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バイト先で魔装少女とかいうのをやらされてます。……あの、でも俺男なんですけど!?  作者: カイロ


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みんなの想い出

「さあ、今日もはりきってドーナツを作っていきましょう!」

「はは……、頑張ってください」


 朝から元気な声で調理場に立つ佐藤に、明也は若干投げやりな言葉を返す。

 今日のシュガーフェストは午前中の間2人だけしかいない。京も戸ヶ崎も用事があるらしく少し遅れ、ライミィは元々休みの予定なので爆睡中である。何にせよ客など皆無に等しいので心配する必要もない。

 それより明也が片思いしている相手である佐藤と2人きりの状況でもあるので本来ならテンションも上がる所だが、そうでもない。

 なにせやる気に満ちた佐藤が作るドーナツはその熱意と反比例するかのように食欲を削ぐ外見のものばかりだからだ。客がいないので仕方ないかもしれないが、いたとしても売れるかどうかは相当部の悪い賭けになるだろう。

 結果売れずに終わり、材料費が無駄になってしまう。アルバイトであるとはいえ、明也が見ていても気の滅入る光景である。

 それでも佐藤が楽しそうにしているので極力明也も気にしないようにはしているが、時折無性にこの店の将来について不安視してしまう。むしろなぜ一向に潰れもしないのだろうか。

 この店や佐藤について色々と明也が考えている内、ふとある事を聞いていなかったな、と思い出す。


「そういえば、どうして店長ってドーナツ屋になりたかったんです?」


 以前、佐藤が変なドーナツしか作れない理由を聞いた時に少しだけ話題に出て、深くは聞けなかった事だ。

 夢がドーナツ屋を開く事であるのは話していたが、それ以上はまた今度聞こうと保留にしていたのだ。続けて重い話が恐ろしかったのだが、今なら聞けそうな気がする。


「あー、前にそこだけ言ったきりでしたよね。……じゃあ、お客さんが来るまでお話しましょうか」


 彼女自身も割と乗り気ならしく、すんなりと話してくれるようだ。ドーナツ生地を捏ねながら、佐藤は語り始めた。


「あれは私が小学生くらいの頃の時でしたねー。母が学校から帰った私におやつのドーナツを用意しててくれまして、それがとっても美味しかったんです」

「なるほど……?」


 明也が勝手に想像していたよりも平和的な語りだしだった。しかし以前も重い話ではないと言いつつ重かったりしたので、まだ油断はできない。


「で、それに感動した私が将来はドーナツ屋さんになりたい! って言ったのが叶った形ですね」

「そうだったんですか。……それで、続きは?」

「? 終わりですけど」

「……」

「……」

「え、もうですか!?」


 ここからどんな話が展開されるのかと身構えていた矢先に終了を宣言され、明也は拍子抜けた。てっきりもっと暗い理由があるかと思ったのだが。


「そんな顔しないでくださいよ暁くん。私だって昔はわりとどこにでもいるような子だったんですから、そんなにすごいお話なんていくつもないですよ」

「あ、そうでしたね……すいません」


 勝手に強いエピソードが展開されるのを期待してしまったが、佐藤は元々普通の子だったと前に聞かされていたのだからそれを考えるべきだった。頭を下げながら明也は反省する。


「大丈夫ですよ、そんなに謝らなくって。……でも、私の過去ばっかり聞かせるのもなんだか不公平ですし、暁くんのお話も聞いてみたいですねー」

「え……俺のですか?」

「はい、なにか1つくらい聞かせてください」


 そう言われ、明也はすごく迷った。

 必死に思い返しても、記憶に残るような出来事がまるでないのだ。平凡さで言えば、幼少の佐藤を上回っているのではないだろうか。

 高校、中学、小学校、幼稚園時代の記憶を順に遡ってみるが、どこもありきたりで、わざわざ人に話せるような内容ではない。特に佐藤に対して普通の話などできるわけがない。


「……すみません、なんか思い出してみたんですけど、本当に話になるようなものって、何も」

「えー、そんなことないですよー。人間誰しもちょっと変わった事の想い出の1つ2つありますって。暁くんにもあるはずですよ?」

「……変わった事ならまあ、なくはないですけど」

「ですよね? じゃ、その話を聞かせてください」

「って言っても、ここで働き始めた事なんですけど」

「今の話じゃないですかー。それなら聞かなくってもだいたいわかっちゃうじゃないですかー」

「いやあ、本当に思いつかなくて……」

「おはよなんよ……サトー、ごはん」


 何も話が出せずに困りかけていたタイミングで寝起きらしきライミィが目をこすりながら2階から降りてきた。

 調理場に顔を覗かせた彼女を見ると、佐藤は彼女の後ろに回り込んで両肩に手を乗せた。そのまま明也の前まで連れてくる。


「え、サトーなに?」

「暁くんは面白い話が無いなんて言いますが、絶対何か1個はあるはずですよ! まだ若いライちゃんにだってあるでしょうから! ね、ライちゃん」

「そりゃライミィはここにいる経緯から既に面白いんだから当然ありますって」

「何の話だかよくわからんのな……」


 混乱した様子のライミィに経緯を説明し、聞き終わるとなるほどな、と頷いた。


「おもしろい話してたの?」

「そうです、でも暁くんが無いって言うんですよー」

「でもほんとに何も無いんですよ……」

「いえいえ絶対暁くんの中でハードルを高くして考えてるだけです! ちょっとしたお話でもいいですから聞かせてくださいよー! ……そうだライちゃん、ライちゃんにも軽く想い出を聞かせてもらってもいいですか?」

「え、ワタシ?」

「はい! そうしたらきっと暁くんも『このくらいでいいのかな』ってわかると思うので!」

「うーん、わかるかなぁ」


 佐藤の提案に明也は首を傾げる。逆にもっと何を話せばいいのかわからなくなりそうだ。


「そーな、じゃあよくあるやつでいくのな」


 提案を了承したライミィは腕組みして考え始めた。少しの間唸っていたが、すぐに何を言うか思いついたらしく、口を開いた。


「ワタシのパパが飼ってた虎が脱走した事があるのな」

「よ……よくあるやつ!?」

「ペットが脱走するくらいよくあるんよ、メイヤ」

「そうだね……そうかな」


 その言葉に一瞬納得しかけたがすぐに疑問が浮かんできた。しかしライミィは明也を無視して続ける。


「そんでワタシが引っ張り戻してパパとママに褒められたのな」

「……よく生きて帰ってこれたね、虎だよね?」

「まあ虎って言ってもこの辺走ってる車よりちょい小さいくらいなのな。だから平気なんよ」

「ごく普通に大人の虎のサイズっぽいけど」


 昔の話である以上当然魔装も身に付けない状態だ。生身のままで虎を捕えた事をなんてことないような口調で語られ、明也は若干引く。


「……うん、思い返してみるとあの時にハグしてもらったのはけっこー嬉しかったんよ」


 それはそれとして喋りながら当時の事を思い出しているのか、ライミィは口元が少し緩んでいた。

 彼女の様子を見て佐藤は何度か頷き、改めて明也に振り向く。


「暁くん、このくらいで大丈夫なんですよ。何てことない昔のちょっとした話を聞きたいだけなんですから」

「登場人物のアクが強すぎて『ちょっとした』の範疇がまるでわからないのですが……」


 話せそうな内容が決まるどころか、今どんなエピソードを出しても間違いなく力負けしそうだ。別に勝負という訳でもないのでそこは気にせずとも良いのだが、余計に話しづらい。

 どうしたものだろう、と眉をハの字に曲げているとドアベルが鳴り、誰かが店に入ってきた。


「おはようございまぁす」

「む、ライミィもいるじゃないか。3人で何をしていたんだ?」


 戸ヶ崎と京だった。そのまま調理場に来た2人は早速会話に混ざっていく。


「京ちゃんと、戸ヶ崎さん? もう用事は終わったんですか?」

「はぁい。ゆうくんと映画デートしてきましたぁ」

「よ、用事……? えっと、先輩は違いますよね?」

「まあ、そんな相手自体居ないが、似たようなものだな。偶然妹を見かけて、懐かしくなったから少し付いて行ったんだ」

「用事…………??」


 別に忙しいわけでもないし構わないのだろうが、ちょっと自由過ぎないだろうか。京の方はわからないでもないが。


「先輩、家から追い出されちゃったんですし、そりゃ妹と出会ったら話くらいしたくなりますよね」

「いや、話はしていないよ。何してるのか見て来ただけだからな」

「え、まったく話もしてないって事ですか?」

「ああ。なにせ数メートル後ろから観察していたからな。多分私が居たの自体に気付いていないだろう」

「なぜ身内相手にそんなストーカーみたいな真似を……?」

「……本当に久々だったから何を言えばいいかわからなかっただけだ」


 ばつが悪そうに京はそう言った。勘当同然に追い出されたのならば当然長い事会えていなかった相手だろうし、言葉に詰まるのも仕方ないかもしれない。だがなんにしても黙って後を尾けるのはどうかと明也は思う。


「それで、明也は何をしていたんだ?」

「聞いてくださいよ、京ちゃん戸ヶ崎さん!」


 その問いかけに佐藤が飛びつき、ライミィにしたのと同じ説明をした。


「――というわけで、2人にもお話を聞かせてもらいましょう! ぱちぱちー」

「絶対参考にならないですよ……」


 ライミィに負けず劣らず、どちらも濃い人間である。聞いたところで明也は余計に話しづらくなるだけだろう。

 しかしそれは別として面白い話が聞けそうなのは間違いないので、2人の話に興味はある。


「それじゃぁ、私の前世のお話とか聞きますかぁ?」

「うーーんそういうのはいいかな」

「えぇー」

「先輩は何かあります? 理解できそうなやつなら何でもいいですけど」

「む……聞かれると、悩むな……」


 しばらく京は頭を捻っていた。この場合は話題が無いのではなく、選択肢が多すぎて悩んでいるのだろう。明也に取っては贅沢な悩みである。


「なら、そうだな。折角今日は妹を見つけた事だし、妹の話にでもするか」


 先程も出てきた妹について話すようだ。心なしか既に嬉しそうに見えるので、多分妹の事が好きなのだろう。


「名前は涼と言う。もうすぐ高校に通う年なんだが……変な男に引っ掛からないか心配だな」

「へえー。家にいた時は仲とか良かったんですか?」

「ううんそうだな……一般的な程度だったと思う。子供の頃は私にべったりで、よく頼られていたからか今でも守ってやりたいとは思うが」


 口では普通と言っているが、実際は相当好きなようだ。妹の話をする京の声がいつもより高めになっているのを聞いて明也はそう思った。

 想い出や好きな身内の話をするというのは得てしてそういうものだろう。自分の好きなもの、楽しいと思うものを共有したいならば自然とテンションは上がるものだし、悩まずとも話せるものだ。まあ、明也はそういった話に心当たりが無かったのだが。

 そういえば、長い事会っていないせいか両親の顔さえも朧げにしか思い出せない。だんだんと明也は自分がからっぽの人間だったようにさえ思えてきた。

 ……それ以上はできるだけ考えないようにして、明也は京の話に集中するようにした。


「……あれですね、先輩は妹さんに彼氏とかできたらものすごい反発しそうですよね」

「まさか。私は涼が選んだ相手なら文句を言いはしないさ」

「へー、相手がメイヤとかでも?」

「ライミィ、俺でもってどういう意味かな?」


 ライミィの言葉を聞いて、京は真剣な顔で明也を見つめ始めた。あまりにも真剣すぎて、怖い。まるで森の中でばったり出会った猛獣と視線が合ってしまったかのような気分だ。

 言葉も発さずにしばらくそのまま全身を見定められ、この後殺されるんじゃないかと明也が思い始めた所で京はふぅっと息を吐いた。


「……むむ、思っていたより気になるものだな。あまりおかしな奴だったら許せんかもしれん」

「……じゃあ、俺は許されたんですかね。ああ、死ぬかと思った」

「今のが例え話で良かったな、明也」

「た……例えじゃなかったらどうなってたんですか……!?」

「ははははは」


 笑って、京は特に答えなかった。恐ろしいので明也は町で京の妹らしき人を見かけてもできるだけ関わらないようにしようと心に決めた。


「こうして話してみて気付いたが、私は少し妹を溺愛している節があるかもしれん。仮に相手が誠実そうだろうと何だろうと殺意を向けてしまうだろうな」

「少しなんですかね……」

「うんうん、姉妹愛って感じで素敵だと思うよ、京ちゃん」

「でもその愛結構一方的じゃないですか店長……?」


 佐藤はだいぶ理解した様子で頷いているが、明也はそこまで共感できなかった。分かったのは京が実はシスコンだった事くらいだろうか。


「愛だったら私も負けてませんよぉ。ねぇー、ゆうくぅん」


 愛、という言葉に反応して、抱いていた人形のゆうくんに頬ずりしながら戸ヶ崎が主張した。自分も何か語りたいようだ。

 彼女も他の3人とは違う方向性で奇抜であるので、どんなことを話すのか気になる。ほとんど怖いもの見たさでしかないが、明也は戸ヶ崎の話も聞きたくはある。


「えっと、じゃあ、前世とか難しそうな話は抜きでお願いしてもいいかな」

「むぅ、難しい注文をしますねぇ。でもやってみましょうかぁ」


 明也の頼みを了承し、戸ヶ崎は目を閉じて振り子のようにゆっくりと頭を振りながら考え始めた。動きに合わせて髪が揺れるのはちょっとかわいい。

 想像力豊かな年齢であるし、何を聞かせてくれるのか楽しみと言えば楽しみである。とは言っても思い出話なわけだし、そこまで突飛な話が出て来る事はないだろう。止めるべきかはその都度判断する事にした。


「では私がどうやって殺されたかについて話しますね。まず私の髪に火を」

「戸ヶ崎さぁぁぁぁぁぁん!!???」

「んむむむむ」


 咄嗟に戸ヶ崎の口を手で押さえにかかった。よもや語り出しから止めに入らねばならない話をするとはさすがに明也も恐れ入る。


「いきなり何するんですかせんぱぁい。私がその気になったら今のセクハラで訴えられちゃいますよぉ?」

「のっけから自分の死に方の話とかされたらそれも覚悟で止めに入るでしょ……」


 予め分かってはいた事だが、この戸ヶ崎という女は暴れ馬だ。手綱を話して自由にさせれば崖へと向かって直進していく。

 これ以上話させない方が良いと明也は判断して、強制終了させる事にした。


「それにしても、これだけ色々聞いてもやっぱり俺は話せそうな想い出とか浮かんでこないですねー」

「あのぉ、私の話の続きはぁー?」

「えっと、また今度聞かせてね」


 その場しのぎの返答をした明也だが、戸ヶ崎もどうやら納得したのかそれ以上は口を開かなかった。

 しかし、佐藤は明也の言葉に納得いかないようにむーっとした顔を見せている。


「むー、絶対何かあるのに……」

「すみません、店長。本当に何も出てこなくって」


 面目無さそうに笑う明也に、佐藤は明也の両肩に手を乗せて、思いっきり顔を近付けてきた。


「か、顔近いです店長……あと生地捏ねてたから俺の肩粉でベッタベタです」

「別にお話の質をどうこう言ったりはしませんし、ものすごく些細なものでもいいんですよ!」

「そう言われましても……」

「初めて拾ったエッチな本の話とか!」

「あったとしてもこの男女比の空間で話す勇気はないですよ!?」

「初めて拾ったエッチなビデオの話とか!」

「ですからあっても話せな……っていうかなんでそんなアダルトグッズの話を推してくるんですか!?」

「むううぅ、男の子だったら絶対経験のある話だと思ったのですが……これも駄目とは」


 諦めたように佐藤は首を振り、明也から離れた。ようやく解放された、と少しほっとしたがちょっと寂しくもある。

 少し離れた位置で立ち止まった佐藤は、明也に向けて指をさしてきた。


「暁くん、どうやらあなたはとっても普通の人みたいですね!」

「うっ……」


 普通、というものを好きになれない佐藤にそう言われ、明也はたじろいでしまう。

 自分が普通であるのを明也自身はどうも思いはしないが、佐藤はそうでもないし、もしかしたら普通すぎる自分はシュガーフェストをクビになってしまったりするのだろうか、と不安になる。

 なんと答えられるのかわからないが、恐る恐る明也は聞き返した。


「もしかして俺、ここを辞めないといけなかったりします?」

「? なんでそうなるんです? 暁くんは魔装少女のセンターですし、それにシュガーフェストの大事な従業員ですし、むしろいなくなったら困ります!」

「え、でも店長普通なの嫌いだし、俺って普通だし」

「もー、なに言ってるんですか。そんな理由でクビにしたりだなんてするわけないじゃないですか」


 笑いながら佐藤はそう返した。明也の単なる考えすぎだったらしい。


「……はは。そりゃそうですよね」

「はい! それにここまで特筆すべき話題を持たない暁くんはそれはそれで普通すぎて逆に異常です! ある意味物凄い狂っているのかもしれませんし、私は嫌いじゃないですよ!」

「な、何も話せなかっただけでそこまで言われるとは……!!」


 特筆すべきエピソードを持たないだけで異常者と呼ばれ、ちょっとショックを受ける。

 それはそれとして佐藤に「嫌いじゃない」と言われたのは嬉しいので、明也としてはそこまで気にしていない。

 その後もしばらく5人で話していたが、結局明也は何も思い浮かばず、思い出話をすることはできなかった。

 お客さんが来るまで、という条件で続けたお喋りは、閉店まで続いたという。

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