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バイト先で魔装少女とかいうのをやらされてます。……あの、でも俺男なんですけど!?  作者: カイロ


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20/49

戸ヶ崎さんにお付き合い

「デートしませんか?」


 佐藤に恋している暁明也はそう言われ、しかしまるで嬉しくなかった。

 シュガーフェストでの仕事が終わり閉店時間になった時、帰り際に声をかけられて唐突に言われた言葉に、むしろ恐怖を感じていた。

 いきなりすぎるというのもあったが、まさか向こうからそんなことを言ってくるなどとは思っていなかったからだ。可能性としては、明也が誘う側にしかならないと思っていた。

 しかし断る理由も思いつかないし、何より異性とデートだなんて経験ができるチャンスを棒に振る勇気もなかった明也は、その誘いを受ける事にした。

 向こうもその返答に快く頷き、喜びを顔に出していた。相手からすると一大決心というわけでもないらしく単純に提案をOKされてよかった、程度の喜びだったが。

 その後互いの予定を話し合い、互いに休日である2日後の昼前からデートする事になった。待ち合わせ場所も決め、あとは時間が過ぎるのを待つだけだった。

 だが、デートの日が近付くにつれ、シュガーフェストで彼女と顔を合わせる度に明也は普段感じないような緊張と、軽く胸が締め付けられるような感覚を味わっていた。

 そんな素振りを相手の方は見せないので、そこがちょっと悔しい。やはり、こういった事には慣れているのだろうか。

 ともかく明也が色々な感情を産み出している間に、約束の日がやってきた。

 待ち合わせ場所である商店街の入り口付近へと明也は急いでいる。余裕を持って10分ほど早く着くように家を出ているが、それでもなぜか急ぎ足になってしまう。

 商店街が見えてきた頃、入り口の隅っこの方で明也より先に彼女が待っているのが見えた。


「……は、早かったんだね、戸ヶ崎さん」


 息を切らしながら、彼女の名前を呼ぶ。

 そう、明也をデートに誘ったのは戸ヶ崎なのである。

 正直言って、意外も意外だった。彼氏持ち(人形だが)である戸ヶ崎からそんなお誘いが来るなどとは微塵も思っていなかったので非常に面食らったのだ。

 いつものようにゆうくんを抱いている戸ヶ崎は、明也の姿を確認してやれやれとゆっくり首を振りながら口を開いた。


「まったくぅ、ダメですよぉ先輩。女の子とお出かけするならその子より先に待ってないと嫌われちゃいますよぉ?」

「ご、ごめんね、気を付けるよ。……それで、戸ヶ崎さんは何時から待ってたの?」

「昨日の夜からですねぇ」

「て、徹夜……?」


 気合の入った待ち時間に若干引く明也だが、裏を返せばそれだけ期待していたということだろう。


「でも、そこまで楽しみにしてったって事なら、俺も嬉しいかな」

「いえそういうのではないですぅ。ただ先輩に待ち時間のダメ出しをしたかっただけなのでぇ」

「き、気合の入ったダメ出しだね……俺一応先輩なのに……」


 あまりにも敬いのない言葉にビックリする。まあ別に明也は後輩から敬われたいというわけではないのでいいが、そこまでしてマウントを取りに行くものなのだろうか。


「それはそれとして、今日はどこに行こうか? 商店街って言ってもそんなに大きくないし、食材買うか本屋さん行くかくらいしかないと思うけど」


 明也が言ったように、茅原町の商店街にカップルが訪れた所で見る物はほとんどない。

 肉や魚、そして野菜の専売店がいくつかあるが、どれも一軒家を改造して店にしたほどの規模であり目立ったものはない。

 本屋も同じようなもので、他には年配者向けの服屋があったりはするが選択肢には上ってこないだろう。

 マスタード・ナッツはもう入れるようになってはいるが、流石にライバル店に入るのは気が引けるし、明也としては勘弁してほしい所だ。

 戸ヶ崎の方もその辺りは分かっているのか、明也の言葉には否定を返した。


「商店街には行きませんよぉ、待ち合わせに分かりやすいから使っただけなのでぇ。さぁ、ついてきてくださいねぇ」


 そう言って、戸ヶ崎は商店街に目もくれずにどこかへ向かって小走りで進み始めた。ポニーテールがそれに合わせてぴょこぴょこ揺れるさまは、結構かわいい。

 と、そんな事に気を取られている場合ではない。小走りとはいえかなり早く、明也に気を遣うつもりなどないかのように目もくれない。後を追わなければすぐにはぐれてしまいそうだ。


「ま、待って戸ヶ崎さん……!?」


 明也は急ぎ追いかける。割と全力で走っているつもりだったのに、追い付くまでになかなかの時間がかかってしまった。

 戸ヶ崎に並んだ所で、ようやく向こうも止まってくれた。

 必死に走った結果、息も絶え絶えになって明也は彼女の顔を見る。


「あ、あの、さ、これって……デート、なんだよね?」

「そうですねぇ」

「だったら、もうちょっとさ、俺にも、もう少し気にかけてくれたりとか、そういうのをお願いしたいんだけど……」

「えぇ、なんでですかぁ」


 明也の要望の意味が分からない、といった感じで戸ヶ崎は首を傾げた。

 それから少し何かを考えていた彼女は理解ができたのか、小馬鹿にするように笑いながら明也を見た。


「うふふっ。もしかして先輩ぃ……デートって聞いて私と付き合えるかもって思ってましたかぁ?」

「え、うん、まあ話くらいは聞いておいた方がいいのかなと」

「そんなことするわけないじゃないですかぁ。残念ですけど私の心も体もゆうくんのものなのでぇ、先輩と私が付き合える可能性なんて微塵もないですよぉ。残念でしたねぇ」

「や、別に残念とかでは……」


 そうだ、別に明也は佐藤から鞍替えして戸ヶ崎と付き合いたかったからデートの誘いを受けたのではない。あくまで断ったら何してくるかわからないからとりあえず提案に従っていただけで、戸ヶ崎と付き合えるかも、などとはまるで考えてはいなかったのだ。

 本当だ。

 しかしそんな明也の真意は知らず、戸ヶ崎は小悪魔っぽく明也を嘲笑する。


「デートって言っても一緒にお出掛けしようと思ってただけなんですけどねぇ。先輩がそんなつもりだったなんて知りませんでしたぁ」

「ちが、違うってほんとに……」

「ほんとですかぁ? ほんとになんにも期待してたりしませんでしたかぁ?」


 にやにやしながら戸ヶ崎は明也の顔を覗き込んでくる。何も知らなければ意地悪な後輩という感じで見えてかわいいのかもしれないが、割とヤバい部分のある子であるのを知っている明也には少しでも肯定しようものなら殺されるような気がして、怖さしかなかった。


「そ、それより! そういう意味でデートに誘ったんじゃないなら、本当は何の目的だったのか教えてよ戸ヶ崎さん!」

「あぁ、そうでしたぁ。あんまりゆっくりしてたら遅くなっちゃいますしぃ、行きましょうかぁ」


 強制的に話を切り替えた明也に、思い出したように戸ヶ崎は再び歩き始めた。さっきよりはゆっくりとした速さである。

 話す余裕があるので、明也は道すがら話しかけてみる。


「それで、なんで俺の事をデートに誘ったの? 戸ヶ崎さん」

「なんでって、きっかけは先輩の方からだったじゃないですかぁ」

「え? 俺?」


 予想外の返しに混乱する。自分は何かしでかしたのだろうか。これといってそれらしいものは覚えていないのだが。

 心当たりを見つけられない様子の明也に、戸ヶ崎は困ったようにため息を吐く。


「はぁ~、先輩が言ったんじゃないですかぁ。私の事を知りたいって」

「え……?? 言った? 俺そんな覚えまったくないんだけど?」

「言ってたじゃないですかぁ。私のお話を今度聞かせてって」

「あぁ……それはなんとなく言った覚えがある気がする……」


 しばらく前の話になるが、確か戸ヶ崎の過去の話を中断させたときにそんな事を口にした覚えがあった。完全にその場しのぎのつもりでの発言だったが、まさかそのために明也を連れまわしているのだろうか。

 猛烈に聞きたくない。どんな話になろうとしばらく耳にこびりついて離れない予感がするので、なんとか明也は逃走を試みる。


「うん、確かに言ったとは思うけど、やっぱり大丈夫だよ。戸ヶ崎さんもほら、忙しいでしょ? ゆうくんと一緒にいたいだろうし、俺もう帰るからさ」

「その通りなんですけどぉ、もうすぐそこなので行きましょう、ほらぁ」

「ヒィィ」


 失敗した。腕を掴まれ、そのまま近くの林の中へと引っ張られていく。どんどん人気のない所へ向かっているような気がする。

 最終的に誰も近寄らなさそうな林の奥まで行って、そこで一緒に自殺するよう持ちかけられたりするのだろうか。戸ヶ崎の手を振り払って逃げたかったが、想像していたより力が強くて振りほどけそうもない。自分より年下の子に力負けするのを情けなく思う明也だった。


「ここですねぇ」


 立ち止まり、戸ヶ崎が案内したのは木々の間から光の差す場所だった。見上げると、そこだけはまるで裂け目のように枝葉が存在していない。

 いや、よく周りを見た明也は実際にそこが裂け目であると気付いた。戸ヶ崎と明也が立つ数歩先には、大地が割れて大きな穴ができていた。いわゆる崖だ。


「こ、ここから飛び降りるの……?」

「もぉー、なに馬鹿な事言ってるんですかぁ。そんなことしたら死んじゃいますよぉ?」


 自分の予想が外れていたのが分かり、明也はひと安心した。でもまだ手を離してくれないのでちょっと怖い。


「ここで私とゆうくんは出会えたんですよねぇ」


 明也の腕から手を離し、ゆうくんを撫でながらそう言った。『続き』が始まったらしい。

 もう掴まれていないので逃げようと思えば逃げられるのだが、まあ話を聞くくらいはしていってもいいだろうと明也は思う。今ここで1人にしたらなにをするかわからないというが怖いのもある。


「ちょっと前の私って嫌な事と痛い事ばっかり考えてましてぇ、苦しかったんですよねぇ。それでお散歩してたんですけどねぇ、偶然ここを見つけたんですよぉ」

「う、うん……」


 そう言って、戸ヶ崎は崖に向かって歩いていく。ギョッとして、明也は彼女を止めようとしたが別にそういう意図があったのではなく、単に崖の前で座り、底を覗き込んだだけであった。

 明也も追随するようにそこを見た。闇に隠され、どこが底なのかすらもわからない。落ちればひとたまりもないだろう。


「楽しい事だってあったんですけどねぇ。辛い記憶だけはよく覚えてて、こんな事ばっかりしか思い出せないんじゃぁ、もういいかなぁって。死んじゃうつもりだったんですよぉ」


 何があったのかは語らないが、彼女の年に見合わない悲惨な過去があるのだろう。作り話っぽさは感じず、実感のようなものが声にこもっているのを明也は感じ取ったのだ。

 だから詳細も聞かない。いや聞きたくないというのも本音だが、余計な事を尋ねては当時の辛い記憶とやらを思い出して自殺衝動を呼び起こしてしまっても困るからである。

 暗い語り口ではなく抑揚のない語りでそこまでを話してみせた戸ヶ崎だが、ここから先は分かりやすくテンションが上がり、声に嬉々としたものが混じっていた。


「でもですねぇ、私がここから飛び降りようとした時にゆうくんが現れたんですよぉ! 私の足元にいたんですぅ!」

「崖にあった……じゃなくて、いたんだね」

「そうなんですぅ!」


 改めて、明也は戸ヶ崎の抱いている人形、ゆうくんを見てみる。

 表面の布は崖に引っかかっていたにしては綺麗である。多分、戸ヶ崎が自分の手で縫い直したのだろう。布の種類が複数あるのもそのために違いない。


「きっと、私が1人だと寂しがっているだろうからって追いかけてきてくれたんですよぉ。そう思ったら今までずっと考えてた辛い事なんて気にならなくなっちゃいまして、今はゆうくんと楽しい想い出をいっぱい作る事だけ考えてるんですぅ」

「そう、なんだ……」


 明也にはよくわからないが、多分あの人形が戸ヶ崎の言う『ゆうくん』と似ているのだろう。やはり恋人とかだったのだろうか。

 なんにせよ、戸ヶ崎はそれで幸せそうにしている。なら、今はひとまずそれでいいことにしよう。


「うん、戸ヶ崎さんの事もだいぶ深く知れたかな。……というわけで、今日はもう帰ってもいい?」

「そうですねぇ、もうお昼過ぎでしょうし、お腹も空いてきましたしぃ」


 解散の提案を戸ヶ崎は受け入れてくれそうだ。明也の方は何をされるのかと終始怯えっぱなしで空腹を感じるどころではなかったのだが、とにかくこれで安心できることだろう。


「それじゃ」

「じゃぁこのままご飯食べに行きましょうかぁ。付き合ってくれたお礼に奢っちゃいますよぉ」


 が、駄目だった。にこやかな戸ヶ崎に食事に誘われ、明也は自分の顔が引きつるのを感じた。

 ようやく解放されると思い込んでいただけに、まだ終わりではないと知らされた明也の絶望は深い。

 まあ、戸ヶ崎の側にそういう意図はなかったのだろう。普段ゆうくん第一という態度ではあるが、誰かに自分の話を聞いてもらうのも嫌いではないだろうし、純粋にお礼の意味での誘いのはずだ。

 そう頭では分かっているのだが、なぜか明也はどうしても戸ヶ崎に恐怖のようなものを覚えてしまう。なぜと聞かれれば困るが、なんとなく怖いのだ。返答もまたなんとなくぎこちないものになってしまう。


「わぁい、嬉しいなー……」

「ではおいしい所に案内しちゃいますよぉ。ゆうくんと見つけたお店なんですけどねぇ、すごく見付けにくい所にありましてぇ」


 その後、明也は戸ヶ崎に連れられてオススメのレストランで食事を共にした。言葉通りに、なかなか美味しかった。

 徒歩での移動だったので店に到着したのは15時くらいになってしまっていたが、その道中も料理が出てくるまでの時間も戸ヶ崎はゆうくんへの愛を明也にたっぷり聞かせてくれた。

 食事が終わると、今度こそ解散になるかと思いきや、戸ヶ崎が服を見ていきたいと言い出し、商店街の服屋まで付き合う事になってしまった。

 結局そこでは何も買わなかったが、それで満足したのかようやく解散となり、気付けば明也が自宅に帰ってきたのは19時頃であった。

 最終的に丸1日戸ヶ崎に振り回される事になった明也だが、デートに誘われた時とは違いこれはこれで楽しかったかも、と思ったそうだ。

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