再燃
「最近、また火事が増えてるみたいなんです」
シュガーフェストの従業員5人が集まったタイミングで、佐藤はそう言った。
「随分暖かくなった今の時期に、か。怪しい事だな」
京の言葉に他の4名も同意する。早い冬明けで暖房の類いも早々に仕舞われた家庭の多い茅原町での火事の急増。不自然極まりない。
人為的なものであると見て間違いないだろう。そして、それについての心当たりもこの場の全員が持っている。
「……店長、それってもしかして、あの人が?」
「私としてはそうじゃないと思いたい所なんですけどねー……。でも、焼け跡がどうも似てるみたいなんですよ」
秋の終わりに出会った炎を操るマリスドベル。1度は倒したはずのそれが、再び猛威を振るっている。
Dブレードで切り裂いたはずのマリスドベルがいかにして生き延びていたのかは不明だが、またその脅威を人に向けているならば放置してなどおけないだろう。
「そういうわけですので、加藤さんにお話を聞きにいきましょうか」
そうして、明也ら5人は以前戦ったマリスドベルの宿主であり、佐藤の友人でもある加藤の家へと訪れる。
まずどこに住んでいるかを探すところからかと思ったが佐藤が事前に調べていたらしい。
玄関に着いて早々にチャイムが押され、それからほどなくしてドアが開かれる。
「はーい、どちら様でしょうか……あら」
特段警戒する様子もなく開かれたドアからは加藤が顔を覗かせた。突然の明也たちの来訪に驚いているような表情だ。
すぐに佐藤が近付き、加藤が逃げられないようにその手を掴む。
「お久しぶりですね、加藤さん」
「咲じゃない。どうしたの、お店の人たちなんて連れてきて」
緊張を露わにし、張り詰めた声だった佐藤とは裏腹に加藤は実にのんきな口調だった。
「まあ、せっかく来たならちょっと上がっていってよ。息子も今は学校に行ってるし、みんなでお茶でも飲みましょう?」
「わわわ、あの、待って……!」
腕を掴んでいた佐藤だが、剣呑な雰囲気など知った事ではないような加藤に逆に引っ張られ、家の中に引きずり込まれてしまう。
取り残された明也たちも、遅れて加藤の家に上がり込んでいく。
「さてさて、それで今日は何をしにいらっしゃったのかしら?」
居間にあんないされ、人数分の緑茶を加藤が全員に配ると、腰を下ろしながらそう問うてきた。
依然のほほんとした態度を崩さないが、裏では何をしているのが分かったものじゃない相手なのは、この場にいる全員が知っている。
「……加藤さんはもう理解してるはずです、ここ最近の」
「あーちょっと待ってね、やっぱりそれより先に聞かせて。……どうしたの、咲? 玄関でもそうだったけどなんでそんなにお堅い喋り方なの? 気になっちゃうんだけど」
そんなことを聞かれ、佐藤が驚いたように目を見開く。
確かに明也も以前は佐藤がもっとフレンドリーに加藤と話していたのを知っている。
だがマリスドベルを悪用していたと分かってからは今の、距離を置いたような話し方をしていた。
それらは明也たちと接する時と同じようなものなのだが、加藤に対しては昔のような関係性ではなくなった事を示すものでもあるだろう。
1度戦った時にそれは加藤にも伝わっていたように明也には見えたのだが、そうではなかったのだろうか。佐藤も、意外そうな顔をしている。
「そ、それは……加藤さんがマリスドベルを使って町を襲ったからです」
「ああ、だとは思ってたけどそこなのね。じゃあ咲、そこはもう水に流してほしいな。あの後すぐに出てこなくなっちゃったのよね、あの人」
「!」
横暴にも聞こえるその弁は、しかし同時に釈明でもあった。
加藤と融合したマリスドベルを倒したあの時、間違いなくDブレードで斬られた個所はマリスドベルが消滅する証である光を放っていた。直接の目撃でないにしても、撃破されたのは確実であるだろう。
まあだからといって彼女を佐藤が許せるかどうかは別の問題だ。理由があるにせよその力を一般の人間に向けたのは変わりない。
同時に加藤の話を信じるのであれば、過去の話とも言える。それならば今回の火事とは関係のない人となるので、仲直りもできるかもしれない。
「それで……まあ自分で言うのもどうかなとは思うんだけど、今は普通の良い母親になろうと頑張ってはいるのよ。……や、あの人が出て来る前はそうじゃなかった話じゃないんだけどね!」
「うう……」
加藤の言葉に佐藤は呻いている。改心した、と聞かされているのだから、それで許すべきか否かを悩んでいるのだろう。
「いや……違う! これ『普通』って言葉に反応して苦しんでるだけだ!!!」
明也が顔を見ると、佐藤が嘔吐感を耐える表情をしていた。べつに何か葛藤があったりだとかではないらしい。
しばらくして落ち着いたのか、澄ました顔に戻った佐藤はきりっとして加藤と視線を交わす。
「ま……まあ、それについてはまあ、置いておきましょう。ええ、置いておきましょうとも。今回の事とは関係ありませんので」
「あらそう。じゃあそれはまた今度話に行くとして、本題の方に戻しましょうか。どうしてうちに来たんだっけ?」
話の腰を折った張本人に話題を戻され、佐藤はゆっくりと立ち上がった。どうするのかと明也が見ていると、そのまま玄関の方へと戻っていく。
それからすっきりした顔で振り返る。
「いいえ……話は以上です。次は、お店で会いましょう」
そう言って、佐藤は明也たちを引き連れて家を出る。加藤が今回の事件とは無関係だと信じたのだろう。
玄関を後にして、佐藤は腕を組む。
「……さてと、ああ言ったはいいんですけど、振出しに戻っちゃいましたね」
「そうだな」
加藤の言葉が真実であった場合、別のマリスドベルが動いていたという事になる。手がかりがない以上、こうなると敵を見失ったのと何も変わらない。
「どっかその辺にいたりしないもんなのな」
「いやいや、流石にそう簡単にはいかないんじゃないかな……?」
ライミィのぼやきに否定を返した明也。だが、それと同時に微かな煤の臭いを嗅ぎ取った。
他の4人もそうだったようで、一斉に異変を察知する。どこか近くで何かが燃えているのだろう。
ただし茅原町は畑が多く、雑草などを焼くために焚火を熾すのも珍しくはない。それでも今明也たちがいるのは茅原町の中では人口の密集している方である地域だ。ここで火など焚けば近隣の住民から苦情が飛んでくるのを考えれば、不審な火である可能性は非常に高いだろう。
その発生源もすぐに特定される。少し見回せば、加藤の家からほどない地点の家から黒煙が上がっているのだ。
それだけでなく、黒い影がその近くを飛び交っているのが時折明也らの視界にも入る。
「どうやら先輩の言う通りでもなさそうですねぇ」
その言葉を皮切りに、5人は走る。数分とかからずに着いた家からはやはり火の手が上がっていた。
「ウハハ! 散れ散れーい!!」
「近付く者みな焼き尽くしてくれるわー!」
「我らの恐ろしさを見せてくれようー!」
黒い霧と共に、その身体の至る所から火が吹き出しているマリスドベル。
それが明也たちの前に、3体いた。いずれも似たような姿をしており、まるで三つ子のようにも見える。
3体のマリスドベルは連携をするようにその身体から吹き出る火を操り手当たり次第に火炎を撒き散らし、火の手を広げていた。
「ッ、複数!?」
明也は3体のマリスドベルが協力して破壊を行っていたことに驚く。
これまでのマリスドベルはほとんどが単独で現れ、そして暴れていた。人の心が産み出すマリスドベルである以上、その姿も目的も千差万別。同じものなどいないはずだ。
しかしこの怪人たちは多少の個体差はあれどほぼ同じような姿だ。その上、標的も同一であるように見受けられる。
まったく同じような3人から生まれたか、そうでなければ1人の人間が3体のマリスドベルを生んだかのようだ。前者は考えづらいので、きっと後者だろう。
だとしても1人から複数のマリスドベルが生まれるというのは今まで明也も見たことがないのだが……。
「ぬ、貴様らも我らの行く手を阻もうとするのか!」
「させんぞ、この場で焼き滅ぼしてくれる!」
そこでマリスドベル達も明也らの存在に気付いたようで、攻撃対象を家からこちらへと移して襲い掛かってきた。
マリスドベルたちはそれぞれ3方向に飛び、体から吹き出る火炎を1本の線へと纏め上げて撃ち出してくる。
それは実にか細い橙色の糸のようであった。だが威力までもがか弱い訳ではないだろう。火炎を束ねた熱線には、触れただけでも瞬きの間に焼き焦がされるのは確実だ。
同時に迫りくる死の火線を潜り抜けるように回避し、明也たちはDブレードをその手に握り締める。
「こいつらが火災の犯人って事でいいんですよね、店長!」
「はい! これ以上の破壊を許すわけにはいきません、ここで倒します!」
佐藤の言葉と共に、明也はマリスドベルへと走る。他の3人もそれぞれの方向から、囲うようにして敵の動ける範囲を狭めていく。
「ぬううっ……!」
「逃がさんのな!」
跳んで逃れようとする怪人をライミィがより高く跳びDブレードを振るい、逃走を妨害する。当たりはしなかったがマリスドべルはそのまま元の位置へと着地した。
他2体のマリスドベルたちもDブレードの直撃は避け続けているものの少しずつ押し込まれていき、怪人たちは3つの背中を合わせた状態で明也らに完全に包囲される。
「よし、追い詰めたぞ……!」
「おのれぇ、我らの邪魔をするなどとは!」
「許せん、貴様らもあの方に近付かんとするつもりかッ!」
「させぬ、させぬぞ!」
「……あの方?」
怒りの声を放つ怪人の引っかかる物言いに、明也は聞き返していた。この3体のマリスドベルは誰かに何かを近寄らせない、近寄らせたくないという思いから生まれたものということか。
だが、それは少し矛盾している気がする。誰も近付けたくないのであればこのマリスドベルたちが協力しているのはおかしいのだ。
あの方、というのに近付く者を敵とみなす、つまり怪人が襲ってきたのを考えればマリスドベルへの接触自体が敵対行動であるということだろう。
ならマリスドベルが同士討ちをしているはずだが、むしろ3体は連携をしている。怪人同士は争わないという事なのかもしれないが、それなら明也が攻撃されているのがおかしいのでそういうわけではないのだろう。
とすると、このマリスドベルたちは1人の者によって生み出された可能性がある。外見の類似もそれなら合点がいく。
だがその場合は1人の人間から3体のマリスドベルが生まれたという事で、明也には非常に気になる点だ。
マリスドベルは1人につき1体しか生まれないという話は聞いて無いのだが、そうでなければ非常に強い悪意によってこの数の怪人を生んだという事になるのではないか。
そんな大きな悪意を抱えた存在……もしかすると、それは人ではなくもっと異質な存在であるのかもしれない。例えば、このマリスドベルを生み出している親玉とか。
本当に倒すべき大きな敵との繋がりを持っているかもしれない怪人を前に、明也は問い質さねばならない予感を感じていた。
「誰だ、その『あの方』っていうのは。答えろ!」
「ククク、答えると思うか?」
「この町に住まうあの方は、正に女王と呼ぶに相応しい方だ。欠片たりともその情報は渡しはせんぞ」
「……女王という情報を今渡された気がするんだけど!?」
「ククク……」
「わ、笑ってごまかすな!」
口が硬そうな素振りを見せるマリスドベルだったが、見せるだけでだいぶ緩い様子であった。これは簡単に情報を引き出せそうだ。
「それで、どこにいるんだ」
「愚かな。そんなもの聞かれた所で殺されようとも答えるわけがないだろう」
「我らを舐めないでもらいたいな」
「そうだ。あの方が住まうのは、ち」
「そぉれ」
「「「があああぁー!」」」
話している途中で、戸ヶ崎がマリスドベルを3体まとめてぶった切ってしまった。真っ二つになった怪人は光の粒子となって消えていく。
「と、戸ヶ崎さん!? 何してるの!?」
「……答える気はないって言ってたじゃないですかぁ」
「うん、言ってはいたけど! でも今まさに言いかけてたでしょ!?」
「まぁだとしても勝手な理由で火を放つような奴の話なんて、聞く必要はないですけどねぇ」
戸ヶ崎は冷たい顔でそう言った。確かに、相手は人の悪意から生まれた怪物であるし、真実を語ろうとしていたのかは定かではないが……。
「でも、聞いてはおきたかったけどなぁ……」
「そう後悔しなくともいいじゃないか。これで放火の犯人も取り除けたわけだろう?」
「確かにそうなんですけども」
京が言うように事件は解決できたが、どこかにある別の火種が回収できていないような気分でもある。
まあ、それでも3体の怪人を生み出したのだとしてもそれは普通の人間だ。なんらかの騒動を起こせるような力もないかもしれない。
そう考える事にして、明也は諦める事にした。やたらと意味深な口調だったせいで変に勘ぐってしまっただけなのだろう。
「……それはそれとして、今日の戸ヶ崎さん、だいぶ冷静だね」
それから改めて戸ヶ崎のことを見る。Dブレードを手にした彼女は、何の異常もないかのようにけろっとしている。
彼女は刃物を手にした時、かなり、だいぶ、とても狂乱する傾向にあったはずだが、今は普段と変わった様子ではない。
「そうでしょうかぁ。私はいつも通りだと思うんですけど、なんででしょうねぇ。昔の事を思い出すからでしょうかぁ」
「昔の事……」
「聞きたいですかぁ?」
「……う~ん……いいかな」
「私の住んでいたところもこんなふうに燃えてましてぇ」
「いやだから肯定の方のいいじゃなくてね!?」
怪人に焼かれ燃え盛る家屋を見ながら語り始めた戸ヶ崎をストップさせる。それと同時に改めて炎上する家を明也も見た。
「……ところで中に人とかいませんよね?」
「心配いりませんよ暁くん。見た所車もないですし、ここは多分空き家です」
今更ながらの杞憂に佐藤が答える。
それから消防車のサイレンの音が聞こえてきたのを耳にして、明也たちはその場から急いで離れていった。
「……それにしても、3体のマリスドベルが同時にかぁ」
シュガーフェストへと走りながら明也はそんな事を呟く。
どんな理由であの数の怪人が生まれたのかは分からないが、もしもこれがもっと多い数だったら。
魔装少女である明也ら5人よりも少ないから良かったものの、逆に自分達が少数の側に回るほどのマリスドベルが同時に出現してしまったらと考えると……とても恐ろしい。いくら魔装が守ってくれるからとはいえ、どうなってしまうかはわからないのだ。
そんな事にだけはならないように、と明也は願うばかりだ。




