年明けカミングアウト
年が明けた。
年末年始はシュガーフェストを休みにするという話だったので、暁明也は年越しを自宅で過ごし、特段変わった事も無く普通に正月を迎えた。
「大晦日はみんなでお祝いしましょうか!」みたいな話を佐藤がするのを期待していたといえばしたのだが、結局そういった連絡は深夜0時になっても来なかった。
まあ、別にそれはいい。明也はまたその手の誘いがあるのを見越して特に何も食べずにしばらく待っていたりして、日付が変わったあたりで無いんだな、というのを察して商店街に行ったが当然の如くどこも閉まっていて何も食べないままで自宅にまた戻ってきたりしてはいるが、別にいい。
特にその辺をどう思うだとかそういった事は一切ないのだが、特に気にしていないフリをしながら明也はその日は眠ることにした。
布団の用意をし始めた時、ドアをノックする控えめな音が響く。
こんな時間に誰が、と思いつつも明也はゆっくりとドアを開ける。
「あ、よかったー!! まだ起きてましたね!」
「て、店長!?」
防寒コートに身を包んだ佐藤がそこにはいた。直前まで走ってでもいたのか、頬が赤くなってゼエゼエと息を切らしている。
白い息を吐きながらいきなり現れた彼女に明也は驚愕する。
「どうしたんですか? っていうか何しに来たんですか……?」
「決まってるじゃないですか暁くん。今日が何日だか言ってみてください!」
「え? えっと、今日は12月の、ああ違う、1月1日ですよね」
「そう! なので神社にお参りに行こうと思ってお誘いに来たんですよー!」
「へ、へえー……」
何気ない感じで明也は相槌を返した。まあ実際はめちゃくちゃ嬉しいのだがそこは露骨に反応するのも恥ずかしいのでひた隠す。
見た所佐藤の後ろに他のシュガーフェストの従業員もいないし、今回は2人っきりのデートになったりするのでは、なんて期待も抱いたりしている。
「そ、それはそれとして、もうちょっと早めに連絡とかくれてもよかったのでは?」
「それを言われちゃうとその通りなんですけど、寝る直前に「行きたいなー」って思いまして」
「なるほど、それなら仕方ないですね」
なるほどでも何でもないのだが、明也に断る気は無かった。ささっと服を着替えて佐藤に続き、近くの神社へと向かう。
茅原町にある神社は1つのみだ。規模はそれほど大きくはないし、いくらか足を伸ばせば有名な大社があるので皆そちらへ行ってしまうために非常に空いている。参拝客がいないため出店の類いも一切なく、とても静かなのがいつもの事である。
その年もいつもと同じく初詣の客はほとんどおらず、先客はわずか3人ばかりだった。
「おお、来たか2人共。あけましておめでとう」
「待ってたのな、メイヤ!」
「あぁ、先輩だぁ。おとしだまくださぁい」
3人は皆、見知った顔だった。
「ああ……まあだろうなとは思ってたけど、みんな先に来てたんだ……」
「ライちゃんと一緒に2人のお家を回っていってたんですけど、暁くんの家だけみんなと反対の方向で、神社からもちょっと遠くって。みんなで行ったり来たりするのもどうかなーって思ったので待っててもらいました」
そういう気はしていたので、明也はそこまで気落ちはしない。似たような経験は以前もしたし、その時は勘違い、そして今回はあくまで期待していただけなので「やっぱりな」と思うだけである。ついでにお年玉をせびる声は無視する。
「さて、それじゃあみんな揃いましたし、お参りしましょうか!」
全員が揃ったというところで佐藤がそう言い、5人全員横並びで賽銭箱の前に立つ。
一斉にお賽銭を入れて二礼、二拍手、一礼。あまりこういった風習に詳しくなさそうなライミィも京あたりから事前に教えてもらっていたのか戸惑う様子も見せない。
それから明也は願い事を考えたが、いまいち何にするか決められずにいる。
(……どうしようかな……)
何もないわけではない。すぐに3つほど思いついたがどれも捨てがたい。
シュガーフェストにもっと客が来るようにか、佐藤からもっと好かれたいか、マリスドベルがいなくなる事か。
全て明也の中の同率1位の願いであり、悩んでも悩んでもなかなか選ぶことができずにいる。
だいぶ慣れてきたとはいえ魔装を着るのはできれば避けたいので3つ目が若干願いたいような気もする。一般人にも被害が出てるし。
(そういえばあんまり考えてなかったけど、マリスドベルって誰が生みだしてるんだ? あんな怪人自然に発生するわけないだろうし、やっぱり親玉みたいなのがどこかにいるのか?)
願い事が決められそうになった時、ふと明也はそんな事が気になった。割と流されるままに戦ってきたが、その敵の発生源はどこにあるのだろう?
どこからどうやって生まれているのか分かっていれば佐藤と京が教えてくれていただろうし、そうでない以上は不明、という事でいいのかもしれないが……。
(……またあの人に聞いてみようかな)
佐藤たちよりもその辺りに詳しそうな者に心当たりはあるので後日聞いてみよう、と明也は思う。
もっとも、あまり信憑性のある話をしてくれるかは何とも言えないが。
そんなことを考えている間に結局願いが決められず、迷った末にとりあえず茅原町が平和になることを願う事にした。
「……今年は、平和な年になったらいいなあ」
「ですねー。私も去年みたいに平穏だと嬉しいです」
「平……穏……???」
とても穏やかさとは無縁の1年だった気がするのだが、佐藤は何を基準に平穏だったと認識しているのだろうか。明也は言葉の意味を確かめながら眉をひそめる。
店の売り上げについて言っているのかもしれない。それなら確かに凪いだ海のように静かで穏やかなグラフが作れるだろう。
いや、だとしても次の年もそれを望んだりしてる場合ではないと思うのだが。
「サトー。これってお願いしたらぜったい叶えてもらえるのな?」
「そーですねー、ライちゃんが今年もいい子でいたらきっと叶えてくれるはずです。なんてお願いしたんですか?」
「毎日おなかいっぱい食べたい! ってお願いしたんよ!」
「あぁー……かわいい夢ですね~!! 神様の代わりに私が叶えてあげちゃいます!」
「わーい!」
参拝も終え、明也たち5人は神社を後にする。その道すがらライミィと佐藤の会話を聞き、明也は「それはつまり今までと一緒なのでは?」などと内心でツッコミを入れる。子供の願いに茶々を入れる事ほど無粋な真似はないので言葉にはしないが。
それに彼女の願いも実にもっともらしいものでもある。つまりは「今まで通りのままでいたい」という事なのだから。
それは簡単そうに見えてとても難しい願いだ。人は年を重ねる度に今までできていた事ができなくなっていく。肉体的なものであったり、精神的なものであったり、周囲との関係が変わったりと理由は様々だが、いつかはそういう時が来る。
明也も例外ではない。もしかしたら明日にはシュガーフェストへ行く事すらもできない状況になってしまっているかもしれない。……なにせ働いている側からの目線でもどうして未だに潰れずにいるのか不思議なくらいなのだから、次に店に行った時にもぬけの殻となっていても驚かない自信すらある。
……驚きはしないが明也にとってあまり考えたくない話ではあるので、今はさておく。
ともかく「今のままでいたい」という願いは、とても貴いものであるということだ。
「……」
なんとなく視線を感じて、ちらっと反対側を見てみる。
すると京を挟んだ先から戸ヶ崎が明也を見ていたのに気付く。なんだかうずうずしている様子だ。間違いなく何か話があるのだろう。
ただ、ゆうくんを抱く彼女の表情は、よく明也をからかう時のにやついたものである。これはまた何かを企んでいるのも確実と見ていい。
それに気付いてしまったので、明也は気付かなかったフリをしつつ、戸ヶ崎から視線を逸らす。
「えぇ? 先輩私のお願いが気になるんですかぁ?」
が、戸ヶ崎の方は一瞬視線が合ったのを気付いていたようですかさず話しかけてきた。
聞いてもいない問いかけだが、乗っかると何をしてくるかわからないので明也は首を横に振る。
「……いや、大丈夫かな」
「そこまで言われたら教えてあげるしかないですねぇ。本当はちょっと恥ずかしいんですけどぉ」
「き、聞いてないのに!!」
しかしゲームの強制イベントのごとく明也の返答を無視して話を進めだした。恥ずかしいなら無理して言わなくてもいいのに、と明也は思う。そして戸ヶ崎が「恥ずかしい」とすら思う願いとはなんなのかを想像して怖くなってくる。
「私はですねぇ、ゆうくんと結婚できますようにってお願いしたんですよぉ。えへへぇ」
「そっ…………? あ、ああ、そうなんだ。いいんじゃないかな」
ドギツいネタが飛んでくるのでは、と身構えていた明也だったが、想像していた以上に普通だった。
恥ずかしいというのも本当らしく、照れ隠しで笑う戸ヶ崎の顔は夜空の下でも分かるほどに赤らんでいる。
「あ、ゆうくん顔赤くなってるぅ。そんなに照れなくってもいいのにぃ」
ゆうくんに話しかける戸ヶ崎は特に明也に追撃を仕掛けようともしてこないし、言いたい事はそれだけだったようだ。
またからかわれるのかと思った明也だが、単純に自分の願いを誰かに教えたかっただけなのかもしれない。
随分と可愛らしいその行動に、明也は拍子抜けすると同時に笑う。
「あはは……えっと、その、お幸せに」
「もちろんですよぉ。ゆうくんは私のためにとっても頑張ってくれたので絶対に幸せにします」
戸ヶ崎の腕に力がこもる。それでいて優しく、人形をしっかりと抱き締めて決意の感じられる声でそう言う。
何があったのか気になる言い方だが、同じくらいに聞くのも怖いので曖昧な笑いを返して明也は流す。
そして、2人の間で話を聞いていた京は腕組みをして感心するように頷いていた。
「愛する者の幸せを願った、というわけか。うん、良いな。戸ヶ崎も私と似たような願いなわけだな」
「えっ、先輩彼氏とかいるんですか?」
「ん? 違うが。私は涼の事を願ったからな」
「りょう? ……ああ、妹さんでしたっけ」
「そうだ。変な虫が寄り付かないように妹に近付く者は皆呪ってもらうように頼んできた」
「それ本当に愛する者の幸せを願ってます?」
一点の曇りもなくそう言える京に明也はちょっと呆れる。まあ流石にそんな願いを神様が叶えようとは思わないだろうが、彼女の妹の将来が心配になる。
そんなふうに軽く話をしながら帰り、分かれ道に到着した。明也は佐藤ら4人と別れる。
「それじゃ、俺はここで」
「はーい、またシュガーフェストで会いましょうねー」
佐藤たちに手を振って、明也の住むアパートへ向かって歩いていく。
4人と別れた途端、明也の周りを静けさが支配する。つい数秒前まで騒がしい人達と一緒だっただけにより強くそれを感じてしまう。
若干寂しくなってきたので明也は足早にアパートを目指し始めた。
暗い夜道を小走りで駆けていくとあっという間にアパートの姿が見えてくる。
「……ん?」
それと同時に明也はなにか引っかかりを覚え、進みながらアパートに目を凝らす。
年越しという事もあっていくつかの部屋の明かりが窓から漏れてはいるが、そちらは特段おかしくもない。だが、違和感の正体にはすぐに気付く。
明也がアパートに近付くに連れ、その明かりの間に隠れるようにして白装束の女が立っているのを理解した。
それも、その女は明也の部屋のドアの前で立っている。
明也がそこまでたどり着くと、白い衣の女と視線が合う。
「……何やってるんですか、博士」
呆れるような声で、明也は縛り上げた赤い髪に白衣の女、シュガーフェスト在住の博士に話しかける。
「やあ。こんな時間にどこに行っていたんだい?」
壁に背を預け腕組みをした博士は明也を認識すると目を細め、口角を上げる。そこだけを見ると思わずどきりとしてしまいそうな表情を明也に向けてくる。
ただ、長い時間この場所で待っていたのか鼻水はダラダラでさっきから小刻みに震えている。白衣以外に上着らしい上着も着ていないので相当寒そうだ。
「どっちかって言うと俺の方が聞きたいんですけど……。ここ俺の住んでる所なんですけど、なんでいるんです?」
「さっき佐藤がお参りとやらに行くと言っていてね。丁度手が離せない状態だったから断ったんだけれど、聞けばそれは願いを叶えてもらう行事だそうじゃないか。私にも叶えたい願いはあるからね、急いで彼女を追いかけてきたんだけれど」
「見失ったんですか」
「まあ、そうともいえるね。それで君の家が近くにあるのは知っていたから、君がどこかから帰ってくるまでここで待たせてもらおうと思ってね」
「えーっと……俺は店長たちとその初詣に行ってまして……今帰ってきたところです」
「なるほどね」
明也の言葉を聞いて目を閉じた博士は、すまし顔で頷いている。
少しして壁から背を離してしっかりと立つ。
「まあ立ち話もあれだしね、まずは上がってくれたまえ」
「いや、俺の家なんですけど」
家主の如き振る舞いに眉をひそめる明也だったが、このまま追い返してもどこかで凍死しそうに見えたので渋々部屋に入れる。
入室して早々に博士は明也の部屋を眺めて回りながらどんどん奥へ進んでいく。
「うん、質素だね。というか物がほとんど無い」
「あ、あんまり見ないでくださいよ……そういうの人から言われると恥ずかしくなってくるじゃないですか……」
「大丈夫だよ、こうだろうとは思っていたからね」
「し、失礼だなあんた!!」
シュガーフェストで働いているとはいえ、いつ潰れてもおかしくない経営状況であるためあまり無駄遣いもできずにいる明也の部屋はとても綺麗なものだ。必要最低限の物しかない。
人を家に上げたのはこれが初めてなので、いざそれを指摘されると明也は顔が赤くなってしまう。
「……んん、暖房はないのかな。まだまだひどく寒いというのに」
「ああすいません、無くても結構どうにかなってたもので」
博士が指摘したように、冬であるが部屋の中にはこたつもストーブもない。
エアコンなどもないので部屋の中はひどく寒い。風が吹かない分外よりはマシだが、温度的には大差ないだろう。
口調はさらりとした博士だったが、気のせいか絶望的な雰囲気を滲み出させている気がした。顔には出さなものの寒空の下でずっと待っていた末にやっと温まれると思っていただけに気のせいではないだろう。とりあえず明也はあったかいものを持ってくる事にした。
やかんに水を入れて沸かし、コップと一緒に持って行く。
「すいません博士、お湯しか出せないんですけど」
「うん、構わないよ。私も勝手にくつろがせてもらってるからね」
「それはまあ構わないんですけど……?」
そう言いかけて、明也は博士の居場所を見る。
そこは明也がいつも寝起きしている布団の中だった。うつ伏せになって頭から毛布を被っている。
「……いややっぱめちゃくちゃ構いますわなんでそこに入ってるんですか!!?」
「なんでって、ここしか暖かくなる場所がなかったからね」
「そ、それはまあそうなんですけど、よく躊躇なく入れますね……」
「畳んでもなかったからね。あまりそう言うずぼらなのは感心できないかな、体を休める場所はもっと綺麗にしておく事をお勧めするよ」
「あなたは俺の母親かなんかですか……」
「あまり嫌な臭いがしないのは感心かな」
「か、感想はもういいですから! ほらこれ!!」
我が物顔で布団を占拠した博士は明也からお湯を注がれたコップを受け取って口をつけた。喉が渇いていたのか、寝ころんだままの姿勢で一息に飲み干してしまう。
おかわりを要求するようにコップを明也に返すと、彼女は軽く口角を上げて小さく笑う。
「やけどしたよ」
「冷ましゃよかったでしょうに!」
沸かしたての熱湯を一気飲みすればさもありなん。一口目でわかりそうなものなのに、なぜ自信ありげにそんな報告をしてくるのだろう。
「さて。お参りの話だったけれど、どこに行ったら願いを叶えてもらえるのかな。温まったら行こうと思うんだ」
「あーそうなんですか、まあここからだったら迷わないと思いますよ。アパートから出たら右にしばらく真っすぐ行って、そしたら……」
明也は先ほど行った神社への道を説明する。博士の方も口を挟むこともせず、お湯を飲みながら真剣に聞いていた。
「……うん、道は分かったよ、ありがとう。何かお礼をしたいところだけど」
「いいですよそんなの。ただ神社の行き方を教えただけですし」
「それだけじゃないさ。飲み物も貰ったし、布団も借りているからね。君にも寒さを我慢させているだろう?」
「そこはまあ……、まあ、耐えられるくらいですんで」
博士の言葉にためらいがちな肯定を返す。明也の方も寒いには寒いが、凍えるほどではない。
その返答を受けて博士はコップの中身を空にして枕元に置いた。
「じゃあ、また1つ話でもしようか。今日は君の事についてだよ」
「え、俺ですか?」
自分自身を指さして明也は返す。それに対して博士は静かに頷く。
「なんで俺の話がお礼になるんですか。記憶喪失とかだったらまだしもちゃんと覚えてますからね? ……まあ、去年の夏までは普通すぎて語れる話はないんですけど。そもそも昔の事を話せるくらいに俺と親しくもなかったですよね?」
「どうかな。君よりも詳しい自信はあるよ。……、……名前は、なんだったかな」
「明也ですよ暁明也!! よくそんなで俺よりも詳しいとか言えたもんですね!!」
本気か冗談かもわからないような質問に明也は叫ぶ。同時に「そういえばこんな人だったな」と思い出す。
このまま放っておいても身に覚えのないホラ話を聞かされるだけだと悟り、明也はちょうどいいので聞きたかったことを聞く。
「それより、またマリスドベルについて聞きたいんですけど!」
「ああそうなのかい。なら尚更聞いておくといい」
「な、なんで……?」
話の軌道を変えようとしたが、そのまま博士は続けようとする。とても関係がある話ではないはずだが。
「マリスドベルなんだよ」
しかも、第一声がそれであった。
「…………はい?」
「薄々君も勘付いているとは思うが、君は人ではなくマリスドベルなんだよ」
明也の顔を見て言葉が足りなかったと判断したのか博士はそう付け足す。
だが、言われた側はどういうことなのか理解できない。何度も口を開けたり閉じたりするが、その度に何を言えばいいのかわからず音が出ない。
しばらく鯉のようになっていた明也だが、発言者の事を思い返し絞り出すような声をだした。
「嘘、ですよね」
「そう思うかい? ……最近は控えめのつもりだったんだけどな」
「……ッ!?」
嘘である事を否定しない返答に、明也は再び息が詰まる。
彼女の言葉に心当たりがあるせいだろう。自身の過去についておぼろげに覚えているはずだが具体的な事はまるで思い出せなかったり、重傷だったはずなのに気付けば傷が消えていた事、それらを想えば博士の言葉が真実であるように思えてならない。
「まあ、嘘だと思うながらDブレードで自分を斬ってみるといいよ。答えは分かりやすいからね、お勧めはしないけれど」
「……は、はは、またそんな」
乾いた笑い声を上げる明也に、博士もまた笑って返す。
「冗談だよ。試さなくていい。君にそんな死に方はしてほしくないからね」
「……斬ったら死ぬって事は否定してくれないんですね」
「結果がもう見えてるからね。ナインカウントを使っても君はそうして生きているだろう?」
「は……?」
立て続けに意味のわからない事を言われ、明也の口からは自然と声が零れてしまう。
ナインカウント使用の反動は単に、全身が極度の疲労状態に陥る事のはず。命に係わるようなものではないのは明也が幾度か使用して知っている。
「君には言っていなかったけれど、あれの反動は人に耐え切れるものではないんだよ。超光速機動のために肉体も神経も崩れてひどいことになってしまうんだ。マリスドベルでも丸1日はまともに体を動かせなくなってしまうんだ」
「……ッ」
「うん。覚えがある、という顔だね。こっちはもう試しているだろうからわかりやすいかな」
博士の言うように、ナインカウントの反動は明也もよく知っている。
生きているのが不思議だ、時折そう思うほどに全身が動かなくなる。まるで頭からつま先までの肉をすり潰されたような気分だ。
DブレードΩを手にして戦っているのは明也だけだが、もしも他の誰かがそれを持ち、ナインカウントを発動すればどうなってしまうのだろう。
「これもまだ嘘だと思うかい? なら試してみるといい。少なくとも君は死なないよ」
「……その冗談は笑えないですね」
少し想像し、すぐに明也は頭からその映像を消す。考えただけで叫びそうになった。
そんな明也に博士は少し困ったような声色になる。
「……んうう、先程からあまり自覚が無かったようなリアクションが多いね。まさか、今までずっと気付かずにいたりしたかい?」
「分かってたら、こんな気軽にマリスドベル退治だなんてできてませんよ」
「そうか、なるほどね。知らなかったと。なるほど、なるほどね」
顔を伏せながら言う明也の反応を受けて、穏やかな表情で博士はうんうんと頷くと暫くの間黙った。
「……さて、私もとても温まったしそろそろ行く事にしようかな、うん。いずれまたシュガーフェストで会おうね」
何食わぬ顔で博士は布団から這い出し、明也の肩を優しく叩くと逃げるように部屋から出て行った。……実際逃げたのだろう。
博士の言葉が脳にまとわりついて離れない明也は、1人に戻った部屋の中で冷え切った体も気にせずその場から動けなかった。
「…………人じゃないって、そんなこといきなり言われてもどうしたらいいんだよ……」
長い時間をかけて絞り出されたのは、そんな言葉だった。
その後眠ろうとした明也は布団から今までに嗅いだことのない香りがするのに気付いて、しばらく寝付けなかったという。




