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バイト先で魔装少女とかいうのをやらされてます。……あの、でも俺男なんですけど!?  作者: カイロ


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守るべきもの、再認識


 その年の冬明けは早かった。

 まだ1月も上旬という頃から降雪どころか曇りの日すらも無くなり、暖かい日差しが地面に残留する雪を溶かし去っていく。

 前倒しのごとくやってきた春の柔らかな陽気。しかし明也は対照的に冷え切った目と曇天のような翳りを全身から漂わせていた。


「はあぁぁ……」


 体を蝕むような陰気を少しでも多く吐き出そうとする大きな呼吸。それでも一瞬の紛らわし程度にしかならない。

 年明けの深夜、魔装を生み出した博士によって告げられた、「暁明也がマリスドベルである」という事実。重くのしかかるそれが新年早々から彼を谷底へと突き落とした。

 戯れ程度の下らない嘘であれば良かったのだが、思い返せば思い返した分だけそれを確信させる出来事が立ちはだかってくる。

 博士に知らされるまでもなく、察する事はできたかもしれない。が、明也には気付く事ができず、結果多大なダメージを受けてしまった。

 年始の休店期間も間も無く終わり、シュガーフェストへ行かなくてはならない日が近付いているが、今の暁明也には店に行ける自信が失われてしまっている。

 それどころか博士が帰ってから部屋の外に1歩も出ていない。その間飲まず食わずだった明也だが、餓死もせず体調が悪くなる事もなく健康そのものであった。まるで自分が人間ではなく今まで倒してきた怪人であるというのを突き付けられているようで、明也は目を閉じ頭から布団を被る。

 だからといって1度考えてしまった嫌な感情が消えてくれるわけではない。むしろ何もせずにじっとしている分より深く、深く考えてしまう。


「……駄目だ、とりあえず外に出よう」


 このまま閉じこもり続けてはいつか気がふれてしまうと判断した明也は布団を跳ねのけた。近いうちにシュガーフェストに行く必要もあるのだから、練習も兼ねて表を出歩けるようになろうと部屋を出る。

 そうと決めてしまえば葛藤は一瞬だった。難なくドアを開け、暖かい空気が明也を出迎えてくれる。

 そして、この切り替えの早さも怪人であるがゆえの能力だったりするのでは、なんて思ってしまう。


「とりあえず、少し歩いてこようかな……」


 思考が悪い方へ流れているのを理解し、明也は特に目的もなく茅原町を歩き始める。

 防寒着もいらなくなりつつある気温の町並み(ほとんど畑と林だが)を眺めながら、無心で歩を進めていく。

 ほどなくして、見覚えのある景色が目に映る。


「この橋……」


 そこは明也が初めてマリスドベルと戦った場所。シュガーフェストからそう遠くない場所にある小さな橋だ。

 工事が進んでいないのか、半年以上は経つというのにマリスドベルによる破壊の痕は未だに色濃く残っている。とりあえずといった感じの応急処置は施されているので、通れる事は通れる。

 その上を歩きながら明也はあの時の事を思い出す。

 即採用されて、わけもわからない内に魔装を着せられ、マリスドベルと戦った。そこからシュガーフェストでの日々が始まったのだ。

 ドーナツを作って、売っ……れはしなかったが、それはともかく佐藤たちと遊んだり。

 そして、幾度もマリスドベルを倒してきた。


「……」


 橋を越えた所で、明也は立ち止まる。


「俺は……どうなるんだろうかな」


 自分がマリスドベルである。そう告げれば佐藤らはどんな反応を示すのだろうか。明也は想像する。

 共に働き、戦ってきた仲間であれば特例として見逃してくれるだろうか。流石に問答無用で殺しにかかられるとは思いたくないが、可能性は高くないだろう。

 それに和解できたとしても明也が暴走しないとは限らない。今は普通の人間として生きていられるが、いつかマリスドベルとしての力が制御できなくなり、その手を血に染めないとも言いきれない。

 闇に包まれた両腕が仲間たちを八つ裂きにしていく光景を幻視した明也は、


「あれ、暁くん?」


 驚いたような声でそう声をかけられ、現実に戻ってくる。


「っ、店長」


 明也が見たのは、シュガーフェストの店長である佐藤咲。そう遠くない場所に店があるとはいえ、普段であれば偶然の出会いを喜んでいたところだろう。

 もっとも、今の明也にはどんな顔で会えばいいのかわからなくなってしまった相手の筆頭である。喜びではなく、苦々しい思いで顔を歪めてしまう。

 だがそんな明也の様子には気付かないのか、佐藤はいつもの調子であった。


「こんなとこで会うなんて偶然ですねー。あ! もしかしてお店が今日から開くと思って来ようとしてたりしました?」

「……あはは、まさか」

「その反応、やっぱり勘違いしてた感がありますねー。……でもそれならそれで丁度いいかも。暁くん、この後時間とか大丈夫ですか?」

「え、まあ、そうですね、平気ですが」

「じゃ、お店に来てください」


 そう言った佐藤に手を引かれて明也は連れていかれてしまう。


「え!? ちょ、あの、店長!?」

「まーまー、ちゃんとバイト代は出しますので」


 困惑する明也に構わず、ズンズン進んでいく。

 振りほどこうと思えば簡単にできるのだろうが、そうすることはせずにシュガーフェストへと強引に引っ張られていった。




「お店はお休みにしてたんですけど、新しいドーナツは色々作りたくなっちゃって。誰かに味見してほしかったんですよねー」


 結局店の調理場まで黙って連れてこられた明也は、おとなしく席について佐藤がドーナツを揚げるのを見ている。

 まだ行くかどうかも迷っていた段階なのにシュガーフェストに入ってしまい、どうしたものかと明也は静かに悩む。

 打ち明けようにも打ち明け難い悩みなわけであるし、いっその事逃げてしまいたいとも思う。

 だが明也が行動に移すよりもドーナツが運ばれてくる方が先であった。


「ほらほら見てくださいよ暁くん! この透き通るようなピンク色、まるで宝石みたいじゃないですか?」

「……相変わらず、何をどう揚げたらこうなるのか全ッ然わかんないですね」


 食べ物として見られるかどうかはまた違う話だが、円環状のクリスタルのようなドーナツは、確かに美しい。……そしてその芯であるかのように小さな生物の黒目のようなものが数珠のように連なっているのが気がかりだ。

 が、今日の明也は躊躇わずに口へと運んでいった。硬質そうな外見とは裏腹に、食感はとても柔らかな綿のようだ。

 てっきり、また外見からは想像もつかないような未知の味が広がるものだと覚悟していた明也だが、


「……? おい、しい……?」


 甘酸っぱい果実のような香りと、淡い甘みのするスポンジケーキを食べているような味わい。

 今まで明也がシュガーフェストで食べた中でも上位の、いやトップの美味しいドーナツだった。

 車に吹っ飛ばされたような驚愕を顔に浮かべた明也に、佐藤はぱあっと明るく笑顔の花を咲かせる。


「ほんとですかー!? いやー、味にうるさい暁くんがそう言ってくれるなんて、すっごく嬉しいです!」

「別にそこまでこだわりが強いわけではないと思うんですけど、俺」

「それじゃ気に入ってもらえたということで、他の試作品もどんどん味見しちゃってもらいますねー」


 その後も佐藤の作ったドーナツをいくつか試食させられた。

 だが意外な事にそのドーナツはどれも綺麗で、外見だけでなく味も上品なものとなっており、まるで今までの佐藤からは想像もできないほど真っ当なお菓子として成立していた。


「すごい、全部美味しかった……」

「そう言っていただけてなによりです! あ、お皿片付けますね」


 今までにない満足感と共に試食を終えた明也は目を見開いて佐藤を見る。いったいどうしてこんなに美味しいドーナツばかりを作れるようになったのだろうか。

 まあ、綺麗とは言ってもドーナツと一目で認識できるかは難しい代物ではあったのだが、食べるのに抵抗を覚えない程度なのでそこは許容する。

 まるで別人になってしまったかのような差を感じる明也の視線を受けて、彼女はどうかしましたか? と振り向く。


「んー? なんです、暁くん」

「ほんとに……どうしちゃったんですか店長。今までのひど……ひどく独創的な外見と味のドーナツからは考えられないくらいちゃんとしたドーナツだったじゃないですか」

「んふふー、そうですかー? そうでしょうねー。そう言わせられるよう頑張りましたのでー」

「……?」


 やけににやけながら返してきた佐藤に、わけのわからない明也は首を傾げた。

 それを見た佐藤は皿を洗いながら言葉の意味を明かしてくれる。


「そんなに難しいお話じゃないんですけどねー。ただ、暁くんってあんまりお店のドーナツに「おいしい」っていってくれないじゃないですか」

「そりゃあ……いえ、そうですね」

「ですからそんな暁くんが思わず「おいしい!」って言ってしまうようなドーナツ、作ってみたくなっちゃったんですよねー」


 何気ない感じで、さらっと佐藤は言う。が、明也はそんなあっさりとした受け取り方はできなかった。

 これはつまり、明也を仲間として、親しい人として見てくれているという事の証である。相手の事を何とも思っていないのであればそんなことをするわけがない。

 明也は自分が恥ずかしい。こんなに自分の事を考えてくれている佐藤を信頼できず、さっきまで自分がマリスドベルであると言わずにおこうとしていたのだから。


「……店長、その、じつは」


 全てを打ち明けようとしたその時、建物が砕かれるような轟音が響き渡り明也の言葉が中断される。

 シュガーフェストが破壊されたわけではない。だがそう離れていないどこかから聞こえてきたそれに、明也と佐藤は顔を見合わせた。


「今の、もしかしてマリスドベルですかね?」

「ッ、店長! 俺が行ってきます!」


 マリスドベル、その単語が佐藤の口から飛び出し、明也は即座に立ち上がった。


「なら私も」

「大丈夫です、店長は待っててください! 美味しいドーナツのお礼に、俺が倒してきます!」


 有無を言わせず佐藤を押し留め、明也は1人で更衣室へと向かう。




 魔装を着た明也は、砕かれた瓦礫が舞い散っていた場所へ向かい、マリスドベルと対峙していた。

 全身に巨大な黒い数珠をいくつも身に付けたような怪人は、今まさにその黒い球を自身の体から引きちぎり、投擲しようとする瞬間だった。周囲の破壊の痕からすれば、あれは爆弾の類いなのだろう。

 怪人が明也を認識すると破壊活動を一旦止め、訝し気に明也へ視線を向ける。


「? なんだ、貴様。邪魔建てをする気か」

「ああ! 悪いがお前はここで倒させてもらおうか!!」


 顔にも、声にも、明也は躊躇いを見せる事無くDブレードΩを振り払って構える。

 もうそこには自分がマリスドベルである事に迷う姿などなかった。佐藤の言葉と、笑顔を思い出すだけでそんなことなどどうだってよくなってしまう。

 暁明也はただ、佐藤らと共にシュガーフェストで働く1人の魔装少女として戦う、力強い決意をしていた。


「ならば、貴様も共に爆砕させてくれようッ!」


 明也を敵と認めたマリスドベルは黒い球を投擲する。

 1つだけではなく、次から次へと身に付けた球を投げ、それらは着弾と同時に爆裂して明也に襲い掛かる。

 爆発の度に地面のコンクリートが粉微塵に砕け、大きく抉られたような穴が茅原町の大地に作られていく。

 その凄まじい威力を受けてしまえば、いくら魔装を身に纏った人間であっても命の危機に晒されることだろう。


「効くかあああああぁぁぁッ!!!」


 だが明也にはもうそんなこと関係がない。いくつも降り注ぐ爆弾の雨を無視して直進し、まさかの正面突破に驚愕したマリスドベルの肩を掴む。

 もう片方の手でDブレードΩを振り上げ、怪人の左胸へと深く突き刺した。


「ッッッ、この爆砕が聞かぬとは、化け物か……!」


 崩れ落ち、粒子となって消えていく怪人の言葉に、明也は首を横に振る。

 そして怪人が完全に消滅した後、口を開いた。


「……違う。俺は茅原町を守るために戦う、魔装少女だ……!!」

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