山のキノコとマリスドベル
「今日はみんなでキノコ狩りですよー!」
秋も深まり、木々の葉も紅く染まり切ったある日、元気に佐藤がそう言った。
唐突も唐突な宣言だが、今日はシュガーフェストをお休みにして従業員全員で山へキノコを採りに行くらしい。バイト代もちゃんと出るそうだ。
時期的にはちょうどいいのだが、どうしてまた急にそんな事になったのかを明也が尋ねると、昨日店に来たおじさんがいたらしく、その人が山の地主であったらしい。
初対面の相手だったが佐藤は話している内にすぐ親しくなって、その山でキノコを採っていかないかと提案されたのだそうだ。友達を誘ってくれてもいいとも言ったそうだ。
佐藤は即座にOKし、当日になってから明也たちに発表したのであった。突然ではあるが、バイト代が貰えるなら明也は特に気にしなかった。
気にしなかったつもりだが……。
「なんでまた魔装なんですか……?」
山の前まで来た明也は、自分の衣装を見ながらぼやいた。慣れつつあるとはいえ、露出プレイをされているような気分だ。
「それはもちろん、安全性の高さです! 山は美味しいものもいっぱいですが危険もいっぱいですからね」
「……すごいごもっともな理由ですね」
茅原町は町ではあるが、田舎である。住宅街の付近にすら鹿や猪が良く出るし、山ともなれば熊だっているだろう。
猛獣の類がいないにしても山の斜面で転倒しようものならどこまで転がっていくかわかったものではない。大きな岩にぶつかったり、崖から落ちる可能性もあるだろう。
その点魔装を身に纏えば安全である。マリスドベルの攻撃はもちろん、そういった事故などの衝撃からも身を守ってくれるのだから。
「でも、やっぱり恥ずかしいな……」
「私はもうそんな事ないんですけどねぇ。先輩って恥ずかしがり屋さんですねぇ」
「やあやあよく来てくれ……おお、こりゃまたすごい格好してるね君達」
やって来た5人を地主であるおじさんが出迎えてくれるが、早速引き気味であった。これはまた「やっぱり帰ってくれ」とか言われてしまうかもしれない。
「ち、違います。俺達は別に変態集団とかではなくて」
「どうした明也、そんな事言わなくても見ればわかるだろう」
「見たら誤解されるから弁解してるんですよ!!」
「ま、まあ……最近の子の流行とかなのかな。ともかくこっちはそんなに気にしないから」
口では納得したようだが、顔は依然困惑が見え隠れしている。気を遣わせてしまったようで、明也は申し訳なくなる。
「というわけで、こちらの方が本日山を使わせてくれる内田さんです。みんな失礼のないようにしてくださいね」
「この格好がもう失礼な気もしますが……」
佐藤に紹介された内田さんは軽く会釈した。とても人の良さそうな顔をしているが、一つだけ明也は気になる。
「……あの、その背中に背負ってる銃は一体」
「おおこれかい? そんなに怖がらなくても大丈夫だよ、君らには使わないからね」
それはつまり誰かに対して使うつもりはあるのか、と突っ込みたくなったが明也は怖いので口には出さない。
「じゃあ誰撃つんよ、やっぱ人?」
「ライミィ!!!!」
「ははは、いいよいいよ」
あえて聞かなかった事をド直球で投げかけるライミィに内田さんは笑い、背中の猟銃を軽く指先で叩きながら答えた。
「まあ、その子の言った事も見当はずれって訳じゃないからね。むしろ正解かな」
「えっ」
衝撃発言をした内田さんに、明也は血の気が引くのを感じた。
「おおっと誤解しないで欲しいんだけど誰彼構わず撃ち殺したいなんて思ってないからね! ……ただ最近は無断で山に忍び込んで山菜を根こそぎ採っていったり壊れた電化製品を捨てていったりする悪い人間が多くてね。そういう人たちに使っているんだよ」
「じゃあ今までに何人くらい殺っちゃったんですかぁ?」
「戸ヶ崎さん!!!!」
「いやいや、いいよ。私の言い方も悪かったからね。撃ってはいないよ、あくまで構えて脅かしてるだけで……まあそれも本当はいけないんだけどもね」
「そ……そう、ですよね」
「本当は1回くらい撃ってみたいけど……ああごめんね、冗談だからそんな怖がらないで」
本気か冗談かよくわからない冗談を言った内田さんは咳ばらいをして、改めて5人を見た。
「そんなわけでね、君達を呼んだのは山の警備を兼ねての事なんだ。もちろんキノコ狩りも楽しんでくれて構わないけれど、もし山の中で君達以外の人間を見かけたら即刻出て行くように警告をしてもらいたいんだ」
「そういう話だったわけか……」
あって初日で自分の山へ招待するというのがだいぶ不思議だったが、内田さんの目論見を聞いて明也も合点がいった。
マリスドベルは関係ないが、これも茅原町の平和を守る事に繋がるだろうし、魔装少女としての仕事の範疇だろう。
「大丈夫ですよ、私達シュガーフェストの魔装少女、シュガーエンジェルにお任せください、内田さん!」
「その名前今後も使うんですか……?」
ショーで名乗る用に明也が適当に思いついた名前を使われ、その時ばかりの使用だと思っていたので非常に恥ずかしい。もっと別の名前を使ってほしい所だ。
明也の抗議の声は特に聞き届けてもらえず、5人は山の中へ入っていった。
「いい山ですねー、キノコがたくさん生えてそうです!」
入山して間も無く佐藤はうきうきしながらそう言った。
木の枝葉で陽の光があまり差し込んでこないため、山全体が薄暗くじめじめとしているようだ。これなら確かに収穫の方も期待できそうである。
「キノコだけじゃなくて山の警備も忘れちゃダメですよ店長。見かけたらでいいとは言われててもしっかり探していくべきです」
「わかってますって、暁くんは心配性ですね」
明也は近くの地面ではなく、より遠くを見渡している。山への無断侵入者を発見するためだ。
そんなに頻繁に出てくるものなのかはわからないが、内田さんが明也らを山に入れてくれた理由は警備の方が本命なのだから、できるだけ注意を払いたい所である。
ただ山というだけあって非常に広いし、そうそう鉢合わせる事もないかもしれないが。
「みんな、見ろ! このキノコ、苦悶の表情を浮かべる人の顔みたいな模様をしているぞ!」
「これは間違いなくレアなキノコだよ、京ちゃん! 持ち帰ろう!」
「間違いなく毒キノコだよ!!!!」
いや、そもそももっと目を離してはいけない人間が明也の周りにはいた。真に見張るべきはこの4人の方なのかもしれない。
「赤と黒のしましまのキノコあったのな、これは絶対おいしいんよ」
「見てゆうくん、緑色の光ってるキノコがあるよぉ。綺麗だねぇ」
「もしかしてここって毒キノコしか生えてないんじゃないのか……?」
佐藤たちの見つけ出すキノコがどれもこれも一目で猛毒とわかる代物ばかりで、食べられる種類のものは生えていない可能性が出てきた。
と思いきや、明也が近くの気の根元へ視線をやると大きく育ったエリンギが生えているのが見えた。単に4人が変なキノコばかりを選んで採っているだけのようだ。
彼女らに任せては食べられるキノコが1本もないまま帰る事になりかねないので、明也もしっかりキノコを探していく事にした。
キノコ狩りなど初挑戦の明也ですら探せるほどに次々キノコが見つかっていく。佐藤たち4人は普通の外見のものにはやはり目もくれていないようで食べられそうなキノコばかりが採れる。
「いろいろ生えてるな……これは、クリタケ、かな? あっちにあるのは……えっ、この香り、もしかしてマツタケ!?」
素人である明也の知識でもわかるような食べられるキノコを多数採取し、かなりテンションが上がりつつあった。これだけ種類が豊富にある山ならば泥棒が忍び込もうとする気持ちもわからないでもないかもしれない。
楽しそうにしている明也に気付いて、少し先にいた佐藤が近寄ってくる。
「おっ、暁くんも楽しそうですね~。誘った甲斐がありました」
「すごいですよ店長、俺でもわかるくらいに美味しいキノコがいっぱい生えてるんですもの!」
「へぇーどれどれ、ちょっと見せてください」
そう言って明也の採ったキノコを確認した。
内容を確認すると、佐藤は複雑そうな顔を見せる。
「全体的に茶色で、地味……本当にこれ食べても大丈夫です?」
「有毒性の話なら店長のは確実に猛毒だと思いますが」
割と本気で明也を心配するような表情を見せた佐藤だが、両手に鉛色の液体を滴らせるマーブル模様のキノコを手にしている方が明也には心配である。
「何をおっしゃいますか暁くん。こんなに派手な色で私を食べてとアピールしているキノコに毒があるわけないじゃないですか」
「店長……警告色って知ってますか」
簡易でも毒キノコの見分け方とかを教えるべきだろうかと明也が口を開いた時、何かが破裂するような大きな音が響いた。続けてメキメキと音を立てながら何か大きなものが倒れる轟音が続く。
山全体に届くかと思うほどの音に、明也はビクリと震える。
「い、今のは!?」
「木の倒れた音、でしょうか。京ちゃんたち、何かやっちゃったのかな……」
少し先行していた京たちの元へ佐藤が駆けていくのを見て明也も後に続いた。
ほどなくして追い付き、2人は中ほどから折れた大木の付近に京たち3人が立ち尽くしているのを発見した。
「こらー! いくらなんでも木を倒しちゃ駄目でしょうがー!」
「違うのな、ワタシたち何もしてないんよ」
「勝手に木が倒れたんですぅ」
「木は勝手に倒れな……いや、木なら倒れるときもあるか」
彼女らの言い分に納得しかけた明也だが、木の裂け目はまだみずみずしく、朽ちて倒れるような状態には見えない。
かといってライミィも戸ヶ崎もこういった場面で嘘を言うような性格とは思えず、明也は首を傾げる。
「じゃあ、なんで……」
「そこについてはもう理由は分かっている、見ろ明也」
京に促されて明也が見たのは、木の折れ目に沿って一直線に伸びる半月状の削れた痕だった。
もう片方の根本側にも同じような痕がある事と倒れる直前の破裂音からして、この木は弾丸で撃ち抜かれたのだろう。
「これって……つまり内田さんが俺達に向けて撃ったって事ですか……!?」
状況を理解した明也は慌てふためく。泥棒と間違えたわけではないだろう。こんな格好で山に入る人間は佐藤たち5人くらいである。
見間違えたとしても警告もなくいきなりの発砲となれば殺意があると考えるより他ないだろう。1度くらいは撃ってみたいと話していたし、もしかしたら元々撃ち殺すために佐藤へ招待をかけた可能性もあるかもしれない。
「その可能性は低いだろうな」
しかし明也の思考を読んだかのように、京は否定の言葉を返した。
「冷静に考えてみろ明也。彼の銃は獣の猟などに使われるものだが、このサイズの木を撃ち抜いて倒すほどの威力はない」
「それじゃあ、誰が」
「その質問なら、明也の考えは正解にかなり近いと言えるかな」
打って変わって、今度は惜しい、と言われた。内田さんではないが、内田さんに近しい誰かの犯行という意味だろうか。
考え出した明也は、すぐに答えにたどり着いた。
「つまり、内田さんのマリスドベル?」
「間違いないだろう」
京の肯定に、やっぱりか、と明也は納得がいったような顔を見せる。
銃を撃ってみたいという分かりやすい内田さんの心に反応してマリスドベルが発生してしまったのだろう。
これが不意の遭遇であれば危険だったが、今回は運の良い事に準備がある。魔装を既に着ているし、Dブレードもセットで持ってきている。
対処が可能であるという事まで判明した所で、戸ヶ崎が口を開く。
「っていうことはぁ、ここに留まってたら危なくないですかぁ? 銃弾なら頭に当たったら死んじゃいますよぉ」
「心配はいらん。頭部はこの天使の輪を模したサークレットが守っているじゃないか」
「先輩、前々から思ってたんですけど、このサークレットってほんとに頭を守ってくれてるんですか? 防御面積の話だけなら布の帽子とかのがまだマシな気がするんですけど」
「それは……私にもわからん。なにせ我々は殺られる前に殺るスタンスでやっているため魔装で覆われていない顔に攻撃が当たったらどうなるかを知らないからな」
「…………ということはつまり頭を撃たれたら死ぬかもしれないと?」
「大丈夫だろう、多分。少なくともこのサークレットの所に当たったものは弾いてくれるだろうし」
「散会!!!! みんな今すぐ散会!!!!!!」
防御力に不安が残る事が判明し、明也は素早くその場から散りながら離れるよう指示を出した。
直撃してもダメージを受けない可能性もあるかもしれないが、こと頭部でそれを試そうと思えるならば明也は佐藤に普通の人扱いされはしてないだろう。
なんにせよ逃げるわけにはいかない。マリスドベルを倒すため、明也らは弾丸の飛んできたらしき方向へと各々向かっていく。
先ほど見た木の弾痕からするに、山の更に上の方である。木陰に隠れながら、明也はそこから少しだけ顔を覗かせてマリスドベルが見えないのを確認しつつ一気に少し先の木へと滑り込む。
だがそんなスローペースな進行が我慢できない者もいた。
「じれったいのな! もういいから早く先行くんよ!」
「ラ、ライミィ!? 危ないよ!!」
明也の制止も聞かず、ライミィは一直線に駆け抜けていく。敵の姿が見えないとはいえ、非常に危険な行動だ。
それに見えないというのは明也からの視点でしかない。既にどこか近く、死角になる場所で待ち構えている可能性だってある。
実際、その通りになった。ライミィが他の4人よりも大きく突出した所で、再びの発砲音が響く。凄まじい反動を伴う射撃なのか、発射地点の木々は大きく揺れた。
「ライミィーーッ!!!」
マリスドベルの力が人間の領域を超えるのは身体能力に限った話ではない。その手にしている武器も同じくである。
相手の正確な現在位置が分かったのはいいが、放たれた銃弾を受けようものなら無防備同然であろう頭部は語るまでもなく、魔装に守られた体側であっても安全かどうかは保障されない。
しかし彼女と遠く離れた位置にいる以上明也にはどうしようもない。できるのはただかわしてくれという願いを込めて叫ぶだけであった。
「遅いのな!」
必死の思いで声を張り上げた明也の事など知ったことではないかのように、ライミィは余裕の声と共に直角の軌道で横に跳んだ。
目にも止まらぬ光速の跳躍を見せたライミィの寸前までいた場所へ迫っていた弾丸は地面に直撃し、発破の如く土を吹き飛ばした。
「あ、普通に避けられたんだ!? 良かったけど!」
「海で魚を追っかけて獲って食べてたワタシにはよゆーなんよ!」
「それはちょっとよくわかんないけど、そうなんだ!」
他の3人もライミィを追うべく木々に隠れながらマリスドベルの元へと向かい始めたのが見え、明也も追随する。
怪人の方も自分へ急接近しつつあるライミィを迎撃すべく彼女に狙いを絞っているようで接近は余裕だった。
「うりゃーーっ!!」
怪人との接触が一番早かったのはやはりライミィだ。超人的な軌道で幾度も弾丸を潜り抜け、肉薄した彼女がDブレードを振り抜いた。
叩きつけられるDブレードを避けるため、マリスドベルは振り下ろされたDブレードの方へと滑るように飛び込んで、ライミィとすれ違う形になる。
明也の視界にも飛び込んで来たマリスドベルは予想されていた通りに内田さんの生み出したもののようだ。彼が持っていた猟銃よりも大口径のライフルを持っているが、間違いないだろう。
敵の姿を確認した明也は全力で駆け出す。相手はまだライミィの後頭部へと銃口を向けていたのだ。ゼロ距離の死角からでは、ライミィも避ける事はできないかもしれない。
「うあああああああーーーッ!!」
引き金が引かれるほんの寸前、明也は間に合った。Dブレードでマリスドベルの銃を両断し、ライミィを救った。
武器は破壊できたが、本体はまだ死んでいない。攻撃手段を失った怪人は逃走を図る。
「任せろッ!」
逃げる先に既に先回りしていた京が言葉と共に、マリスドベルを切り裂く。両断され、瞬く間に光の粒子となって消えていった。
それからしばらくしても再び銃声が響く事はなく、山には平穏が戻ってきたようだ。
「凄まじい破壊力の武器と言えど、当たらなければ問題ではなかったな」
「結構ギリギリだったと思いますが……。それとライミィがいなかったら近付くのだって難しかったんじゃないですか? 俺ならあんなスピードで動ける自信ないですよ」
「ああ、今回はライミィの活躍に感謝すべきだろう」
「そうな、ワタシ頑張ったしいっぱい褒めるんよ!」
「頑張りましたねー、偉いですよライちゃん!」
「えへへ」
マリスドベルを倒し、5人は再び集まった。佐藤に抱き締められ、ライミィは嬉しそうに声を漏らしている。
あわや誰かが負傷する可能性もあったが結果的に全員無事であったのは喜ばしい。明也としても間に合ってホッとしていた。
「さて、マリスドベルも倒せましたし、キノコ狩りを再開しましょうか!」
「まあ結構危ない目にも会った訳ですし、せめて収穫は多くしたいですよね」
「あのぉ、実は私さっきキノコがいっぱい生えてる所見つけたんですよぉ。そこに行ってみませんかぁ?」
「そうなんですか? じゃあみんなで行きましょう!」
危険も去り、明也たちはまたキノコを探し始めた。
戸ヶ崎の案内した場所には言葉通りに多数のキノコが生えており、日没を迎えて下山する頃には山のようなキノコが採集できた。
「おお……これはまたいっぱい採ってきたねえ」
下山した明也たちを内田さんが迎えてくれて、採ったキノコを見せると驚いたような顔を見せた。
「もしかして……採りすぎですかね」
「いやあ、そんなことは気にしないでくれていいよ。ちゃんと警備もしてくれたんだろう?」
「ご心配なく! 私たちみんなでちゃんと不審者を仕留めましたよ!」
「し、仕留めちゃったのかい!?」
「お、追い返したって意味ですよ! もう店長は誤解されるような言い方して!」
マリスドベルの話だが、そのまま伝えても内田さんは理解できないだろうし明也は誤魔化す。
「何にしても楽しんでくれたならなによりだよ。……でも、毒キノコは持って帰らないようにね?」
「ですよね。ほら4人とも! キノコ全部捨てて帰ってくださいよ!」
「いやいや、君もだよ」
「え?」
内田さんにそう言われ、明也は思わず聞き返す。素人目にも食用とわかるキノコだけを採っていたつもりだったのだが。
いやしかし所詮は素人。実はよく似た外見の毒キノコをいくつか採ってしまったのかもしれない。判別のためにも内田さんにキノコを見せる。
「えっと、どれでしょうか」
「全部だね」
「全部って……でも、これとか絶対食べられますよ」
明也は多数のキノコの中からマツタケを取り上げた。独特の良い香りが漂い、それだけで偽物ではないと思うのだが。
内田さんも難しい顔で頷きを返してくる。
「うん、そうなんだけどね。うちの山ってちょっと変でね、これは絶対食べられる! ってキノコ食べて死んだ人とか、あからさまに猛毒なキノコを食べて何ともない人がいたりで、見た目とか匂いでも安全かどうかちっとも分からないんだよ」
「え、じゃあうちの店長たちのキノコの方が食べられるやつってわけですか?」
「いや、完全にあべこべって事でもないんだよ。危険そうなの食べて死んだ人もいるし……とにかく危ないんだよ。絶対に食べないって言うなら持って帰ってもいいけど」
「……」
話を聞いて、明也はキノコを捨てる事にした。内田さんがその場で手際よく焚火を作り、その場で焼却してくれるようだ。……できれば、最初からこの話を聞かせてもらいたかったとは5人全員が思っている事だろう。
京、ライミィ、戸ヶ崎も折角手に入れたキノコを名残惜しそうに見ていたが、結局は捨てる選択をした。
最終的に骨折り損のくたびれ儲けという結末になってしまった。いや、マリスドベルを倒せたのなら魔装少女としての収穫はあったのだろうか。
だとしても手ぶらで帰る事になってしまったのは残念でならない。毒かどうかも知れないキノコでは仕方ないが。
自分の採ったキノコを未だに大事そうに見つめている佐藤に明也は声をかける。
「ほら、店長も。持って帰ってもしょうがないですし」
「で、でも……こんなに珍しいのに……」
だが佐藤だけは納得できないらしく手放そうとしない。まあ、彼女が手にするキノコはどれも自然界に存在するのが驚愕するクラスの色と形のものばかりなので明也にも気持ちはわかる。
しかし相手が死ぬ可能性のある危険物では流石に了承する事はできない。
「今回は諦めましょう、店長」
「ですが暁くん、このキノコを使ったドーナツは絶対凄いのが作れますよ?」
「確かに物凄い毒物が作れますね。さ、捨てましょ」
「致死量未満に、致死量未満に抑えますからー!!」
「そんな説得で納得する訳ないでしょ!? だいたいそんなの食べて店長が死んだらシュガーフェストはどうするつもりですか!!」
「平気です、私は食べないでお店に並べますから!」
「お客さんが死ぬでしょうが!!」
「お客さんは来ないから大丈夫です!!!!」
「その通りではあるんですがよくそんな平然とした顔で言えますね!?」
それからしばらくの間言い合いが続いたが、最終的に佐藤は折れて渋々、本当に渋々といった態度ではあるがキノコを火の中に放り込んだ。
煙を吸い込まないようにしながら燃えて炭になっていくキノコを明也たちは黙って見ていた。
その翌日。
内田さんの家にはキノコ狩りの「お礼」として毒キノコみたいな形のドーナツが届けられたという。




