エンディング・エピローグ そして日常へ戻っていく
雲ひとつない快晴の日。心地よい春の陽気が気分を上げてくれるようなその日は誰しもが楽しく過ごせそうだった。
「……」
「……」
「……」
「……」
が、シュガーフェストは例外であった。
いつものように客の訪れない店内だが、いつもとは違い従業員のテンションは見たことがないほどに低い。
陰鬱な雰囲気の漂う中、佐藤がため息を吐く。
「はぁ……。来ない、ですね」
誰もその言葉に返事を返しはしないが、胸中ではみな頷いていることだろう。
来ない、というのは客の事ではない。いつもの事だから言うまでもない。この場にいないもう1人の従業員の事である。
暁明也。彼は旧地下水源の最奥でマリスドベルと融合体を町に溢れかえらせていた元凶を倒し、その後の消息を絶っていた。
佐藤たちが地下水源の奥までたどり着いた時にはただ涸れた水源にDブレードΩが残されているばかりで、どこを探しても明也は発見できなかった。
しばらくすれば返ってくるだろうか。そう思い明也の帰還を待ってはいたものの、気付けば半月ほどが経とうとしていた。
もちろん、その間に明也からの連絡はなかった。
「……融合体とマリスドベルは町から消えたというのに、明也まで同時にいなくなるとはな……」
「先輩もマリスドベルだって言ってましたしねぇ。一緒に消えちゃったんですかねぇ」
「あー、そっか」
「こらこらライちゃん、納得しちゃダメですよ」
戸ヶ崎の憶測に理解を示したライミィを窘めつつ、だが4人の見解はほとんどまとまったものでもあった。
旧地下水源に巣食っていたマリスドベル達の元凶を撃破したことにより、茅原町を跋扈していたマリスドベルは消滅した。
そして、同じマリスドベルであった明也もそれに巻き込まれて消滅したしまったのではないか、という考えだ。
始めの内はまさか、程度の疑惑だが、日が経てば経つほどにそれは確信に変わっていく。彼はもうこの世界から失われてしまったのだと。
そうなのだと、分かってはいる。しかし同時に、何か確実な証拠が見つかるまでは信じていたい。もしかしたらまた店のドアを開いて帰ってきてくれるかもしれないのだから。
そんな想いを抱く佐藤の元に、ドアベルの鳴る音が聞こえた。
「!! あかつ……」
が、そこにいたのは口から出ようとした人物とは違う者だった。
「なんだ……お客さんか」
「客が来てガッカリする店は初めて来たな……」
「これはこれで新鮮味があっていいですね」
顔を見て早々にうなだれた佐藤に来客の内の1人は呆れるような顔になる。もう1人は朗らかに笑いながら流していた。
入ってきたのは男女の2人組。長い黒髪の男と派手な髪色の少女だ。服装も外見も異国風なところを見るに観光客だろうか。
佐藤の対応に呆れるでもなく2人は店の中に入り、商品棚の方を見て回り始めた。しばらく陳列されたものを眺めて、男の方が口を開く。
「……それで、ここは何の店なんだ?」
「見ての通りのドーナツ屋さんですけど」
不思議な質問をされ、佐藤は首を傾げながら答える。すると黒髪の男はそれこそおかしなことを言われたように笑う。
「ああ……間違ってはなかったのか。まあ店の名前でわかるよな。……じゃあこの魔物みたいなやつもドーナツなのか?」
「ああ、それは私の作ったものだ。題材は恐怖だったと思う」
「恐怖を題材に作るドーナツってあるんですね。私、ここに来て初めて知ったかもしれません」
「……多分ここでしか通用しない知識だと思うから、忘れていいと思う」
見識が広まった、と喜ぶ少女に男がツッコミを入れる。そんな2人の元へ戸ヶ崎が興味を惹かれたように寄っていく。
「……」
「? なんだ?」
「お2人は付き合ってるんですかぁ?」
「ん? ま、まあそうだけど」
「そうですよ、私達は夫婦なんです! 結婚してるんですよ!」
唐突な戸ヶ崎の問いによくぞ聞いてくれました、と言うかのように少女の方が胸を張って答える。
それに対して戸ヶ崎は、腕に抱いた人形をぎゅっとする。
「そうなんですかぁ。……いいなぁ、結婚だって、ゆうくん。羨ましいねぇ」
「羨むことはないですよ。あなたもきっと、好きな人と一緒にいられる日が来ますよ」
「それはもう来ているんですけどぉ……。ところでお2人は何しに来たんですかぁ? 旅行?」
「ふふん、そうですよ! 新婚旅行です!」
「いや違……、まあ旅行を兼ねてはいるけど。っていうか新婚って部分はなんか違くないか?」
「気分はいつでも新婚さんですよ!」
「そうか……そうなるのか」
どうしたものか何とも言えない様子の男に少女の熱っぽい視線が浴びせられる。聞いている限りだと最近結婚したばかり、という感じだろうか。
親しく、それでいて楽し気に話す2人を見ていて、佐藤はつい溜息を吐いてしまう。
「はぁぁ……」
「……随分辛気臭いな。俺達は邪魔って言いたいのか?」
「あ、ごめんなさい、そういう訳じゃないんです。ただ暁くんが」
「アカツキ? 誰だよ」
つい名前を出してしまい、男に首を傾げられる。
だがむしろ丁度いいと思い、佐藤は折角なので暁明也について教える事にした。
「暁くんはですね……、そうですね。あれは夏の事だったので、もうすぐ1年近くが経とうとしているんですね。そんな夏のある日……」
「しまった、すげえ長い奴だこれ!」
「わー、他人の恋の話ですね、楽しみです!」
「いえ、恋ではないんですけれど」
そうして佐藤が語りだした明也の話を聞くにつれ、少女の方はうんうんと楽しそうに頷いているが、男の方はあまり興味がないのかなんとも言い難い苦い顔をしている。
明也がこのシュガーフェストで働き始め、魔装少女として茅原町の平和を守るために戦い、そして先日から行方が知れない事まですべて話した。
全部を聞き終えて、男の方には表情の変化があった。
「あー…………そいつかぁ」
何か明也について知っているのか、心当たりのある声を上げた男に、佐藤は目を見開いて食い付いた。
「暁くんの事なにか知ってるんですか!?」
「……まあ呼ばれたようなモンだからな、知ってると言えば知ってるが」
「呼ばれた? ……もしかして、暁くんのご両親でいらっしゃったり!?」
「いや、それは違う」
「子供は欲しいんですけどね」
「いや……いや違わなくはないが、それは今は置いておこうな」
脱線しかけた話題を元に戻すと、男は続ける。
「まあ……何だ、そいつのおかげで迷惑をかけてる奴がいると分かったんでここまで来たんだが、……その暁ってヤツに帰ってきて欲しかったのか?」
その質問に佐藤は静かに頷いた。京、ライミィ、戸ヶ崎の3人も続くように同じことをする。
それを見て男は神妙な顔になった。腕を組んで、何事か考えている様子だ。
「…………適当な事を言う訳じゃあないんだが……期待して待っててやるといい。案外いきなり姿を見せに来たりするかもしれないしな。約束したんだろ? 必ず帰って来るって」
根拠は無いが、その言葉はなんだか正しいものであるように思え、佐藤は力強い頷きを返した。
「……はい! 暁くんは帰ってくるって……。帰って、来る、って……約束してたっけ? 暁くん」
「え、私は知らんが……」
「ワタシもメイヤがなんか言ってたか覚えてないのな」
「私の覚えてる限りでもしてなかったと思いますねぇ」
頷いたはいいが、別に明也はまたシュガーフェストに戻ってくるだとか、そういう話はしていなかったのに気付く。
気付いた途端に4人は慌てだし、それを見て男は呆れたような顔になった。
「してないのか? そういう約束とか……いや、別にいいんだけど」
「どちらにしてもこれだけ想われているというのは素敵なことです。帰ってくるといいですね」
「はい、暁くんがいないと重い物とか運ぶのが大変で」
「……想われてるのか?」
聞く限りでは力仕事要員と見られているようにしか思えず、男はこの場にいない明也へ向けて哀れむような視線を送った。
「ともかく、悪い奴ではなかったんだろ? なら上手い事やって戻ってこられるさ」
「うふふ……あなたってば」
「な、なんで笑うんだよ」
何がおかしかったのか少女は笑い、咳ばらいをひとつしていきなり話題を変えだした。
「そっちはついでだからいいとして、聞きたい事があるんだよ。この近くに髪が赤くて白い服着たヤツがいるはずなんだが、知らないか?」
「? 博士の事ですか? 2階にいますけど」
「博士とか呼ばれてんのかアイツ? どうでもいいけど。……少し話があるから通させてもらってもいいか?」
「あっ、もしかして博士のお友達の方なんですか!? いいですよー、ご飯の時以外ほとんど部屋に閉じこもってますから開けてくれるかはわかんないですけど、是非会っていってあげてください!」
「友達じゃあないんだけど……っていうかそこまで迷惑かけてるのかよ」
博士の話を聞き、呆れるやら怒りやらをにじませながら2人は佐藤に2階へと案内され、知人だけで話したいだろうと考えて佐藤だけ戻ってきた。
……そして4人だけに戻った空間には静けさが戻り、再び空気が沈み始めようとしていた。
佐藤のため息が再び吐かれようとした時、店のドアが再び開かれる。
珍しく来客が続いた事に驚き、しかし表面上には出るまででもなく佐藤は無感情に口を開く。
「いらっしゃ……」
だが、そこに立っていた人物を見て佐藤の言葉は止まった。他の3人も似たようなもので、視線をそちらへ向けて驚愕に口が開いている。
誰が来たのかを理解し、佐藤はレジを飛び越えてドアの前に立つボロボロの姿の彼に向っていき、叫んだ。
「――おかえりなさい!!」
おしまい




