プロローグ『最強の村人』
俺は、村から遠く離れた森の中に立っていた。輝く太陽と、青々と茂る木々。朝露に日が反射して、宝石箱のようにきらびやかな風景を演出していた。体に刺すような光線が心地よい。動物たちも踊りだしそうな、いかにも生命力に溢れているきれいな森に、俺は立っていた。
そして今。目の前には、目と口を見開いて驚愕の顔を浮かべる二人の盗賊が立ち尽くしていた。
「………」
俺はあからさまな侮蔑を浮かべ、盗賊をみやった。逃げる様子はないが、心底ビビっているのが透けて見えていた。
「村人のスキルなんてどうせ弱いに違いない、だっけ?残念だったな。そんな戯言は俺以外に言ってくれよ」
俺が一言かけただけで、二人の顔色がコロコロと変わる。それでも二人は声すら出せないのか、俺を睨むだけだ。
「……ふっ」
俺は少し笑って右手を掲げ、大声で叫びスキルを発動した。愉快だった。最弱の村人クラスでも上位職の盗賊クラスをビビらせられることが、面白くて仕方なかった。
「サラマンダーブレス!エント、アイスコフィン!」
突如、ドドドドドと鳴る地響きの音。何かが崩れるような爆発。炭も残らず消えさえる木々。生きたまま氷結する多くの生物。彼らの目には、何が起こったのか分からないと言いたげな色が浮かんでいた。
つまり、今の今まで森だったその場所は、俺がスキルを発動した瞬間に一面が炎と氷の世界に変わっていたというだけのことだ。
「「あ……………………?」」
盗賊たちは、アホみたいな声を出して、その場に腰を抜かして座り込んだ。限界を超えた驚きに極限まで目を見開いて周りを見渡し、ロボットのようなガクガクした滑稽な動きでこちらを見た。
「どいてくれる?邪魔だからさ」
俺は冷たく言い放った。男たちが驚くのも当然だ。こんな上位スキル、普通なら俺みたいな子供、それも村人の子供が使えるわけがないのだから。しかも。
「…………………!?」
男たちは気づいたらしい。自分たちの周りだけ綺麗な土の色のままで、生えている草も残っていたことに。
耐えかねて、背が高い方の男が叫びだした。
「………ありえねぇ…………ありえねぇよこんな事‼」
パニック状態で腕を振り回している。横の男を見て、すぐに俺の方に向き直った。
「サラマンダーブレスもアイスコフィンもS級スキルのはずだろ⁉なんで村人が2つもS級スキルを持ってんだよ‼コントロールも完璧だと⁉ありえねぇ‼」
背の低い方も、高い方に当てられて叫びだす。
「しかも、しかもよ、スキル同時発動なんて聞いたことねえ!!なんでクールタイムなしで上級スキルが連発できんだよ!?」
うるさく驚き出すので、俺は苛立ったように言う。ああ、面倒だな。
「何でもいいだろ。ほら、どけよ」
そのまま俺は足をすすめた。と、高い方の男が、腰が抜けた奇妙な立ち方で道を阻んだ。
「お、俺たちだってA級盗賊だ!いくらこいつが意味不明だろうと、二人でかかればいけるかもしれねぇ!行くぞ!」
高い方が低い方に発破をかけるように叫んだ。ここまで力の差を見せつけたのだから、そんなのでやる気出すやつなんている訳ないだろうに……
「そ、そうだな…!S級スキルを連打したんだ!こう見えても疲れてるに決まってる!お、俺たちに敵はいねえ!」
単純な性格なのだろう。低い方はそれでやる気を出したようだ。
「はぁ………面倒なことになった」
俺はこれみよがしにため息をついた。
「俺だって人は殺したくない。君たちがどいてくれれば俺としては解決なんだが、どうしてもだめか?」
最後通告のように二人に言い放つ。二人にだって戦う理由がないのだから、ここで引いてくれると助かるのだが。
「う、うるせえ!おい、やっちまうぞ!」
だが、男は全く聞く耳を持たなかった。俺は頭を振って、そんな二人の姿を哀れんだような目で見た。
「ふぅ……………仕方ない。格の違いを教えてあげよう」
俺がそう言うと、二人は怯んだように一歩下がった。おそらくスキルダメージ軽減バリアか何かを準備しているのだろう。
「無駄だってことも知らないで、ね」
聞こえるか聞こえないか分からないくらいの声で、ボソリとそうつぶやいた。
そして、二人に今度は大きな声で語りかけた。
「そういえばさ、二人とも。壊したり殺したりするスキルはありふれていても、直すスキルや、蘇生するスキルは非常に貴重だってこと、知ってるよね」
「それがなんだってんだよ!S級司祭でもない限りそんなこと出来ないなんてガキでも知ってらぁ!」低いほうが乗ってくる。
「おい!集中しろ!」それを高い方が諌めた。
「うん。知ってるならそれで良い」
俺はまた右手を掲げた。二人が今度は引かないことを見ると、バリアを張るのは終わったらしかった。流石にこの速さはA級盗賊なだけはある。スキルレベルもかなり高そうだ。普通の村人なら、相対した時点で命はないだろう。
「ふん。今更どんな攻撃してこようが効かねえぜ!さあ覚悟しろクソガキが!」
高いほうが、よほどバリアに自信があるのだろう、いきなり襲いかかってきた。低い方もおそらくワンテンポ遅れて襲ってくるだろう。
「………可哀想に」だが、俺は余裕ぶってスキルを発動した。短刀を避けつつ、詠唱を行った。
「リペアフィールド」
にわかに、あたり一面に光が立ち込めた。
「ぐおっ!何だぁ!」
かつて経験したことがないだろうその眩しさに、男達は叫びながらしゃがみこんだ。
「な………何をしやがった‼」どちらか分からないが、多分高い方の男が言う。目が開けられないのか、明後日の方向を向いている。
「今に分かるさ」俺はそう言い放つ。
やがて光が失せ、男達も目が見えるようになった時だった。
「「な………………?」」
男達はさっきと同じ反応をして、地面に座り込んでしまった。さっき極限まで驚いていたが、今回で限界突破したのだろう。口を顎を外してまであんぐりと開けてこちらを見ていた。
「格の違いは分かったか?では通らせて貰う。二度と村人を襲うなよ」
そう言うと俺は二人の間を悠々と抜けて森の中の道を進んでいった。後には腰を抜かしたまま木々の中にぽつんと二人残った男たち。炎と氷で破壊されてしまっていたはずの森は、光に包まれ、まるで何事もなかったかのように再び青々と生命の活動で輝いていた。輝く朝露が、男たちをからかうかのようにきらめいた。