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魔装少女ってなんですか?


「咲、戻ったぞ」

「あっ、2人ともおかえりなさーい」


 シュガーフェストに戻ると佐藤は店の制服のまま明也と京を出迎えた。怪人を倒した後に京がスマホで連絡をしていたので既に着替えて店番に戻っていたようだ。

 魔装少女としての咲の姿を見られず、明也は再びがっかりした。


「暁くんもお疲れ様。あんまりしっかり説明できてなかったけど、怪我とかしてないよね?」

「あ、はい。してないですよ、大丈夫です」


 佐藤に聞かれ、明也ははっきりと答える。そしてふと視線を下に向けると今更ながらに自分の格好が恥ずかしくなってくる。命を救われた場面もあったが、それでも早く着替えたい。


「っていうか、ただのコスプレだと思ってたけどそうじゃなかったんですね、これ」

「うんうん、すごいでしょう~!」


 腕の装甲を眺めながら明也が言うと、佐藤は自慢げに答えた。


「まあ、それはともかく細かい説明もしていないからな。とりあえず奥へ行こうか」


 そう言った京に背中を押され、明也は再び奥の調理場へと押し込まれていった。



「で、なんなんですか魔装少女って」


 一度更衣室に入り元の服に着替えた明也は面接の時と同じ席に座った。佐藤はその向かいで、京は2人の間に椅子を持ってきて座る。

 早速明也の疑問が口にされると、京が口の前で両手を組んで不敵に笑った。


「魔装少女。それは銀河の平和を守るために戦う無敵の戦士が名乗る呼び名であり……」

「こら京ちゃん、嘘ついちゃダメでしょ」

「すまない。こういうのを説明するの、夢だったものでつい誇張してしまった」

「……」


 訝しがるような視線を明也に向けられているのに気付いたのか、京はひとつ咳ばらいをするともう一度話し始めた。


「銀河というのは大袈裟だったな。守る範囲は基本的にはこの茅原町の中だけさ」

「……魔装少女って言うよりご当地ヒーロー感が強いですね」


 茅原町の規模は小さい。どちらかと言えば村に近いレベルだ。隔月ほどの頻度で熊、鹿、それから猪なんかも出るし森というべき規模の林が至る場所に散見されるし、その中には大昔の何なのかよくわからないボロボロの石碑やら井戸やらがいくつも残っている。

 コンビニも徒歩だと30分はかけないと辿り着かない。そんな小さな地域限定のヒーローというのはなんというか、想像してたのと違った。


「まあ、それはいいとして。つまりあの怪人と戦うのが魔装少女としての仕事なんですね?」

「ああ。どういうわけかこの町にだけ現れる怪人……マリスドベルを倒し、この茅原町に平和を取り戻すのが私達の使命、という訳だ」


 マリスドベル。それが敵の名称らしい。


「マリスドベルは人の悪意に反応して生まれる。しかも感情の小さいか大きいかに関わらず気まぐれにだ。少しだけ気に食わない者がいるという程度だろうと超常の力を持つ怪人として顕現する可能性だってある。そして怪人が姿を現した瞬間からどんどん力を増幅させて、しばらく放置すれば町一つ吹き飛ばすなど造作もないパワーを手に入れる、らしい」

「らしい、って……」

「私も聞いただけで実際どうなるかは知らないんだよ。確かめてみるわけにもいかんしな」

「それはそうですけど……っていうか、それってつまり普通の人が怪人になっちゃうって事ですか?」


 話を聞いていて明也は冷や汗をかいた。さっき塵一つ残さず消滅してしまったけど、もしや……?

 そんなふうに考えていると佐藤が違う違うと否定してくる。


「そうじゃないですよ~。マリスドベルは悪意の発生源になった人の近くに出現するだけなの。だから取り込まれちゃった人がいるかもって事は考えなくて大丈夫」

「……ああ、そうなんですか」


 それを聞いて明也は安心した。無自覚に人を殺してしまったりはしていなかったようだ。これからもその心配はしなくてよさそうなのでより安心だ。

 安堵と同時に京が再び続ける。


「で、困ったことにマリスドベルは通常兵器では殺すことはできんのだ。首を刎ねようが爆弾で吹き飛ばそうが瞬きの間に再生してしまう」

「……? でも、さっきの奴って俺が一撃で倒しちゃったみたいですけど」

「そうなの、この剣には特別な力があるのよ」


 明也が抱いた疑問に答えるべく、佐藤は更衣室へと戻り魔装少女の剣を持って戻ってきた。

 3人が囲むテーブルの上に置かれたそれは依然刃部分から謎の光を放ち、一種の照明のようでもあった。


「この剣の名はDブレードと言う」

「Dブレード……」


 D……なんの略称かはわからないが、まさかドーナツ屋だけにドーナツなのだろうか。いやいや、とさすがに明也も首を振る。くり抜かれたような刀身がDの字に似ているからとかだろう。

 まあ実際はどんな意味があるのかは気にならないでもない。が、それにしてもこの光は一体何なのだろうと気になり、明也は恐る恐るその刃に指を伸ばしてみる。


「まあ、ブレードとは言うが実際は剣とは違うのだがな。光を放つ刃はワープ装置のようなものだそうだ。斬られた者は傷の付いた個所から素粒子単位でバラバラの異世界だか並行世界だかに転送されていくらしいので、斬るというより細かく千切っていくという方が近いかな」

「っっ危なぁぁッ!!」


 解説を聞いていた明也は指を引っ込めた。なんかちょっと触っちゃった気がするが大丈夫だろうか。ていうかそんな危険な物を少し前に何も説明なく持たされたような。


「そんなに怖がらなくても大丈夫よ。効果はマリスドベルにしか発揮されないようになってるの」

「あ、ああ……そうなんですね」


 安全装置のようなものはあるらしい。当然といえば当然かもしれないが、明也はホッとした。


「それにしても……すごいですね店長さん。そんなオーパーツみたいな技術の物を作れるだなんて」


 そう言って、改めて佐藤の方を見る。やはりとても可愛らしいがそんな科学力があるようには見えない。どちらかというと普通の学校を卒業した普通の20代の女性、としか思えなかった。

 だが、それを肯定するかのように佐藤は首を傾げていた。


「? これ作ったのは私じゃないですよ?」

「え、そうなんですか? じゃあ……夏条さんが?」

「京で構わない。それと、私が作った訳でもないぞ」

「違うんですか……?」


 面接の時に佐藤が言っていた限りではこの店の従業員は明也を除けば佐藤と京だけのはず。

 しかしその2人共Dブレードを制作していないとなると、一体これは誰が作ったのか。明也は首を傾げる。


「あぁ、そんなに難しいお話じゃないですよ。これはですね、博士が作ったんです」

「博士、ですか」


 どうやら博士なる者がこの茅原町に存在するらしい。言葉を聞いただけではいまいち信じ切れず、声に不信感が混じって出てしまう。町のどこかに研究所とか構えているのだろうか。


「うちの2階に住んでるんですよ」

「あっ結構近くにいるんですね」


 思いのほか近場にいた。というかこのすぐ上に住んでいるという事は2階が研究所という事なのだろうか。明也はシュガーフェストの間取りに思いを馳せてしまう。


「まあ、ただ研究者だけあって気難しいみたいで、普段は部屋にこもりっぱなしなんです。人と積極的に会うのも好きじゃないみたいで誰かが挨拶に来ても鍵も開けてくれないし、ご飯も下に降りて食べに来ないで壁とか床を叩いて催促してきたりして」

「それって研究者じゃなくて引き篭もりなのでは」


 追加の説明を聞いた明也はより話に信用が持てなくなる。本当にそんな人物がこんなオーバーテクノロジーな武器を作り上げたのだろうか。


「本当は会わせてあげたいんだけど……あの子ちょっと人見知りっぽい所もあるから、ごめんね」

「……いえ、まあ、その話はまあ、わかりました。いいです」


 博士とやらに会ってみたいという気持ちがないではないが、無理にというほどでもない。とりあえず、明也はその話は置いておくことにする。


「それで、これを使って倒されたら、宿主の人ってどうなるんです?」


 再びテーブルに置かれたDブレードに視線を戻し、明也はそう聞いた。

 人の心から生まれるものであるならば、それを倒せば何らかの影響は出てもおかしくはなさそうだが。

 そんな疑問に京が答える。


「マリスドベルが倒されれば、その親となった者の悪意も消える。……まあ、元々表に出さないような感情が元となるだけあって目に見える変化はあまりないのだがな」


 若干は変わるらしい。普段から悪意むき出しの人間から生まれたマリスドベルを倒せば大きく変わったりはしそうだが、それほど気にはしなくてよさそうだ。


「さて、遅くはなったが一通りの説明はこんなところか。改めて明也、私達と共に茅原町を守るため、戦ってくれるか」


 そう言って椅子から立ち上がった京は明也へ握手を求めて手を差し出す。

 異性の手を握ることに少し恥じらいというか躊躇いはあったが、京に真っすぐな目で見つめられてはそんな思いは消え去った。


「よ、よろしくお願いします!」

「ああ」

「私からも、よろしくね」


 緊張まじりに明也が声を張り上げて手を出すと、京の手がそれを握り返した。ひんやりとした感覚が手の平に伝わり、気持ちいい。

 こうして、明也は無事にシュガーフェストの店員として、そして魔装少女として迎え入れられた。

 まだまだ不安な事もあるかもしれないが、とにかく店の一員として、そしてできれば佐藤に気に入られるように頑張っていきたいと明也は思う。




「……ところで、結構長い事話してた気がするんですけど、店の方はいいんですか?」


 その後2人からドーナツ店としての説明も受けた明也は、そう言った。

 これから先輩となる佐藤と京は明也へ懇切丁寧に業務内容を説明してはくれたのだが、その間3人はずっと調理場にいた。

 時間にすれば30分ほどだったろうか。他に店員がいないのは明也も既に知っているので、誰も表にいない事になる。

 流石に心配になって聞いたのだが、佐藤の方からのほほんとした返事が返ってくる。


「平気平気~」

「……でも、お客さんとか来たらまずくないですか?」

「大丈夫ですよぉ、ここ1か月お客さんは来てませんから」

「なるほど、それなら心配は……いや、それはもっと別の心配が必要なのでは!?」


 佐藤から衝撃の事実を聞かされ、明也は驚愕する。茅原町の平和より先にこの店そのものがピンチなのではないだろうか。


「うーん、確かに少し暇すぎるなって思う時もあるけど、商店街の方にドーナツの大手チェーン店があるからそっちにお客さんが流れてしまって、これは仕方ないかなって思うんです」

「だとしても流石に来客ゼロはおかしいですって。何か思い当たる節とかはないんですか?」

「なんででしょう……」


 腕組みをしてうんうん唸っているが何も原因に心当たりはないらしく、しばらくしてから佐藤は首を振った。

 店長は分からないようだが自分の先輩に当たる京はどうだろうか、と明也は視線で問いかけてみる。


「うむ……自分で言うのも何だが、オリジナリティとバリエーション豊かな品揃えだと思うのだがな」


 こちらもさっぱり、といった所だ。むしろ商品に自身はあるようではあった。そこには佐藤も同意するらしく、激しく頷いていた。


「……とりあえず、お店の中の確認からしてみましょうか」


 明也の提案で3人は調理場から店内へ向かった。店の雰囲気や商品の並び方で客足が遠のいてしまっているのかもしれないのでまずはそれらの確認だ。まあ、問題がそこだったとしてもやはり客が1人もこないのは以上なのだが。

 改めて明也は店の中を見回してみる。落ち着きのある木造の内装は見ているだけでも心地よく、陳列棚の上のトレイで行儀よく並ぶドーナツの甘い香りが漂う店内の雰囲気は悪くない店であると思う。

 大繁盛とまでは言わずとも、ある程度の常連客がいてもおかしくはない。が、どういう訳なのか冷やかしすらも寄り付かない。


「パッと見た感じで問題があるようには見えないんだけどなぁ」


 不思議そうに呟いた明也は首を傾げる。

 店に問題がないとすると接客態度だろうか。しかし明也が知る限りでも2人はそうまで客をぞんざいに扱うとは思えない。佐藤は見ての通りの優しい人だし、京も目つきが若干怖く見えるかもしれないが悪い人ではない。


「そうですよねぇ、こんなにオンリーワンなドーナツばかりなのに」

「ほんとに何で…………いや、待って店長、今手に持ってるそれ何ですか」


 佐藤がトレイからおもむろに手に取ったものはなぜか青白い輝きを放っており、まるで心臓が鼓動を打つかのように輝きが明滅を繰り返していた。


「ドーナツです」

「随分はっきりと言い切りますね……。こんなドクンドクン脈打っててドーナツは無理があるでしょ……」

「ふふん、オリジナリティがあるでしょう」

「あるけど! 確かにこれは誰も作った事ないだろうけど怖さも断トツすぎて誰も買えないでしょ! どう作ったらこうなるんですか!」

「いいや明也、怖さだったら私が先週作ったドーナツ、「ガタノソア」の方が上だぞ」

「絶対食べ物に付ける類の名前じゃないでしょそれ!! ……いや、そもそもなんでドーナツに恐怖という概念が!?」


 改めて商品であるドーナツを見てみれば、ロクなものがなかった。一目見て食べられないと判断できるものと、一見食べられそうに見えるものだらけ。

 オリジナリティは確かに唯一無二だが、このままでは未来のバリエーションは破滅一択となるだろう。


「まあ……ともかくこれでお客がまったく来ない理由ははっきりしましたけどね」

「な……なんだって!?」

「このシュガーフェストのどこに閑古鳥の鳴く要因があるかわかったの……!?」

「わ、わかるでしょ今までの会話で!」


 明也の言葉に心底驚愕したような表情を向ける2人を見て、果たしてバイト代が正常に支払われるのかさえ不安になってくる。

 いや、しかしものは考えようとも言う。潰れかけのドーナツ屋だがここから明也の機転で盛り返せば、特に店長である佐藤からの印象はこの上なく良くなる事だろう。佐藤に惹かれつつある明也としてはチャンスの状況かもしれない。

 魔装少女として戦いつつシュガーフェストに客が訪れるようにするのは大変かもしれないが、頑張ってみようと明也は決めた。


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