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バイト先で魔装少女とかいうのをやらされてます。……あの、でも俺男なんですけど!?  作者: カイロ


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無敵の9秒間

 1夜明け、明也は見てわかるほどに疲労を露わにしていた。

 肉体的に大したことはないのだが、どちらかと言えば精神面での疲労の方が酷い。

 まりという少女がマリスドベルであった。そう思えばいいだけの話なのだが、その度に無垢な少女の顔が頭の中にちらつき認識を妨害してくる。


「ああぁ…………」


 シュガーフェストの店番をしながら陰気な顔で息を漏らしている。来店1番にそんな彼を見ることになっては客も寄り付かない事だろう。まあ、どちらにせよ客は来ていないのだが。


「ずいぶんと生気のない事だな、新しい武器が手に入ったのだからもっと喜べばいいだろうに」

「そうもできない事情があるんですよ……」


 腕を組み壁に背中を預けた姿勢で話しかけてくる京へ力なく言葉を返し、明也は天井を見上げる。

 まりという少女の正体を話せないままでいる明也は気落ちしている理由も言う事ができず、それがより気分を下向きにさせていた。

 言ってしまうのが最もいいのかもしれないが、その勇気が明也にはいつまでたっても湧いてこない。多分、昨夜佐藤に訊かれた時がそれの唯一の機会だったのかもしれない。明也自身もそれをなんとなく感じる。

 そんな明也の心境を知ってか知らずか、京はフッと小さく笑う。


「まあ、大きな力を得るというのは何か代償を必要とする場合が殆どだ。お前に何があったのかは分らんが、その様子なら言われるまでもなく分かっていそうだな」

「代償、ですか」


 それはまりの事を示しているのだろうか。だとすれば明也には認めがたいものだ。誰かの命と引き換えの力を手にしても、それを無闇に振るう気にはなれないだろう。


「一言で言ってしまえば「力の使い所はよく考えろ」という話だ、決め技の乱発はあまり美しくないからな。どうしても必要な時以外は使おうと考えなくていい。……ところで明也、早速新しいDブレードの試し切りをしてみたいと思わないか?」

「先輩たった今必要な時以外に使うなって言いましたよね?」


 わかっている感を出したいのか有識者ぶった話し方をしていた京だがまるで本心が隠せていなかった。

 口で色々と言いつつも新武器の技を見てみたいというのが丸わかりだ。


「確かに言った。だが新技の使い勝手を確認するというのはどう考えても必要な事だろう、ぶっつけ本番で使用して思っていたものとは違う行動をされても困るじゃないか」

「そうですけど……でもやっぱり使うとしたらマリスドベルが出てきた時ですかね……」


 9秒間の超高速機動が可能となる「ナインカウント」。別に京の弁を借りるわけではないが、明也はそれをみだりに使う気にはなれなかった。

 そんな思いを汲んでか京も仕方がない、と諦めたように息を吐く。


「ふぅ、明也がそのつもりだと言うのなら。……なら、私が新技の動画を撮影して動画投稿サイトに投稿しよう。これならどうだ?」

「それが一体なんの交換条件になるとお思いで!?」


 訳の分からない取引を持ち掛けられたがそれで首を縦に振れるほど明也は阿呆ではない。……そして改めて考えれば考えるほどにどうしてそれが取引材料にできると思ったのかがわからなくなる。


「と、とにかく使うとしたってマリスドベルが現れたらです。先輩が見たいからって理由だけで使ってみたりなんてしませんからね!」

「フフフ、果たしてそう簡単にマリスドベルが現れてくれるかな」

「なんで今度は出て来ないのが都合がいいみたいな言い方なんですか」

「その方がむしろ出て来てくれる事が多いからな」

「……さっきからやたら変な感じなんですけど……もしかして先輩、今テンション高いんです?」


 つじつまの合わない言動がやたら多い京に明也は疑問をぶつけた。もしかしたら、今彼女は興奮状態にあるのかもしれない。

 普段から落ち着きのある言葉遣いをする京だが内面も同じようにクールなのかといえばそうでもない。むしろ感情は豊かな方だ。

 そもそも明也のものとなった新しい武器、DブレードΩも京の要望によって誕生したものでもある。早く新機能を使っている所を見たい、とワクワクしているのかもしれない。


「ベッドの中で新しいDブレードの能力を妄想していたら朝になっていたのがそれに当たるというのなら……そうだろうな」

「いい歳した大人がなんて理由で徹夜してんですか……」


 図星だった。カッコつけて腕組みなんかしているが、その言葉を聞いた明也には間抜を見るような目を京に向ける。


「ともかく使わずともいい、どんな系統の機能が追加されたのかだけ教えてくれ!」

「まあ……それくらいなら別に。なんか、すごい早く動けるようになるらしいです」

「加速かぁ……いいじゃあないか……。うん、想像しただけでもとても映えるな」


 目を閉じながら京は静かに頷く。今どんな妄想を頭の中で繰り広げているのか、若干口元が緩んでいた。


「今日は雨が降らないものかな、一緒にマリスドベルも出てこないだろうか」

「冬に雨は降らないんじゃないですかね。ていうか俺に雨の中で戦ってほしいんですか?」

「加速してほぼ静止状態の雨粒の中を突っ切る姿を想像してみろ、きっと美しいぞ」

「わからなくは……ないですけど」


 正直冬の雨を浴びながら戦うのは凍え死ぬのではないかという方が気になるのだが、明也は黙っていた。

 それから数分ほど経った頃にスマホのバイブレーション音が響く。京がさっとポケットからスマホを取り出し、内容を確認すると嬉しそうに明也にも見せてきた。


「噂をすれば、という奴だな。行くぞ明也、マリスドベルだ」

「また随分と空気の読めてないタイミングで……いや逆にこれは空気読めてるのか……?」




 マリスドベル出現の報せを受けて明也と京は魔装に着替え、怪人の出現地域に到着した。

 2人はすぐに敵の姿を捉える。全身にウニの棘のような突起を生やした装甲を纏った特徴的な姿をしていた。

 その動きは緩慢で、まるで2本の脚で立つ亀のようだ。

 これ相手に加速能力を使う必要などないだろう。明也はそう判断し、京に何か言われる前に勝負を付けようとマリスドベルへと接近を試み、


「待て明也」


 京に腕を掴まれ、強引に元いた位置に引っ張り戻された。


「あの……先輩? 確かにマリスドベルが出て来たわけですけど、流石にあんな遅いの相手にはわざわざ使いませんよ?」


 ナインカウントを使う瞬間を見たいがために制止されたのだと思い、明也は嫌そうな顔をして京を見た。

 だが、そうじゃないと首を横に振り、京はマリスドベルの姿をしっかりと見る。


「違うぞ明也。確かにただ鈍重で隙だらけの相手ならば手早く斬り捨てれば良い。しかし、よく見てみろ」


 言われて、もう一度よくマリスドべルの姿をしっかりと観察してみるが、実は超高速で移動しているから止まっているように見えるだとかそういった事も無い。やはり亀の姿であるからなのか非常にゆっくりとした動きでしかない。

 何も警戒する必要はないと再認識するだけだった。今度こそマリスドベルに向かって走ろうとする直前、京が近くに落ちていた小石を拾って放り投げた。

 放物線は怪人の頭上めがけて描かれていき、怪人そのものも石が飛んできているのには気付いていない。あのまま直撃するのだろう。

 そう思いながら明也は石に視線を向けていたが、途中でフッと石は消えた。


「ッ!?」


 日の光に吸い込まれるかのように消えていった石は見失ったわけではない。目を凝らしてみても、どこにも落ちてはいないのだ。

 マリスドベルに当たってその近くに落ちていないかと怪人の姿を視界に入れた時、明也は石が消えた理由をようやく理解した。

 全身に生えた棘だと思っていたものは、しかし棘ではなかった。無数の突起の先端からは赤白い色の光線が噴き出し、どこまでも伸びる槍のように真っすぐに空を貫いていた。


「あの1本1本がレーザーの発射装置だったわけだ。機動力が皆無に等しい分、接近する物体を自動的に攻撃しているのだろう。そして……以前にも言ったが魔装は熱に弱い。あのレーザーに当たればひとたまりもないという事だが、どうすればいいかわかるな?」

「使えって言いたいんですよね……わかってますよ、勝手に飛び出そうとしてすみません」


 危うく勝手に飛び出して熱線でハチの巣になる所だったと分かり、京に一言謝った。

 結局京の望み通りにナインカウントを使わざるを得ない状況になってしまったのは不服ではあるのだが、明也はDブレードΩを構える。

 いつでもマリスドベルへ向かって走り出せる体勢を取りつつ、明也は声を発する。


「ナインカウントッ!」


 DブレードΩに向けてその言葉を発すると同時に、明也にだけ聞こえる音声が脳内に響く。


『――起動コード承認、並列時空個体との多重リンクを開始、――リンク成功確認。グレートブースター発動。ナインカウント、スタート』


 明也の声を聞き届けたDブレードΩは、嵌められた藍色のオーブが発光を開始する。

 音声の終了と共に、世界は静止した。いや、本当に止まった訳ではない。超加速状態になった明也には時間の流れが本来の数百分の一にまで遅く感じられているだけだ。

 今、明也の能力は本来の何倍にも強化されている。自身の内側に湧き起こる膨大なエネルギーを感じてそれを理解し、マリスドベルへと駆けていく。

 怪人の突起の中にはナインカウント発動よりも先に明也の接近を予知していたものがあったのか、いくつかのレーザーが発射され始めていた。不可避の速度で迫る熱線が明也に襲いかかる。

 だが、それは通常の時間が流れていた場合の話だ。今の明也にはスロー再生された水鉄砲を避ける程度の感覚で潜り抜けられた。

 攻撃を避けつつ走る明也は、途中でオーブの光がわずかに弱まりだしているのに気付く。これが残り時間を指し示しているのだろうと察した。やはり、その名が示す通りに本来の時間で9秒がタイムリミットと見て間違いなさそうだ。

 なんにせよ今回は時間を気にする必要はない。既に、マリスドベルのその身体を明也は射程距離に収めている。


「うおおっ!!」


 DブレードΩが振り抜かれ、マリスドベルの身体は肩から腰にかけてを斜めに両断された。加速している明也の目には、切り離された上半身が今も空中で静止して見えている。

 確実に撃破できたとみていいだろう。明也は息を吐き、緊張が抜けるのと同時に構えを解いて口を開いた。


「……ところでこれ、どうやったら解除できるんだろう」


 DブレードΩを見ながら明也は考える。タイムリミットを告げるオーブの輝きは今なお少しずつ減っているが、少なくとも明也の感覚で9秒はとっくに過ぎているはずだ。

 つまり加速前の通常の時間間隔での9秒が効果切れのタイミングなのだが、今自分が何倍速の世界を体験しているのだろう、と思い明也は不安になる。


「あのレーザーってやっぱり光の速さで飛んでたんだよな……それがかなり遅く見えたって事は……いやいや、え、流石に解除とかできるよな……?」


 詳細を考え始めた明也はだんだん不安になってくる。強制解除ができないのだとしたら、自分はあとどれだけの時間をこの環境で待機しなければいけないのだろうか。


「…………」


 顔色を青くした明也はDブレードΩをくまなく観察し、ナインカウントの終了スイッチがどこかにないか探し始めた。


「なっ、無いッ!! どこ押しても全然ビクともしないしスイッチみたいなのも見当たらないッ!! と、止まれッ!! 終わり!! ナインカウント終了!! 解除ッ!!!」

『――リンク解除。カウント、ゼロ』


 焦り始めた明也の言葉に応えるようにオーブの発光は急速に収まっていった。

 思い返せば起動自体が音声での認証だったのだ。解除も音声で行うのは別段不思議でもないし当たり前ですらあった。


「あ、焦ったぁぁ……!」


 怪人の上半身が徐々に加速しながら上方に飛んでいくのを見て、明也は時間感覚が通常に戻りつつあるのを感じ、一気に安心した。

 同時に、全身へとすさまじい疲労感がどっと襲い掛かってくる。腰が抜けたようになった明也は立っていられず、その場で仰向けになってぶっ倒れた。


「明也!」


 京が走ってくるのが見えた明也は倒れたままで笑う。


「えへへ、どうでしたか先輩。お望み通りのものは見られましたか?」

「いや、気が付いたらお前が倒れているのが見えただけで何もわからなかったが」

「……ああ冷静に考えたらそりゃそうですよね」


 まあ超高速状態の明也以外からすれば瞬きの間にシーンが別のものへと切り替わっていたようにしか見えないだろう。

 京からしてみれば怪人の足元で明也が倒れているさまは返り討ちにあったと見られても不思議ではない。駆け寄ってきたのは救助しに来たつもりなのかもしれない。


「とにかく俺は大丈夫ですよ、ちゃんとマリスドベルも倒せましたし、怪我もありませんよ。ほらこの通りで」


 そう言って心配ないと立ち上がるつもりだったが、腕も足もびくともしない。

 そして一時的なものだと思っていた疲労感もまるで消えない。全身を鎖で縛り付けられているかのような気分だ。

 衝撃を受けているような顔で倒れたままの明也を見て、京が案ずるような声で覗き込んでくる。


「……立てないのか? やはり、どこか傷が」

「ち、違います! ホントに怪我なんてないんですよ! 平気で……づッ!!」


 無理矢理に体を起こそうと力を入れようとして、明也は悲鳴を上げた。全身の肉が内側から引き裂かれるような激痛。

 死ぬほど、とまではいかないがその手前レベルの痛みに耐えきれず漏れた声に京が顔を青くする。


「明也……!? どうしたんだ一体!! まさか、強化機能には反動があったのか!?」

「いえ……博士は、そういうのは無いって、言っ……? 待てよ?」


 否定を返そうとして明也は言葉を止める。そして、博士の言葉をよく思い出してみる。

 人を殺められるかどうかを聞いて、「そういうデメリットは無い」と言っていた。

 それはあくまで人を殺す機能が無いという話で、ナインカウント使用に伴うリスクや反動の話ではなかった可能性がある。


「まさか、使った後は動けなくなるぐらい体にダメージが返って来るのか……!? なんでそんな重要な事説明してくれてないんだよ博士は!!!」


 叫びながら、「だって、聞かれてなかったからね」と平然とした顔で言う博士の姿を見上げた空に幻視した。

 結局、動く事もできなくなった明也は京に背負われてシュガーフェストまで戻ってきたのだった。

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