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バイト先で魔装少女とかいうのをやらされてます。……あの、でも俺男なんですけど!?  作者: カイロ


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やっぱなしで

 幾日かが過ぎ、シュガーフェストが再び営業を開始する日となった。

 もちろん、その日が不安でたまらなかった明也はもういない。佐藤たちが確かな信頼のおける相手であると再認識した以上は気にする事など何もないのだから。

 店までの足取りもとても軽やかなものだった。時折鼻歌交じりにスキップすらしていたほどだ。

 店のドアを開けて挨拶する時も、同じく非常に元気よく。


「おはようございまーす!」


 言いながら、明也はビシッと敬礼なんかも決めてみたりした。それに気付いて、既に4人揃っていた店内の視線は一気に明也へと集まった。

 それと、なぜか床で跪く見知らぬ男がもう1人。


「お、暁くん。今朝はとっても元気ですねー、おはようです」


 何事もない感じで佐藤が挨拶を返してくるが、まったく穏やかではない。

 佐藤ら4人の従業員は、どういうわけかDブレードを手にしてその謎の男を取り囲んでいるのだ。

 明也と近しい、もしくは若干年下ぐらいの男は目を閉じ、処刑を待つ罪人かのように下を向いて震えていた。


「……あの、これは一体どういう状況なんです?」

「マリスドベルなんよ!」

「そうだ、よく見てみるといい」


 ライミィの言葉に頷いて促す京に従い、よく観察してみる。

 するとうなだれた顔の内半分ほどが暗い闇の色に侵食され、マリスドベルの放つ黒い靄と同じものを放っていた。


「…………ひ、人型の、マリスドベル?」

「珍しいですよねぇ。だいたいまっくろなのに。前に店長さんのお友達のマリスドベルと戦った時以来ですねぇ」


 顔を強張らせた明也に戸ヶ崎が言う。が、同族であると自覚した今の明也には分かる事だが、あの時のような人間とマリスドベルの融合体ではないというのが理解できてしまう。

 彼は、どちらかと言えば明也や以前シュガーフェストに現れたまりと同じ、人間によく似た姿のマリスドベルである。見ただけで、それを分かってしまった。


「ついさっきお店に入ってきたんですよねー。急にだったもので、魔装を着る時間もなかったんですよ」

「へ、へぇ~…………それで、お店の物を壊したり、とか……?」

「そういうのはまだでしたねー。未然に防げたって形でしょうか」


 佐藤がふふんとドヤ顔をした時、俯いて黙っていたマリスドベルが顔をわずかに上げ、声を発する。


「ち、違うんです、自分はただ、何か食べたくて」

「それでここへ盗みに入って来た、というわけか。フッ、マリスドベルとはいえ中々お目が高い事だ」

「低いような……」

「盗むだなんてそんな! お、お金は持っています、ほら!」


 盗っ人としての視線を向けられ始めた時、男はズボンのポケットに手を突っ込み、大慌てで千円札と幾ばくかの小銭を京たちに見えるよう手のひらに掲げて見せた。掴み損ねた小銭が零れ落ち、店の床へと散らばる。

 そんな様子を見ていれば明也にも理解できる。このマリスドベルの男はシュガーフェストを襲撃しに来たとかではなく、本当に言葉通りにドーナツを買いに来ただけなのだろう。

 それに見た所抵抗する様子もないし、人を襲うつもりも一切ないのではないだろうか。明也はそんな彼に対して親近感を覚え始めた。

 暴れるつもりもなくお金を払う姿勢まで見せているのだったら、それはお客さんと呼んでいいだろう。そう思い明也は男へ向けて優しい表情を向ける。


「……なんだ。そう言う事ならお客様ですね。ほら、先輩も店長もDブレードは降ろし」

「ッ貴様!! ここに来る前に既に金銭の強奪を働いていたのかッ!!」

「ええええええええええなんでそうなるんですか!?!?!?」


 和解どころか一気に敵対ムードへと空気が張り詰める。京だけでなくほかの3人も同じような意見なのか、いつ斬りかかってもおかしくない雰囲気だ。


「なるほど、奪ったお金を平然と見せびらかしていたわけですか、それは悪い事ですねー」

「とんだキツネヤローなのな」

「まったくですねぇ。……それにさっきから気になってたんですけど、すごく血生臭い臭いがするんですよねぇ、あなた」

「す、すみません、今朝は生レバーと鰹を食べまして……」

「とぼけるにしても苦しいですねぇ。そんな朝から偏った食事をする人、いるわけないじゃないですかぁ」

「い、いやいなくもないんじゃないかな、戸ヶ崎さん」


 駄目だ。明也以外誰一人として彼に友好的な感情を抱いている者はいない。言動を見ればシュガーフェストに訪れた客の中でも相当優良な部類だというのに。


「お金だけでなく人の命も奪っていると」

「そ、そんな事はしていません。自分はただ『普通』に生きているだけでして……!」


 マリスドベルの言葉に佐藤が苦悶の表情で揺らめく。


「うぐうぅッ、ふ、普通……!!!」

「こいつ、咲の弱点を……!? やはり我々を殺しに来た刺客か!!」

「いや今のは絶対他意はなかったかと思いますが!!?」


 どちらかというと、弱点のお経を唱えられた妖怪のようで、今の佐藤の方が怪物っぽく見える気がする。

 というか、「普通」がNGワードだなんてそれこそ普通は分からないのではないだろうか。


「……相手を騙して、不意打ちで襲い掛かる。これは立派な悪党ですねぇ。殺しましょう」


 小さな声で言い終わるか終わらないかの内に、戸ヶ崎がDブレードの先端を小さな動きでマリスドベルへと向ける。

 そのまま光り輝く刃を押し付けるようにして彼の首元へと突き出され、


「っわああぁッ!!」


 死が迫りくるのを実感したのか、おとなしくしていたマリスドベルだが目を見開いて恐れおののく声とともに佐藤たちの間をすり抜けて刃から逃れようとした。

 上手く立ち上がれなかったらしく四つん這いのような姿勢で明也の横を通り抜け、店の出口へと向かおうとする。

 明也は真っすぐに逃走する彼を目で追いかけて。


「あッ――――」


 肺から息が押し出されるような声と同時に振り向けば、マリスドベルの背中にはDブレードが突き立っていた。

 その光景を明也が目に焼き付けていると、両手を空にしたライミィが明也のもとに駆け寄ってくる。


「メイヤ、へいき?」

「えっ、ら、ライミィ……?」

「アイツ、メイヤの方に走ってったんよ。メイヤの事人質にするつもりだったのな」

「ち、ちが……」

「血? ケガ? だいじょぶ?」


 ライミィが心配をしてくる横で、マリスドベルは両手両膝を突いた姿勢のまま背中の傷から光の粒子に変わっていく。

 微動だにせず消えていく怪人と同じく、明也の視線もしばらくそこから動かす事はできなかった。

 ガラン、と音を立ててDブレードが床に転がり、それをライミィが拾いに行ったのを見てようやく明也は振り向いて体が動き始める。


「な、なんで殺しちゃったんですか! どう見てもただドーナツを買いに来ただけだったのに!」


 自身と近しい部分を感じていただけに、そのマリスドベルを殺された事によって口から出てしまったのは非難の声だった。

 糾弾の声を上げる明也に、京も佐藤も困惑の顔をする。


「なんで、と言われてもな。どう見ても我々を襲うつもりだっただろう?」

「いや勘違いですよそれは! 見るからに戦いの意思はありませんでしたよ!」

「うーん、暁くんの言う通りだったような気もしないではないですけど……どっちにしろマリスドベルだし、放っておいたら何をするのかわかりませんし、見つけ次第倒しておくのは間違いじゃないはずですけど」

「それは……! まあ、そうなんですが……」


 佐藤のもっともらしい言葉に、明也は言葉に詰まってしまう。

 マリスドベルを放置すれば強力な力を得てしまうのは魔装少女として戦う明也だって知っている。何度か死にかけた事だってあるのだから。

 だがそれと同時にマリスドベルでありながら普通の人間として生きていける者がいるのだって知っている。自分自身の事だ。それを思うと「マリスドベルだから」というだけで殺してしまってもいいのか、と考えてしまい止められない。

 だから明也は周囲にいる4人へと問いを投げかける。


「な、ならみんなはもし、自分の大切な人がマリスドベルだったと知ったら今みたいに殺せますか!?」


 必死とも言えるような形相で、明也の口から出たのはそれだった。

 それは、半ば明也が安心するための問いである。自分の事を店の一員として認めてくれた佐藤がなんと答えるかを確認しようとしているのだ。

 想定する答えはもちろん「そんなことない」だ。迷い、躊躇ってくれる事を期待、確信している。

 いずれ明也がマリスドベルであるのを明かす時が来るだろう。……まあ来ないかもしれないが、ともかく今はそうなることを前提とする。

 その時、どんな対応をされるかを今から知っておきたいのだ。

 と言っても京と戸ヶ崎の事を考えれば、どんな返しが来るかは予想できる。だからこそ大切な人を、明也を殺す事はできない、とそんな答えを期待しているのだ。


「まあ、ほっといたら危ないですし……」

「えっ」


 が、明也の望むような答えは返ってこなかった。確かに躊躇は見え隠れするが、あまり強いものには見えない。せいぜい「布団干すのめんどくさいな」くらいの気が進まなさである。


「うん、やれるなら都合いいのな。うるさくなくなりそうだし」

「マリスドベルになっちゃったら、止めてあげないとですよねぇ。その仮定だと私もすぐに死ぬと思いますけど」

「え、えええ……?!」


 ライミィは……まあ子共であるし、ともかくとして、ゆうくんに強い愛を向けている戸ヶ崎までもが「やれる」という返答を出して来るとは思わなかった。

 過半数から予想外の答えを出され、自然と明也の視線は残る1人へと向かう。

 京は、今まで見た事も無いくらいに真剣な顔で唸っていた。


「ん……んん~~~~~~~~~……」


 その挙動に明也は一縷の望みを見出す。

 以前から時々京が妹を溺愛しているような片鱗を見せていたのだから、流石に彼女だけは他の3人とは違う言葉が出てくるだろうと。


「先輩は……無理ですよね! 妹さんの事、よく大事そうにしてるじゃないですか!」

「…………、……いや……」


 額に汗までかいて唸っていた京だが、最終的には明也の言葉に首を振る。


「せ、先輩もですか……?」

「……仕方あるまい。だがその後に私は世界を滅ぼそう」

「あ、いいですねぇそれ。私もそれにしようかなぁ、お揃いになりますし」


 悲しい運命を背負った悪役みたいな事を言いだした京とそれに賛同する戸ヶ崎をよそに明也は絶句する。

 これはつまり誰1人として見逃すつもりがないというわけである。明也がマリスドベルだと知っても同じくだろう。


「それにしても、こんな事を聞くってことは、暁くんはできないって事でいいんでしょうか?」

「っ、その、……そうですね」


 佐藤からの言葉に、明也は詰まりながらそう返した。すると佐藤は自信に満ちた顔で腕を組む。


「なら任せておいてください! もしもそういう時が来たらこの私が代わりにバッサリやってあげちゃいますので!」

「………………お願いします」


 明也は、自分がマリスドベルであるのは誰にもバレないよう隠し通そうと強く、強く心に誓った。

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