表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バイト先で魔装少女とかいうのをやらされてます。……あの、でも俺男なんですけど!?  作者: カイロ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/49

5人目の魔装少女


 殺人鬼逮捕から数日後のシュガーフェスト。客足も以前とまるで変っていないのだが、今日は珍しくお客が訪れていた。


「見てゆうくん、いっぱいドーナツが売ってるよぉ。どれにしよっか?」


 恋人に語り掛けるような甘い声でそう言ったのは、10代後半くらいの年頃の少女、明るめな茶色の髪を後ろで纏めて腰近くまであるポニーテールの子だった。

 新しいドーナツを開発中の3人に代わり店に1人立つ明也も、そこだけを見れば青春真っ盛りという感じに捉えることができた。


「えー、ゆうくんはそっちが食べたいのー? じゃあ私はこっちにするから、後ではんぶんこしようねぇー」


 しかし、店に入って来た少女は1人であり、近くに誰もいないのにずっと会話をしているのである。

 誰かと通話しているのかもしれないが、スマホも携帯電話も持っているようには見えないし、その代わりとでも言うように人形を抱えている。

 複数の布を縫い合わせて作られた手作りらしきデフォルメされた男の子の人形に少女は優しく話しかけながら、楽しそうにドーナツを選んでいる。

 深い闇を感じた。この店のドーナツを躊躇なくトレイに何個も載せていくのがそれを助長させた。何かは不明だが、心に何かを抱えているのではないだろうか。

 ……まあそうは思っても明也は何も言わない。人形と架空の会話ができるくらい想像力豊かな子というだけかもしれないし、何より佐藤の作るドーナツを買ってくれる大切なお客様なのだからむしろ感謝の方が強い。

 それからしばし人形と談笑し、ドーナツを選び終えた少女は明也のいるレジ前まで来る。


「おねがいしまーす」


 会計のためにレジに置かれたトレイを明也は見た。

 トレイに載せられたドーナツは佐藤か、もしくは京が作ったものだ。どれがどれだかはまるでわからないが、どうであれ店長が頑張って作ったドーナツが売れるのが明也にはとても嬉しく、いつも以上に張り切っていた。


「全部で800円ですね。……いやぁ、俺がここで働き出してから初めてのお客さんですよ」


 テンションが上がり、会計ついでにそんなことを言ってしまう。

 実際これまでの約2か月半の間に明也がシュガーフェストで見かけた客と言えばストーカーと殺人犯くらいであるし、それはノーカウントという事にしてもいいだろう。

 いきなりそんな話をされても困惑されるのでは、とも思ったが、少女はそんな素振りも見せずお金を払うついでににこやかに返してきた。


「そうなんですかぁ? じゃあお兄さんって今日から働き始めたばっかりなんですね」

「いや……それがここで働きだしてもうすぐ3か月くらいになるんだよね」

「ええー? それってお店は平気なんです?」

「正直怖くて聞けないんだけど……バイト代はちゃんとくれるし店長もお金で困ってるようにも見えないし大丈夫……なのかな、多分」


 他愛もない話をしながら明也はお釣りを返した。人形と話す少女という事でだいぶ奇異な目で見ていたところもあるが、話してみれば案外普通の人のようで安心した。


「大変そうですねぇ。私もゆうくんもあんまり応援できないかもしれませんけど、頑張ってくださいね」

「ゆうくん? ……ああその人形だっけ。うん、頑張るよ」

「何言ってるんですか、ゆうくんは人ですよ」


 何気なく明也が放った一言で、少女の雰囲気が一変した。一瞬前まで見せていた柔らかい笑顔が嘘のように消え、凍り付いたような無の表情になる。


「……えっと、あの……」


 言葉も発さず見つめてくる少女が怖い。まるで死体と視線が合ってしまっているような嫌な気分になる。

 触れてはいけない場所に触れてしまったのかもしれない。このままだとどこかに隠し持っていた刃物か何かで刺し殺されてしまうのではないだろうか。明也はそんな気がしてくる。


「暁くん! 新しいドーナツが完成したんですけど味見とかしてくれませんかー?」


 と、明也が恐怖で縮み上がっていた所に、佐藤が奥の調理場から姿を見せる。少女との間に張りつめていた緊張感もそれを機に崩れる。


「おっと?」


 1つ遅れて、佐藤は来客に気付く。少女の顔を見るなり、ハッと何かに気付いたようにまじまじと全身を見渡す。

 それから納得したように頷くと、つかつかと歩み寄り少女の横に立った。


「……ええっと、何かご用ですか?」


 いつの間にか恐ろしげな雰囲気の消え去っていた少女は困惑したように佐藤の顔を見上げた。そんな彼女の手を優しく握ると、こう言った。


「あなた、魔法少女に興味はありませんか?」

「店長……マジですか?」


 輝く瞳で少女に聞いた佐藤を見て明也は若干呆れるような声を出してしまった。見ていなかったとはいえ、相当恐ろしい何かを抱えている相手なのだが……。


「こんなにかわいい子に出会ったんですから、勧誘しておかないと損じゃないですか! それに魔装は全部で5着あるので、最後の1人がこの子なら私も大満足ですよ!」

「あの服5着もあるんですか……」

「なんの話かよくわからないんですけどぉ、私はあんまり興味ないので……」


 佐藤の手を振り払い、箱詰めされたドーナツを受け取ると少女はそのまま店を出て行ってしまう。


「ああっ、うちでドーナツ作りながら町の平和を脅かす怪人と戦ってくれるだけでいいんですうー!!」

「店長、全然『だけ』じゃないと思います」

「……考えておきますのでぇー」


 追い縋る佐藤に体のいい断り文句を投げてあっという間に少女は去っていった。

 さすがに店の外まで追いかけはしなかった佐藤だが、悔しそうに扉の前でしばし佇んでいた。


「うううっ、絶対魔法少女とか似合いそうだったのに……」

「そうは言ったってそもそも俺らは魔法少女ではないじゃないですか。ほら、そんなところに立ってたらお客さんの邪魔になっちゃいますよ店長」

「平気です、お客さんが来る心配なんて必要ないですから」

「……店長の立場でそんなこと言ったら終わりでしょうよ」


 その日1日、佐藤は勧誘に失敗したのがショックだったのか消沈した様子である。


 数日が経つが、その間あの少女が再び店を訪れる事もなく、店内はいつものような静けさに包まれていた。

 それぐらいの時間が空いてはいい加減諦めでもついたのか佐藤もいつもの調子に戻り新しいドーナツ作りに没頭しだす。

 今度は明也も含めた4人での開発だったのだが、いかに明也が方向修正をしてせめて見た目くらいは食べられそうなものにしようと努力するも、何をしようと他の3名により百鬼夜行に参加した妖怪みたいな形状に向かってしまうので早々の内に諦めて店番に戻る事にした。


「舌の数少なすぎませんか? もうちょっと増やしましょうよ」

「……電撃への耐性も欲しい所だな」

「うーん、ワタシはもうちょっと辛い方が好きなのな」


 ドーナツではなくオリジナルの悪魔でも創作しているかのようなワードが調理場から聞こえてくる度に明也はこの店の将来が心配になる。

 せめてあと1人でいいから誰かまともな人がここで働いてくれないだろうか。そう思いながら明也は依然として客の訪れない店に立つ。

 そんな時。


「お……」


 静寂を破るように店のドアが開かれ、ドアベルの鳴る音と共に人が入ってきた。


「いらっしゃ……」


 いらっしゃいませ、と言おうとした明也だが、来客の顔を見て言葉が引っ込んだ。

 何日か前に店を訪れた少女だったのだ。


「また来た……!?」

「ひどーい。お客さんなんだから何度来たっていいじゃないですかぁ」


 小声で言ったつもりだったが聞こえたらしく、以前も抱いていた人形を両腕で抱えながらそう言われた。冗談めかした口調なので本気で怒ってはいなさそうだ。

 しかし明也の反応も仕方ない。1度目の来店でいきなり「魔法少女に興味はありませんか?」とか聞いてくる店長がいる店に再び来ようと思う人間などそうはいないだろう。

 品揃えも魔界のドーナツ屋みたいなものばかりではリピートなどありえないと明也は思っていたのだが……。


「す、すみません……。それで、今回は何のご用で……?」

「もぉ、今言ったじゃないですかぁ。私はお客さんですよ? ゆうくんがここのドーナツをお気に入りなので、また来たんです」

「ゆうくん……」


 優しく抱かれる人形に視線を移しながら明也は呟く。それを人形と呼ぶのがNGなのは前回で学んでいるので今回は相手に合わせる。


「カップル……なのかな。ごゆっくりどうぞ」

「やだぁ、やっぱりそう見えちゃうんですねぇ? 改めて言われると照れちゃうねー、ゆうくん」


 見事に功を奏し、この前の無の顔は何だったのかと言うほどにデレデレにとろけた顔で人形に話しかけている。そのまま自分の世界に入っていこうとしている。

 元々自分から話を振ってきたりするタイプでもなさそうなので、これで後は自由にさせておけばいいだろう。明也は見守る事にした。

 少女は前と同じように人形のゆうくんに話しかけながらドーナツを選び出している。改めて観察すると、とても楽しそうだ。余計な事を言って刺激したりさえしなければ割と普通の女の子なのかもしれない。

 そんなふうに思いながら明也は彼女の動向をさりげなく見ていたが、しばらくしてドーナツを選び終えたらしくレジまでやって来る。

 失言を繰り返さないよう会計を済ませた明也だが、商品を受け取った際に少女はふと顔を上げて口を開いた。


「……ところで、あの店長さん? って今日はいらっしゃらないんですかぁ?」

「えっ? ……あぁ、います、けど」


 向こうから話しかけてなどこないだろうと完全に思っていたので、明也は驚いた。

 それどころか佐藤に会いたがっているとは……もしかして魔法少女がどうこうという話をされて、それが彼女の怒りに触れるような発言だったりしたのだろうか。


「……会います?」


 正直、何をしでかすかわからない相手を明也は佐藤に会わせたりしたくはないのだが、ここではぐらかしたりした所でそれもまたこのお少女を怒らせるのではないか、と思い正直にそう聞いた。

 こくりと頷いたので、とりあえず店長のいる調理場へ連れていく事にした。



「店長、お客さんです」


 奥の調理場へ少女を案内すると、佐藤は京とライミィと共に新作ドーナツを創っている最中だった。完成品の置かれているであろう皿からなぜかすすり泣くなにかの声が聞こえるので、明也はできるだけそこから視線を外す。

 明也が入ってきたのに気付いた3人は顔を上げ、呼ばれていた佐藤はその後ろに立つ少女の存在に気付くとみるみるうちに笑顔の花が咲き始めた。あっという間に駆け寄り、少女の目の前に立つ。


「あっ……ああーーーーっ、また来てくれたんですね! ということはつまり、やっぱり魔法少女になりたくなってきたって事ですよね!?」

「いやいや、流石にそんなわけないじゃないですか」

「そうですねぇ……やっぱりここで働いてみたいな、って思いまして」

「ほら、違うじゃないで……えええええええっ!?」


 想定していなかった返事を少女がして、明也は心の底から驚いた。

 前回逃げるように去ったはずの人間がまた店に来たかと思えば、今度は雇ってほしいと頼みに来るとは、正直同一人物とは思えない心変わりだ。明也はこの少女が正常ではないような気がした。……いや、気ではなく実際異常な行動があるのだが。


「な、なんで!? この前来た時は全然乗り気じゃなさそうだったのに……!?」

「別にやりません、だなんて言ってないじゃないですかぁ。どこでお仕事するにしてもゆうくんとちゃーんと相談してからお返事したかったんですよぉ」


 そう言って、少女は抱いていた人形を自分の顔の横に持ってきて「ねー、ゆうくん」とにっこり笑う。

 しばらく店に来なかったのはここを避けていたのではなく話し合いのため、という事のようだ。明也にはいまいち信じられないが。


「ゆうくんってお菓子好きなので。私も作れるようになりたいなぁって思ってたんです。なので、でここでアルバイトさせていただきたいんですけどぉ、いいですか、店長さん?」

「もちろんです!! あなたには絶対魔法少女の素質があると思ってたのでそう言ってくれるなんて私も願ったり叶ったりですよー! ……ところで、お名前は?」

「戸ヶ崎って呼んでください」

「これからよろしくお願いしますね、戸ヶ崎さん!」

「はぁい」


 戸ヶ崎と名乗った少女の両手を握った佐藤は熱い視線を向けている。彼女がシュガーフェストで働いてくれるのが相当嬉しいらしい。

 まあ明也の視点から見ても可愛いのは間違いないのだが……魔法少女の素質とやらがどんなものかはわからないが、本当に向いているのだろうか。

 明也やライミィの時以上のスピード採用が決定した戸ヶ崎に京とライミィも近付いてくる。


「これで5人目か……ようやく揃った、という感じだな。よろしく頼むぞ」

「新入り? ってことはワタシ先輩になるのな! トガサキ、ワタシの事先輩って呼んでナ!」

「はい、先輩方もいろいろ教えてくださいねぇ」


 2人も完全に受け入れる気満々といった所だ。確かにここまでの流れでは拒むような理由もないのだが、彼女の別の1面を知ってしまっている明也としては歓迎ムードに乗り辛い。

 そう思いながら戸ヶ崎を見ていると、目が合う。ちょっと驚いた明也に、戸ヶ崎は無邪気なふうに笑う。


「あなたも、よろしくお願いしますね。先輩」

「う、うん……よろしく……」


 やはり以前の恐ろしい雰囲気などまるで感じさせずにそう言われ、明也はうろたえながらそう返した。あの時の顔はなんだったのだろうか。ここまでそんな事などなかったように振る舞われてはだんだん明也自身もも気のせいだったような気がしてきた。

 明也もなかった事にしようと思い始めた時、京が全員の視線を集めた。


「……新人の歓迎会でもしたい所ではあるが、それより先にひと仕事してもらわなくてはならないな」


 そう言って、京はスマホを取り出した。また茅原町のどこかにマリスドベルが出現したらしい。


「お仕事、ですかぁ?」

「そうだ。この町に度々現れる怪人、マリスドベルを討つのも私たちの仕事なんだ」


 明也と戸ヶ崎の前に画面を見せ、出現地点を確認させてくる。


「明也、お前も一緒に来い。私と2人で新人に戦い方を教えてやろうじゃないか」

「俺も、ですか」

「それはそうだろう。お前の後輩にもなるんだから、面倒を見てやれ」


 明也に動向を命じた京は先に戸ヶ崎と一緒に更衣室へと向かった。自分がそこに続くわけにはいかないので、しばらくその場で待機する。

 正直、あの戸ヶ崎という少女に刃物を持たせるのは怖いのだが……マリスドベルにしか効果を発揮しないとはいえ、なんとなく刺されるんじゃないかという気がする。

 不安になって佐藤とライミィに視線を送るのだが、


「暁くん、戸ヶ崎さんにお店の事色々教えてあげてくださいね。私もできるだけそうしますけれど、困ってたら助けてあげてください」

「ふふふ、先輩って呼ばれるのはけっこーいい気分なのな、メイヤ!」


 残念ながら明也の不安は特に伝わりはしなかった。

 数分して京と戸ヶ崎が更衣室から出てきたので、明也も急ぎ魔装に着替え始めた。




 明也、京、戸ヶ崎の3人が向かったのは墓地だった。

 町とは名ばかりの小規模な人口の茅原町の墓地なのでそこまで広くなく、明るい時間帯でもあるため黒い霧のようなものを放つマリスドベルを見つけるのにもそう時間はかからなかった。

 人の頭部が口より上を削られ、代わりと言わんばかりに巨大な口だけが存在するような頭の形状をした怪人は、墓地の一角をうろついている。

 死者の眠る地を荒らさせる訳にはいかない、そう思い明也は急ぎ怪人を打ち倒そうとするが、違和感に気付く。

 マリスドベル出現から明也達が現場に到着するまでの間には当然時間差があるわけなのだが、どういうことなのか墓石が砕かれたり土が掘り返されたりはしていないのだ。

 奴の目的がいったいなんなのか、遠目から見ただけでは明也には見当もつかなかった。


「あいつ……何が目的なんだ……?」

「あれ、だろうな」

「あれって、どれです?」

「動きをよく見てみろ、明也」


 何かに気付いたらしい京に促され、マリスドベルの行動をよく観察する。すると、怪人の目的が破壊ではないのに気が付いた。

 マリスドベルは一つ一つの墓の前に立つと、何かを確認しては次の墓の前に移動するのを繰り返している。

 墓参りが目的という事ではないだろう。マリスドベルの行動原理は悪意である。人々の心の中に潜むそれが増幅されて怪物の姿になったものがマリスドベルなのだから、その行いは小さいか大きいかを問わず悪意によるものなのだ。

 京と戸ヶ崎と共にもう少し近付く。マリスドベルを刺激しないように静かに接近し、互いの距離が数メートル程度まで縮まると、怪人の目的もはっきり理解した。

 墓を回っていった怪人はある墓の前で止まった。それはなんの変哲もないごく普通の墓石だったが、一か所だけ他とは違う所があった。

 それはつい最近墓参りをされたらしく、花と線香、それからお供え物のお菓子の類が供えられていたのだ。

 マリスドベルはそれを見つけるとしゃがみ、供えられていたお菓子を掴むと次々に巨大な口の中へと放り込んでいった。

 お菓子を全て平らげると、マリスドベルは次の墓へと移っていく。

 明也と共にそれを見ていた京は納得したように頷いた。


「間違いないな。あいつの元となった悪意は『墓にあるお供え全部食べてみたい』、といった所だろう。このまま捨て置けば、やがては日本中の墓に供えられた食べ物を食い尽くすまで止まらんぞ……!」

「…………まあ悪い事って言えば悪い事なんですけど、放っといた場合の被害も含めてしょぼく感じますね……」


 特に誰かが怪我をしたりだとかはしなさそうだし、食べ物を放置しておくとカラスなんかが悪戯をして墓を荒らされてしまう可能性もあるのでそこまで悪い事をしているようにも明也には思えない。むしろ良い事かもしれない。


「危険性が少ないのは好都合だろう。戸ヶ崎も安全な初陣ならやりやすいだろうしな」

「そうですねぇ。戦うって聞いたからもっと怖いのかと思ってましたけどぉ、思ってたよりのんびりしてるんですね」


 話を振られ、檸檬の色をした魔装に身を包んだ戸ヶ崎が正直な感想を返した。ちなみに人形のゆうくんは置いて来ず、大切そうに左手で抱きかかえている。

 道すがら魔装少女としての仕事の説明を明也と京の2人でしたのだが、戸ヶ崎は特に困惑する素振りも見せず素直に受け入れていた。

 あまりに物分かりが良すぎて真面目に聞いていたのか不安にさえ明也は思えていた。念のためもう一度最低限の説明はしておく。


「大抵の攻撃は魔装で防げるし、Dブレードを一撃当てさえすれば倒せるから基本的には危険ではないはずなんだけど、本当に気を付けてね?」

「はぁーい、わかってますよぉ」


 右手に持ったDブレードを小さく掲げて戸ヶ崎はそう返した。普通ならもう少し動揺とか困惑を見せてもいいだろうに、やはりそういった素振りは見せなかった。これが一般的な仕事であれば要領の良い子だなあ、とでも思う所だが、逆に明也は心配になってくる。

 ドーナツ屋でバイトとして雇われたかと思えば怪物退治を兼任している、なんて言われれば2か月半ほど前の自分のように不安と困惑でいっぱいになるものなのではないだろうかと明也は思う。あれ、でもライミィはわりとすんなり受け入れてたような。もしかして自分の方が少数派だったりする? とかも思う。


「どちらでも構わんさ。最悪の場合は私と明也で援護するからな。……行くといい」

「いってきまぁす」


 明也が考えている内に戸ヶ崎は緊張感を感じさせない返事と共にマリスドベルへ向かっていった。それも走るとかではなく、だいぶゆったりとした速度だった。

 危険性が低いとは言っても凄まじい力を秘めた怪人が相手である。流石にもしもの事があるような気がしてきた明也はいつでも割り込めるように戸ヶ崎の少し後ろを追う。

 が、心配した割に戸ヶ崎はちょうど別の墓に供えられたお菓子を貪り出して隙だらけのマリスドベルの背後に難なく立った。

 自分の後ろに誰かがいるとも気付かぬ様子の怪人の背中めがけて振り上げたDブレードが突き刺さる。反撃すらされる事無く、勝利が決まった。

 拍子抜けするほどあっけない終わり方だったが、無事に終わったの自体は喜ばしい事だ。明也は京と共に戸ヶ崎の元に行く。


「おつかれさ……」


 引き抜かれたDブレードと前のめりになって倒れたマリスドベルを見て声をかけた明也だが、戸ヶ崎はそこで止まらなかった。

 再びDブレードを怪人の背中に突き立て、引き抜き、突き立て、引き抜き、それを何度も何度も繰り返しだした。


「きぃぁぁぁあぁぁああぁああぁぁぁぁあああーーーーーーっ!!!!!!」


 同じ命令を繰り返し実行し続ける機械のようになった戸ヶ崎は悲鳴とも咆哮ともつかない声と共に倒れたマリスドベルに馬乗りになり、凄まじい形相で繰り返し刺し続ける。

 マリスドベルは既に体の大半が光の粒子に変わりつつあるが、そんな事はお構いなしだ。これがもし人間相手であれば戸ヶ崎の身を包む魔装が赤黒い色一色に染まっていただろう。

 狂乱と表現するのがぴったりなぐらいの乱れぶりだが、左腕のゆうくんだけは常に大事に抱えたままである。だから、パニックに陥っているとかではないのは分かるのだが……。


「先輩、どうするんです」

「むう……、少し、様子を見るべき……かもしれないな」


 近付くもの全て殺そうとするような雰囲気で刺し続ける戸ヶ崎を前に、明也はおろか京も彼女に近付くのを躊躇っていた。

 Dブレード自体は人間には無害であると以前聞かされはしたが、それでもやはり刃物を手にした発狂者に歩み寄るのは明也には恐ろしかったのだ。

 とにかく明也と京は戸ヶ崎が平常心を取り戻すまで、ちょっと離れた場所から見守るのだった。


 結局、戸ヶ崎が元に戻ったのはマリスドベルが完全に消滅してから2分ほど経過した頃になった。

 無事任務は果たせたので、3人は今墓地を後にしてシュガーフェストへと戻っている。


「無事に怪人も倒せましたねぇ。明也さん、私の活躍ってどうでしたぁ?」

「え、どうも何も……マリスドベルを倒したのは戸ヶ崎さんだよね?」

「あぁー……」


 道中、戸ヶ崎に聞かれた明也は聞くまでもないだろうとそう答えたのだが、なぜか歯切れの悪い返事が返ってきた。


「なんでそんなこと聞いたの?」

「えへへぇ、ちょっと恥ずかしいんですけどぉ、私って刃物を扱ってる時の記憶ってあんまり残らなくってぇ……」

「え……」


 衝撃的な告白をされた。あの狂乱はほぼ無意識下でのものらしい。不用意に近付かなくて正解だったんだな、と明也は安堵する。

 ……いやいや、安堵している場合ではない。明也が務めるシュガーフェストはドーナツ屋である。頻度がさほどでもないが包丁なども使う時はある。

 Dブレードなら人体に向かって使用しても怪我はせず済むが普通の包丁ならそうはいかない。あまりにも危険すぎるし、佐藤がいる店で働いてもらうのは明也にとって不安でしかない。

 やんわりと、うちで働くのは諦めてもらいたい。そう伝えたかったが、明也に面と向かってそんな事を言えるほどの度胸などなかった。

 しかし普段から冷静な態度を崩さない京なら代わりに言ってくれるのではないか。そう思ってさりげなく視線を向けると、明也の意思を察したように京が目くばせをし、口を開いた。


「無意識であれほどの力を発揮するとは……素晴らしい。戸ヶ崎、お前は間違いなくシュガーフェストでやっていける。私と明也が保証しよう」

「なんで!!!!!!!」


 まったく通じていなかった。それどころか正反対の言葉が飛び出てきてしまう。


「ほんとですかぁ? 嬉しい! 私、ドーナツ作りも怪物退治もかんばりますねぇ」


 戸ヶ崎も期待を向けられてやる気に満ちた返事をする。この流れになってしまっては明也には別の意見など言えはしなかった。

 不安に更に不安が積み重なるが、佐藤にも言われたのだ。困っていたら助けてやれと。戸ヶ崎本人がどう思っているかはわからないが、改善できるように明也が手伝えばいいのだ。

 まあ、できるかは別であるが。ゆうくんの件といい相当根が深い問題な予感がする。

 しかし戸ヶ崎自身も流石にそれを良しとしているわけではないだろうし、いつかは解決できるだろう。

 そんな期待を持ちながら、明也は他の2人と共にシュガーフェストへと戻るのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ