店長の家に誘われちゃった
温泉に行った翌日のシュガーフェスト。明也はそれまでの疲労が嘘のように消え去り、元気な姿で働いていた。
まあ、客が来ないので店内の掃除くらいしかやる事はないのだが。
気付いた頃には日も落ち、閉店時間が間も無くといった具合になっている。自分はドーナツ屋の店員じゃなくて清掃のアルバイトをしてたんだっけ、と明也は一瞬錯覚した。
「今日は元気いっぱいって感じでしたね、暁くん。体の方はもう大丈夫そうですか?」
「店長。自分でも驚くくらい調子がいいですよ、前より体が軽くなった気分です」
今日1日明也の働きを見ていた佐藤が言葉をかけてくる。もう心配いらないと返すと、とても嬉しそうな笑顔を明也に見せる。
「それはよかったです! 今日もまだ体調が優れていなかったらどうしようかと思ってましたから」
「え、何かありましたっけ、今日」
「そういう訳じゃないんですけどねー……まあ私の個人的な用事って言いますか、わがままって言いますか、なので」
何か、自分にしてもらいたい事でもあるのだろうか。明也は考えるが、だとしても閉店ギリギリの時間まで言わずにいたのはなぜだろう。聞いてはいないが、サプライズでお祝いとかの準備をしてもらいたいのかと思ったが、明日は特に祝日でもない。いたって普通の日だ。
なんなのだろうかと首を傾げていると、佐藤は照れくさそうな感じでモジモジし始めた。
「店長……?」
「もうすぐお店を閉める時間なんですけど……暁くん、この後って予定とか、あったりします?」
「えっ……………………いえ、ないですが」
明也はその言葉を聞き、察した。
佐藤の動作、視線、緊張の混じった声、息遣い、間の取り方。
どれをとっても告白のそれであった。間違いない、佐藤は明也に向けて愛の告白をしようとしているのだ。
数秒の間で全てを悟った明也は何の予定もない事を告げた。それを聞いた佐藤は実に安心した様子で言葉を続ける。
「良かったぁー。急にこんな事きいちゃって、ごめんなさいね?」
「いえいえ、店長のためならたとえどんなに忙しかったとしても予定くらいこじ開けますよ」
「おおげさですねー。そこまでしてもらうほどの話じゃないんですけど」
佐藤は笑って言った。彼女がどう思っていようが、明也はすでにそのつもりでいる。
軽い微笑を鎮めて、佐藤は再び口を開いた。
「その、今日ってすごく冷えるじゃないですか。それで、丁度いいなあって思いまして……」
そこまで言って、佐藤はまた小さく吹き出した。
「……ふふっ、なんだか、こんなこと改めて言うと、ちょっと恥ずかしい気がしちゃいますね」
その反応で、明也は心中で激しく悶えた。
(こ、告白だぁ~~~~!!!! 絶対にこれは告白だぁ~~~~~~~~!!!!!!!)
表だけは穏やかに佐藤の話を黙って聞いていただけだが、人目がなければ明也は転がりまわって叫び出したい気分になっている。なんなら、転がったまま店の外に出て道に降り積もった雪の上にハートマークとか書いたりしたいとすら思う。冷え込みの一段と強い日ではあるが、まるで気にならないだろう。
だがそんなことはできない、しない。明也は努めて冷静に佐藤の言葉を待つ。
そのきりっとした表情に、今から自分が言おうとしている事を改めて考えたのか、佐藤は頬がうっすら赤くなっている。
「えっと、暁くん。お店が終わったら……一緒に私の家に来ませんか?」
「行きます!!!!!!!!!!!!!」
言い終わると同時に明也は即答した。多分、フレーム換算でもほぼ0フレームの反応速度だ。そこに冷静さは欠片も見えない。
「元気いっぱいですね。えへへ、いいですよー、その方がたくさん楽しめますからねー」
「ねーー!! 楽しみですねーーーー!!!!!!」
「閉店時間になったら私の家まで案内しますから、忘れて帰っちゃだめですよ? まあ心配はしなくてよさそうですけど」
いったい何を楽しむつもりなのだろう。というか付き合ってほしいだとかそういう宣言も無しにいきなり自分の家に連れ込もうとするのは非常に大胆な気がしないでもないが……まあなんとなく明也も察しはついている。だが明言はせず、佐藤に合わせて返すに留めた。
それからの10数分間、明也は色々な想像をした。本当に多岐にわたるので例は挙げないが、色々はイロイロである。
時間はあっという間に過ぎ、シュガーフェストの閉店時間になった。
店の出入り口に鍵をかける佐藤の背中を見て、明也は無性にソワソワしてきた。
「……じゃあ、行きましょっか」
「は、はい」
特に何を話すでもなく、気付けば明也は佐藤の家の前に来ていた。
大きすぎず小さすぎず、ごく平凡で一般的な一軒家だった。リビングと思しき部屋の窓からは明かりが漏れている。両親がいるのだろうか。もしかして……いきなり親御さんにご挨拶を!?
「さあ暁くん、遠慮しないで入ってください」
「おっおおおお邪魔します」
アホな事を考えていた明也だったが、やはり佐藤は外から見た時に明かりの付いていた部屋に向かって明也を引っ張っていく。これはやはりそういうことでもういいのだろうか。
ドアを開けた佐藤に続いてその部屋に入ると、そこには明也の到着を待つ人達の姿があった。
「お、待っていたぞ」
「お仕事お疲れ様ぁ」
「待ってたのな!」
明也の良く知る、シュガーフェストの従業員3名、京、戸ヶ崎、ライミィがこたつを囲んで温まっていた。
「…………なにしてるんです?」
「何って、明也も佐藤に誘われたのなら分かっているだろうに」
そう、京が言うように明也は分かっていた。いや、分かっていたつもりだった。あの状況あの切り出し方からしてプロポーズの類であると確信していたのに、なぜこの面子が揃っているのか。
まるで分らなかった明也は佐藤に顔を向けてどういうことなのか確認する。
「えへへ、今日ってとっても寒い日だったじゃないですか。なので、私のお家でお鍋でも一緒に食べませんかってみんなを誘ってたんですよ。急な話なので集まれるか不安だったんですが、暁くんが来てくれて良かったです! もしも暁くんだけが駄目だったら仲間外れみたいになっちゃってましたし」
「へ、へぇ~~~~~~~~そういう話だったんですね~~~~~~知ってましたけど~~~~。……でも内容の割には店長恥ずかしそうにしてましたけど、あれはなんでです?」
家に来ないか、と聞いてきた辺りのリアクションで完全に告白の流れだと思ったのだがどうしてそうなったのだろう。ちょっとからかうつもりだったとか、そういう話になってくると流石に明也も起こるかもしれない。
佐藤は明也の言葉に改めて恥ずかしそうに俯く。
「……その、途中で気付いたんですけど、男の人を自分のお家に呼んじゃうんだなあ、って思ったら急に恥ずかしくなっちゃいまして……。それだけ、です」
「あぁ~~それは仕方ないやつですねぇ~~~~!」
小さな声で、佐藤はそう言った。
明也は全てを許した。むしろ下らない理由で佐藤を疑った自分を罰したい気持ちだ。
佐藤にそういう意図が無かったとわかればそれでいい。明也も薄々気付いてはいたし。
なんにせよそうとわかればそこからの行動は早い。明也はこたつの空いている箇所に入り、鍋を楽しむ体制に入る。
「……どうした明也、何故泣いている?」
「さあ……今日は、寒かったからですかね」
「寒気で涙が流れるものだったろうか? ともかく防寒はしっかりするんだぞ」
指の腹で目じりを拭いて、何事もなかったように振る舞う。そして明也が席に着いたのを見て、佐藤は台所と思しき方へ入っていく。
「それじゃあお鍋を持ってきますねー」
そう言って数分。戻ってきた佐藤は大きな土鍋をとカセットコンロを持ってきて、鍋を火にかけた。
しばらくしてグラグラと沸騰するような音がし始めた辺りで佐藤が鍋の蓋を開ける。
「よーし、始めますよー!」
「……って、何も入ってないじゃないですか」
鍋の中にはいい香りの漂うだし汁は入っていたが、具材は何も入れられていなかった。これから投入するのだろうかと思うが佐藤は追加で何かを持ってきたりする素振りは見せず、京と一緒にこたつに入っていた。
「おっと、そこは暁くんには何も言ってませんでしたね。他の子にはせっかくみんなで集まるので具はそれぞれで持ち寄ったらどうかなーって話になってまして」
「闇鍋って事ですか…………」
「いわゆるソレですねー。本当は暁くんにも何か持ってきてもらえばよかったんですけど、何分急に決めちゃった事なので」
闇鍋。それを聞いて、明也の血流は一瞬止まっていた。
ここにいる者は明也を除いて食べられるものから食べられそうにないものを生み出すのにかけては1流の人間が4人も揃っている。魔物同士を戦わせる闘技大会に間違って自分が参加してしまったような気分だ。
流石に自分が食べる物なら手加減してくれるのでは、とも期待したいがそもそも普段だってふざけてドーナツを作ってはいないのだ。本気で美味しいものを作ろうとして、その上で完成したのがあの百期夜行、もとい商品として並ぶドーナツたちなのだ。
4人が中身の見えない袋をこたつの上に置いていくのを明也は断頭台の前に立たされた気分で眺めていた。
「そんなに寂しそうにしないでください暁くん。暁くんの分は私の冷蔵庫の中から好きに選んでくれていいですから」
「あぁ……俺も入れるんですね」
「もちろんですよ! いっぱいあるのでお好きなものを選んでくださいね!」
言われるがまま、明也は台所に向かって行き、冷蔵庫を前にした。今更焼け石に水な気はするができるだけ真っ当なものを選んで多少は食べられるものにしたい所だ。
そう思いながら冷蔵庫に手をかけた時、明也はふと店長の家の冷蔵庫の中を見ちゃうのか、と気付き止まった。
許可があるとはいえ好きな人の家の冷蔵庫なんてそうそう見られるものではない。それこそ家族か恋人関係でもなければ難しい事だろう。
そのどちらでもない明也が中身を見てしまうというのは、なんだか背徳的な悦びを感じてしまいそうだ。
「……俺疲れてるのかな」
馬鹿馬鹿しい事を考えた自分を小さく笑い飛ばし、明也は冷蔵庫を開けた。
佐藤が言ったように、そこには様々なものが詰まっていた。
「うわあ、本当にいっぱいだな……干乾びた内臓、目と脚の数が逆の蟹、鱗が子供の指みたいな魚、長いヒレみたいにうねり続ける肉の切り落とし、血走った瞳みたいな模様の入った野菜……」
しばらく眺めた明也は、静かに扉を閉じた。
やはり想像の付いていた事ではあったが、真っ当なものがまるで見当たらなかった。上から下まで、地球上に存在するとは思えない怪異の数々がぎっしりと詰め込まれている。
佐藤の家の冷蔵庫というだけあってそこまで驚きはないものの、自分自身がそれを口にする可能性があるのを考慮すると慎重にはならざるを得ない。
今の明也は全財産を賭けてのギャンブルに挑むような心境にあった。
「……とりあえずもう一回見るか」
意を決し、もう1度明也は冷蔵庫の扉を開くと、再びの魔境が出迎えてくれる。
見れば見るほど箸で掴むのすら憚られるような食材(?)を前にして、明也は目を閉じた。
消去法でも1手目で全てが消去されるような形状のものを見て選んでも前には進めないと考え、勘で決めようとしているのだ。
おそらく何を選ぼうが五十歩百歩。手を伸ばし、最初に触れたものを持っていく事にした。
「……!」
指先に、何か金属のような感触が当たる。……金属? と明也は一瞬眉を顰めるが最初に触ったのはこれだ。決めた通りにそれを掴み取り、冷蔵庫の中から引きずり出す。
そして恐る恐る目を開けてみた。
「これは……エビ?」
手にしていたのは、かなり大ぶりな海老だった。重量感のあるそのサイズは、2リットルのペットボトルと同じくらいだろうか。
明也が一目見て分かる程度には普通の海老であったため、だいぶ正解なチョイスなのではないか、と納得できた。……もっとも、その色つやは金属のソレとまるで変わらないのだが。
「エビなら食べられそうだけど……これはおもちゃとかじゃない、よな」
「暁くーん、そろそろ選べましたかー?」
不信がって自分の手にしたものを見ていると、佐藤が丁度台所にやって来た。
明也がメタリックな海老を持っているのを確認した佐藤は、自らの顎に手を当てて口角を上げる。
「それを選ぶとは暁くん、なかなか見る目がありますねー」
「そ、そうなんですか。……ちなみにこれ、なんてエビなんです?」
「珍しいですよねー。私が偶然見つけたんですよ」
「なんてエビなんです?」
「……内側の柔らかい部分が美味しいんですよ」
「あの……これホントにエビなんですよね?」
何故かやたらと明言を避ける佐藤だが、まあ反応を見るに食べられないわけではないのだろう。不安は残るが、明也はこたつの方へ戻った。
「それじゃあみんなの準備もできましたし、お鍋の方を始めましょうか!」
佐藤の言葉を合図に、各自持ち寄った食材を鍋に入れ始める。
闇鍋というていではあるが、特に電気を消したりはしない。各々が順番に食材を入れていくので、どちらかと言えば寄せ鍋だろうか。ともかく、せめて何が入るのかを確認して覚悟を決めたい明也としてはむしろ助かりすらした。
最初に明也が選んだ金属色の海老が投入され、続いて佐藤の具材が現れる。
「私が入れるのはー……じゃーん! これです!」
「わー何だろう」
佐藤が手にしたものは霞がかったようになっていて見えない。別に湯気が立っているとかではなく、なにか濃い霧のようなものが絶えず吹き出ているのか、佐藤の手元を視認する事もできていない。
「わー……何だろう……」
「ちょっと煮たらすぐわかりますよー」
佐藤の言った通り、霧を吐くなにかは鍋に投入されると霧が止まり、その姿が確認できるようになった。
鍋の中を明也が覗き込むと、そこには闇のように深く暗い黒色に染まったスープがあった。明也の入れた海老以外の固形物は確認できない。
「……」
明也は既に顔が青くなりつつあった。
「私はかなりシンプルなものにしてみたぞ」
「……な、何かなー、野菜系ですか?」
「お、中々勘が良いじゃないか明也」
京が入れようとしているのは野菜らしい。それを聞いて明也は安堵する。流石に野菜でそんな埒外の物が現れはしないだろうと。
紙袋の中から具材が取り出される。
「……あの、これなんて野菜なんです?」
「ん、意外か。確かに本来は煮るよりも焼く方が主流だからな、そういう反応も無理はない」
「いえ、調理法じゃなくて名前が知りたいんですが」
「……? 京だが、明也には名乗っていなかっただろうか……?」
「先輩の名前じゃなくて!! その野菜の名前ですよ!!」
「え……知らん、食べるのに不都合は無いしな」
名称不明の野菜は明也が見たことのないものだった。珍しい、というより類似した色や形の野菜が存在しないせいで最初に野菜であると宣言されていなければ何なのかすらも分からなかっただろう。
「あぁ、私それ知ってますねぇ。煮るなら手でちぎり入れてあげると美味しく食べられますよぉ」
「そうなのか、ありがとうな戸ヶ崎」
正体を知っているらしい戸ヶ崎は手にした野菜を少しずつちぎって鍋に入れていく。野菜の色は汁に溶け出るように抜けていき、最終的に真っ白に変わった。
黒い汁に浮かぶそれは、まあ、色だけを見れば白菜として見えなくはない。腑に落ちてはいないのだが、とりあえず明也は安全なものだと思い込む事にする。
「次ワタシが入れるのな!」
元気よくライミィが袋から出したのは鈴なりの唐辛子の房だった。
「いいね」
元気を失いつつあった明也は思考も止まりかけの状態で頷いた。今の明也は「見たことのあるもの」であるだけで安心できるからだ。
「最後は私ですねぇ」
だが安心したのも束の間、戸ヶ崎の声で明也は思わず震え上がる。
恐ろしい声色だったわけではないのだが、彼女の行動の読めなさは他の4人より上を行く、と明也は思っている。
彼女にも優しさがあるのを知ってはいるが、それでもブレーキのようなものが壊れた言動を目にする機会の方が多く、怖さの方が勝るかもしれない。
ドーナツ作りの方も上手とか下手とか、そういう話より先に「禍々しい」という感想が出るものを生み出す彼女はどんな食材を入れるつもりなのか。
そんな恐れを隠しながら明也は戸ヶ崎が用意してきた袋の中に手を入れるのを固唾を飲んで見守る。
「……そんなに見ないでくださいよぉ、急だったのであんまり凝ったものではないんですからぁ」
明也の視線に気付いた戸ヶ崎は恥ずかしそうに笑う。まあ、その言葉を信用する気はまるでないのだが。
「それは……貝?」
戸ヶ崎が取り出したのは、一般的によく知られた貝、ホタテだった。貝殻付きのホタテがいくつも入ったパックが出てきたのだ。
ごくふつうの市販品が現れ、明也は逆に驚く。もっと、異形の生物のはらわたとかが出現するかと思ったのだが。
「もぉ、だから凝ったものじゃないって先にいったじゃないですかぁ。来る途中でお店に売ってたのを買ってきたんですよぉ」
勝手に謙遜だと思い込んでいたのだが、ともかく明也には幸運な展開だ。まさか最後の最後に1番まともな食材が出て来るとは。
少なくとも1種類は安心して食べられるものが入ると分かると、明也の心も若干穏やかさを取り戻してくる。
「ごめんね戸ヶ崎さん。変に見ちゃって」
「まぁいいですよぉ。入れちゃいますねぇ」
そうしてホタテが鍋の中に並べられていく。全て入れ終わると戸ヶ崎が蓋を閉じ、具材に火が通るのをじっくりと待つ。
しばらく時間が経過した所で再び鍋の蓋が外される。立ち上る湯気と共に、思いの外良い匂いが明也の鼻孔を刺激してきた。
「もう食べられそうですよぉ」
「それじゃあ、暁くんには直前の連絡にして迷惑もかけちゃったし、暁くんから取ってくださいな」
「わー、どれにしようかな」
と言いつつ、明也の目は真っ先にホタテを探し始めた。鍋をしっかりと覗き込む。
……だが、すぐ異変に気が付いた。くまなく探してもホタテの姿が見つからない。
それどころか、あの鋼鉄色の海老も、白菜に見えなくもない野菜も見当たらなかった。まるで別の料理にすり替わってしまったかのようだ。
「いや、本当に中身変わってません? これ」
明也の見る鍋の中は、にんじんじゃがいも玉ねぎ豚肉が一口サイズにカットされ、とろみの強い茶色の液体を泳ぐ光景だった。一言で言うとカレーになっていた。
「まあ、じゃがいもは煮崩れしやすいからな」
「芋の話はしてないんですよ!! たった今入れたホタテはどこに消えてるんですか!!?」
「海のミルク、とも言いますからねー。きっとバターみたいに溶けちゃったんでしょう」
「それは牡蠣の別称です店長!!! よしんば牡蠣だったとしても数分で溶けてなくなるなんて無いですが!!!」
「まー、とりあえず食うといいのなメイヤ。あんま細かい事気にしてると疲れるんよ?」
空腹で気が立ってるとでも思われたのか、ライミィがそう言っておたまで鍋から1杯掬い取って明也の取り皿によそう。
「いや、細かくは……うん、食べるけど……」
静かに皿を突き出され、明也はそれを手に取った。何が起きればあの鍋がカレーになるのかは不明だが、匂いは良いし、味が気になるとも思ってはいるのだ。
明也は恐る恐るカレーを口に運ぶ。
「! こ、これは……」
食べた瞬間、直前までのスパイシーな香りとはがらりと変わり、みずみずしい果実のような爽やかな味が口いっぱいに広がる。
強い酸味と確かな甘み。この味には明也も覚えがある。まるでこれは――
「……パイナップル……!???」
まごうこと無きパイナップルの味だった。そして、なぜか噛めば噛むほどに口の中でパイナップルの果肉のような食感が増加していく。まるで口の中でカレーがパイナップルに変化しているかのようだ。
味におかしい点はないのだが、あまりの意味不明な味の変わりように明也は謎のめまいに襲われ、こたつの上に両肘をついて頭を抱えた。
「な、なん、え、な……え……??????」
「うまいのな?」
「じゃぁ私たちも食べましょうねぇ」
明也のリアクションを美味しかったものだと勘違いして他の4人も鍋に手を付け始める。
「んー、甘酸っぱくていいですねー!」
「口の中で別の食べ物になるとは、文字通りの変わった味だな。良いじゃないか」
そして当然のように受け入れられていた。まあ味そのものはパイナップルなので食べられなくはないのだが。
なので一口で意識を持って行かれそうになった明也もしばらくしてから立ち直り、佐藤たちと共に鍋を楽しんだ。
……シメのうどんを投入すると今度は湯豆腐の味に変わってまた明也が気を失いかけるのだが、それはまた別の話。




