ふたりきり、隠した事
今日のシュガーフェストには、人が少ない。
まあ来客に限って言えば少ないどころかいないのだが、そちらではなく従業員の方だ。
店にいるのは明也と佐藤の2人だけである。
京も戸ヶ崎も店に来られない用事があるらしく、ライミィは一応2階にいるが元々休日の予定だったので部屋で遊んでいるはずだ。
それでも客もいつも通りにまるで来ないし、困ることは無い。いや店としては困った方がいいはずだが、それはまた別として明也にも困る部分がある。
「……」
「……」
すぐ近くに佐藤がいる。しばらく前の明也であればむしろ喜んでいたであろうが、最近はそれが逆に気まずく、落ち着かないのだ。
特につい先日、明也が自らの正体を明かそうとした直後に強制的に中断され、そのままタイミングを失ってしまったのが大きな原因である。
僅かに内容を言ってしまったので、もしかしたらすでに明也がマリスドベルであるのは気付かれているのかもしれない。
特に1対1の状況ではいつ話がそこに向かうのか気が気ではなく、何を言えばいいのかも思いつかずにいる。
「えっと、暁く」
「はいッ!!!!」
結果、ただ話しかけられただけでも過剰に反応してしまい、無駄に大きな声を上げてしまう。
一瞬驚いた様子だった佐藤だが、すぐに優しく微笑んだ。
「っ、あ、すみません……!」
「……ふふふっ、元気がなさそうだなー、って思ってましたけど心配しすぎでしたね。こんなに大きくお返事できるんですから」
優しく頷く佐藤に曖昧な笑みを返す。
そんな明也に、佐藤はひと呼吸置いてからちょっぴり真面目な顔になった。
「隠してる事、あるんですよね。暁くん」
「……っ」
優しい声色だったが、それでも明也は息を飲む。
やはり、明也がマリスドベルであるというのは既に言わずとも知れてしまっていたのだろうか。
「……そんなに怖い顔しないでください。他の子はなんて言うかまでは分からないですけど、私は気にしませんから」
「…………店長は、もう分かっちゃったんですか」
「そうですねー。この前のお花見でドキドキした顔見てたら、なーんとなく何を言いたかったのか想像ついちゃいました」
やはりそうだったらしい。これまでの挙動、時折見せる異常な回復力。それらも加われば答えにたどり着くなど難しい事ではなかったのだ。
しかし拡散はせずに自分の内に留めておいてくれたのは、明也にとって救いだった。その行動が少なくとも佐藤が敵になるわけではないと示してくれている。
「誰にも言わないでくださいね」
「わかってますよー、秘密にしてたんですからね。まあ私としては別にそこまで隠さなくてもいいんじゃないかなーとは思いますけど」
「いやいやいや! そんな気軽に言えないでしょうよ!」
ちょっと恥ずかしい癖くらいの感覚で佐藤は言うが、戦う気のないマリスドベルでも容赦なく斬った光景をバッチリと見た明也にはそんなホイホイ明かせはしない。
流石に手のひら返しが過ぎるような気がしないでもないが、1年近く共に働いて勝ち取った信頼、という事でいいのだろうか。
「えー、そんなにですかー? 私も似たような秘密はありますけど、聞かせてって言われたら教えちゃいますねー」
「えっ……? 俺と、同じような……?!」
なんでもない事のように佐藤が放った言葉に、明也は目を見開いて硬直する。
彼女は当たり前のように笑顔でいるが、それがとんでもないカミングアウトであるのを分かってるのだろうか。
明也だけでなく佐藤までマリスドベルであったとは。まあそれなら正体をバラされずにいたのも納得ではあるが。
「それで、暁くんはどんなのですか?」
「ど、どんなの……?」
どんな悪意から生まれたか、という意味だろうか。だとすると、明也には答えかねる質問だ。
「……その、俺も最近になって気付いたばかりで。どこでどう生まれたのかはわからなくって」
「あら、そうなんですか。ちなみに私は腸の音です」
「へえ、そ……??? …………え????? 腸??????」
これまたさらりと言うからそのまま流してしまいそうになったが言葉の意味を噛み砕いて明也はフクロウもビックリなくらいに首を傾げた。
どういう意味だろうか。明也はしばらく考えるが、佐藤の発言の意図を掴めない。
「もー、そんなに首傾げなくってもいいじゃないですかー。まあ確かにこれ言うとみんなそういう反応しますけど」
「え、っと、その、で、でも生まれはそれぞれ違いますから。悪いとは思いませんよ、俺は」
「……んー? 生まれ?」
今度は佐藤の方が明也の言葉に疑問符を浮かべる。別におかしなことを言った覚えはないのだが。
……とすると、互いの間には何か齟齬があるのだろうか。明也は恐る恐る改めて聞き直した。
「え、あれ? そういう話では、なかったりします……?」
「そういうもなにも、えっちだなーと思う事についての話ですよね。あんまり出身とかは関係ないと思いますけど」
「そ……そんな勘違いのしかたあります!? っていうかだったとしても腸の音って!!!?」
どうやら、人に言えないような性癖があると思われていたらしい。これで佐藤の発言の謎は解けたが、それはそれとして佐藤の発言自体が謎なままなのは変わらない。
「……いやちょっと待ってください、という事はつまり俺はあの花見の席で皆に自分の性癖を明かそうとしてたと思われてるって事なんですか!?」
「? そうじゃなかったんですか?」
「しませんよそんなこと!! やったとして俺に何の得があるんですか!!」
……一応、受け入れてもらえるか怪しい事を言おうとしていたという点では同じだが、それ以外は何の関係もない。
勘違いして余計な事を言わなくてよかったな、と明也はホッとする。
「あれ、違いましたかー。じゃあ私が恥ずかしいこと言っちゃっただけですかねー」
「あはは、そうですね……」
笑って話を終わらせようとした明也だが、佐藤の方は口元は笑っているが目はそうでもなかった。
「暁くん、恥ずかしい秘密を披露してください」
「い、嫌です」
「私は言ったのにー! 聞き逃げなんてズルいですよー!!」
「逃げるも何も店長が勘違いしただけですよね!?」
「いーじゃないですかー! 暁くんも言えない秘密を言ってくださいよー!!」
「言えるわけないでしょ言えない秘密だってんなら!!」
「あるんですね!」
「絶対こんな流れでは教えませんけどね!!」
明也はきっぱりと断る。性癖の話から続けて切り出せるような話題ではない。
佐藤の方も中々に恥ずかしい話題であったのかだいぶ食い下がっては来たが、明也の断言で渋々といった感じではあるが諦めてくれた。
「……そこまで言うなら仕方ありません。今は聞かないでおくとしましょう。また次の機会に」
「……まあそうですね、言えそうな雰囲気だと思ったら、言うかもしれません」
「へー、じゃあ楽しみにしてますね。それと、私がさっき言った事も秘密にしておいてください」
「言われなくても広めませんよ。……むしろ広めろって言われてもどう説明したらいいのかもわかりませんし」
佐藤の発言を振り返ってみるが、やはり困惑とよくわからなさが勝る。1晩経てばむしろ忘れてしまうような気すらした。
「やーめーてーくーだーさーいー。本当に恥ずかしいんですから」
「わかってますって。言いません」
珍しく佐藤の顔が赤らんでいるのを見るに、それは本音のようだ。内容はともかくそんな表情を見せた彼女を明也はかわいいな、と思う。
そんな思いが顔に出た明也は少しだけ口元が緩み、同時に佐藤もちょっとだけ真面目な顔に戻った。
「私の話はそれとしてですね、暁くん。本当に困った事とか、言いたい事がある時は遠慮せずに言ってくださいね。私は暁くんの事シュガーフェストの大切な一員だと思ってますから。ちゃんと受け入れますよ」
「あはは……ならそういうのができたら、言います」
「約束ですよ。暁くん顔とか行動に結構出る方みたいですから、ちゃんと早いうちに言ってくださいよ?」
「ええ、約束しま……。んん??」
佐藤の物言いにちょっと引っかかる。
まあ確かにここ最近の明也は挙動不審が目立つ時が多い。何かあるのは分かりやすいだろう。それで何を隠しているまでは見通せないだろうが。
と言ってもそれが1度2度であればともかく、年末から春先までの期間に渡り幾度か繰り返されているのでいい加減目星が付いてきてもおかしくはない。
となれば佐藤も既に明也の正体を察している可能性も高い。今日も、見当違いの理解を示してるように見せただけで本当の所はもう知っているのではないだろうか。
……いや、それは考えすぎか、と明也は頭を振る。だが可能性は皆無ではない。そうなってしまうのも時間の問題かもしれないと思い、明也は覚悟を決める。
「……店長」
「はい、なんでしょう」
「やっぱり、言います。今度、みんなが集まった時に」
佐藤は受け入れてくれる、そう言った。その言葉を信じ、明也はしっかりと目を見て宣言する。




