新たなる魔装少女
海で一通り遊んだ3人は、日も落ち始めたので帰る事にした。(ちなみに宣伝の効果は全くなく、むしろ見て見ぬふりをされた)
佐藤の運転する車に乗り、茅原町に戻ってきたのは夜の8時頃だった。海で心配していたように町が壊滅しているなどという事もなく、平和な様子である。
魔装から着替えるためにシュガーフェストの前に車を止め、3人はそれぞれ降りていく。
「いやあ、偶には外で遊ぶのも悪くないな」
「海の家で食べた焼きイカもおいしかったですよねー。今度イカを使ったドーナツとか作ってみます?」
「それはもうたこ焼きとか作った方が早いような……、……?」
今日の感想を喋りながら店に入る2人に続こうとした時、明也は店の近くに何かの気配を感じ取った。
「これって……」
明也がその場所に行くと、暗くてよく見えないがかなり大きいものが転がっているのがわかる。触ってみると、ほんのり温かい。
「い、生き物……?」
犬ではない。もっと大きいし、そもそも体毛がほとんどない。人、のような気がする。
人が倒れている。それに気付いた明也は目を見開いた。
「店長! 先輩! 大変です!」
ひとまず明るい場所に運ぼうとして明也は倒れていた人を持ち上げた。軽い。まるで子供のようだ。ようだ、というか持った感じで分かったが、子供だ。
明也は手早く抱きかかえると、シュガーフェストの扉へと駆け込み、店内の電気を付けた。更衣室に入ろうとしていた佐藤と京が驚いて戻ってくる。
「どうした明也? 大声なんか出して」
「店の近くに人が倒れてたんですよ!」
「うーん、我が店ながら行き倒れによく縁のある事です……あれ、その子」
驚いたような顔をして、佐藤が明也の抱いている子供を指差した。
「え、何です、てんちょ……」
明るくなった店内で改めて顔を確認してみると、その顔には見覚えがあった。
若干緑がかったショートヘアーの、褐色肌の女の子。
つい数時間前、名前も名乗らずに明也らの前から姿を消してしまった少女だ。
「いやあ、また助けてもらったんな! ワタシ嬉しいよ!」
コップを手にした少女は、そう言って明るく笑う。
明也の腕に抱かれていた彼女が小さな声で水を求めており、それを聞いた京が水を汲んで持ってくると一息で飲み干して復活したのだ。
まさかこんな場所で再会するとは明也たち3人は思ってもおらず、揃って呆気にとられた表情をしていた。
「この子、もしかしてここまで走ってきたのかな……?」
「ええー。茅原町からあの海までは結構距離があったはずなんですけど……」
「……まあそこも気にならんではないが、もっと重要な事があるだろう。……お前、親はどこにいる?」
そうだった。明也も海で不思議に思ったのだが、この少女の親はどうしているのだろう。
普通に考えてこんな小さな子供が独り暮らしというわけもなく、保護者がいるはずだ。
それらしき人を海では見かけられなかったが、この町に住んでいるのだろうか。明也がそう思っていると、少女は不機嫌そうに答えた。
「……ふん、あんなトコ、かた苦しくて嫌いだから出てきてやったんよ」
「家出か。何をしようがそれ自体はお前の自由でもあるが……ちゃんと両親には言ったのか?」
「言うわけないんよ。こっそり来たに決まってるのナ」
「それでは駄目だろう。親に心配をかけるものじゃない。行き先くらいは告げていくべきだろうに」
「そんなの家出じゃないよ! ……それに、言ったって無駄なのよな」
「なぜそう思うんだ?」
「……」
「……」
それ以上の問いかけには答えず、腕組みした少女は頬を膨らませた。とりあえず家出少女ということでいいのだろうか。
両親が心配しているのは間違いないだろうが……。この調子では家の事を聞いたところでこれ以上何も答えてくれなさそうに見える。
難しそうな顔を見せ、どうしたものだろうかと京は佐藤に判断をあおいだ。
「……どうする、咲?」
「いや、どうするもこうするもこういう時は警察に連絡する以外ないでしょうよ」
「いいえ、待ってください暁くん。そうとも限りませんよ」
「店長……?」
携帯を持っていないので店の電話で警察を呼ぼうと提案した明也だが、佐藤に制止されて立ち止まった。
どう考えてもこれが最善手のはずなのだが……。しかしわざわざ止めるとあればより良い解決策を持っているに違いない。気になった明也はひとまず彼女の行動を見ることにした。
すると佐藤は私に任せておいてください、と言わんばかりに頷いて、少女の前まで歩み寄っていく。
「えっと、聞くのが遅れちゃったんですけど、あなたのお名前を教えてもらってもいいです?」
少女の目線に合わせて若干かがみ、少し下から覗き込むような体勢で佐藤は聞いた。そういえば、まだこの少女の名前を聞いてすらいなかった。
しばらくの間少女はだんまりを決め込んでいたが、その間もずっと見つめ続けてくる佐藤に根負けしたのか、渋々といった感じで口を開く。
「…………ライミィな。ライミィ・サンディって言うんよ」
「いい名前ですね。かわいいあなたにピッタリです。……あっ、ライちゃんって呼んでもいいですか?」
「……好きにしたらいいのな」
名前を聞き出し、即座に愛称まで決めた佐藤は、それを了承したライミィの両手を素早く握った。
「かわいいあなたにとってもいいお話があるんですよ」
「ふん、どうせそう言ってパパとママの所に送り返す気なんでしょ? ワタシわかってるのな」
そう言ってライミィは手を振りほどこうとするが、佐藤は強く握ったその手を決して離さない。
「そんなもったいない事しません。むしろこのお話を受けてくださるならそうしないように尽力しますよ!」
「……店長?」
話の先行きが怪しくなってきたので明也は止めようと試みるが、どっちも話を聞いていない。幸か不幸かライミィはその話に食い付いてしまった。
「なんなんよ、その話って」
若干の乗り気な反応を感じ取ったのか、佐藤は嬉しそうに満面の笑みを浮かべてライミィの質問に答えた。
「ライちゃん、魔法少女になってみませんか?」
「……なんでそうなるんです?」
どの辺がライミィにとっていい話なのか明也にはわからず、呆れ気味に呟いた。
そういえば海でも勧誘しておけばよかったと言っていたのでなんとなく言う気はしていたのだが、何の解決にもなっていない気がする。
「なんでって、自分の子供が職に就いて働いている所を見たら親御さんも安心するじゃないですか?」
「子供があんなカッコしてたら不安にしかならないでしょ!! ……いや、そもそも子供を働かせたら駄目じゃないですか!」
「ワタシ抜きで話さないでほしいのな。で、まほーしょーじょって何するんよ?」
明也の懸念に反して、ライミィは既に相当乗り気であるらしく佐藤に詳細を問うてきた。
「ふふふー。魔法少女はですね、キュートなデザインの衣装に変身して平和を脅かす悪い怪物を魔法の力で倒していくんですよ」
「嘘は言ってないと思うんですけど……。ライミィ、でいいのかな? 俺達のやってるのは魔法少女じゃなくて魔装少女だし、衣装はコレだからね?」
明也がまだ着替えていなかった自分や佐藤、京の魔装を示してみせる。
ライミィはそれを真剣なまなざしで見るが……。
「……まあ、悪くはないのな」
「う、嘘だろ……!?」
「そんなに驚かなくても、この衣装だって可愛いじゃないですか」
「これで完全に少数派だな、明也」
ライミィから拒絶どころか肯定的な意見すら帰ってきて、明也はひどく納得がいかない様子で頭を抱えた。
ここまでこの魔装に肯定的な人間が身近に多いと、自分自身が間違っているような気さえ明也はする。
「……いや、まあその話は置いておくとしても、住む所はどうするんですか? こんな小さな子1人で借りられるアパートなんて無いでしょうし……」
「それならここの2階に空き部屋がひとつあるので、心配御無用です」
もちろん考慮済みです、と佐藤はえっへんと胸を張って答える。
そういえば、ここシュガーフェストには2階がある。そしてそこには会った事すらない博士なる人物がいるのだ。話だけ聞くとただの引き篭もりなのだが。
そんな2重の意味で気難しそうな人の近くにライミィを住まわせても大丈夫なのだろうか。最も騒ぐのが好きそうな年頃だけに不安を感じる。
「それだと博士とやらは嫌がるんじゃないですか?」
「平気ですよ。博士は優しい人ですから、おやつの時間に売れ残っちゃったドーナツを多めにあげたら目を瞑ってくれます」
「そ、そう……でしょうね」
それは許諾とかではなく脅迫とか拷問のたぐいではないかと明也は思うが……言わないでおく。
「ライちゃんも魔法少女になってくれるならお店のドーナツ食べ放題でもいいですよ!」
「なぜ拷問を!?」
言った。
「食べ放題!? いい言葉なのな! ……わかった、やるんよ!」
何も知らない少女は、その言葉を聞いてとうとう宣言してしまった。それを待っていたかのように、佐藤はライミィの手をもう一度しっかりと握り直す。
「そう言ってくれると信じていました。ライちゃん、今日からあなたも茅原町の平和を守る魔装少女です!」
「これで明也も後輩ができたわけか。今まで以上に気合を入れていかないとだな」
「いや……ただただ騙している感じがして気が引けるのですけど……」
食べ放題というのに非常に期待を抱いているライミィを見て、その希望がすぐ絶望に変わるさまを予知した明也は哀れむような視線で彼女を見る事しかできなかった。
そんなわけで、シュガーフェストに新たな魔装少女が誕生した。
家出少女ライミィ・サンディ。いずれは親元へと返さねばならないが、本人の気が向くまでの間は自由にさせてもいいのかもしれない。場の空気に流されつつある明也はそう思うのだった。