幼稚園に出張! シュガーフェスト
戸ヶ崎がシュガーフェストで働く事になってから1週間、夏の厳しい日差しもとうとう収まり、茅原町に根付いた木々の葉も徐々に色が変わり出して秋の訪れを告げていた。
季節が変わったからといって店への客足が増しはしなかったが、それとは関係なしに明也は忙しかった。
新人の戸ヶ崎にドーナツ作りや店での仕事を教えてやるのを佐藤に任されていたからだ。
それ自体は難しくはなかった。ゆうくんのためにと張り切っている戸ヶ崎は要領よく仕事を覚えていったから、むしろ楽ですらあった。
ただ、刃物を持つと非常に危険な性格が姿を現すと知っている明也はそちらに注意を払い続け、精神的にひどく疲れた。
逆に言えば、そこ以外は実に素晴らしい働きぶりだった。3か月近く働いている明也を追い抜いて、あっという間に佐藤や京の領域へ追い付いていたのだ。
「見てくださぁい先輩! かわいいドーナツができちゃいましたぁ!」
「ああ……うん……、すごいよ、なんでこんなことになっちゃうんだろうね……」
この日も調理場に立った戸ヶ崎は自信満々に皿の上に載せたものを見せてくる。ドドメ色をした魚の頭の形のなにかだ。明也には諦めたように返すしかできなかった。
戸ヶ崎がドーナツを作る時、明也は必ず調理場に付いていって作業工程を見守るのだが、それでも出来上がるのは邪神の供物のようなものばかりなのだ。
肌身離さずといった感じでゆうくんを常に抱いた戸ヶ崎がほとんど片手しか使っていないのもあるのだろうか。……いやいや、だとしても綺麗なリング状のドーナツを揚げていたのに瞬きをした直後にクリーチャーに変化しているのはおかしいのではないだろうか。料理の腕とかそんな話ではないのでは、と明也は思う。
「やるナ、トガサキ。でもワタシはもっと辛くした方がいいと思うんよ」
「そうですかぁ? でもゆうくんってどっちかというと甘いものが好きなんですよねぇ」
どの辺にやる要素があったのか明也にはわからないが戸ヶ崎の作ったドーナツを見てライミィは彼女を称えていた。
今調理場にいるのは明也を含めたこの3人だ。佐藤と京は表にいる。
ドーナツ作りというより召喚魔法とかの方が近そうな戸ヶ崎の腕前をどうにかしようと奮闘していたのだがどうにもならず、より高位の悪魔を召喚できるようになっただけだった。
まあ、佐藤が見込んだだけはあるのかもしれない。明也も知っての通り彼女は普通である事を拒みがちであるのだし、その彼女が才能がありそうだと思ったのなら戸ヶ崎もまた普通ではないという事だろう。
つまりは異常なわけだ。その異常性が良い方向へ働いてくれるのであればいいのだが、戸ヶ崎のそれは明也が期待しているようなものではなく客離れを促進させる方の異常性だ。まあ今更離れてくれるような客自体存在しないのだが。
「じゃ、じゃあ戸ヶ崎さん! そのゆうくんが好きそうなドーナツ、もう一個作ってみない?」
「いいんですかぁ? じゃあ、もっといっぱい作りたいですぅ!」
しかし、明也はまだ諦めない。このシュガーフェストで恐らく唯一正常なのは自分なのだから。ここで匙を投げるわけにはいかない。
今度こそ変な失敗が起こらないよう、ひと時も目を離さずドーナツ作りのレクチャーをするつもりだ。
「まずは基本のプレーンなやつから作ろっか。最初に、ボウルに小麦粉を」
「はぁい」
戸ヶ崎は特に計量もせずボウルにドバドバ小麦粉をぶち込み白い山を作った。
「……量はちゃんと計ってね。余分な量は戻しとくから、次に牛乳と砂糖をね」
「入れましたぁ」
言い終わるより先に牛乳と砂糖が投入される。もちろん目分量だ。
「……いきなり生地作りからは難易度高かったよね! そこは俺がやっておくから型抜きして揚げるとこだけやってみよっか!」
「メイヤ、それだとほとんどお前が作ってるんよ?」
「い、いいの! 最初はちょっとずつ作業を覚えてけばいいからこれで問題ないんだよ! はいこれ!」
手早く分量を調整したドーナツ生地の入ったボウルを戸ヶ崎に手渡す。ライミィも戸ヶ崎も不満そうではあるが、明也は取り合わない。
実際1回であれこれ覚えるのは難しいし、比較的簡単な作業から少しずつ順番に学ばせていけば案外戸ヶ崎もまともなドーナツが作れるようになったりするかもしれないし、とりあえずはここだけを任せてみる。後は穴を開けて揚げるだけだし油の温度や揚げるタイミング自体も明也が教えるし、失敗する要素はゼロだろう。
型抜きを渡すと文句がありそうな顔をしつつも戸ヶ崎は素直にやってくれるようで、生地を適度な大きさにちぎって型抜きを当てた。
「そうそう、そこの真ん中に穴を開けてね」
「それくらい説明してくれなくってもわかってますよぉ。えいっ」
戸ヶ崎が型抜きを生地に押し込むと、青い液体が生地の内側から染み出してきた。
「…………」
明也は諦めた。
「ふふぅん。後は揚げるだけですよねぇ」
謎の液体が滴る生地が高温の油の中に放り込まれて沈み、浮き上がってくると中央に真珠の代わりに人間の眼球が乗っている二枚貝のような物体が姿を現した。
「どうですかぁ、先輩?」
「……負けました」
「なんでドーナツ作りを手伝ってもらっただけなのに勝ち負けのお話が出てくるんです?」
その場で膝を突き、がっくりとうなだれた明也は敗北を認めた。勝負ではなかったのだが、ここまでの実力を見せつけられては敗北宣言しかできなかったのだ。
戸ヶ崎は、世界が世界なら高名な召喚術士とか邪教の教皇とかになれたのだろう。そんな人物にドーナツの作り方を教えようなど明也にはおこがましい行いだった。そういう事にして、戸ヶ崎には好きにやらせてあげる事にした。
明也がそんな1つの決断をした時、シュガーフェストに電話のコール音が響いた。
「え、ここ電話とか置いてあったのか……!?」
3か月ほど勤めた明也が初めて知った事実だった。その間1度も鳴らなかったのも衝撃だが、存在する事そのものを今知ったのも驚いた。
しかも音は1階でしている。調理場の中にそれらしきものは見当たらないので店内のどこかにあったのだろう。
未発見の電話に明也が驚いていると受話器を取る音がした。その後に続く声からして佐藤が出たようだ。数分ほど何事かを受け答えし、話が終わると佐藤が受話器を戻した音がする。
内容まではよく聞こえなかったが、いったいどんな会話を誰としていたのだろう。明也だけそれが気になっているわけではないようで、ライミィと戸ヶ崎も同じような疑問が湧いたらしく明也と同じような顔をしていた。
そんな明也達に応えようというタイミングで佐藤は調理場にやってきた。京も一緒である。
「皆さん、大ニュースです」
佐藤は今までになく非常に真剣な口調でそう言った。京も何も聞かされていないのか彼女も含めた4人は店長の普段と違う様子に押し黙り、二の句を待った。
が、明也は内心怯えていた。いつもの佐藤からは考えられないほどの真面目さ。とても良いニュースとは思えない。
閉店が決まった、とかそういう話なのではないだろうか。芳しくないどころではすまない経営状況だったのは間違いないし借金もかなりの額があるだろう。今の電話も「これ以上お金を貸せない」とかそういった連絡だったのかもしれない。
「実はですね……」
明也が考えている内に、佐藤が再び口を開いた。聞くのが怖い以外の感情が無かった明也だが耳をふさいだりまではしなかった。代わりに目を閉じ、両手を組んで神に祈った。
「……なんと、幼稚園でドーナツを作る事になりましたーー!」
「………………はい????」
せめて閉店まで何日かの猶予を、と祈り始めた明也には完全に想定できていなかった発表をされ、反応が遅れた。
言われた事を理解するより先に佐藤は更に続ける。
「さっき近くの幼稚園から連絡がありまして、園児の皆さんにお菓子作りの体験をさせてほしいってお願いされちゃったんですよ! いやあ、光栄ですよねー」
「それはちょうどよかったですねぇ。ゆうくんのために磨いた私の腕を子供に見せつけちゃいますよぉ」
「ガキンチョ相手なのな? よくわかんないけど、多分ヨユーなんよ!」
「2人ともすごい乗り気だなあ……いや、ていうかそもそもなんでこの店にそんな話が来るんです?」
数秒して話の内容をようやく理解した明也は何を根拠にそんな自信満々なのかわからない2人を置いといて気になる部分を聞いた。
「そこは私も気になってたな。なぜわざわざウチなんだ? その手の話はまず商店街の店に行きそうなものだが」
「……あはは、やっぱり気になるよね。なんでそのお話がシュガーフェストに来たかっていうと……」
明也に追従した京にも聞かれ、なぜか佐藤は苦笑いをした。なにか言いにくい事がある様子だ。
ちょっとだけ間を置いてから佐藤はその理由を話し始める。
「幼稚園の方も別のとこにお願いしようと思ってたらしいんだけど……その別のお店が店内の修理で忙しくて断られちゃったらしくって、ですね」
「あー……」
明也は察した。
間違いなく別の店とやらはマスタード・ナッツの事だろう。茅原町でドーナツの店となればそれとこことの2つぐらいしかない。
マリスドベルによって店を破壊されてしまったのは明也と佐藤がよく知っている。なにせ、怪人を倒しはしたものの店が破壊された原因を作ったのも明也と佐藤にあるからだ。
当時はともかく一時の迷いで他店に損害を与えたのを佐藤も今は後悔しているのかもしれない。
「そうか。まあいずれにしろ光栄なことじゃないか、子供たちに物作りを教えるなんて気合が入るというものだ」
「そ、そうだよね~……」
その辺りの話を知らない京はとても喜ばしそうな顔で頷いていた。佐藤の方は今更になって罪悪感が湧いてきたかのような声色をしていた。
「まあ、そういう話なら、断るわけにもいきませんよね」
マスタード・ナッツには申し訳ないがここで断ると代わりになるドーナツ屋もないし、明也も賛成に回る事にした。
「うちにそんな話が回ってきたのもきっと巡り合わせってやつですよ。せっかくですから園児のみんなに美味しいドーナツの作り方を教えてあげましょうよ、店長!」
「……そうですか? ……ううん、暁くんもそう言うなら、やるしかないですよね」
当事者の片方でもある明也の言葉を聞いて、佐藤も徐々にやる気を見せ始めた。反省も大事だが、子供の笑顔のために考えを働かせた方がいいのだ。
そしてやると決めれば立ち直りも早い。気を取り直した佐藤は従業員4人の前に立つ。
「よーし! それじゃ、まずはドーナツ作りの前にやることから考えましょっか!」
「作る前、ですか?」
前も何も、ドーナツを作るだけではないのだろうか。首を傾げた明也に佐藤は頷く。
「はい。まず子供たちが楽しく作業に参加できるように何か出し物をしようと思ってるんです。最初にそれをみんなで決めておこうかなと」
「あーそういうことですか。確かに大事ですよね」
子供というのは興味のないものにはとことん興味がない。明也達が手順をわかりやすく教えようと努力しても聞く気のない子もきっといるだろう。
まずはそんな子も一緒に楽しめるよう興味を惹けるような前座を考えよう、という事だ。
「それなら私の出番か。なにせ番組を1本手掛けた実績があるからな」
「……それ、めっちゃめちゃに不評なやつじゃなかったでしたっけ?」
「評価は評価さ。誰かに評して貰えた時点で私にとっては傑作だよ」
「な、なんでちょっとかっこいいこと言ってるんですか……!?」
やる気を見せている京だが、頼りにはしない方がよさそうだ。子供にドーナツではなくトラウマを作りかねない。
「ライちゃんと戸ヶ崎さんも何かあります? 園児の皆さんが喜んでくれそうなものとか」
佐藤に聞かれ、2人は少し思案する。それからライミィが挙手した。
「ワタシ猪狩りとかやりたいんよ!」
「ライミィ? 子供に見せるものの話だからね?」
「だいじょぶなんよ、絶対カッコいいのな」
「いや、カッコよさの話もしてないんだけどね!?」
「うーん、どっちにしても子供に危険が及ぶかもしれないのはちょっと採用できないですねー……」
案が不採用になり、えーとライミィは不満そうに声を上げた。それにしてもなぜ猪狩りなのだろうか。
ついでに、佐藤が突飛な意見ならなんでも採用するわけでもないとわかって明也は安心した。
「戸ヶ崎さんは? 何かしたい事とかある?」
「そうですねぇ……」
残るは戸ヶ崎だ。まあ、彼女も分類的にはライミィや京と同類であるので採用できそうな意見を期待するのは難しいかもしれないが、念のために明也は聞く。
「子供が喜びそうなものって言ったらやっぱりショーとかかなぁ。……じゃあ、私たち魔装少女の戦いをお芝居にするのはどうでしょぉ?」
想像していた以上にまともな提案が返ってきた。確かに子供の興味を引けそうではある。
しかし明也は首を横に振った。それを採用する事はできないのだ。
「すごくいい案ではあるんだけど……それってつまり魔装を着て園児の前に立つって事だよね。それは流石にダメだよ。露出はないけど、それが逆に際どいし……子供に変な影響があるとマズいし。ね、店長」
「まったくです。採用です」
「店長?」
明也の同意を求める声に、佐藤は応えなかった。それどころかGOサインを出した。
「ドーナツ作りだけでなく、もう1つのお仕事の内容も紹介すれば私達が茅原町の平和を守っているアピールもできて一石二鳥じゃないですか! 決定です、魔装少女のショーをやりしょう!」
「店長!?」
依然明也の声は届かなかった。それも仕方ない。シュガーフェストにおいて明也の意見は少数派なのだから。
「今から衣装を用意したりしなくて済むのも素晴らしい。全員魔装を着ていけばそれで事足りるしな」
「いや、俺は反対ですからね! 子供に見せたら絶対ダメでしょ!?」
「……む、それもそうか」
めげずに抗議した明也に、京が珍しく考えを改める。完全に駄目元のつもりだったのでむしろ明也の方が驚いた。
「え、わかってくれたんですか?」
「ああ。正直明也の方から言い出してくれて嬉しいかな」
「それじゃあ……!」
「うん、明也にはマリスドベル役を任せる」
なぜか、怪人役を言い渡された。
「……はい?」
「5人全員が魔装少女役だとキャストが足りないからな。明也の方から辞退してマリスドベルをやってくれるとは、感心だよ」
「…………」
まあ、当然そうなるだろうといえばそうだった。まさか佐藤との付き合いも長い京が中止の意見に賛同などするわけがない。
ありえない未来に期待を寄せてしまった自分が恥ずかしくなる明也をよそに、芝居の内容について話し合われ出す。
「ストーリーは難しくしない方が良いですよね。簡単かつ簡潔に、『悪い事ばかりしてるとわるい怪物になっちゃうからそれを私達魔装少女がこらしめる』という流れにしましょう」
「うーん、主人公が実は敵側の組織の改造人間だったりその力を使って戦っている設定はできれば外したくないところなんだが……」
「園児さん相手にそれは伝わるか不安ですねぇ。あ、でもステキな彼氏のために戦ってるというのは強調してほしいかもぉ」
「ワタシは細かい事はいいから派手なのがいいのな。こう、ドカーンって」
「む、火薬か? 任せておけ、使えるかもしれない伝手があるからな」
「幼稚園で何をしようってんですか先輩は……!?」
少し様子を見ようかとも思ったが、この4両編成の暴走列車を野放しにすればとんでもない方向に話が進んで行くのは明白なので、明也は話に加わることにした。
「店長の案でいいじゃないですか。分かりやすい方が子供なら普通に喜んでくれますって」
「う゛っ、普通、でしたか。……やっぱりもっと設定を付け加えましょう。魔装は外界の神々の体の一部から作りだした不壊の性質を持つ防具で」
「あっごめんなさい店長! 普通じゃない! 充分普通じゃないですからこのままでいきましょう!?」
NGワードを口にしてしまったせいで危うく大脱線をするところだったがどうにか切り替えて細かな進行についてへ話をもっていく。
「ともかく、子供向けにやるわけですからわかりやすさ重視なのはそのままで、15分くらいで終わらせるのがいいですかね。台本は――」
そこで区切って明也は周りを見る。台本作りを任せられそうなのは……。
まずライミィは候補から外れる。本人も何の話かわかっていないような表情だ。
戸ヶ崎は、書けなくはなさそうだが何を書くのかわかったものではないので、こちらも除外。
残るは明也を含めた3人である。明也自身は自信がないので実質2人。佐藤と京のどちらかだが、
「……じゃあ、京先輩。お願いします」
佐藤に任せた方がいいかな、と思っていたが、腕組みして澄ましたような顔をしながらさりげなく期待の眼差しをチラチラ向けてきた京にした。こういうのはやる気の高い者に任せた方がいいものができるだろうという期待からだ。
「フフフフフ、昔取った杵柄というやつだな。是非とも任せておいてくれ」
そんな返事が返される。
やる気に満ち溢れているのは喜ばしいのだが、過去の経歴を思うと不安になってくる。失敗だったかと今更明也は思う。……いや、佐藤に任せてもそれはそれで収拾がつかなくなるのも想像に難くないし、どちらでも同じだろう。
「それでは台本は先輩に仕上げてもらうとして……それで、幼稚園に行くのっていつなんです? 店長」
「ちょうど今日から1週間後ですね。なので準備にかけられるのはは6日間まででしょうか」
6日。かなり短いが、十数分の芝居くらいなら素人5人とはいえなんとか覚えられるだろう。そう思い、明也は頷いた。
「なら先輩の台本が完成次第みんなで何度か練習したいですよね。どのくらいでできそうですか?」
「心配いらん。私にかかれば1晩で1クール分の脚本が書けるぞ」
「それはそれでどうなんですか……」
質に疑問が残らないでもない返答がされるが、そこは気にしなければフルに練習時間を取れるという事なので、悪くはないのではないだろうか。
明日から早速練習が開始できそうとわかった所で、佐藤が口を開く。
「それでは、明日からこの5人でお仕事の空き時間に幼稚園でのちょっとした劇に向けて練習をしていこうと思うので、みんなもそのつもりでお願いしますね!」
「ああ」
「はい!」
「わかったんよ」
「了解でぇす」
各々返事をし、翌日から言葉通りに1夜で台本を完成させた京考案のシナリオの練習が始まった。
出来が心配ではあったが、15分ほどという時間の制限があっては無駄な部分を削らざるを得なかったのか酷いと思えるような内容にはなっていなかったのも幸いだ。
セリフは少なめでアクションに大きく比率を寄せられていたため、子供が見ているだけでも退屈は心配なさそうだし、当日セリフを忘れたりして進行が止まる心配も少なくて良い。
殺陣も難易度の低めなもので、仮に失敗してもアドリブが効くような構成になっている。とても1晩で考えたとは思えないようなかなりしっかり作られた印象を明也は覚えた。
練習も順調に進んでいった。喜ばしいのかは別として客の訪れないシュガーフェストでは途中で邪魔が入らず何度も通しで稽古ができたからだ。
いよいよ本番を明日に控えた頃には従業員の5人は皆台本の頭から尻まで一字一句違わず丸暗記できているほどの状態となっていた。
いかなる失敗もありえないだろう。夜が明け、幼稚園に向かう5人は完璧の演技を見せられる自信と共に衣装(魔装)に着替え、園の門をくぐった。
「……あの、なんです? その恰好。そんなものを着て園児の前に出るおつもりですか? 子供たちに悪影響です、着替えてください。……え? 劇? そんな連絡受けていません。勝手な事をされては困ります。……はぁ。こんな身勝手な行いばかりする方々を園児達に会わせるわけにはいきませんね。あの子たちにはかわいそうですが今回の話はなかった事にさせていただきます」
追い出された。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
5人は呆然とした顔で立ち尽くした。いや明也だけはそりゃそうだよなという表情だったが。
子供に見せられる程度の演技は全員身に付けたつもりだが、そもそも子供に見せられないような衣装を身に付けているのだからこの結果も仕方ない。あと何も連絡してなかったし。
比較的早く明也はそんな結論にたどり着いたのだが、他の4名はそうでもない。まだ状況をうまく呑み込めてもいないようだ。
「……まあ仕方ないですよね。園長さんがああ言うんだからもう入れてもらえないでしょうし……帰りましょうか」
そう言って明也が他の4人と共に退散しようとした時、ぞくりと悪寒が走った。なにか、猛烈に嫌な予感がする。
「ッ!? これって……!!」
予感は見事に的中した。
近くの畑が密集する地帯に突如マリスドベルが出現したのだ。濃く黒い霧のようなものがひと所に集まり、悪意の怪人が顕現する。……いや、それだけならばいつもの事だが、今回は違う。
非常に巨大なマリスドベルなのだ。茅原町にはビルなどないが、見上げてもなお顔の輪郭がぼやけるほどの怪人を見れば高層ビルすらちょっとした石ころのように思えるだろう。
以前海に遊びに行っていた時に発生したマリスドベルも背丈は非常に高かったが、これはその比ではない。山と同じほどの規模である。
明也が見た限りでは宿主となった者の姿も見えず、誰の悪意から生まれたのかもわからない。そのため目的も不明で、何をするのかすらわからない。
それはともかく、いつも以上に放ってなどおけない状況だ。この巨体がどんな事をするにせよ、ただ移動するだけで茅原町に甚大な被害をもたらすのは確実である。
どれほどの力を持つ相手かは未知数だが、町のためにも4人と協力して倒すよりほかにない。
「まあ幸いにもこっちはみんな魔装を着てきてるからな……やりましょう、てん」
振り返り、明也が聞くよりも先に佐藤を含む4人はマリスドベルめがけて疾走していった。
「運の悪い奴だな、今の私達は最高に機嫌が悪い!!」
「楽しそうな事ができなくなってムカムカしてたとこなのな!」
「私がゆうくんのために磨いた腕を見せつける絶好の機会だったのに……絶対に許さない、ブッ殺す」
「せっかくみんなで練習したお芝居を見せられずに終わる無念……八つ当たりですけど、ここで晴らします!」
それぞれの怒りを叫びながらマリスドベルへと向かっていく。まあ完全に八つ当たり以外の何物でもないのだが、巨大な相手に怯まず立ち向かってくれたのは心強いはずだ。
「「「「うおおおおおおおーーーーーーーーッ!!!!」」」」
4人の咆哮が1つになり、4本のDブレードがマリスドベルの巨躯を縦横無尽に切り裂いていく。
本来ならばその1撃で倒せるはずだが、巨体であるためか光に変わっていく速度は非常に遅く見える。が、まるで苦戦する様子もない。
彼女らの怒りの前には巨人も形無しという事だろう。呆然とした表情で明也は仲間が巨大怪人を切り刻んでいくのを見ていた。
「やばい敵の予感がしたんだけど…………気のせい、だったのかな、ははは……」
反撃する暇すら与えず、マリスドベルはあっという間に切り崩されていった。Dブレードの性質上、一方的な戦いになるのはいつもの事ではあるのだが……。
巨人を排除し、体を動かして怒りも解消されたのか4人は楽しそうに談笑しながら戻ってきたのだが、明也はそんな彼女らの事がちょっぴり怖くなったという。




