表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バイト先で魔装少女とかいうのをやらされてます。……あの、でも俺男なんですけど!?  作者: カイロ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/49

DブレードΩと冬の少女

「……」


 シュガーフェストの店内。明也は退屈そうな顔でレジ横のカウンターに両肘を突き、店の外を眺めていた。降雪によって僅かに雪が積もっている。

 マリスドベルと融合した加藤との戦いでDブレードと魔装が大破した明也は、現在1人で留守番中である。

 佐藤ら4人は新たなマリスドベルが出現した報せを見て出動しており、戦力になれない明也は店で待機することになったのだ。

 それ自体は仕方がない。魔装が修理できるまでは囮にすらなれないし、なにより怪我人なのだから。まあ、怪我そのものは特に確認できなかったが。


「はぁー……」


 しかし他にも明也がため息を吐く理由があった。客が一向に来ない、のは関係ない。むしろ最近はそれが見慣れてきた。

 重要なのは、Dブレードである。魔装の修理はあと少し時間があればすぐに完了すると博士が言っていたのだが、Dブレードの方はそうもいかなかった。

 超々高熱の火球をモロに受け、製作者本人から「蒸発していなかったのが奇跡だよ」とさえ宣言されたDブレードは完全に修復不可能との話だ。

 よほどの事が起きない限りは破損しないはずの代物なので、同じ物を作るには相当な時間がかかるとの事だ。少なくとも年単位で、最悪の場合完成がいつになるかはわからないという。

 傷一つ負わなかったはずの明也だが、博士からのその言葉にはすさまじいダメージを受けた。

 二度と佐藤と肩を並べて立つことができなくなるかもしれない、というのはそれだけのショックを明也に与えていたのだ。

 いずれにしても、今更明也にはどうしようもできない事である。しかし無駄だと分かってもついつい考えてしまうもので、何か気の紛れることでも起きないかと明也は願う。

 そんな時、店のドアが開き1人の少女が入ってきた。


「いらっしゃ」


 願いが叶ったかのように、物思いに耽っていた明也はそれどころではなくなった。客が来たというのに驚いたのもあるが、それ以上に驚愕すべきものを見て、言葉が止まる。

 シュガーフェストにやって来た少女は、一糸纏わぬ姿だったのだ。


「えっ、ええええええっ!?? なん、え……!?」

「……」


 降り積もる雪のように白く長い髪の少女は、目の前の状況を理解できずに騒ぎまくっている明也とは反対にひどく落ち着いた顔であった。

 恥じらいという概念など無いかのように何も隠そうとすらしない少女は無感情な顔のまま明也の方へと寄ってきた。


「あ、あの、君、服はどうしたのかな? 何かあったの?」


 動揺を押し隠して質問してみるが、少女は何も答えない。カウンターを挟んで明也と向き合う形になった少女は、じっと明也の顔を黙って見ている。

 沈黙するばかりの少女の沼を思わせるような昏い瞳を見ていると、明也は段々と呼吸が早まっていくのを感じた。なにか、恐ろしいものを想起させる感覚だ。



「ただいま戻りましたよー!」


 ドアベルの音と共にその声が響き、明也はバッと顔を上げた。彼女の顔を見て、悪夢から醒めたような心地がした。


「て、店長。おかえりなさい」

「……はい、ただいまですねー。で、その子はどうしたのでしょう」

「ああえっと、この子はですね」


 そこまで言って、今自分の眼下にいる少女は裸であるのを思い出す。下手な説明をすれば、あらぬ誤解を生む可能性もあるだろう。


「や、違いますよ店長、これはですね」

「あー! メイヤが裸の女を見せに連れ込んでるのな!」

「なに! 何をしているんだ明也少女の服を脱がせて店の中に強引に連れ込むなど!」

「脅して無理矢理って事ですかぁ。それも私は許しておけませんねぇ」

「弁解する間も無く話に尾ひれが!!」


 ぞろぞろと他の従業員も店に入り、挨拶代わりに勘違いを広げていった。

 まあ所詮事実無根の話であるので、そのあとすぐに誤解は解かれたが。


「はあ、なるほど。この女の子がいきなりお店に来たんですね」

「ええ。さすがにどうすればいいのかわかんなくて……。ちょうど店長たちが帰って来てくれて助かりましたよ」


 状況を正しく理解した佐藤は明也を除く全員で更衣室に入り、自分達はシュガーフェストの制服を、少女にはとりあえず自身の私服を着せて戻ってきた。

 まったくサイズの合っていない服を着せられた少女は特に不満そうにもせず、だぼだぼの袖を静かに眺めている。


「確かにいきなりそんな状況になっては明也くんも混乱しますよね。……でも、こんな時にやる事って1つじゃないですか」

「そ、そうですよね。じゃあ、今からでも警察に連絡を」

「違います、新たな魔装少女の仲間として勧誘するんです!」

「いやそれ1択って事はないでしょうよ!!」


 そもそも魔装は全部で5つしか無いと言っていたはずだ。これ以上人数を増やしても同時に戦える人数は増やせないと思うのだが、そこはどうなのだろう。

 もしかしたらメンバーを入れ替えたりするのだろうか。だとすると明也としてはありがたい。まず間違いなく入れ替えの第1候補であるし、むしろ自分から譲りに行くのもやぶさかではない。

 まあ、今は明也の魔装が壊れているので交代できたとしても出撃はできないのだが。


「どうです? あなたは魔法少女って好きですかー? あ、そういえばまだお名前も聞いていませんでしたね、お名前教えてくれませんか?」


 矢継ぎ早の質問に少女は困惑……するかと思いきや、眉1つ動かさずに口を開く。


「おなかすいた」


 両手で自分の腹部をおさえ、少女はそう言った。質問の答えにはなっていないのだが、佐藤は特に気にせず嬉しそうにする。


「そうなんですかー! じゃあ美味しいご飯を作りますからお腹いっぱいになったら魔法少女になってくださいね!」

「子供相手にそんな交換条件出さないでくださいよ店長!! 半ば不審者の手口ですよそれ!!」

「冗談ですよ暁くん。可愛かったもので、つい」


 可愛く舌を出して言う佐藤だが、多分本気で言っていたように明也は思う。だって、目が本気だったから。あのまま明也が止めに入らなければ冗談めかしたりはしなかったのではないだろうか。

 その追求から逃れるかのように佐藤は調理場へと入っていく。ドーナツか、もしくは余った材料で何か作るのだろう。


「うーん、今余ってるのは……パスタと玉ねぎとピーマンとベーコンくらいですかねー。何が作れるかなー」

「余るどころかドーナツ専門店にあるのが不思議なくらいの食材ばっかですね……」


 ここは洋食店か何かだっただろうか、と明也は思った。


「ならば、あとはケチャップがあればナポリタンが作れそうだな。買ってこないとか」

「あ、じゃあ俺が行きますよ」


 4人はマリスドベルと戦って戻ってきた直後なのでまた店から出させるのも悪いと思い、明也は自ら進んでケチャップを買いに行く。

 何事もなく商店街に着き、特に売り切れているような事もなく無事にケチャップを購入した明也はシュガーフェストへと戻ろうとしていた。


「……なんでドーナツ屋でナポリタンを……?」


 途中、その疑問がとうとう口から出てくる。普段店で作られているものを考えれば食べられるだけマシなのだが。

 まああの女の子に問題なく食べさせられそうなものであるのも間違いないし、明也は深く考えない事にした。


「ん……?」


 不意に、誰かが後ろに立っている気配がした。

 ただしそこに居るのに気付いたのではなく、たった今その場に降り立ったような感覚である。

 その不自然な感覚を感じ取った明也はすぐさま振り向いた。

 異様さを感じただけあって、そこにいたのは人間ではなかった。


「マリスドベル……!?」


 2メートル近い身長を持つ人型のマリスドベルは明也に身体の側面を晒し、佇んでいた。

 いきなりの出現にも驚くが、明也はマリスドベルの手にするものを見て更に目を見開く。


「あの武器、まさかDブレードか?!」


 怪人の手に握られていたのは、明也もよく知る対マリスドベル用の装備、Dブレードだった。

 しかしなぜあれをマリスドベルが手にしているのか。複製品ではないだろう、なにせ怪人の全身が闇に覆われているのにDブレードだけは見知った色の輝きを放っているのだから。

 シュガーフェストが襲撃されたのか、とも思ったがおそらく違うだろう。明也の視界の先には店の屋根がわずかに見えているが、その近くが騒がしくなっている様子もないからだ。

 それによく目を凝らしてみると、明也の知るDブレードとはデザインが違う個所がある。刀身が他のものより長く、柄に藍色のオーブが埋め込まれている。

 あの武器がなんなのかは気になる所だが、魔装も纏わぬ今の明也ではマリスドベルに立ち向かうのは危険でしかない。

 まずは佐藤らの元へ戻るのを優先してゆっくりと怪人から1歩離れる。


「ッ!!」


 だが下げた足を静かに地に下ろした瞬間、マリスドベルは明也の存在に気付いたかのように顔を上げ、視線が合った。

 まずい。明らかにマリスドベルの目は殺意をもってこちらに向けられている。伝わる殺気に明也は縮み上がりそうになる。

 刺激しないようにするのは断念し、明也は走った。火事場の馬鹿力というやつなのか、死に物狂いの疾走は音速に達しているのではないかとすらも思った。

 Dブレードが人体を傷つけられないとは聞いているが、柄とかで殴りつけられれば当然痛いし、それをマリスドベルの腕力から繰り出されれば十分致命傷足りえる。

 そのマリスドベルは今どこまで追いかけて来ているかを確認し、


「あ、あれ?」


 振り返った明也は、拍子抜けした声を上げてしまう。

 マリスドベルは今も明也に殺意のこもる赤い瞳を向けているが、それだけだった。1歩もその場から動いてはいなかったのだ。


「んん? どうしたんだ?」


 立ち止まって観察し始めた明也を追いかける素振りすら見せない。こちらの動きを、顔を、じっと確認するように見続けてくる以外には何もしない。

 視線は特に顔へと集中しているようなのだが、その様はまるで誰か特定の人物を探そうとしているように見えた。

 目的の相手とは違うと判断したのか、しばらくしてからマリスドベルは明也から視線を外し、大きく跳躍してその場から去っていってしまった。


「な、なんだったんだ……?」


 首を傾げながらも助かったことに安堵し、マリスドベルが戻ってこない内にシュガーフェストへと戻る事にした。



「おかえりー暁くん!」

「ただいまです……いえ、それよりさっきですね」

「聞いてください暁くん、さっきお買い物に行ってもらってた間にですね、この子のお名前教えてもらっちゃいました! まりちゃんって言うんですって!」

「そ、そう、なんですか」


 買ってきたケチャップを渡した際にそう言われた。名前が分かったのはいいのだが、それよりもっと重要な話がある。

 明也は簡潔に帰り道で起きた事を話し始めた。


「……えっ、マリスドベルがDブレードを?」

「はい、しかもかなり強そうな雰囲気でしたよ」

「そんなマリスドベルが近くにいたとは……私のスマホにはなんの反応も無かったのに」

「そのアプリあんまり役に立ってないですよね……」

「うん、博士もあまり改良しようとはしてくれないからな。そもそも、ほとんど姿を見せもしないし」


 近くにマリスドベルがいたのには誰も気づいていなかったらしい。まあ京の持つアプリ内で分かるのはマリスドベルが発生した瞬間、なので気付けない時もあるだろう。


「まあ、その話はひとまず置いておくとして。まずはまりちゃんに美味しいご飯を作ってあげましょう!」

「え、置いておくんですか?」

「気は進みませんけど、どこに行っちゃったのかもわからないのではそうなっちゃいますねー。それに、まりちゃんもお腹を空かせているわけですし」


 そう言って佐藤は調理場へと戻っていった。


「おっと、私もやるよ咲」

「ワタシも手伝うのな!」

「私もやりますねぇ」


 続いて、京とライミィと戸ヶ崎も調理場に入っていく。

 ……大丈夫だろうか。


「いや……多分駄目だろうな」


 店内に残された明也はまりの方を見て呟く。あの4人が作ったものは間違いなく子供に食べられるようなものにはなれないだろう。

 今からでも自分が作ります、と言いに行こうか明也は悩む。


「お、君か。いやいや、よく会うね」


 そんなタイミングで、佐藤達と入れ替わるように2階から降りて来た人物が声を上げた。


「博士?」


 明也の前に現れたのは、博士だ。今は確かDブレードと魔装の修理中だったはずである。


「もしかして、もう修理終わったんですか!?」

「そうすぐにはできないよ。魔装だけなら、大体は終わったけれどね」

「そうですか……」


 別に明也に用があったから来たわけではないようだ。偶然出会ったような口ぶりであったし、それもそうだろうが。

 明也の隣、まりの前まで来た博士は屈んで、彼女の顔をよく見た。


「……うん、綺麗な顔だね」

「あ、この子は迷子みたいでですね」

「大丈夫、知っているよ。聞こえてたからね」


 そう言うと、博士はまりの身体を全身くまなく触り始めた。彼女も特に抵抗するでもなく、無表情にそれを受け入れている。


「……何してるんですか」

「や、何という訳でもないんだがね、ちょっと気になる事があるだけなんだよ」

「……んっ」

「どこ触ってるんですか!! このロリコン!!」

「誤解だよそれは。私の嗜好はもっとシンプルだからね。ただ個人的に触ってみたい理由があって」

「なんの言い訳にもなってないでしょ完全に変態の供述ですよ!! いいから離れて!!」


 博士を羽交い絞めにしてまりから引き剥がす。……とても良い香りがして、ちょっと明也はドキドキする。

 やはり本当は嫌だったのか、まりは博士の手から逃れてしまい、店の外へと飛び出してしまった。


「あっまりちゃん!? ……絶対に博士のせいですよ、これ」

「無いか……。じゃあ、あっちの方かな」


 明也はそう言うが、博士は聞く耳持たずといった感じで何かを呟いていた。


「まったく聞いてないですね……」

「ああ、すまないね。実はちょっと落とし物をしてしまってね、焦っていたものだから」

「落とし物?」


 何を落としたにしても幼女の体を執拗にこねくり回す事にはならないと思うのだが、どうなのだろう。


「うん、君にはDブレードの修復が困難だという話はもうしただろう?」

「そうですね、聞いてます」

「本当に直すのは難しい損傷でね、いっそ1から作った方が早いくらいだったんだ。せっかくだから、追加機能も付けてね」

「……おっとぉ、話が読めてきました」


 なんだったらオチが分かる。明也は今、点と点が線で繋がれていくような感覚をおぼえていた。


「実はそれもほぼ完成状態になったんだがね、……まあ、ちょっとね、無くしてしまったんだよ。あの子が届けに来てくれたのかなと思ったんだがね」

「……そのDブレード、多分マリスドベルが持ってますね……」


 博士の紛失物は、間違いなく明也が目にしたマリスドベルの持っていたアレの事だろう。

 どんな無くし方をすればそれが怪人の手に渡る事になるのかはわからないが……。


「そうだろうね。まあいずれにしても早く追いかけた方が良いんじゃないかな」


 そうだった。明也はまず逃げて行ってしまった少女を追いかけに行った。

 佐藤達に心配をかけないように1人で明也は店を出る。




「どこに行っちゃったんだろう、まりちゃん……」


 明也は店の近くを走り回り、まりを探すがなかなか見つからない。

 雪の降る茅原町は非常に寒く、明也の体温は指先からどんどん奪われていく。あと10数分もすれば体が心から冷え切ってしまいそうだ。これがサイズの合わない服を着てろくに防寒もできていない小さな子供となれば、最悪命に関わる可能性すらあるだろう。

 無事に家に帰ってくれているならそれで構わない。その場合佐藤の私服が無くなって帰るのに困るだろうが、まあ佐藤は許すだろう。

 だが全裸で店に現れたのを思えば、帰った所で家に入れてもらえるかどうかも怪しいものだ。いずれにせよ明也は彼女の安否を確認するまでは捜索を続けるつもりだ。できる事なら、佐藤が料理を終えるまでには見つけ出したい所である。

 息を切らしながら茅原町を駆け回る明也が何度目かになる曲がり角を曲がり、道の先を見る。


「!! まりちゃん!?」


 10数メートルほど離れた所にだぼだぼの服を引きずりながら歩く白い髪の少女を見つけた。間違いなく、まりだろう。

 探していた人に会う事ができた明也は一気に彼女の元まで駆け寄ろうとする。


「よかったぁ……! どこ行っちゃったのかずっと心配、で」


 まりのすぐ隣まで来た明也は、彼女が何かを見ているのに気付く。

 その視線の先には、闇を纏う怪人が立っていた。


「ッ、マリスドベル!? 今このタイミングでか……!」


 先刻明也が見たのと同じ個体だ。博士が落としたというDブレードを今もしっかり持っている。

 前回のようにどこかへ言ってくれれば助かったのだが、今回は真っすぐに明也とまりの方へ向かって歩いてきていた。

 魔装を纏っていない以上は逃げてしまいたい所であるが、今度はまりが一緒にいる。1人で逃げるのとは勝手が違うし、無事に逃げ切れるかもわからない。

 せめてまりちゃんだけでも逃がしたい、そう思い明也はマリスドベルに立ち向かおうと考え、


「え、まりちゃん……?」

「……」


 明也よりもさきにまりが前へと歩いていく。

 マリスドベルの存在を意に介さず、そちらに向かって進んでいるのだ。明也とは違い、囮になろうだとかを考えての事ではない。彼女の歩みからはそんな雰囲気を微塵も感じられないのだ。むしろ、親の元へ向かうかのような自然さすら感じさせる。


「何してるの! 危ないよそっちは!!」


 明也の制止などまるで耳に入っていない。マリスドベルと向かう合う形になって立ち止まった少女は、怪人と視線を交わす。

 その光景を見ていた明也は、ある種の既視感のようなものを感じた。

 まりがおもむろに手を差し出し、その手を取るように伸ばされた怪人の手と重なり合う。

 すると、マリスドベルの身体が霧散して少女の身体を覆った。が、襲われたわけではない。闇色の霧は収束してその内側がすぐ明らかになる。


「ッ!? その姿……」


 霧の中から現れたまりは、肩より先と胸から下を闇色の肉体が覆いつくしていた。怪人の背丈が加わった彼女は、まるで急速に大人へ成長したかのようであった。

 その右腕にはマリスドベルが持っていたはずのDブレードが握られている。


「融合体……!!」


 つい最近、佐藤の友人であったという女性、加藤が産み出したマリスドベルと同じ状況だ。宿主と一体になり、怪人が混ざり合う姿になる。そして、それは通常のマリスドベルと比較にならないほどの強さを秘めていた。

 あんな小さな女の子がこんなに大きな悪意を抱いていた、という事なのだろう。もしかすると親からの虐待を受けている可能性すらあるのかもしれない。

 だがその思考は後回しにする。明也は今どうやってこの状況を乗り切るかを考えていた。

 融合体となったマリスドベルは前回とは違い、明らかに明也を殺そうとする気配を放っている。子供とは思えないほどの恐ろしい殺気だ。

 とても逃がしてくれるようにも見えない。むしろ下がれば追いかけられて殺されるだろうという確信さえ持てた。


「……行くしかないッ!」


 後ろに道はない。そう判断し、明也は融合体へ向かって突っ走る。策は無いが、できればあのDブレードを奪取したい。

 走り始めた直後、融合体はDブレードを横一文字にして前方へ掲げた。明也には「取れるものなら取ってみろ」と挑発されているようにも見えた。

 そしてまりの口が開かれ、言葉を呟く。


「ナインカウント」


 融合による影響か、その声は店で聞いた何も知らないような無垢な子供の声ではなく、冷酷さを帯びた大人の声色だった。

 そして、彼女の声に呼応するようにDブレードが刀身の輝きを増す。強い光が周囲一帯に溢れ、それに触れた雪は熱で融けていく。

 闇と光の両方を纏った融合体が動く。だが、その瞬間を捉える事は明也にはできなかった。

 止まった時の中を動いたかのように瞬きの間で明也の眼前へと現れ、全速力で走る大型の車にはねられたかのような衝撃で吹き飛ばされる。

 10メートル近く飛んだ明也は後方のブロック塀に叩きつけられ、塀を粉砕しながら地面に崩れ落ちた。


「っ、ぐぁ……」


 骨の砕ける音が聞こえ、体の中心からなにかの破裂音がしたのを明也は感じる。覚悟はしていたが、魔装無しで攻撃を受ければ1度で瀕死になるとは。

 しかしこのまま倒れているわけにはいかない。顔を上げて視線を向ければ、融合体はまだ明也を標的として見ているのに気付く。

 横たわって殺されるのを待つつもりなどない明也は無理矢理に全身へ力を入れる。腕も脚も無事だったのか、立ち上がるのに痛みは感じなかった。

 体に異常も感じない。窮地に追い込まれたことで自然と体が痛覚を麻痺させているのだろうか。いずれにせよ好都合だ。明也はもう1度動き出す。

 立ち上がった直後、融合体は再び消えた。実際には消えたのではなく、超光速で移動しているのかもしれないが。

 どちらであっても不可視の攻撃に変わりはない。明也にできたのはおそらく攻撃が来るであろう場所を勘で察知して飛びのく事ぐらいだった。

 結果的にその行動は正解となった。融合体が再び姿を見せたのと同時に、Dブレードが明也の寸前までいた場所を両断していた。振り抜かれた剣圧だけでコンクリートの地面が砕けてえぐられる。

 いくら人に効果が無いと言われていようが、あの威力で振られてはマリスドベルでなくとも両断される事だろう。

 しかし、これでどうにか接近するのには成功した。明也は決死の覚悟で融合体に向けて飛びかかる。


「ッ……!」

「取ったぁッ!!」


 負傷した状態での体当たり。本来ならそれほどの威力は出せないはずのそれだったが、当たり所でも良かったのか融合体はその1撃で手が緩み、Dブレードを取り落とした。

 それを見逃さずに明也は奪い取る。これで完全に形勢逆転だ。

 Dブレードを握り直し、明也は融合体と改めて相対した。


「……まりちゃん、君にどんな事があってそんなふうになってしまったのかはわからないけど……それは後で聞かせてもらうよ」


 彼女の顔を見て、明也はそう言う。その瞳は敵意に満ちているので聞こえていたかは定かではないが、まず融合体の撃破を最優先にする。


「はああぁッ!!」


 気合と共に斬りかかる。融合体はほんの数秒前まで見せていた圧倒的な力を行使することもなく、まるで動こうともしなかった。

 依然怒りの形相で歯をむき出しにして睨んでくるさまには敵意しか感じ取れないものの、それでもまりがその攻撃を受け入れたかのように明也には映る。

 融合体の体に輝く刃が吸い込まれ、通り抜けていった痕からは光が広がっていく。

 これでマリスドベルは消え去り、落ち着いて彼女と話せるようになるだろう。広がっていく光の粒子の向こう側にいるまりへ向けて明也は話しかけた。


「し、死ぬかと思った……。でも、これでようやく落ち着いて話せるかな、まりちゃん」


 声をかけるが、返答はない。まあ元々あまり喋らない子ではあったので明也もすぐには不思議に思わない。


「……まりちゃん?」


 だが、光が消え始め、向こう側の景色が見えるようになってから異変に気付いた。

 どこにもまりの姿が見当たらないのだ。

 また逃げられた、という話でもなさそうだ。降り積もった雪の上には離れていく彼女の足跡が無かったからだ。

 まるで、煙にでもなって消えてしまったような。


「いや、違うよな」


 嫌な予感を振り払い、明也は付近をよく探す。考えてもみればいきなり剣で斬りかかったのだ。痕跡が残っていないとはいえ、逃げ出すのは当然の事だろう。それでも子供の逃げ足には限界もあるし、今ならまだ見つけられるに違いない。

 明也は必死に探し、日が暮れるまで周辺を見て回ったが再び彼女の姿を発見する事はできなかった。



「あっおかえりなさい暁くん! 急に黙っていなくなっちゃったから心配してたんですよー! 何してたんです……あれ? そのDブレードは?」

「……えっと、色々ありまして」


 シュガーフェストに1人で戻った明也は、店内に入って早々に佐藤と顔を合わせてしまった。

 何があったのか聞かれるもそのまま話せる勇気が出せず、誤魔化した。彼女が最もまりの事を気に入っていたというのも相まってただなんとも言えない表情で笑うばかりだ。


「色々ですかー。まあ気にはなる所ですけど、とりあえず置いておきましょうか。まずはまりちゃんにおいしいナポリタンを食べさせてあげたいんですけど……どこに行ったか知りませんか?」


 当然と言えば当然だが、それで話を逸らせるばずもなくより答え辛い問いが来る。到底明也に真実を話せる度胸はないので、これもはぐらかすより他ない。


「……その、ちょっと目を離した隙にお店から出て行っちゃいまして……さっきまで探してたんですが、見つけられなくて」

「それでいきなりいなくなった訳ですか。もう、言ってくれれば私達だって手伝ったのに」

「俺だけでもすぐ見つけられるかなと思ってて……」

「まあ起きてしまった事は仕方ありません。それよりまりちゃんが無事にどこかで保護されているといいんですが」


 そう言った佐藤が私服を失ったのに気付いて帰りの服をどうするかについて悩み出すのはもう少し後の事であった。


「だ、大丈夫ですよ店長、きっとまた会えます」


 悲しそうな顔をして落ち込む佐藤に、明也は咄嗟のでまかせを口走ってしまう。

 そんな可能性がないのは自分自身がよくわかっているはずだったのに。

 だがその一言で佐藤の表情は一変して明るくなる。


「そう、ですね! きっとまりちゃんもここに来てくれるはずですし、その時にまたナポリタンを作ってあげましょう!」

「……はい。ただいつ来るかはわからないですけど」

「ですねー。ならいっその事まりちゃんがいつ来てもいいようにメニューに加えちゃいますか!」

「ええ、いいと思います」


 佐藤の言葉に微笑みながら返し、シュガーフェストの新メニューが追加された。

 ドーナツ屋でわざわざパスタを買おうとする人間がいるかどうかはわからないが、食材が完全に無駄になってしまう可能性は少しくらいは下がるだろう。


「あ、そうだ暁くん、もう作っちゃったナポリタンがあるんですけど、まりちゃんの代わりに食べます?」

「……い、いただきます」


 まりがいなくなったのは明也にも責任があると思い、贖罪のつもりでその提案を受け入れる。

 ……珍しい事に、あの4人が作ったものとは思えないほどにその味はとても良かった。



 ナポリタンを食べ終えた明也はDブレードを手にし、シュガーフェストの2階に住む博士の元を訪れていた。

 部屋には入れてもらえなかったが、明也がドアの前まで来ると待ち受けていたかのようにドアが開き、その隙間から博士が顔を覗かせた。


「おお、来たね。そろそろ来るんじゃないかと思って待っていたよ」

「……色々と説明してください。博士、絶対に何か知ってますよね」


 思えば、彼女の行動はどうも何かを知っているようだった。何かを確かめるようにまりに触れたり、紛失したというDブレードをマリスドベルが持っていることに驚いたりもせず受け入れたり。とにかく、怪しい。

 真剣な声色で問う明也に、博士は口元を緩めて笑う。


「さて、どうだろうね。君が思うほどには私は何も知らないかもしれないよ」

「いいえ知っています。例え知らなくてもまりちゃんとこのDブレードについてだけは絶対に教えてもらいます」

「こらこら、そんなふうに刃物を自分以外の誰かに向けるのはやめた方がいいと思うな」


 Dブレードを突き付けられ、博士はドアの向こうに引っ込むでもなく怯えたような言葉を使う。まあ、声にはまるで怯えなど見えもしないのだが。


「まあ、それくらいだったら脅さなくっても話すよ。だが嘘か本当かはちゃんと君が判断してくれたまえよ」

「本当の事だけ教えてください」

「自信が無いなあ、なにせ私の癖みたいなものだからね」


 明也の言葉に困ったような顔をして博士がドアの間からぬるりと出てきた。


「じゃあ、先にそのDブレードについて話そうかな」


 自分に向けられている輝く刃を指さして博士は言葉を続ける。


「端的に言えば強化型だね。特定のコードを発声すれば使用者の身体能力を格段にブーストしてくれる。コードは「ナインカウント」だよ」

「ああ、あの時の」


 融合体と化したまりが同じ言葉を口にしていたのを明也は思い出す。確かにその直後から融合体の機動力も破壊力も爆発的に増していたのを覚えている。


「そのコード名が示す通りに9秒間超常的な身体能力を得られる。元々必殺の攻撃力があるんだからそれを超スピードで確実に当てられるようにしたんだ。攻守一体の究極の武器だよね。命名するなら……DブレードΩかな」

「じゃあ、みんなのDブレードをそれに変えるつもりだったりしたんですね」


 その内の1本を紛失してしまった、と。……依然その経緯には疑問が多いが。


「そんなには作っていないよ。これ1つだけさ」

「え? でも強化した武器なんですよね? ならどうして」

「私としては必要ないと思ったんだよ。夏条だったかな、あの子が「強化形態が欲しい」とよく言っていたから試しに作ってみたんだよ。元々作れそうだったし、言われずとも我慢できなくて勝手に作っていたかもしれないがね」

「……じゃあ、完成した時点でこれは先輩の手に渡っているはずでは?」

「さっきも言ったけど攻撃性能は変わらないからね。Dブレードが壊れた時に渡す代用品くらいのつもりでいいかな、と思ってね」

「で、いざ俺の使っていたのが壊れたから探してみたらいつの間にかマリスドベルに奪われていたと?」

「そうだね。いやあ焦ったよ。気付かない内にどこかへいってしまったんだからね。君が見つけ出してくれたのは幸いだったと言っていいだろう」

「せめてもうちょっと表情変えて言ってほしいものなんですけどね……」


 焦ったと言っているが、博士の顔はさっきからまるで変わらない。本心であるのかどうか非常に曖昧だ。

 まあいずれにしても新しい武器であるDブレードΩが明也のものとなるのならその追及はここまででいいだろう。こちらの話は前座のようなものだ。


「ではもう1つ。……まりちゃんとマリスドベルの融合体を倒したら、まりちゃんも一緒に消滅してしまいました。これについて何か心当たりは?」


 明也は本題に入る。DブレードΩで斬られた融合体はマリスドベルだけでなくその宿主でもあるまりをも同時に消滅させてしまった。

 これは人体には効果が無い、というのが嘘だったのか、それとももっと別の事情があるのか。そこが明也には非常に気になっていた。


「もしかして……DブレードΩは人も殺してしまえたりするんですか? だから、1つしか作らなかったと」

「考えすぎだよ。そういうデメリットは存在しないから、安心してくれていい」


 明也の考えを否定し、博士は言葉を続ける。


「DブレードΩも効果を発揮してくれるのはマリスドベルに対してだけだよ。人を斬っても絶対に発動しないとも」

「ならどうしてまりちゃんは消えたんですか!」

「単純な話さ。あの子が人ではなくマリスドベルだったという事だよ」


 平然とそう言った博士に、明也は絶句する。彼女は元々人ではなく、マリスドベルだった?


「……気付かなかったという顔だね。むしろ君が1番早く分かりそうだと思ったんだけれど」

「まあ、一緒にいた時間だけなら店長たちよりも長いでしょうが」


 長いとは言ってもせいぜい数分そこらの差しかないのだが。そもそもそんな素振りも見せない相手の正体を察するなど明也にできる事ではなかった。


「そうかい。まあ分からないんだったらいいかな、そこは関係ないから。……あまり多いケースではないけれど、マリスドベルが人と全く同じ姿を取る事はたまにあるんだ。加えて彼女の場合は人間とマリスドベルの体の2つを持っていた、といった所なのかな。こっちは前例が無いから詳しくは言えないけど、消滅したというのなら少なくとも人間ではない別の種の存在だろうし、安心していいんじゃないかな」


 気にすることはない、と博士は言うが明也の方はそこまで気楽に受け止められはしない。

 なまじ彼女を人間と認識した状態でしばらく過ごしたせいで、今更人ではなかったという事実を告げられてもうまく飲み込めないでいるのだ。


「安心なんて……できませんよ。まりちゃんが俺と同じ種族でないなんて言われても……そうは思えないし信じられません」

「まあ、それもそうだろうね」


 聞くべきことを聞き、その内容になんとも釈然としないものを覚えた明也は静かに立ち尽くしていた。

 正直に言えば、明也はまりの正体があの怪人であるのはDブレードΩで斬った時に薄々は気付いていた。しかしその事実を突きつけられてなお信じたくないとも感じている。

 思考のフリーズした明也がもう何も聞いてこないと判断したのか博士はドアを開き自室へと体を滑り込ませていく。


「ともかく、これで壊れたDブレードの代わりが見つけられたんだ、良しとしておくといいよ。魔装もすぐに直せるからこれでまた戦線復帰できるわけだし、いいことだらけじゃないか」


 それだけ言い残し、ドアは閉じられた。


「……そんな都合のいいように捉えられませんよ、俺は」


 未だ割り切る事のできないものを感じる明也は暫くその場に留まっていたが、そう口にして去っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ