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ライミィの力


「やー、好きなだけドーナツ食べていいってサトーはとってもいい奴な!」

「……」


 そう言って無邪気に笑うライミィに、明也はただ何も言わず、なんとも言い難い顔をしていた。

 明也達が海から帰った次の日から早速ライミィはシュガーフェストで簡単な仕事の手伝いを始めていた。店の制服も幼いながらに着こなし、店内の簡単な掃除など一部の仕事を彼女に任せた。

 ただ手際に関してはそこまで良くないのだが、頑張りや一生懸命さは伝わってくるので強く咎めたりは誰もしない。次第に慣れて行けば改善されるだろうし働きぶり自体に問題はないのだが……。

 それよりもライミィの言葉である。彼女の今の発言は働き始めた日のものではない。その3日後の発言だ。

 品切れが続いてライミィに渡せる分がなかったという事ではない。シュガーフェストで売られるドーナツは筆舌に尽くし難いものばかりであり、売り切れる心配はない。そもそも人が来ないし。

 そして売れ残ったドーナツは3日間毎日ライミィに振る舞われたのだが、彼女はそれを嫌そうな顔一つせず次々に平らげていったのだ。

 それどころか「いっぱい食べられて満足なんよ!」とさえ言っておかわりすら要求してみせた。

 感動した佐藤は涙を流しながらライミィに抱き着いて「嬉しい!! 好き!!!!」と叫んでいたし、京も自身の作ったドーナツを食べてもらえて嬉しかったのか、瞳を閉じて何度も静かに頷いていた。

 あのドーナツは食べても問題のないものだったというのも驚いたが、美味しそうにそれを完食したライミィにも明也は驚いた。

 初見であれば間違いなく口に入れていいものか躊躇する外見のはずだが、そんな様子を微塵も出さなかったのだ。そして今日もまた昼食代わりに大量のドーナツを次々と胃袋に収めていき、一緒に食事をしていた明也はその食べっぷりを見て逆に食欲をなくした。

 嬉しそうな佐藤の顔が見られたので明也も感謝はしているのだが、ここまで度胸のある彼女はこれまでどんな食生活を送っていたのかにも興味が出てきてしまう。

 食事休憩で佐藤も京も店の奥の調理場にいるし、2人きりの今他に話す内容も思いつかないので聞いてみるのもアリだろう。実家関連の話は答えてくれないかもしれないが今のライミィはお腹いっぱいで満足そうにしているし、これくらいなら答えてくれるかもしれないと思い切って明也は聞いてみる。


「ライミィってさ、ここに来る前はどんなもの食べてたんだ?」

「どんなって言われてもナ、普通なんよ」

「普通か……。その割にはここのドーナツ食べるのに抵抗なさすぎじゃないか?」

「? ドーナツってあーゆーものなんじゃないんの?」

「!?」


 かなりあっさりと話してくれたライミィだが、その途中に衝撃的な発言をする。

 シュガーフェストのドーナツが一般的なものだと思うとは……もしかしてこの子は魔界とかから来たのだろうかと明也は目を見開いた。


「違うの……? ドーナツ、初めて食べたからワタシ知らないんよ……」


 驚いた明也の顔を見てライミィは困惑したようにそう言った。そしてそれを聞いた明也は今度は安心する。単に知らなかっただけらしい。まあだとしても大分命知らずな感は否めないが。


「……いや、美味しいんなら知らなくてもいいと思う。店長も喜んでるし……」


 本当の事は伝えないようにした。ライミィも佐藤も今のままでも喜んでいるし、黙っているのを明也は選択する。


「そうなん? ……あーでもワタシはもっと辛い方が好きなのな!」

「辛いドーナツか……。先輩か店長に言えば作ってもらえるんじゃないかな」

「ほんと!? 楽しみなんな!」


 ドーナツと言えば基本甘いもののイメージだが……まあ、店長である佐藤はそういう普通から外れたものに惹かれやすいので割と喜んで作ってくれるだろう。

 それに辛いドーナツというだけなら十分に食べられる。現状の、一言で例えるなら邪教の神殿とか全滅確定のデスゲームとかが近しいシュガーフェストのラインナップの中ではむしろ客を呼ぶための希望の星になりえるかもしれない。

 2人の食事が終わり次第早速提案しようと思った明也の元に、タイミング良く京が調理場から駆け出してきた。

 ちょうどいいと思って明也は新メニューの話をしようとしたのだが、様子がおかしい。何か慌てているようだ。


「明也、マリスドベルだ」

「うわー、ついに出ちゃいましたか……」


 スマホの画面を見せながら言う京に、明也は肩を落として嘆息する。ライミィがきて以来初のマリスドベル出現であったからだ。

 一応ライミィもシュガーフェストの店員である以上は魔装を着て現れてしまったマリスドベルと戦わなくてはならない。

 子供を戦わせる事もだが、あのいかがわしい衣装をライミィに着てもらわなくてはならないのも明也には気が引ける。

 明也単独で向かおうかとも考えるが、


「お! まほーしょーじょの出番なんな! ワタシ張り切るんよ!」


 やる気満々といった具合のライミィは明也が口を開くよりも先に更衣室に向かってしまった。こうなっては止めようもないだろう。

 既に魔装少女としての戦いの説明を受けてはいるが1人で行動させて何かあってはいけない。明也も後を追う。

 マリスドベル襲来を知らせた京は、そのまま調理場の方へ戻っていってしまう。


「あ、あれ。先輩は一緒に来てくれないんですか?」

「……すまんな明也。ライミィの初陣を見届けたい所だが、私にはまだやらねばならない事が残っているのだ」

「やらなきゃいけない事……?」


 明也の言葉に頷いて返す京は、深刻な面持ちで言葉を続けた。


「昼食用のチーズフォンデュがまだ残っていてな……あれを食べきるまでは私が動くことは……!」

「仕事先の厨房で何食べてんだあんたは!? そんなの後にしても別にいいでしょ!」

「でも夏とはいえすぐチーズが固まっちゃうからな……」

「ライミィに何かあったらご両親に顔向けできなくなっちゃうでしょうが! いいから来てもらいますよ先輩!!」

「ああっ、さ、咲ー! せめて私の分も美味い内に全部食べておいてくれー!!」

「えええええ2人して食べてたの!??」


 若干の抵抗はあったがなんとか京も連れてくる事に成功した。基本的に魔装が守ってくれるので過保護ではあるかもしれないが、2人もいれば万一の事もないだろう。

 ライミィと京に続いて魔装に着替えた明也ら3人はマリスドベル発生地点へと急ぐ。



 発生したマリスドベルの居場所が指し示すのは、シュガーフェストから暫く離れたところにある小さな森だった。

 小さいとは言うが、茅原町の付近にある他の森と比べればという意味であって面積そのものはかなり広い。

 京の持つスマホの画面を確認しながら現地に向かっている間、明也はこんな場所からマリスドベルを探し出せるのだろうかと不安になっていた。

 だが森に到着した時にはその心配は不要なものであったと明也は知った。


「あれ……ですよね」

「……そうなるだろうな」

「おー、鳥みたいナ!」


 森の近くまで来た3人の目には、その上空を旋回する黒い霧のようなものを纏った鳥のようなシルエットを見上げていた。

 髪色と近しい緑色の魔装を纏ったライミィが言うような、ただの鳥というわけではない。よく見れば腕の代わりに翼を生やした人間のような姿である事がわかる。

 間違いなく発生したばかりのマリスドベルだ。それは疑いようもないのだが……。


「先輩、この魔装って空、飛べます?」

「……それは無理だろうな」


 京から返ってきた返事に、明也は渋い顔をしながら鳥のマリスドベルを目で追った。

 そう、魔装には飛行するような機能は存在していないのだ。

 マリスドベルとの戦闘に耐えうるよう、未知の素材で作られたこの衣装は怪人たちのあらゆる攻撃をほぼゼロに近い威力まで減衰させてくれる。装備者の力を増してくれてもいるのか攻撃を掴んだりして受け止める事もできるし、通常以上に素早く動くことも可能だ。

 しかし空は飛べなかった。鳥のマリスドベルが飛ぶ位置は森の木々より20メートルは上空。魔装でいくらかの強化を受けているとはいえ明也達がちょっとジャンプしたくらいで届く位置ではないだろう。

 空を見上げて怪人にどう対処すべきか決めあぐねている明也たちの前に、森から必死の形相で走って出てくる女が現れた。


「ひぃ、ひぃ……! た、助けて……うわあこっちにも化物!?」

「失礼な。私達はその化物を退治しに来たというのに」


 飛び出してきた女はそのまま明也たち3人に驚いて森の中へUターンしそうになったが明也が引き止める。


「ああっ待って! 俺達は助けに来たんですって! ほら落ち着いて!」


 腕を引っ張られて連れ戻された女は数度深呼吸を繰り返し、落ち着いたようだ。若干怯えは残っているようだが話すくらいはできそうだ。

 彼女の反応からマリスドベルとは既に会っているのだろう。空を飛ぶマリスドベルは森の中から視認するのは困難であるし、もしかすると宿主の可能性もある。そのまま明也は女に話しかけた。


「それで、なんでこんな森の中にいたんです?」

「…………それは、あの……」


 明也が聞くと、非常に歯切れの悪い言葉を返してくる。加えて怪人に対するものとは別種の恐怖を覚えているような表情を見せた。

 仕方ないかもしれない。なにせ女の格好は非常に軽装なのだ。夏とはいえ森に入るような服装ではなかったし、何より煤くさい。人に話せないような事をしていたのは間違いないだろう。

 言い淀んだ女はまた逃げようとするが、今度は京とライミィが回り込み、3方向から囲い込む。

 逃げ場を失ったと理解し、観念したのか女は白状した。


「散歩、してて……途中でここの森が目に入ったの。そしたら急に『あそこの中で火を付けたらどうなるのかな』って考えちゃって……やってないけど! 未遂だけどね! ……気が付いたら森の中に入ってて、持ってたライターをポケットから取り出した所で、目の前に鳥みたいな化物が立ってるのに気付いたの……」

「そうですか。……先輩」

「まあ、間違いなく宿主だろうな」


 明也に聞かれ、京は頷いた。あのマリスドベルは間違いなくこの女の一時的な放火衝動から生まれたと見ていいだろう。

 まあいずれにしても一般人であるのは変わらない。とりあえず避難させようと考えるが、それより先にライミィが女に詰め寄った。


「それでお前は森に火つけたのな?」

「そ、そこまではやってないって言ってるでしょ! すぐ逃げてきたんだもの!」

「嘘なんよ。だってお前の体、煙臭いのな」

「違う! 私じゃない! やったのはアイツなの!」


 責めるような声色でライミィに問われた女は空を指差して叫んだ。

 その先にいるのは今も森の上を旋回する鳥のマリスドベルがいる。


「……これは、早く何とかしないとマズそうですね」

「もっともな意見ではあるんだが、どうしたものかな」


 再び見上げた明也と京は呟く。だが今回は視点がやや下に向いていた。

 森の木々の間から黒い煙が立ち上っているのが見えたのだ。宿主の女が逃げてきたと思しき森の中央付近からだ。

 それだけではなく、今まさに森のあちこちからも煙が上がり始めていた。その位置はマリスドベルが飛行する軌道に沿っており、怪人が口から吐き出し始めた火の玉のようなものが落ちた位置と重なる。


「……ともかく、ここから早く逃げてください! それと消防に連絡も!」


 何にしても普通の人間を巻き込むわけにはいかない。宿主の女にはこの場を離れてもらった。

 火事になるのは必然なので消防隊を呼んでもらう事にしたが、それの到着までにマリスドベルを片付けられるかは未知数だった。

 Dブレードを当てる事さえできれば必ず敵を倒せるとは言っても、当てられなければどうする事もできない。明也は今窮地に立たされていた。

 放っておけばマリスドベルも力を付けてしまう。どうすればいいのかはわからないが、どうにかしなくてはいけない。


「とは言っても、どうすればいいんだろう……」

「メイヤ、あれ倒すんじゃないんの?」


 さっきからただ頭を抱えて唸るばかりの明也にライミィは痺れを切らしたように聞いてくる。


「倒したいのはやまやまなんだけどさ、あんな高い所を飛んでる奴、俺達じゃ攻撃が届かないしどうしようも……」

「何言ってるんよ、あんなの簡単に届くのな」

「え、ライミィ!?」


 明也の言い分に呆れた、と言うように返事をしたライミィは今まさに炎が燃え広がろうとしている森の中へ駆けていく。

 止める間も無く、弾丸のような速度で疾走する彼女に向けて明也が手を伸ばした時点で視界からは消え去っていた。


「速いな」

「感心してる場合じゃないでしょ! いくら魔装が頑丈だからって煙を吸い続けでもしたら最悪……!?」


 飛び出した新人の後を追いかけようと明也が一歩を踏み出すのとほぼ同時、森から何かが跳んだ。

 火の手から逃れようとした鳥かと思ったが、違う。それよりももっと大きな生物である。

 跳躍したのはライミィだった。Dブレードを手にし、空を飛ぶマリスドベルへと真下から迫る。


「ライミィ!? ……でも、あの距離をジャンプで詰め切れるのか……!?」

「うらあああぁーーーーッ!!!」


 詰め切れる。そう返さんばかりにライミィの跳躍は速く、高く、まるで突き上げる突風のようであった。

 気合の掛け声と共に振り抜いたDブレードで奇襲に度肝を抜かれたマリスドベルを両断し、そこからさらに10メートルは余分に上空へと飛んだ。

 空中で光の粒子となって散っていくマリスドベルの身体と共に、ライミィは再び森の中へと落ちていく。その途中、明也たちの方を向いてどうだ、という顔をしてサムズアップしてみせる。

 入っていったのと同じように出てくる時もあっという間だった。30秒とかからずライミィは再び明也と京の前に姿を現す。


「ふふーん、あんな低いトコロ飛んでるような鳥、ワタシに狩ってくれって言ってるようなモンなんよ!」

「…………え、ライミィもしかして魔装とか関係なしにあの距離跳べる自信があったの?」

「? 当たり前なのな。ていうかメイヤもキョーもオトナなんだから、あのくらいはいけるでしょ?」

「いや、普通に無理だけど……」


 答えつつ、明也は京に視線をやってみる。もしかしたら普通ならいけたりするのか……? と思い見たのだが、静かに首を横に振った。とりあえず自分の常識がおかしいわけではないと知り、安堵する。

 恐ろしいドーナツを平然と喰らい、超人的な脚力を見せるライミィの素性がますます気になりつつも、消防隊が来る前にひとまず3人はその場を離れる事にした。

 後日、火事の被害を最小限に抑える事ができたとして消防へ通報した女性が少しばかり称賛を受けたりしたのだが……それはまた別の話。

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