みんなで過ごすクリスマスイヴ
夕暮れ時。ちらちらと雪の降るその日の茅原町は、不思議と普段以上に往来が激しかった。1時間ほど散歩をしても車とすれ違う方が珍しいような静かな町はそれより若干騒がしくなっている。
それが顕著なのは商店街である。町で唯一と言っていいほど様々な店が立ち並んでいるだけあって日頃から利用者は多いのだが、今日は両手を広げて歩けばギリギリ人とぶつかる程の人数がごった返していた。
年末も間近となった今日が何日なのかといえば24日、クリスマスイヴである。
茅原町は田舎なのでカップルはほとんどいないが、それでも多くの家族が連れ立って御馳走を買い求めたり、子供や親しい人へのプレゼントを買おうとする人々が溢れている。
ほとんどの店にとってこの日は書き入れ時である。特に、食べ物を扱う店であればその傾向は強い。
なので、ドーナツの専門店であるシュガーフェストがどうなっているかといえば。
「お客さん来ませんでしたねぇ」
「ねー」
「今日は店の前を通るやつもいなかったのな!」
間も無く日没という時刻になっても、客の姿を見ることすらできていなかった。
「……今日、12月24日ですよね。この手のイベント日に客ゼロってヤバくないですか?」
洋菓子店にあるまじき売り上げに危機感を抑えきれなかった明也がそう言う。人通りが多いはずの茅原町だが、この店の周囲だけ人払いの結界でも張られているかのように人間の姿を見かける事すら無かったのだ。
「慌てる事ではないさ。客が来ないのはいつもの事だろう?」
「それが恒常化してるのはどう考えても慌てるべきなんですけどね」
言いながら半目で京を見るが気にする様子もなく実に飄々としている。店長である佐藤も似たようなものだ。
「まー今日は特別な事は用意しないで通常営業でしたからねー。今度からは何かやってみましょうか。お得意さんのお家にケーキを配りにいったりとか」
「……お得意さんいましたっけ、うち」
「1回お店に来てくれたらそれはもうお得意さんですよー」
立派な事を言ってはいるのだが、店で取り扱っている商品を見るとそれはテロ行為なのではないか、と明也は思う。
「っていうか配るのはケーキなんですね、うちってドーナツ屋なのに」
「だいじょうぶ! そこはちゃーんとケーキ風のドーナツにしますよ」
「そうですか」
びしっと親指を立ててそう言う佐藤だが、明也にはケーキ風のドーナツ風のなにかが生まれる予感を既にひしひしと感じていた。
来年の予定を決めた佐藤は、ふぅと息を吐いて頷く。
「さてと、次のクリスマスの事も決まりましたし、今日は早めにお店を閉めて私の家でパーティーしますか!」
「「「わーい!」」」
「い、いいんですか……?」
店長宅でのパーティ開催に従業員3名が沸くが、明也はそうでもなかった。
クリスマスイブだし営業時間を延長しようというならともかくその逆を行くとは、明也もさすがに困惑を隠せない。
「いいんです! 今日は元々そうするつもりでしたので」
「ああそれなら……いや、それでいいのかドーナツ屋の店長!?」
「だってあんまり遅くまでお店を開けてたら私がゆっくりケーキとか食べる時間が無くなっちゃいますし……」
唇を尖らせながら佐藤はそう言った。自分の時間を大事にするのは、まあ、ある意味健全ではあるしいいのか、と納得しかけたが、やっぱり本当にそれでいいのだろうかと明也は思う。
明也が自分の言葉に納得していないのを察して、佐藤はちょっぴり悲しそうな顔を見せた。
「……もしかして、暁くんは不参加、ですか?」
「は? 行きますが」
その表情を見て、明也は「まあいっか」と思った。だいたい店長がそうしたいと言っているのだから、ならばそれでいいだろう。いいのだ。客だって来る気配はないのだから、このまま店を開けていても電気代が無駄になるだけだろう。
即参加表明をした明也に、佐藤の表情はぱあっと明るくなる。
「よかったー、そう言ってくれると思っていつもより多めに色々食べ物を買っちゃったのでー」
「任せといてくださいよ、残さず食べますから!」
さりげなく飲食物が既製品であるのが明かされ、明也の顔も輝きを増す。食べても大丈夫なのかどうか怯えなくて済むのは実に喜ばしい。胸に拳を当て、自信を露わにする。
意気込む明也を見て佐藤は嬉しそうにぽん、と手を打った。
「それでは、今日の所は閉店でーす! みんな準備ができ次第私のお家に来てくださいねー!」
佐藤の宣言で本当に本日の営業は終了となり、各自帰宅を始めた。
明也はこれといって特に用事もないが、だからといって佐藤の家に直接行くのもどうかと思い軽く身だしなみを整えるために自分の住むアパートへ戻った。
数分で身支度を終わらせて佐藤の家に向かうと、丁度家の前で京と鉢合わせた。
「あ、先輩」
「明也か。奇遇だな」
軽く挨拶を交わし、その時京が少し大きめのビニール袋を手に提げているのに気付く。
透明な袋の中には白い正方形の箱が入っているのが透けて見える。
それを見て、なんとなく嫌な予感がした明也は聞いてみる。
「……あの、先輩。その箱の中身って……ドーナツですか?」
「これか? いや、これはケーキだ。面白そうなものをネットで見つけてな、1人で食べるつもりだったが折角だから持ってきた」
「あー、なら楽しみですね!」
「うん。なら、とはどういう意味かはともかく楽しみに待っているといい」
手作りの邪神像、もといドーナツかと危惧したが、佐藤と同じく既製品らしい。安心した明也は京と一緒に玄関へ向かった。
「よーし、みんな揃いましたね!」
明也と京の到着からしばらくして、戸ヶ崎がやって来た。ライミィは佐藤と一緒に来たらしいので、これでシュガーフェストの従業員全員が揃ったわけである。
店で働いている者という条件ならこれで勢揃いだ。が、5人で全員ではない。
「あの、博士は呼ばなくていいんですか?」
もしかして忘れられているのだろうかと思い、明也は聞いてみた。
だが、佐藤は諦めたように首を振る。
「来てくれないか聞いてはみたんですけど、白馬の王子様が迎えに来てくれるのを待つから不参加だそうです」
「そ、そうなんですか……」
何を言っているのかよくわからないが、多分合コンとかにでも行くのだろう。
まあ本人のいない場所で博士の話をするのもどうかと思い、それはそれとしてもう1つ気になる事もあったので明也は話題を変える。
「ところで、戸ヶ崎さんが来るのは結構意外だったんだけど」
「えぇ、なんでですかぁ?」
「だって、こういう日はゆうくんと過ごしたりするのかな、って思ってたから」
「そういうことですかぁ」
明也の疑問を受けて、戸ヶ崎は胸元に抱いたゆうくんに視線を向ける。優しく人形に微笑みかえた戸ヶ崎はそのまま答える。
「私とゆうくんの家はですねぇ、お祝い事の日って親しい人みんなで祝っていたんですよぉ。ゆうくんもそういうの好きだったので呼ばれたから来ちゃいましたぁ」
「ああ、そうだったんだ」
戸ヶ崎の言葉を聞いて、明也は優しく相槌を返した。やたら過去形が多いのは、触れないでおく。
「まぁ夜にはお家に帰りたいですけどねぇ。……先輩、なんでか聞きたいですかぁ?」
「いや、大丈夫だよ。言わなくていいからね? 戸ヶ崎さん」
「じゃあ特別に教えてあげますねぇ。やっぱりこういう日はゆうくんと」
「言わなくていいって言ったのに!!」
そんな反応にくすくす笑う戸ヶ崎を見て、明也はからかわれたのだと悟った。
ともかく参加メンバーは揃ったので一同はそれぞれ席に着く。
先に準備は終わっていたようで、こたつの上には所狭しとオードブル料理が並べられている。いずれもプラスチック製の容器に入っており、それを確認して明也は息を吐く。
明也から見てこたつの左右にライミィと戸ヶ崎が座り、佐藤と京は向かいに並んで座している。
全員が座ったのを確認すると佐藤が紙コップにジュースを入れて全員へと渡してくれた。
「さて、今日も何事もなく無事にお店が終わりましたね!」
何事もなかったのは事実だが、客が来なかったのを無事に終わったと表現していいのかは疑問な所である。とりあえず明也は口を挟まずにおく。
「せっかく来ていただいたんですから、長い挨拶は抜きにして楽しみましょう! かんぱーい!」
手短な佐藤の挨拶を皮切りに全員が渡されたコップを掲げて飲み、早速食事が始まった。こたつで温まりながら各自好き好きにオードブルをつまんでいく。
「ああそうだ、忘れないうちにこれを出しておこう」
エビフライをかじりながら京はそう言って、明也たちに見えるように白い箱を取り出した。表で会った時に持っていたアレだろう。
箱の形状からしてケーキのようだが……流石に持って来ないだろうと明也は思う。クリスマスケーキなら佐藤だって買っているだろうし、確実に被るからだ。
「わー、なになにー?」
「ケーキだ」
「ケーキなんですか……」
が、そんな明也の予想は真っ向から裏切られ、箱から現れたのはホイップクリームたっぷりの真っ白いワンホールケーキだった。
「……あの、本当にこれ1人で食べるつもりだったんですか?」
京の持つケーキをまじまじと見ながら明也は問う。
飾り気もトッピングもないケーキは本当にクリームたっぷりで、というかそれしかなくて、おそらくスポンジ部分であろう土台の上には同じ高さ同じ量のクリームがどっしりとそびえ立っている。真横から見たら正方形に見えそうだ。
生クリームだけで1キロ以上はあるのが確実なそのケーキは見るだけでも胸やけを起こしそうだ。
「フフフ、これでお腹いっぱいになったらいい夢を見られそうだと思ってな」
「絶対気持ち悪くて寝るどころじゃないと思いますね」
「あー京ちゃん買ったんだ、鬼盛りクリームマウンテン」
白色の塊を見て、佐藤は感嘆の声を上げていた。謎の呼称はおそらくケーキの商品名だろうか。
「店長も知ってるんですか?」
「はい。京ちゃんが教えてくれたんですよー。面白そうだなーとは思ったんですけど、私は別のケーキにしちゃいました」
「そ、そうなんですか」
その話を聞いて、もしかしたらこのクリームの山が2つ並んでいたかもしれないと気付き、明也は若干冷や汗をかいた。
本気に取られているかは不明だが残さず食べるなどと言った手前、最悪全部明也が食べなくてはいけなかったかもしれないのだから。
「わー、ケーキケーキ! 食べたいのな!」
「えーいきなりですか? ……まあライちゃんがそう言うなら仕方ないですねー、私のケーキも持ってきちゃいますか」
京の持つケーキに目を輝かせたライミィに押し流されるようにして、佐藤はこたつから出て台所へ向かった。
間も無くして戻ってきた佐藤は白い箱を持って戻ってくる。正直京が持ち込んだ方だけで満腹になりそうだが、まあ同じものが出てこないとわかっているので気楽ではある。
「はーい、というわけで私の買ってきた鬼盛りチョコレートケーキでーす!」
「………………」
真っ茶色の四角形、スポンジと同僚の高さのチョコクリームが積み上げられたケーキが箱の奥から顔を覗かせているのを見て、明也は絶句した。
「お……同じのを買わなかったのでは……?」
「私どっちかっていうとチョコケーキの方が好きなんですよねー。なのでこっちにしました」
追加でこたつの上に置かれた白と茶の山は、凄まじい威圧感を放っている。
「じゃー切り分けちゃいますねー」
そう言って佐藤は包丁とケーキ用の取り皿を出し、2つののケーキを人数分で切り分けていった。
「はい、暁くん」
「……店長、気のせいか俺のケーキだけ両方とも4分の1くらいある気がするんですけど」
手渡された皿には2つのケーキが乗っており、くっついたそれはどう見ても半月状になっている。
「ちゃんと5つに切り分けましたよー?」
「等分にしたとは言わないんですね……!?」
「暁くん男の子ですし、いっぱい食べたいかなーと思いまして」
「い、いらないですよその配慮……!!」
皿の上に視線をやった明也はどうしたものかな、と苦笑いをする。流石に食べきれるか自信のない量だ。
そこで明也はふと顔を左側にやる。ワクワクした顔でライミィが自分の分を渡されるのを待っていた。
自身が見られているのを察してか、彼女は明也の方を見る。
「ん、なによ」
「あの、ライミィ。よかったら俺のケーキちょっとあげようか? ケーキたくさん食べたいでしょ?」
さっきからライミィがケーキを楽しみにしているのは丸わかりだ。そこでさりげなく明也の分を食べないか問いかけてみる。
あんなにキラキラした目を見せているのだから、この提案は即受け入れられるだろうと思った明也だったが、なぜかライミィは顔を顰めた。
「いいんよ。それはメイヤが食べて」
「え、な、なんで……?」
「だってそれはメイヤのぶんなのな。ワタシ人のもの取ってまで食べたいとは思わないんよ」
「や、そんなんじゃないって。普通にあげるから」
「んなこといって後でお腹空くのを我慢したりするのな。ワタシはいいから自分で食べるのよ」
「え、何? ライミィ遭難した経験とかあったりする?」
謎の硬い意志を見せつけられ、断固拒否されてしまった。
「……結局自分で食べるしかないのか……」
諦めたように明也は佐藤から渡されたスプーンでケーキを削り取るようにして一口サイズに掬い取り、口に運んだ。
「ん、おいしい」
ぎっしりと積み上げられたクリームは、しかし見た目以上にふわっとしていて、優しい味だ。口の中ですぐに溶けてなくなってしまう。
ほのかな甘みはまるで幻だったかのように消えて、それが実在するものだったのかもわからなくなってしまう。
数瞬前まであったその味を確かめるべく一口、もう一口と、自然とスプーンの動きが止まらなくなっていく。
「ば、馬鹿みたいな見た目だと思ってたけど、めちゃくちゃ美味しいぞこれ……! 簡単に全部食べられそうな気がしてきた……!」
思いの外ケーキが美味しく、巨大な山のように思われた塊が少しずつ崩されていく。
味を楽しむ余裕すら出てきて、チョコケーキの方を食べ終わりかけた頃。
「吐きそう……」
明也は限界を迎えていた。味が薄かろうがやはりクリームは脂の塊であり、山のように食べれば気分が悪くなるのは当然の事だった。
「そんなに慌てて食べるからですよぉ。誰も盗ったりしないんですからゆっくり食べたらいいのにぃ」
「か、関係ないでしょ、食べる、速度とか……」
口元を押さえつつ戸ヶ崎の方を見る。明也を小馬鹿にするようにくすくす笑っていた。
「そんなあわてんぼうな先輩にはぁ、これあげますねぇ」
そう言って戸ヶ崎は自分の横に置いていたバッグに手を入れて、中からあるものを明也に渡してきた。
「え、なにこれ」
「口直しにどぉぞ」
手の上に乗せられたのは、小さな白い紙箱だった。
……なんとなく中身が想像できて、明也は非常に嫌な予感がする。
「戸ヶ崎さん、これってもしかして……ケーキ?」
「いいえぇ」
「あ、なんだ違うんだ」
3つ目のケーキがこのタイミングで登場するのかと思い肝を冷やしたが、首を横に振った戸ヶ崎を見て安心する。
予想が外れたのを喜びながら、早速中身を確認する。口直しに、と言っていただけに何かさっぱりしたものだろうか。
「……あの、戸ヶ崎さん」
「なんですかぁ」
「ギッチギチに棒状の肉が詰まってるんだけど、なにこれ」
箱の中には加工食品らしきものが入っていた。とぐろを巻いた蛇を無理矢理四角い箱の中に押し込んだような状態になっている。
「サラミですよぉ」
「ギ、ギットギトなんだけど……」
「口直しにどぉぞ」
「口直せるかなぁ……」
箱に押し込まれたサラミは油にまみれており、てかてかと輝いている。
マズい訳ではなさそうだが、今食べたらトドメになりかねないので明也は蓋をそっと閉じて後で食べる事にした。
それからケーキの方へ向き直り、何度か深呼吸をしてゆっくりとスプーンを動かしていく。
「終わった……」
拷問から解放されたような気分で明也はそう零した。
ゆっくりと時間をかけたおかげで、苦しみながらも明也は2つのケーキを処理する事に成功したのだ。
胸の奥からこみ上げてくるものを必死に抑えながら天井を見上げ、明也は放心しかけていた。
「おいしかったのな!」
「いっぱい御馳走になっちゃいましたねぇ」
昏倒直前、という体調の明也に対して他の4人は嘘のようにけろっとしている。ケーキの量にそれほど大差ないのに、まだまだ余裕があるように見えた。
それが虚勢でないのを証明するかのようにケーキの合間合間にオードブルをつまんでいき、明也が気付いた時には料理を乗せた容器はほぼ全て空になっていた。
「さーて、一通り食べ終わっちゃいましたし、そろそろですかねー」
そう言って佐藤が立ち上がる。この辺りで一旦閉めて、片付けにでも入るのだろうかと思いながら彼女を見る。
「お、終わりですか」
「え? いえ、そろそろシメのデザートを出そうかと思いまして」
「シメのデザート!!!!!??」
驚愕のあまり明也は叫んでしまった。クリームが出そうになった。
「い、今のケーキは……?」
「それとはもちろん別ですよー。ケーキはケーキで、デザートはデザートです」
「2個目、いや3個目ですが……」
「甘いものは別腹って言うじゃないですかー」
「別の腹も限界いっぱいまで詰まっちゃってるんですが……」
そんな明也に小さく笑いながら佐藤が持ってきたのはプリンだった。瓶に入った、ちょっとお高めの品である。
「今日のために買っておいたんですよねー。はい、みんなもどうぞ!」
佐藤に手渡されたプリンを食べて3人は満足そうに相好を崩している。直前のケーキと比べれば小さいサイズの食べ物なのであっという間に消えていく。
……が、明也は食べきれる気がしない。両手でプリンの瓶を持って、どうしたものかと悩む。
「……暁くん? どうしました? 食べないんですか?」
「え? いや……その……」
そんな明也を見て不審がるような声を佐藤が向けてくる。
まあ無理に食べる必要は本来ない。もう入らないと分かっているのだからその意思を伝えればいいだけの話である。そう、本来は。
しかしこれは佐藤がくれたものである。それに対してまるで手を付けずの状態では印象が悪いだろう。
店長を悲しませるような事はしたくない。しかしそうは言ってもこれ以上は何も口に入れたくない。
そんな2つの思いのもとで明也は葛藤する。
「……やれやれ、仕方ないですねー」
言い淀む明也を見て何かを察したように佐藤が横に首を振って、手の上に乗せたままのプリンを取っていく。
どうするのかと見ていると、蓋を開け、スプーンを手にしてプリンをひと掬いした。
食べたくないというのを察して彼女自ら食べようとしているのだろう。結局、佐藤の厚意を無碍にしてしまう形にはなったが、同時に食べずに終わる事へ安堵してもいる。
そう明也が思っていると、
「はい」
なぜか、佐藤が手にしたスプーンは彼女ではなく明也の口元へ向けられていた。
「……はい?」
どういう事だかわからない明也が疑問を視線で投げかけると、返答が笑顔で返される。
「食べさせてほしいんですよね? 今日はクリスマスですし、特別ですよー? ほら、あーんっしてください」
「!?!?!!!??!!!??」
軽くテーブルに身を乗り出しながらそう言う佐藤に、明也は銃弾で撃たれるような衝撃を受けた。
あまりに衝撃的なその行動にあやうく意識を失いかけたがなんとか踏みとどまる。
「なぜにそうなるんですか!?」
「自分で食べるのがめんどくさくなっちゃったんですよね? いいですよー、今年はお店のお仕事いっぱいしてもらいましたから、これくらいならやってあげちゃいます」
「そ、そんな……」
子供じゃないんですから、と続けたかったが、そんなふうに拒否しては佐藤も本当にやめてしまいそうで、できなかった。
明也の惚れた相手である佐藤からこんなことをしてもらえる機会など、二度とないであろう。多少の勘違いがあるにはあるが、正直受け入れてしまいたい。
が、それはそれとして満腹度は依然限界状態である。小瓶1つ分どころか、スプーンに乗せて突き出されているプリン1欠片でさえ胃に収まるか怪しいものだ。
「……」
ナインカウントを発動させた時のように、ほんの瞬きの間の時間が無限に等しく感じられるほど明也は激しく思考を回転させる。
食べるか、どうするか。
「…………」
悩み抜いた末に。
明也は口を開けてプリンを食べた。
……そして、その判断が間違いだったのを告げるかのように堪えてきたものが決壊し、明也はトイレに駆け込んでいった。




