暁明也、さいごの戦い
茅原町の中心地に存在するのは、公民館。その地下に旧水源は存在している。
元々は何の変哲もない普通の公民館であったのだが、建設から少しして床の一部が崩落。そこから地下への入り口が顔を覗かせた。
それから調査の後、穴の先に広がるのが先人たちの遺した文化であると判明するや、観光や学校の社会見学などで利用できるように公民館は改修され、誰もが簡単に入れるようにとなっている。
……もっとも、観光地とするには多少舗装がしっかりとした通路以外に見るものはなく、また当時の様子を再現するためとして照明等も追加されておらず非常に暗いので唯一の見物である道もかなり見づらい。町一帯に広がる水路と言えば壮大にも思えるが代り映えのある光景ではなく、歩いても歩いてもあるのは枯れた水路。同じ暗闇を歩くのでも地上に出て真夜中の茅原町を1周歩き回った方がよほど多くのものに出会えるだろう。林が多いだけあって、ノコギリクワガタやミヤマクワガタを見つける事もできるかもしれない。
無料で開放されているため何も知らない一見さんが時折訪れるのだが、30分以上の滞在は皆無に等しかった。リピートに関しては言うまでもない。
それでも月に何度かは会議の場として使われてはいるので、最低限の人員は常に配置されている。
が、それも今日に限ってはいなくなっている事だろう。
「嘘だろ……これが全部融合体!?」
茅原町公民館前には、20体近くのマリスドベル融合体が地下へと続く道を封鎖するかのように整列していた。
数にはもちろん、明也はこれだけの人数が元々誰も近寄ろうともしないような施設の前に立ちはだかる事にも驚愕している。そんな偶然はあるものだろうか。
「人、とは少し違うかな。あれは彼の分身……それが自分の中にある人の記憶を利用して変身しているようなものだからね。融合体ではあるけれど、小さく分けられた端末から更に小さく分割されてるようなものだから、倒すのに苦労はいらないはずだよ」
明也の心中になぜか付いてきた博士が答えてくれる。どうしてそんな事を知っているのかは不明だが、あの融合体はどれも複雑な行動はできないと考えていいようだ。
「再生された怪人達、という事か」
「見覚えのない人ばっかりですけどねぇ」
「ニセモノ、ってことでいいのな?」
「うん、量産型って事ですね!」
強くないと聞いてか、明也以外の4人は京と戸ヶ崎を筆頭にもう融合体と戦う気でいた。いくら単純な動きと言われても融合体との戦闘はしてほしくないのだが。
「……俺がやります。ナイ――」
ここで使うのには不安がある。しかしいざとなればナインカウントの連続使用でどうにかしようと考えた明也はDブレードΩを構え、
身体強化を発動する直前、自分の目の前に歩み出た博士に目を丸くして言葉が止まってしまう。
「!? は、博士!?」
「それはまだ早いよ、使い所はもっと考慮した方がいい」
融合体と佐藤たちの衝突を避けるためとはいえ、軽はずみなナインカウントの使用を窘められ、それから博士は融合体の方へ視界を戻して、鼻から深く空気を吸った。
「……うん、薄すぎる。これでは彼の残り香すら感じられない。本当に別人のようなものじゃないか」
表情を変えず、しかしその声に落胆を大いに滲ませながら博士は溜息を吐いた。
それから血迷ったかのように融合体の方へとすたすた歩いていく。
今までは離れた距離からの観察だったおかげか融合体は動かなかったが、真っ向から向かっていく博士は攻撃が容赦なく襲い掛かる。
それは無意味に死のうとするようにしか見えず、明也は今度こそナインカウントを使おうとした。
だが、それも結局は中断する事になる。
「あっ、あああっ」
「おおおおおおおおおっ」
博士へと殺到した融合体は次々に意識を失ったかのように倒れ、悶えるような呻き声を上げ始めたのだ。
どんな術を使ったのか、何が起きたのかもわからない明也は丸くした目を博士へと向ける。
「やっぱり効いてくれるわけか。……これはこれであまり嬉しくないな」
融合体の無力化に成功したというのに喜ぶ素振りも見せず、その瞳には失望すら伺えた。
「あの、博士。これは……?」
「……ん。彼らには少し夢を見てもらっている。しばらくはまともに動けないはずだから、後始末はお任せするよ」
明也の言葉に答える頃には一瞬見せた失意の表情も消え失せ、普段通りの無表情な顔が戻ってきた。
それどころかこの場にいた融合体の全てを彼女1人で倒してしまったのだ。結局どうやったのかは不明だが。
しかしこれで水源に突入することはできる。明也たち5人は急ぎDブレードで融合体たちを斬り、公民館内部へと突っ込んでいく。
旧地下水源の深くへと通じる階段を駆け下りながら、明也たちは行く手を遮るように立ちはだかる融合体を倒していった。
数メートルおきに接敵する融合体は本来ならば簡単に斬り捨てられるような相手ではないのだが、博士の使う謎の力で動きを封じられているので本領を発揮させずに撃破できている。
負傷者を出すことなく階段を下り切った6人は、果てしなく続くようにも思える通路へと足を踏み入れた。一直線に続くその路は、確かにこれがどこまでも変わらないとあれば先へ進む気力の奪うのに十分かもしれなかった。
明かりのない水路は暗いが、Dブレードの放つ輝きが道の先を照らし出してくれる。
「くっ、ここにもまだ融合体がいるか!」
「……まだまだすごい数ですねー」
照らされた先には、無数のマリスドベル融合体が再び立ち塞がっている。今見えている限りでも入口にいた数と大差がない。このまま奥へ進んで本体の元へとたどり着くにはあと何百という融合体を倒す必要があるのだろう。
「……でも、博士がいるから大して苦戦はしないですよね」
敵の数だけならば絶望的だが、こちらにはそのほぼ全てを無防備な状態にできる者がいる。だから明也は博士の方を見た。
しかし博士はそれに頷くことはせず、首を横に振る。
「申し訳ないけれど、私に頼るのはここまでにした方がいいかな」
「なっ……!? 急にどうしたんですか!」
突然の突き放しに困惑して博士を見やる。他の4人も同様で、なぜいきなりそんな事を言いだしたのか分からない様子だ。
「もしや、魔力……のようなものが切れてしまったと?」
「そこは心配しないでくれていい。無尽蔵だからね」
京がこれではないか、と聞いた言葉も外れなようで、再び首を振る。力を使うためのリソースがなくなってしまったわけではないらしい。
ならばどうして、というのは聞くまでもなく教えてくれた。
「すまないね、そんなに難しい話じゃないんだよ。ただ効力が無くなり始めているのさ。彼に近付いているからかな」
宣言通りに簡単な話だった。この水源の先に待つ親玉に接近しているわけだが、道中を守る融合体もそれに近いほど強力になって、敵を拘束する力にも抵抗できるようになってしまうのだろう。そう言われてみると、階段で待ち構えていたマリスドベルたちも後半になるにつれ博士の力に抗して反撃しようとしていたように思える。
……それを説明する彼女の口調は心なしか嬉しそうだったのが気になるが、それはそれとして明也は納得する。
「……ということはつまり、ここから先は俺達の力で突破しなくちゃいけないって言いたいんですね」
「そういう事だね。私は少し離れた所で応援させてもらうとしよう」
明也の言葉に頷き、博士は宣言通りに一向の最後尾へと移動した。
それを確認すると明也は視界の先に待つ融合体たちをしっかりと見る。
力を増しているという事は、動きもまた複雑さを増していると考えていいはず。それはつまりここからが本当に戦いの始まりで、ここからが明也の力の使い所でもある、という事だろう。
「だったら、俺が道を切り開きます! ――ナインカウントッ!!」
『――起動コード承認、並列時空個体との多重リンクを開始、――リンク成功確認。グレートブースター発動。カウント、スタート』
DブレードΩの音声が響き、世界の進行がゆっくりになっていく。今度は止められることなく使わせてもらえた所からも、やはり今が使い時だったと見てよさそうだ。
本来の時間で9秒後には動けなくなってしまうのが確定した明也だが、そんな事は構わない。最悪無力となった博士あたりに背負ってもらえばいいし、何より今は一刻を争う時なのだ。雑魚には構ってやる時間すら惜しい。
その相手が融合体であるため雑魚と呼ぶにはいささか危険度が高くはあるが、博士の話では本物の融合体ではないらしく、それを証明するように超光速の世界についてこられているのは明也だけのようだ。
敵が置物同然であるのを視認した明也はDブレードΩと共に融合体を殲滅すべく突っ込んでいく。
視界に映る融合体を1つ残らず斬り伏せながら明也は進む。
体感で10数分が経過した頃だろうか。斬りかかる中で、融合体たちが明也を視界に捉えだしたのを見て、敵が徐々に対応し出したのを確認する。
本体が待つのはどの程度先なのかは不明だが、きっとすぐに反撃をしてくるようになってしまいそうだ。
その予想を立てて明也は苦々しい表情になる。先の見えない状況で少しずつ強化されゆく敵との連戦。ひどく不利な状況に他ならない。
だからといって、今さら退く事などできない。ナインカウントを使用した以上、明也にできる事はただ、先へと進む事だけだ。
さらに10分が経過した。明也を確実に捕捉している融合体たちが己の武器を明也に向けるが、まだ攻撃が届くほどではない。
避けつつDブレードΩを叩き込んでいく。そうしながら進み、明也は通路の先に光を見る。
剣の光を反射して輝く銀色の物体。ここに来る前に明也が見た敵の姿がそこにはあった。
「見えたッ! あれが」
視認と同時、明也の右肩に爆発のような衝撃が叩きつけられて言葉は中断される。宙を舞い、回転しながら水路の床に倒れた。
「あッ、ぐッ、……!!」
衝撃と苦痛に、明也は呻く。何が起きたのかはすぐにはわからなかったが、どこからの攻撃だったのかはすぐに理解できた。
立ち塞がる融合体たちの中に、巨大な穴を体に開けているものがいた。それは一直線に並んでおり、その先に視線を凝らせば簡単に見える。
旧地下水源の最奥。銀の物体が鎮座する場所の前に立つ融合体は、闇の霧を放つ巨大なライフルを床に構え、自身が最終防衛ラインの守護者であると宣言するかのように待ち構えていた。
「あいつが……!!」
左手を床に突き明也は体を起こす。右腕はまるで動かない。
最奥の融合体による射撃で明也の右肩には大きな穴が空き、えぐり飛ばされてしまったのだろう。しばらくは左腕しか動かせそうにない。
起き上がり体の一部機能停止を感じたのと同時、明也はその融合体が発光したのを見る。
「――ッ!!」
嫌な予感がし、明也は左手をバネにその場からすぐに飛びのいた。
それから0.数秒遅れて、直前まで明也のいた場所に凶弾が炸裂する。床に直撃し、粉微塵に砕かれていく。あのまま動かなければ頭から爪先まで、跡形もなく貫かれていた事だろう。
超加速状態の明也の世界でもこれほどの速度を持つ弾丸は、通常であれば不可視の速度であるのは確実だろう。
……絶対に、佐藤たちが追い付く前に倒さなくてはいけない敵だ。
そう理解した明也はDブレードΩを強く握り構える。そして、あることに気付く。
「……ッ!? ナインカウントの光がッ!?」
DブレードΩに嵌められたオーブ。ナインカウントの効果時間を知らせるそれの輝きがほとんど失われてしまっているのだ。
それは現実世界での9秒、時間切れが近い事を示している。最悪のタイミングでの発覚に一瞬驚き、しかし明也は逆によかったと考える。事前に切れるとわかっていれば対処はできるのだから。
やらなくてはならない事も単純だ。ナインカウントが使えなくなる前に、射撃型の融合体を撃破して道を切り開く。
最後の敵を護る最後の壁を打ち砕くべく、明也は他の融合体の隙間を縫って駆け抜ける。
それを止めるべく融合体から3度目の砲火が上がった。進路上の別の融合体たちの体をねじ切るように大穴を開けながら弾丸が迫りくる。
体を反らした程度では回避した所で衝撃波によって引き裂かれる威力なのはわかっているので明也は大きく飛ぶ。
壁めがけて飛んだ明也はそのままの勢いで壁を蹴りつけ、三角飛びの要領で大きく融合体へと近付いた。
両者の距離は一気に狭まり、あと2度か3度射撃を避けつつ同じように進めばDブレードΩの射程距離となるだろう。
あと僅か。再度放たれる弾丸を回避しつつ、明也はまた跳躍し、
「づッ……!!」
融合体を飛び越えた時、直下から高速でいくつもの光線が突如現れた。1体の融合体から放たれたその輝きは、咲き誇る花のように8方向へ向けて伸びていく。
一見すれば美しくも見えるが、それは明確に融合体の攻撃である。花のように開いた光線は、食虫植物が獲物を捕えるように閉じていき、自身の直上にいた明也へ喰らい付こうとする。
回避を試みるが空中ではろくに動く事もできず、左足が光線に触れてしまう。焼けるような痛みと共にそのまま足を通り抜け、ある種美しくすら見える断面を覗かせた。
痛みを堪えながら明也は反撃し、光線を放つ融合体は倒せたものの着地には失敗し、顔から床に突っ込んでしまう。
片足を失った痛みに明也は苦しみ、同時に足1本で済んだ事を幸運に思う。まだ動けなくなったわけではない。動かせる手と足で立ち上がろうとする。
……だが、そんな明也に追い討ちをかけるように不幸を告げる声が響く。
『――カウント、ゼロ。リンク解除』
明也の中で響くその声に、世界が急速に元の時間を取り戻していくのを感じる。全身に激痛と疲労感が駆け抜け、起こそうとしていた体がまた床へ崩れ落ちていく。
それからすぐに、周囲の融合体からの攻撃が殺到し――
「ナインカウントッ!!!」
迷うことなく、明也は再びそれを叫んだ。減速を始めていた世界が再び加速する。
『――起動コード承認、並列時空個体との多重リンクを開始、――リンク成功確認。グレートブースター発動。カウント、スタート』
世界の加速と同時に明也の体は力を取り戻す。自由の戻った体で、明也は即座にその場から飛びのいた。襲い掛かってきた融合体ごと床へ弾丸が撃ち込まれ、一瞬ブラックホールができたかのように全てを粉砕していった。
……再度の9秒。これが終われば明也の体はドロドロに溶けてしまう。しかし、今の明也にはどうだっていい。もう1度踏み出し、射撃型の融合体を斬ることだけに意識を集中させる。
距離だけならば、もうひと跳びで肉薄できる。だが、そこまでの間にいる融合体が3体。少し後方にいた敵でも明也の片足を奪えたのだから、この3体は加速した世界により対応してくることだろう。
決して、無視できるような相手ではない、ということだ。手足が片方ずつ動かせない状況で戦わなくてはいけない今、倒せるのかはわからなかった。
「……だとしても、やるッ!!」
だが明也は臆さない。後に続いてくるはずの佐藤たちのためにも、例え体がバラバラになろうと必ず眼前の融合体たちを倒すつもりだ。
そう決意した明也は眼光を鋭くしてまず最も近い位置にいる融合体へと飛ぶ。猪突猛進なその姿は捨て身のようで、被弾の事など考えてもいない。
当然のようにそこへ融合体の反撃が飛んでくる。明也に向けて伸ばされた融合体の腕が突如として凄まじい冷気を帯びる。
触れれば即座に凍り付いてしまう、と見ただけでわかるほどの冷気を迸らせながら頭を掴もうとしてくる融合体に、明也は体をひねり、反動で動かせなくなった右腕を前方に掲げる。
右腕を掴まれ、一瞬の内に肩までが凍り付いてしまう。だが腕を犠牲にした間にDブレードΩが融合体の体へと叩き込んで次へ向かう。
次の融合体を射程距離に収めると同時に前方で放火が再び上がった。
まず弾丸を避けようとし、
「ッ!?」
体が動かない。全身が上から強い力で抑えつけられるような感覚に、明也はナインカウントが終わってしまったのかと一瞬思う。
しかし世界は加速したままだ。別の要因があると気付き、明也は眼前の融合体を見る。その胸には怪物のものであろう巨大な目玉のような球体が埋め込まれるように存在していた。
血走った眼球は禍々しい色に輝いていた。特にそこから攻撃を飛ばしてくるような素振りもないので、何らかの力を操って明也の動きを封じている方であろう。
視線を合わせれば動きを封じられてしまうものとは以前戦ったがそれではない。融合体の胸部に視線を向けたのは束縛感を感じてからだ。もっと別の方法の可能性が高い。
おそらくは重力などを操っているのだろう。それで明也は体の自由を封じられたように思えたのだ。
実際にどの程度の負荷が襲ってきているのかは不明だが、気合を入れれば動けないこともない。明也はバネのように体を限界まで折りたたみ、床を踏み砕くような勢いで大きく横へと跳ぶ。
まるで水底にいるかのような重圧のせいで想像以上に飛距離は出なかったが、融合体の射撃を避けるには十分の距離が取れた。
着弾の衝撃に巻き込まれ、融合体胸部の眼球も大半を粉砕されて放ち続けていた輝きを失っていく。同時に明也を縛り付けていた力も取り除かれる。
その瞬間を逃すことなく融合体を胸部の眼ごと切り裂きながら残る1体へと駆けていく。
たった今倒したのと同じような相手だ。その胸に埋め込まれた巨大な瞳が示すように、2対の融合体だったのかもしれない。まだ輝いてはいないが、すぐに重力が襲ってくることだろう。
同時にその力を使われていたら流石に明也も動く事はできず、あの弾丸で破壊されていたに違いない。なぜそうしなかったのだろう。射程距離が違ったのか。
何にしても同じ力なら対処法も同じだ。重力が強まると分かっていれば、始めからその分力強く踏み込めばいい。そう考えて明也は爆発的な跳躍でもって飛ぶ。
「これでラス……ッ!?」
宙を駆け抜けようとする明也だが、直後自分の体の異常を感知して驚愕する。
飛び上がった体は融合体の手前で止まり、明也は空中にいるまま落ちる事も無い。時間が止められてしまったかのように、いつまでたっても落ちないのだ。
それはまるで今倒した融合体とは逆の能力のようで。
「……しまった! 本当に対になってたのか!?」
そこまで考えた明也は悟る。さっきの融合体が重力を増大させてきたのなら、今度のは逆に重力を奪ってきたのだろう。
宙に浮かされ、床にも天井にも触れられず身動きのできない明也に、融合体の銃口が合わさり始めた。
それを見て明也は脱出を試みるが空中では回避などできようもなく、刻一刻と終局へのカウントダウンが迫りつつある。
「ッ……!! とど、けぇッ!!!」
詰みの状況を理解し始めてしまった明也だが、決して足掻くのをやめはしなかった。
手にしていたDブレードΩ。それを反重力を発する融合体めがけて投擲したのだ。
槍のように真っすぐに飛んでいくDブレードΩだがしかし、相手を貫くほどの飛距離は出せなかった。胸の瞳を刃が軽く撫でる程度の接触の後、明也と同じように浮かび始める。
だがそれで十分でもあった。DブレードΩの刃が触れた個所から融合体は光へと分解され出す。
それと連動して融合体の力も制御を失い、明也は突然床へと落とされる。
直後に寸前まで明也がいた空間を弾丸が通過していき、天井側を粉砕して巨大な穴を穿つ。
それを見届け、明也は這って投擲したDブレードΩを回収し、今度こそ最後の跳躍を行った。
一直線で飛ぶ明也の眼前に、融合体の銃口が突き付けられる。が、引き金が引かれるよりも明也の方が早かった。
DブレードΩが銃身を裂き割り、そのまま銃ごと融合体の体を横一閃に斬り裂く。
両断した最後の融合体が光の粒子と変わって消えていくのを見て、滑るように床へ倒れ込んで明也は大きく息を吐いた。
「~~~~っ、はぁぁ……!! お、終わった……!」
安堵から、明也は一気に体の力が抜ける。片手片足を奪われたが、やらなくてはいけない事は達成できた。安心して目を閉じようとしたが、まだすべてが終わった訳ではないのを思い出してしっかりと目を見開く。
「……いやいや、まだ終わりじゃないよな」
残るのはこの融合体たちを、そして地上に溢れるマリスドベルを生み出している親玉だ。うつ伏せに倒れたままの状態で明也は顔を上に向ける。
巨大な銀の球体。時折液体のように波打つそれは、間近で見るだけでも強大な力を有しているのが瞬時にわかった。
だが攻撃手段を持っていないのか、無防備な姿を晒す明也になんの攻撃も仕掛けてこない。
「……もしかして俺の事、仲間だと思ってるのか?」
不動のままの敵に、明也はそう考えた。
明也には分かっている。この球体には戦う力があるはずだ。それをまるで行使しないという事は、明也を味方だと認識しているのだろう。
暁明也はマリスドベルである。店でこれの探知に成功した以上、少なくとも繋がりがあるのは間違いないはずだ。
ならば攻撃対象から外れていても不思議ではない。そしてそのとおりだとすれば、やはり明也の仕事はまだ終わりではない。
一見すれば巨大なだけの球であるが、その力は融合体をゆうに超える。これもまた、ただの人間に相手をさせるべきでないものだ。――安全に倒せるのは明也だけだろう。
それが分かるからこそ、DブレードΩを杖代わりに明也は片足だけで立ち上がった。
「だったらお前を消して、それで俺もさいごだ」
茅原町を守るべく、そして佐藤たちを守るために、明也は銀色の球体へと向けて突撃していく。
DブレードΩはあっけないほど簡単に、銀の中へと突き刺さっていった。




