連戦の代償
「はあっ、はあっ、強敵、だった……!」
超加速状態の世界で、明也は荒い息を吐きながら切り伏せたマリスドベルを見る。
激しい戦いを繰り広げた相手は人とマリスドベルの融合体であり、その体にはDブレードΩで縦一文字に斬られた線が輝きながら浮かび上がっていた。
暁明也がマリスドベルであると明かしてから3日ほどが経過した。そんな明也の元には、再び融合体が現れていたのである。
際限なく分裂し、いずれもが本体と寸分違わぬパワーで襲い掛かってきた凶悪な怪人であったが、どうにか明也は撃破する事ができた。
「ナインカウント、解除」
『――リンク解除。カウント、ゼロ』
ナインカウントを解き、世界は元の速度に戻る。
大きく吹っ飛びながら地面に叩きつけられた融合体を見て、明也の方も力が抜けてフラッと背中から倒れ、
「暁くん!」
しかし背中を強く打ちつけはせず、咄嗟に佐藤が体を支えてくれたおかげで地面に体を預けはしなかった。
ナインカウントの反動で動けなくなった明也は、佐藤によって抱きかかえられるような形になる。
「お疲れ様です、暁くん」
「あ、ありがとうございます店長」
2人の体勢的に、かなり顔が近くなる。佐藤の方は気にしてない様子だが間近で労いの言葉をかけられた明也は目線を逸らし気味に返す。
かなり恥ずかしい気分ではあるが、今の状態では抗う事もできないので諦めて受け入れるしかない。
「それにしても最近の明也にはよく助けられているな。融合体相手だと私達では危険だからな」
「へへ、そこはまあ頼ってくれていいですよ、俺なら大丈夫ですんで!」
京の言葉に明也は自信に溢れた返事をする。
自身がマリスドベルであると知られてからはその特性を隠す必要もなくなったという事。なのでその持ち前の再生能力を生かして、佐藤らの盾として最前線で戦うのを最近の明也は強く意識し始めていた。
戸ヶ崎も京に同意を示して首を縦に振る。
「先輩のおかげで怪我の心配とかしなくっていいですからねぇ。……あぁでも、あんまりその技は使わない方がいいと思いますねぇ」
「技って、ナインカウントの事?」
そう聞き返すと戸ヶ崎は頷いて返す。体へのダメージを心配してくれているのだろうか。
「平気だよ戸ヶ崎さん。しばらく動けなくはなるけど、俺はそれ以外の作用とか感じたこともないし」
「そこはどっちでもいいですけど、融合体がまたすぐ出てきたりしたらたいへんじゃないですかぁ」
「そ、そっちかぁ……」
明也はガックリする。いや、元々ゆうくんの事以外はあまり気にしない性質だったので別の事を気にしているような気はしないでもなかったが。
だがそこは言われた明也も確かに、と思う所ではあった。今の所前例は無いものの、マリスドベルの融合体が複数体同時に出現する、というのもありえない訳ではないかもしれないのだ。
いかに強敵だからといってナインカウントを使ってしまっては、もしもその直後にナインカウントを使わないと倒せないような力を持ったマリスドベルが現れては大変な事になる。
その時どうすればいいのか、明也は考えてみる。
「しんぱいし過ぎなんよ、そんな都合の悪いタイミングで敵が出てくるなんてそうそうありないのな」
「そうですよねぇ。先輩も動けなくなっちゃって、今ものすごく強い融合体みたいなのが出てきたら私達、もしかしたら死んじゃうかもしれませんもんねぇ。こんな時にだけは絶対に出てきてほしくないですよねぇ。まぁないとは思うんですけど、絶っ対に出てきてほしくないですよねぇ」
「……戸ヶ崎さん逆にそれ召喚しようとしてない?」
出てきてほしくないのは事実だろうが、そこまで執拗に言及されては現れるような気がしてならない。
普通のマリスドベルが相手なら明也抜きでもどうにだってなるとは思うのだが、もしもまた融合体が現れれば心配である。
これまで戦ってきた融合体を思い返せば、どれも非常に強い力を持っていた。それこそ魔装の守りを容易に貫通してくるほど。
マリスドベルである明也ならどんな傷でも簡単に治ってくれるが、佐藤たちならどうなるか。……できることなら考えたくもない。
「まあ……でも、そんな何度も連続して融合体が現れるかな」
最終的に、明也もその結論に持っていく。融合体は確かに強力だが、その分現れるのは稀なのだ。3日前にも戦ったが、その前は秋である。
その数の少なさから考えれば、人と怪人が融合するのはとても珍しい事なのだと見ていいはずだ。悪意から生み出される怪人によほど適合しない限りは発生しないのなら、そうも続けて現れるものではないだろう。
「む、マリスドベル出現の報せが来たぞ」
「え!?」
「あぁーあ、やっちゃいましたねぇ、先輩」
「しかも俺のせいになるの!?」
そんな話をしていた時に京のスマホが新たな怪人が発生したことを告げてくる。
タイミングよく、そして非常に悪いタイミングでの出現に明也は戦慄した。
「うーん、暁くんは今動けないですし、私達だけで行くしかないですね」
そう言って、佐藤は明也を近くの家の塀に寄りかからせるようにして座らせる。
「ちょっと待っててくださいね。すぐ戻ってきますので」
「え、て、店長?」
置いていかれる事に明也は酷く動揺する。冗談とかでもなく、佐藤はそのまま他の3人と一緒にマリスドベルが現れた場所へと向かっていってしまう。
それ自体はおかしな行動ではない。動けない今の明也は文字通り荷物となってしまう。手も足も出せない状態だ。
が、直前の話のせいで猛烈な不安が脳裏をよぎってくる。
できることなら自分もついて行きたい。行きたいが……それこそ邪魔であるともわかっている。
だから走り去ろうとしている佐藤たちに何を言う事もできないでいた。
そうしている間に4人の背中は見えなくなり、その場にいるのは明也1人きりとなってしまった。
「……」
体の動かせない明也はできることもなくなってしまう。こうなってはもう佐藤らが戻ってくるのを待つより他ないのだが。
「……不安だ……」
考えるしかできない現状では、不安が混じり合って嫌な方向にしか思考が向かわない。
今こうしている間にも4人の中の誰かが命の危険に晒されているのではないか、そんな事ばかり考えてしまう。
じっとしているせいだろうか。嫌な想像は募っていく一方で、明也はただただ待っているのが恐ろしくなっていく。
「……駄目だっ、待ってなんていられない!」
明也は体を揺するようにして自分から倒れた。そのままうつ伏せになるよう転がり、ろくに動かせないはずの腕を無理矢理に動かして這うように進み出した。
とても追いつけるような速度ではないが、そんな事は構わず明也はできる限界まで腕を動かし、佐藤たちの向かった方向へと進んでいく。
「暁くんに待っててもらいはしましたけど、まさかこうなっちゃうとは……」
明也を置きマリスドベルの元へとやって来た佐藤たちは対峙した敵に苦戦を強いられていた。
怪人出現地点に待っていたのは、融合体であった。これまでの例に漏れず強力で、魔装の護りすら簡単に突破されるような力を有している。
まだ負傷者は出ていないが、いつ誰が傷を負ってもおかしくはないほどに相手の攻撃は苛烈だ。
全身にいくつもの暗黒の触手を生やした恐ろしい姿の融合体は、その触手1本1本が鋭利な刃物のような切れ味を持っている。接近することすら困難で、4人は自分の身を守るので精一杯な状況だ。
Dブレードを当てることすら叶いそうもないほどに攻防一体の構えである。
「あれには捕まりたくないですねぇ。ゆうくんがいますしぃ」
「そうだよねー」
一歩間違えば死の危険性すらある相手だというのに、その場では緊張感の薄い会話がなされている。
誰も怪我をしていないからなのか、それとも魔装の防御を信頼しきっているのだろうか。
「も……もうちょっと緊張感を持っててもいいのでは!?」
「え、暁くん?」
気の抜けた会話に思わず突っ込みを入れると、佐藤たちも明也の登場に気付いて一斉に顔を向けてくる。
ナインカウントの反動で動けないはずだった明也は地面を這い、時間はかかったものの佐藤たちに追い付く事ができた。
誰も犠牲となっていないので間に合ったと考えていいだろう。
「どうしたんですか暁くん!? そんな赤ちゃんみたいな恰好で!」
「満身創痍でここまで来たんだからもう少しかっこいい言い方にしてもらえませんか!! 助けに来たんですから!!」
「助けに……?」
勢いでなんとなく言ってみた明也だが、佐藤は首を傾げただけだった。まあまともに立つ事すらできない今の明也ではなんの助けにもなりそうにないのは見ただけで分かるし、当然の反応である。
だがそんな状態の明也が来るまでの間、融合体は無傷で立っているのも事実。拮抗した状況であったのは間違いない。
「……特に助かる気はしないのだが」
「うん」
「勝手に動かないだけ文鎮の方が役に立ちそうですねぇ」
「さ、散々な言われよう!! 否定し辛い所ではあるんですが!!」
が、まるで歓迎されていない。やはり足手まといとしか見られていないようだ。
「まあここは私達でなんとかしますので、暁くんは」
「ッ! 咲ッ! 余所見をするなッ!!」
明也にそこで見ているように言おうとした佐藤の後頭部めがけて融合体の触手が弾丸の如く襲い掛かる。当たれば、人など簡単に弾けてしまいそうだ。
京の一喝が入るが、明也の方を向いていた佐藤には攻撃を察知することができず、直撃を避けられない状況だった。
「……!! ナインカウントッ!!」
DブレードΩを握り締めた明也は咄嗟に叫んだ。
『――起動コード承認、並列時空個体との多重リンクを開始、――リンク成功確認。グレートブースター発動。カウント、スタート』
同時に、世界は止まったようにその動きを低速化させる。1日で初の2度目の使用だったが、無事に発動してくれたようだ。
ひとたび使えば体がまともに動かなくなるほどの反動があるナインカウントを連続で使用したら、その反動はどんなものになるのかは恐ろしい所だが使わざるを得なかった。ともかく今は佐藤を助け出す事を最優先にするべきだろう。
動いてくれようとしない体を無理矢理に明也は立ちあがらせ、
「……え、あれ??」
スッ、と腕が動き、簡単に上体を起こすことに成功する。膝立ちになり、信じられないほど簡単に直立もできた。
先程までのダメージが嘘のように消えており、まるで自分の体ではないかのような気分だ。
「い、いやそれよりも今は店長を!」
何が起きたのかはわからないが、優先すべきは佐藤の安全である。今もわずかずつとはいえ致命の一撃は迫りつつあるのだ。
いつも通りに動く体を駆使し、触手を切断する。それから本体へと向けて走っていく。
通常であれば高速だった触手もナインカウントの世界では不動なのとあまり変わらない。触手を潜り抜けて融合体にDブレードΩの一閃を浴びせるのは容易な事だった。
『――リンク解除。カウント、ゼロ』
ナインカウントを終了させ、融合体が倒れるのをその目で確認する。倒れながらも触手を振り回すが、それは誰に当たることもなかった。
無事に敵を倒せたのに安心し、一息吐いた明也は佐藤の無事を確認しようとし、
「てんちょ」
振り返るのと同時にバランスを崩し、同じく体が崩れるような感覚を覚えながら意識が途切れてしまった。
「…………!?」
気を失っていた明也は、ハッと目を見開いて覚醒した。長い時間、眠ってしまっていたような気がする。
目を開けて真っ先に目にしたのはよく見た天井、シュガーフェストの照明の光だった。
「あ、起きましたね暁くん」
次いで聞き覚えのある声がする。右側に視線を向ければ、そこには佐藤が明也の事を見下ろしていた。
「て、店長」
「びっくりしましたよー。マリスドベルを倒したらどろーって倒れちゃうんですから。それで……あ、今2時ですね、10時間くらい眠っちゃってたんですよ」
時計を見ながら佐藤が言う。首を動かして窓を見れば外が真っ暗なのがわかる。本当に長い間意識がなかったのだろう。
なんとか体を起こそうとしてみるが、ナインカウント状態の時が嘘だったかのように動いてくれない。全身が氷漬けになってしまった気分だ。
それでもなんとか明也は顔だけを動かして礼を言う。
「すみません、店長。こんな時間まで看ててもらって」
「いえいえ、気にしないでください。この時間が1番新しいドーナツの発想を思いつきやすいので」
「……それは1晩経ってからもう1度冷静に考えた方がいいかと思います」
数々の怪作が生まれた経緯を知ってしまった明也は思わず苦笑いをする。
「っていうか倒れた時の擬音にどろーっ、が使われるって初めての経験なんですが」
「えー、でも暁くん首から下が混ぜたプリンみたいになってましたし」
「マジでそんなドロドロになってたんですか!!??」
比喩とかではなくそのままに体が溶けていたらしい。崩れるような感覚は気のせいではなく、本当に体が崩壊してしまっていたようだ。
今は少なくとも人間の形を保てているようだが、しばらく前までは実に無残な姿だった事だろう。
「暁くんがマリスドベルだっていうの実感しましたねー。見てて飽きませんでしたよ」
「そ、そうなんですか……なんか恥ずかしいですね……」
明也は自分の体を見下ろす。魔装に包まれた体は以前と変わりないが、融解した状態から果たしてどのような経過で再生したのだろうか。
「それじゃあ暁くんも目が覚めたことですし私も帰ろうかなって思うんですけど、暁くんは帰れそうです?」
「…………ここで寝ててもいいですか」
軽く体を動かそうとして、やはりまるで動かないのを確かめた明也は諦めたような笑いを佐藤に返す。
そんな明也を見て佐藤も微笑みを見せた。
「わかりました、ではまた明日に会いましょうね」
「はい。……ここまで運んでくれてありがとうございました」
挨拶を交わし、しばらく他愛もない話をしながら佐藤は帰宅の準備をしていった。
帰る直前に部屋の電気は点けたままにしておくか聞かれたのだが、店に迷惑をかけたくないので消してもらった。
暗くなり、佐藤の居なくなった店内で横たわる明也は目を閉じ、体を休める事に集中していく。
とはいえ目覚めた直後というのもあり、すぐには眠れない。最近あったことや話していた内容、そんなどうでもいいようなものをいくつも考えてしまう。
こうやって答えた方が話が広がったなあ、と思う時もあれば、まったく忘れていた話を思い出したりもする。
「そういえば店長、今朝に『明日はお店を休みにする』って言ってたっけなぁ」
「……また明日って言ってたけど、今日来るよな店長。日付け変わってはいるんだからマジで明日まで来ない……? いやいや、まさかそんな」
気付きを得た明也は目を見開き、焦り始めた。このまま丸1日自分は放置されてしまうのではないかと。
「いや……まあそうだとしても大丈夫か。俺も明日には動けるようになってるだろうし、そもそも店長以外の誰かが来るよな」
しばらく焦った明也だが、また別の事に気付いて心を落ち着かせる。佐藤が来なくともシュガーフェストに住んでいる者はいるのだ。多分博士なりが来るに違いないし、ナインカウントの反動で動けないもののそれも少しすれば回復するはずだろう。
そう思った明也は再び目を閉じる。悩みへの回答を得て安堵したおかげが余計な事は考えず、スムーズに眠る事に成功した。
そして結局、その日1日明也は動く事もできず、特に誰も姿を現すことなくシュガーフェストの床で寝て過ごしたのだった。




