとかしてやりたいが、無理だ。
回復魔法は使えないし、回復薬も持っていない。
おれには、それを行う、術がないのだ。
現実逃避かもしれないが、おれは生きていたときのことを思い出した。
資格はあるが、実務が出来ない。
これは、おれがいたITの世界では、往々にあることだった。
反対も然りで、資格はないが、相応の知識と技術を持ち合わせていて、実務をこなせる。
おれは後者だった。
けど、いまは前者だ。
己の無力さに、ため息がこぼれた。
チュンチュン
落とした肩に、小鳥が止まった。
視線を移したそいつは、泉で見たそれに似ていた。
「サラフィネ」
名前を呼んだ瞬間、小鳥が肩から落ち、無残にも地面に墜ちた。
くちばしが動くが、鳴き声は聞こえない。
おれはしゃがんで小鳥を手の平に乗せた。
これがサラフィネからのメッセージなら、なにかアクションがあるはずだ。
…………なにもなかった。
なにもないまま、小鳥が息絶えた。
「勇者様……助……けて」
声のした方を見ると、少女が空に祈っていた。
息が荒く、組んだ両手の指が震えている。
「お父さんを……お母……さんを……妹を……助けて……お……願い……します」
言い終えて、少女は地面に伏した。
そんな健気な少女を守るように、横に倒れていた男性が抱きしめた。
少女の父親なのだろう。その横にいる母親らしき人物も、妹と思しき子を守るように抱いている。
それで思い至った。おれは無力だが、成せることがないわけではない。
大魔王を倒す。
それが出来るから、おれはこの世界にいるんだ。
そしてそれは、サラフィネと結んだ契約の中に含まれる条項の一部でもある。
それを達成すれば、助かる市民もいるだろう。
慈悲でも同情でもない。『勇者』としての仕事の一環だ。
自分に言い訳しているようで情けないが、そうとでも思わなければ、踏ん切りがつかない。
だっておれは、慈善活動に精を出すほど善人ではないのだ。
けどまあ、見て見ぬフリをするほど人でなしでもないのだろう。
断言できないのが若干情けないが、抱き合う家族を助けてやりたいと思っているのだから、完全な間違いではないはずだ。
サラフィネに上手く踊らされているだけかもしれないが、いまだけは盛大に踊ってやろう。
タンゴでもランバダでも、なんでもこいだ。
よし!
腹は決まった。
後は、時間との勝負だ。
いまなおバタバタと地面に倒れ伏していく市民をしっかりと目に焼き付け、おれは街の最奥にある城に向け一歩を踏み出した。
たぶんそこに、おれが倒すべき大魔王がいる。




