ネットで宣伝! シュガーフェスト
「……そろそろ、お客さんが増えたりしないものですかねえ」
シュガーフェストでの店番中、明也がそんなことを呟いた。
開店から数時間。昼になったが今日も店は来客無し。暇さのあまりに出た言葉を聞くのも、明也を除けば同じく店番をしている佐藤だけだ。
「一応チラシ配りも頑張ってはいるんですけどねー。最近は寒いのでお店の近くのお家に2、3軒回る程度で済ませてるんですが……」
「つまり頑張ってないんですね?」
片手で数え切れる数の家にしか宣伝をしていないと知り、明也はガックリと肩を落とす。まあ茅原町が比較的田舎であり家と家の距離が凄まじく開いているのを考えれば努力している方なのかもしれないが。
最初の内はそれでどうにかできていてもいつかは必ず限界が来るはずだ。半年以上働いて未だに給料が未払いになる事も、佐藤がどこかでお金を借りているような様子もどちらも無いが、いつまで続けられるのか分かったものではない。
職場の先行きに不安しか見えない以上、明也としてはどうにか客入りを増やすことによって安心感を得たいと考えている。
「……うーん、どうにかしてもっと不特定多数の人に向けてシュガーフェストの宣伝ができればいいんだけど……」
「もー暁くん、そんなに都合よくたくさんの人にアピールできる方法なんてないですよー。……あ、京ちゃん。ご飯終わった?」
「ああ、咲も食べてくれ」
何の解決にも繋がらない雑談をしていると京が昼食の休憩を終えて調理場から顔を出した。
明也がそちらを見ると、佐藤に向けて言葉を投げる京の視線は若干下方向に落ちている。その手に握るものに気を取られている、というか集中しているらしい。
「ん……どうした明也、私に何か用か?」
「いえその、先輩が今持ってるそれって……」
「スマホか? これがどうかしたのか?」
明也の言葉で軽くスマホを掲げてみせる。それを見て、即座にあることを思いついた明也は口を開け、目を見開いて叫ぶ。
「これだ!!!」
「インターネットを利用してお店の宣伝をしましょう!」
明也は2人を連れて調理場へ向かい、京と共に食事をしていたライミィと戸ヶ崎も合わせた4人の前でそう提案する。
「インターネット、ですか?」
「はい! ネットで宣伝をすると世界中の人にアピールができてなんかものすごい人がいっぱい来ると聞いた事があるんです!」
「また随分とふわっとした話を聞いたものだな……」
京の手にしていたスマホを見て明也が思いついたのは、ネットを利用しての広告であった。
まあ、正直に言えば大して珍しくもない安直な発想でしかないのだが、スマホを持っていない明也からすると神からの啓示にも等しい案に見えたのだ。
「それで、どこで店の宣伝をする気なんだ?」
「……えっと……人がたくさん見ている所、ですかね」
「これまた曖昧だな……まあとりあえずここならいいだろう」
そう言いながら京はスマホを操作して画面を明也たちにも見えるように向けてくれる。
そこに映っていたのは青い鳥が目印のSNSだった。
「ここなら利用者も多いし、ちょっとした情報もすぐ拡散してもらえる。昔に私が使っていた時は何を呟いても即座にRT数が4ケタを超えたものだ」
「へー、よくわからないですけど凄そうですね! やってみましょう!」
「うん、ならこのまま新しいアカウントを作ってしまうか」
そうして、あっという間にシュガーフェスト宣伝用のアカウントが開設された。
「よーし! プロフィール欄にこの店の住所と電話番号も載せたし、これで明日からお客さんでいっぱいになっちゃうね!」
「いやそんな単純にはいかないと思うんだが……」
「私も信用できないですねぇ。こんな簡単な事をしただけでお客さんって来るものなんですかぁ?」
「ワタシも実感わかないのな」
「3人とも心配性だねえ。文明の利器というのを侮っちゃいけないよ、俺も使った事はないけど多分店長の言った通りになるんじゃないかな」
「使った事も無いのになぜそんな自信に満ちているんだ……いや、使った事が無いから自信満々なのか」
アカウントを作っただけで有頂天になる佐藤と明也に白い眼を向け、しかしそれ以上は何も言わなかった。このまま放置したら面白いのではないかと思ったのかもしれない。
そしてその翌日。
「お客さんが……!!!!!」
「まったく増えていない……!!!!!」
「だろうとは思っていた」
客足がまるで増えていない事に膝を突いて衝撃を受けている佐藤と明也を京はさもありなん、といった顔で見ている。戸ヶ崎とライミィも似たようなものだ。
「あぁ、やっぱり駄目だったんですねぇ」
「しょうがないんよ、あれだけで人がくるって言われても信じられなかったし」
「そもそもアカウントを作っただけで一言も呟いていないからな。これでは待てど暮らせど誰も気付けはしないだろうよ」
「そ、そうなんですか……てっきりそういうのは自動でやってくれるのだとばかり……」
無為に時間を使ったと知り、明也は落胆する。まあどちらにせよアカウント作成の翌日に早速行こうと思うような人間はいなかっただろうが。
「それにこんなことをしても効果があるかと言うと、少し難しいかもしれないな。どこも似たような事はやっているだろうし」
「みんなやってるんですか……じゃあやめましょう」
SNSを利用しての宣伝が普通の事であると知った途端、佐藤は即断した。
『普通』という事に強烈な嫌悪感を持ってしまう佐藤がそう言ったのであれば明也も何も言えない。せっかく作られたアカウントだが、こうして放置されるのが決定した。
「ま、まあでも別の方法で構わないですし、何かインターネットを利用しての宣伝はしたいですよね、わりと珍しい感じの。……先輩、そういうの詳しかったりしません?」
「私に聞くのか。……まあ、知らんというわけではないが」
ネットの知識に関してはスマホを持っている京が最も詳しいと思うので、だいぶ丸投げに近い形だが明也は聞いた。
すると心当たりがあったらしく、ため息交じりにそう返される。
「何かあるんですか!?」
「秘策というほどではないがな。私自身で試して、比較的個性も出しやすい事は知っている」
「へー、どんなのどんなの? ちょっと気になるなー」
話を聞いていた佐藤もだいぶ乗り気になって耳を傾けてくる。
手法そのものはそんなに珍しくないのだけれども、と前置きしてから京は続けた。
「動画だ」
「動画?」
「そうだ。文字よりも伝えられる情報は多くできるし、多くの者が見ている。何より我々は食べ物を売っているのだから、こちらの方が向いているだろう」
「確かに、その通りかもしれません。……まあ肝心の売り物であるドーナツがとんでもない姿をしてはいるんですが」
ちらっと明也は商品の並ぶ棚を見る。直視するだけで正気を失いそうになる光景に、果たしてこれを本当に映像として人に見せてもいいのだろうか、と悩む。
「なるほどね。そっちの方がお店の宣伝としても優秀そうだし、なにより楽しそう! やってみよっか、京ちゃん」
「うん、なら撮影は任せてほしい、得意だからな。……ところで、カメラは誰か持っているか?」
「私、ありますよぉ。お家でよく使ってますのでぇ」
「……家で? 何に使ってるの戸ヶ崎さん」
「そんなにエッチな事聞かないでくださいよぉ。ゆうくんとですねぇ」
「言わなくていいよ!? なんで聞くなって言いながら嬉しそうに続けようとするの!?」
SNSの次は、動画投稿に目的が変わった。そうなるや否や戸ヶ崎は一旦店を出てカメラを持って戻ってきた。いつにもまして迅速な仕事ぶりである。いや、そもそも客が来ない以上他に仕事のしようがないのだが。
そして、まずはシュガーフェストの紹介動画の撮影を行う事になったのだが。
「あの、なんで俺達全員魔装を着てるんです?」
「それはとーぜん、シュガーフェストを紹介する上で外せない要素ですからねー」
明也ら5人は全員魔装を身に付けた状態で撮影の準備を進めていた。
確かに佐藤の言うように魔装少女としての活動は大事な業務の1つである。……本業であるドーナツの売り上げがほぼゼロである以上、こっちの方が本業なのかもしれない。
「まあその話はともかくとして、いきなりこの格好の人が何人も出てきたら引かれたりしません?」
「? なんでです? むしろ惹かれる人がお店に来てくれるはずです!」
「……そうかなぁ……」
「よし、それでは1度試し撮りを始めるぞ!」
佐藤の思い描いた通りに行くとは思えないが、京が撮影の開始を告げる。特に何も指示が来ていないので、またお得意の(得意ではないが)アドリブ進行なのだろう。
しかし、試し撮りとの事なので単にカメラの前で喋るのに慣れるための練習という認識でもいいかもしれない。明也はだいぶ気楽な気持ちで構える。
撮影開始の掛け声とともにカメラが回り始める。
「いらっしゃいませ! ドーナツの楽園、『シュガーフェスト』へ!」
「ここにはあなたの見たことのないドーナツがたぁくさん!」
「さあ、今すぐお店に来るのな!」
「「「シュガーフェスト!!」」」
「……よし、素晴らしい出来だ。これはこのまま15秒のCMとして採用できるな」
「あの、俺抜きでみんな練習とかしてました?」
動きも声もバッチリと連携の取れた佐藤らを見て明也は唖然としていた。京は当たり前のように反応が薄いし、数週間前から練習していたとしか思えない。
「? アドリブですよぉ?」
「暁くんも適当に入ってくれて良かったんですけど……」
「無茶をおっしゃる……!!」
明也にできたことは3人の異様な息の合い方に驚いて静かに棒立ちしている事だけだった。
というか京はそのままCMに使うつもりだと言っていたがもしかして自分の無様な立ち姿がそのまま投稿されてしまうのかと思うと明也は恥ずかしくなってくる。
できれば1度撮り直しを要求したい所だ。
「あ、あの先輩。今のもう1回やり直ししません? 俺が何もしないで立ってるだけでしたし……」
「え、でももうサイトに投稿しちゃったぞ」
「行動早ッ!!? ていうか試し撮りじゃないんですか!? 俺本当にただ映っているだけなんですけど!?」
「まあそれはそれで面白いからいいだろう」
「面白いかなあ……うわ、編集まで加えてある……」
再びスマホの画面を見せられ、そこには動画投稿サイトのホーム画面が映っていた。
チャンネルもいつの間にか作った京は今の一瞬で映像を編集したようで、それっぽい音楽と最後の店舗名コールの所にお菓子屋さんっぽいシュガーフェストのロゴを追加して投稿されている。
「昔取った杵柄というやつだな。少しの編集なら勘でできなくもない」
「ただただ普通に凄いですね……」
1年間番組の監督を務めていただけあってか高い編集技術に明也は素直に感動する。監督がそんなに編集作業をやるものなのかは疑問だが。
「そして見るがいい。投稿して間もないというのに再生回数が勢いよく伸びているぞ」
「あ、ほんとだー。すごいね京ちゃん」
「どんくらいなんよ?」
「507再生ですってぇ」
「へえ。よくわからないんですけど、多いんですか? これって」
「ああ、四捨五入したら4桁だからな」
「……その雑な切り上げ方からするにそこまで多くないんですね?」
「そうでもない。トップ層と比較すれば間違いでもないが、無名の店舗のCM、それもこの短時間でここまで観られるのはそうそうある事じゃないぞ。サムネイルも適当だしな」
「へえ」
そう言って、京はスマホを操作して動画のサムネイルを見せてくれた。
『シュガーフェスト CM(15秒Ver)』という簡素なタイトルの横に表示されているのは、魔装に……ラバースーツ状の衣装に包まれた4人の姿である。
「コメントもいくつかついてるみたいですねぇ」
「『男が邪魔』『本編はどこで買えます?』『なんで顔だけ出てるんですか?』『左端の子が蚊帳の外でかわいい』……概ね好評ですね!」
「特殊な層と勘違いしてる人らしか見てない気がするんですが???」
動画に寄せられるコメントはどうもシュガーフェストをドーナツ店ではなくなんらかの映像作品として認識しているのが9、いや10割を占め、認知されたかどうかはともかく宣伝としてはほとんど効果を出せていない。
が、京は問題ないと言うかのように口角を上げた。
「いや、ニッチ層に刺さったのは強いぞ。彼らは供給の少なさ故に需要を満たせるものが現れれば喜んで飛びついてくれる。まあ、だからといって彼らに露骨に媚びたり足元を見たり、期待を裏切るような真似をすれば大変な事になってしまうのだが」
「今まさに俺達はその彼らを落胆させて期待を裏切ろうとしているかと思いますが……」
魔装は別にいかがわしいものではない。マリスドベルと戦うために必要な鎧である。
ただ、それを知らない者が見ればいかがわしい衣装にしか見えないというのは反論のしようがないだろう。ありえんくらいピッチピチだし。
「いずれにせよ現段階で好評なのは事実だ。次はもっと長めの業務内容紹介動画を作ろうじゃないか」
「需要あるのかなあ……」
嬉々とした表情をうっすらと見せる京はやる気に満ち満ちている。久々にカメラを手にして高揚感が高まっているのかもしれない。
再び動画のコメントを確認して次動画の方向性の参考にしようとしているのか、スマホを操作している。
「む? これは……」
それからすぐに、京は困ったような声を上げた。スマホの画面を見たままの彼女は口元に手を当てて唸り始める。
なにかよくない事でもあったのだろう。異変を察知した明也たち4人がスマホを覗き込む。
「どうしたの京ちゃん? 狂った人がコメント欄で暴れ回ったりしてた?」
「それくらいなら可愛いものだったんだが」
「それは特に可愛く無さそうですが……どうなってるんです?」
明也が画面を見ると、そこには何事もなかった。いや、何もなかったのだ。
投稿動画の一覧は空白だけがあり、先程まであったCM動画はどこにも見当たらない。
「あれ? 先輩、さっき撮った動画はどこに……」
「消されてしまったらしい」
京の説明では、残念な事に投稿した動画は不適切なものとして削除されてしまったようだ。
なかなか出来の良いものだっただけに悲しいとも思うが、まあ仕方ないかなとも明也は思う。この動画サイトは健全な動画のみを扱う場所であるそうなので、寄せられたコメントを見れば消された理由も一目でわかる。
「そんな……それじゃあいったいどうして削除されちゃったんだろう……!」
「消す基準は明確に定められていない場合も多いからな。私にも何が理由で削除されたのかは皆目見当もつかないよ」
「りふじんなのな!」
「理由もなく一方的な弾圧ってわけですねぇ。私そういうのは本当に許せないんですよね」
……なんとなく分かってはいたが、消された理由に合点がいったのは明也だけだった。
「まあそこまで落ち込む事でもない。そんな事もあろうかと対策はしっかり考えてある」
「ああ、そうなんですか。それを聞いてちょっと安心しました」
京の言葉に明也は胸を撫で下ろす。彼女の事だから今度は動画サイト本社に乗り込んで抗議しに行ったりするのではないかと思っていたのだ。
しかし彼女の口調は穏やかなもので、怒りに任せての行動ではなさそうだ。おそらく、平和的な解決方法だろう。
「……で、対策って言うのはやっぱりお店の制服に着替えて撮り直したりですか?」
「いや、同じ動画を1000個ほどアップロードして消される度に倍の数をアップするだけだ。削除が追い付かないようにすれば向こうから音を上げるだろう?」
「ゴリッゴリの強硬策じゃないですか!!!!!! 狂って暴れまわろうとしてるのはアンタだろ!!!!!!」
平和のへの字もないような作戦に明也は京の顔を見て叫ぶ。そんなことをした所でなにがしかのアンチだと思われるかただただ悪評が広まるだけだろう。
「わかってると思いますけど絶対にやらないでくださいね!!?」
「流石に1000個は上げられないさ。たった今垢バンされてしまったからな」
「も、もうやってた!!!!?」
少し目を離した隙に、アカウント停止の旨が記載された画面がスマホに映し出されているのに気付く。常軌を逸した行動の常軌を逸した速さに明也はちょっと関心すらしてしまいそうだ。
「どうするんですか、これ……? またアカウントを作り直すとか……?」
「いいや、こうなってしまっては運営からも目をつけられただろう。作り直した所で即座にまたアカウントごと消されるはずだ」
「よくもまあそんな危険行為を初手で選択できたもんですね……」
「おいおい、おだてても何も出せないぞ?」
「非難してんですけどね!!」
わざとなのか本気でそう思っているのか、明也からの抗議の視線を京は笑い飛ばす。
結局、ネットを活用してのシュガーフェスト宣伝作戦はこうして失敗に終わってしまうのだった。




