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バイト先で魔装少女とかいうのをやらされてます。……あの、でも俺男なんですけど!?  作者: カイロ


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登場! 殺人鬼

 猛暑も若干落ち着きを取り戻し始め、夏の終わりが近くなりつつある日のシュガーフェスト。その日、店内はいつもと違う緊張感に包まれていた。

 佐藤、京、明也、ライミィの4人はレジ横のカウンターで並び、その緊張の原因を揃って凝視していた。

 なんと、客である。……いや、店に客が訪れるのは当然なのだが、この店で働く4人にはそうとは言えなかったのだ。

 明也とライミィにとっては初の出来事であるし、先輩である佐藤と京にも久々の事なのだから。まあ、以前佐藤のストーカーだった男が店に来たりもしたが、あれは客の内にカウントせずともよいだろう。

 そんな来客第1号は男性であった。短髪で、朗らかな顔をして薄い黒ぶちの眼鏡をかけた黒いコートを着た男性は、真剣そうにドーナツを眺めている。

 品揃えそのものは店長と明也の先輩の2人による常軌を逸した、もとい奇抜なドーナツばかりなので選択肢は存在しないのと同じなのだが。


「わ……!」


 そんな中から男性が選んだのは赤色のドーナツだった。取り皿にひとつ載せられたそれを見て、ライミィは嬉しそうに声を上げた。

 それもそのはず。なぜならそれはライミィが作るのを考案したドーナツだったからである。

 まあ、この店の中ではもっともまともなチョイスではあるのだが……。


「これ、お願いします」

「は、はい!」


 男はにこやかに笑いながらレジまでやって来た。初の接客に緊張しつつも明也が会計を済ませる。


「……えっと、それめちゃくちゃ辛いと思うので、気を付けて食べてください」


 包装した商品を渡して、明也はそう言った。

 ライミィの作ったドーナツだが、とにかく辛いのだ。口元に持ってくるだけで目に刺すような痛みが走るし、いざ食べてみると口の中をおろし金ですり下ろされているような感覚になる。

 試食に参加した明也は毒でも盛られたような衝撃に10分ほどのたうち回った。こんな代物本来ならば店に並べてはいけないのだろうがもっとすごいものを作る2人の賛成により無事メニューの1つに加わった。この時明也は多数決の問題点をその身で知ったという。

 商品名も『ハバネロドーナツ』とシンプルかつ非常にわかりやすく危険性を訴えている。まあ、実際は生のハバネロをかじった方がマシな辛さなのだが。

 そんな万感の思いを込められた忠告だが、男は軽く微笑んで頷いた。


「うん。見た目からしてすごいもんね」

「おっちゃん! おっちゃん! なんでそれ買ったんよ?! 見る目あるのな!」


 我慢しきれなくなった様子でレジから身を乗り出したライミィは目を輝かせながらそう聞いて、男は今度は困ったように眉を曲げた。


「や……何も買わないで帰るのも申し訳ないしね。……だから、一番美味しそうなのを選んだだけだよ」

「ほんと!? ならおっちゃん、毎日来てもいいんよ!!」

「ははは、考えておくよ」


 ライミィの言葉に愛想笑いを返して、男は店の出入り口へと向かっていく。

 一番美味しそうと言われてライミィは非常に喜んでいるが、消去法でだろう。誰だって邪神降臨の触媒と死ぬほど辛いだけの食べ物となら後者を選ぶだろうから。

 しかしそこで明也は考える。そうだとしても売れたには売れたのだ。奇抜な物しか売りたがらない店長ではあるが、こういう食べられる程度の奇抜さに目を向けさせられたら売り上げをもう少し伸ばしていけるのではないだろうかと。

 アリかもしれない。そう思った明也だが、退店しようとしていた男が立ち止まり、振り返って発した言葉にそれどころではなくなる。


「……そういえば、最近この辺りに殺人鬼が逃げ込んだって噂ですから、気を付けてください」





 男が店を出て行った直後、明也は騒然とした顔で他の3人の顔を見た。


「さ、殺人鬼……!?」

「こんな時期にか……」

「まだ節分には早すぎると思うんですけどねえ」

「いや時期とか関係ないしその鬼じゃないですから! 命に係わる事なんですからもうちょっと真剣になりましょうよ!?」


 ボケなのか本気で言っているのかわからないが流石に危機感がなさすぎる。佐藤のストーカーが店にやって来た時より軽い空気になってるのではないだろうか。

 そんなふうに明也が思っていると、ライミィが話に入ってくる。


「人殺し? そんなのワタシらが捕まえちゃえばいいのな。マソーショージョなんよ?」

「……いや、できなくはないけどさライミィ。あの格好でどこにいるかもわからない殺人鬼を探して町中探し回るのは俺達の方が先に捕まっちゃうよ……」

「は? なんでよ? ワタシら正義のヒーローなんよ?」

「うん……まあ活動としてはそうなんだけどさ……」


 やろうと思えばできない事ではない。マリスドベルの攻撃を軽々とはじく魔装の防御力なら非常に安全ではあろう。

 ただ、衣装が問題である。露出度はゼロなのに裸より恥ずかしい気分になると暁明也の中で評判の魔装で茅原町を練り歩くなど絶対にしたくない。人にも絶対会いたくないが、目的を考えればそれも不可能である。

 そんな明也の思いとは裏腹に、ライミィの考えを聞いていた佐藤は何かをひらめいたように口を開く。


「確かに……ライちゃんの言う事ももっともですね。マリスドベルとの戦いだけでなく、茅原町の平和を守るのを私達魔装少女の務めです」

「そうだな。それにそんな人間となれば悪意の塊と言ってもいいだろう。マリスドベルの宿主となるかもしれんし、いずれにせよ捨て置けんな」


 先輩2人がもっともらしい事を言い出して、明也は心の中で絶望する。どちらも何1つ間違った事は言っていないし、この流れで衣装が恥ずかしいからやりたくないとか言いでもしたらそれこそ馬鹿にしか見えないだろう。

 逆らいようのない流れを前に、明也も覚悟を決める事にした。


「……そうですよね! 俺もやってやりますよ! 俺達が殺人鬼を捕まえたらこの店の評判だってよくなったりするかもしれませんし!!」

「あ、暁くんもやってくれるんですね。こういうの暁くんは嫌だと思ってお店番をお願いしようと思ってたんですけど」

「少し前まで魔装で人前に出るのも嫌っていたのにな……。後輩の成長を実感できて私は嬉しいよ」

「うおおおおおおミスったああああああああ!!!!!」


 吠えた。

 膝から崩れ落ちた明也だったが1度行くと宣言してしまった手前取り消すのも気が引ける。覚悟を無駄にしないためにも佐藤達と共に殺人鬼の捜索へと乗り出すのだった。




「し……視線が……! 視線が怖い……!!」

「大丈夫ですよ暁くん。みんな一瞬だけ見てすぐ別の所見てますし」

「それは決して大丈夫とは言わないんですよ店長……!」


 魔装に着替えた4人は早速茅原町に潜む殺人鬼をを探して回る事になった。

 仮にも町を名乗るだけありそこそこ広いため全員で手分けして探そうという話が出たのだが、明也が1人になるのだけは嫌だと猛烈に反対したため2人ずつに別れての捜索である。

 町の西と東に分かれて、明也と佐藤のチームは西の担当だ。

 こちらは商店街と近く、そのため商店街に用のある人々と時折すれ違うのだが……そのいずれとも明也は目を合わせる事もできず、それどころか正反対の方向に顔を背け続けた。

 一応人探しではあるのでそれではまったく意味がないのだが。


「それにしても、なんだかあんまり人と会いませんねー。そんなに変な時間ってわけでもないはずなんですけど……」

「……そう、ですね。言われてみると……」


 怪しい人物がいないか見て回りながらしばらく歩いていると、ふと首を傾げて佐藤はそう言った。

 いくら規模的に村の方が近い町であるとはいえ人は住んでいるのだ。商店街からそう離れた道でもないのに人とすれ違うの自体は片手で数えられる程度の数だった。


「殺人鬼の話、結構広まってるって事なんですかね。俺はテレビあんまり見ないから知らないけど、ニュースなんかでやってたとか?」

「だとしても、早く解決して町の人たちに安心させてあげたいですね。……暁くん、犯人捜しを頑張って、茅原町に笑顔を取り戻しましょう!」

「……はい!」


 町のため。そう言う佐藤のきりっとした顔を向けられて、明也は肯定以外できなかった。

 内容はともかく、自身が一生懸命作っているドーナツに見向きもしない人であっても、それが脅威に怯えていれば迷わず元凶を打ち払おうとするさまが、明也にはとても格好良く、そして輝いて見えた。

 自分の惚れた人がそうしているのだ。否定などできようはずがない。

 そうやって考えている内に、明也は衣装が恥ずかしいだとか、人に見られたくないだとかという思考はどこかに消え去っていた。


「そして無事に殺人鬼を捕まえたら、町の皆さんの家にうちのドーナツを配りに行きましょうね!」

「いや……それはちょっと……」


 より強い恐怖を与えかねないのでそれは反対しておく。

 軽く話をして気分も落ち着いたので本格的に捜索を再開するが、まあそう簡単に見つかるものでもない。

 夕陽が空を赤く染め始めた頃まで粘りに粘ったが、殺人鬼と出会う事はなかった。警察とは、6回ほど遭遇した。

 ほんと頼むからいい加減にしてくれよ、という目を向ける彼らの視線にも負けずに茅原町西側をくまなく歩きまわった佐藤と明也だが、流石に根気が尽きてきた。

 京、ライミィの側からも特に進展はないらしく、連絡も特に無かったし、シュガーフェストへ帰ろうかと諦めはじめていた時だった。


「た、助けて――――!!」


 闇の深まり始めた細い路地。その先から叫び声が響いたのだ。

 色濃い恐怖を臭わせる声に、明也と佐藤は驚愕した顔を見合わせならがもすぐさまその声の元へと走る。


「そこまでだ!」

「これ以上人の命は奪わせませんよ!」


 袋小路となったその最奥には、恐怖に顔を歪ませた近くの高校の制服を着た女子生徒がいた。幸いな事に間に合ったらしく、怪我を負ってはいないようだ。

 そしてその手前に黒いシルエットがある。両手にそれぞれ30センチを超える刃渡りを持つ巨大なナイフを持った、長い黒髪の女だ。

 殺人鬼は女だった。それも驚いたが、明也はもう1つ驚く事になる。

 2人の言葉に振り返った女は首だけを明也達の方に向けると、背丈が伸びた。

 いやそうではなく、今まではしゃがんだ姿勢だっただけなのだ。立ち上がった女が人間とは思えないような細い手足をしっかりと伸ばすと、その身長は3メートル近いものになる。


「ひとでなしだなんてよく言うけど……本当に人間なのかコイツ!?」

「いえ、よく見てください暁くん。人じゃあありませんよ」


 言った佐藤の視線に合わせ、上を見上げる。高身長の女の顔はちょうど建物の影から出ており、夕陽がその顔を照らしていた。

 だが依然女の顔は闇に覆われている。それだけではなく、よく見ればその顔から、そして全身からは黒いもやが纏わりついていたのだ。


「マリスドベル……!?」


 佐藤に遅れて気付いた明也に、いつの間にか振り上げられていた細く長い腕から巨大な刃が振り下ろされる。

 避けられないと判断して右腕を掲げて防御した明也だが、


「いっ……!!?」


 超硬質の謎素材でできているはずの魔装に衝撃が走り、電流を流されるような痛みが明也の腕を襲う。

 初めての出来事に目を見開いて驚愕する。まさか魔装が切り裂かれたのかと急ぎ腕を確認するが、装甲には傷すらなかった。

 何が起こったのか分からない様子の明也に、佐藤は叫ぶ。


「気を付けてください暁くん! このマリスドベル、顕現からかなり時間が経っているみたいです!!」


 それを聞いて、明也は思い出す。マリスドベルはこの世界に出現してから時間が経てば経つほど強力になっていくという話だったはず。

 今まで明也が戦ってきたのは出現から間もないマリスドベルばかりだったが、この女のマリスドベルは生まれてからかなり経っているのだろう。

 傷がついていないとはいえ魔装の上からでも痛みを与えられたのもそれが原因のはず。パワーの増した個体というわけだ。

 だとすると魔装を切り裂けまではしないとはいえ、油断のできない相手になる。明也はDブレードをしっかりと握り直した。


「――――」


 黒霧の向こう側の赤い双眸が、自身へと刃を向けている明也をしっかりと捉えた。

 これまでとは違い寡黙なマリスドベルは純粋な殺意をナイフに込め、今度は高速での突きを繰り出す。

 弾丸のような速度の突きだったが、明也はそれを体を反らしてギリギリで回避した。

 それだけでは止まらず怪人の腕が明也の胸の前を通り抜ける瞬間にDブレードの刃を滑らせ、カウンターでマリスドベルの腕に傷を付けたのだ。


「どうだッ!!」

「――――」


 腕を引いたマリスドベルは斬られた腕をじっと見つめる。そうしている間にも傷口から光が広がり、怪人の腕は徐々に消滅していく。

 が、それを理解したのか即座にもう片方の手が握るナイフで自らの腕を傷より手前の位置で切り落とした。消滅はコンクリートの地面に落ちた腕だけに終わる。

 そして消滅からは免れたナイフを拾うと、そのまま切断した腕の断面にそれを突き刺した。深々と突き刺さったナイフの柄と腕の肉は互いに融合し、1つになった。


「くっ、しぶとい!」


 痛みなど感じないのかやはりマリスドベルは声すら上げなかった。しかし怒りはあるのか、赤い瞳のぎらつきは先ほどよりも強さを増しているようだ。明也以外眼中にないようにも見える。

 その敵の様子を見て、明也は佐藤に叫ぶ。


「店長、俺がこいつを路地の外に連れ出します! 奥の女の子はお願いしました!」

「はい!」


 その声を皮切りに、マリスドベルは動いた。やはり明也に気を取られているらしく、攻撃は明也に集中した。

 両腕を重ね、逆袈裟気味に全力の振り上げが襲う。大きく後方に跳躍しながら佐藤と共に後退し、路地から抜け、広い道に出る。

 猪突猛進に明也へ追い縋るマリスドベルがそれに続き、同時に顔が地面スレスレになるほどの前傾姿勢を取り両腕を目一杯広げながらおぞましい速度で突進してくる様は、口を大きく開けた大蛇が迫るような恐怖を覚えた。

 佐藤が怪人と入れ違いに路地へ戻ったのを見た明也は、あえてその突撃に突っ込む。

 恐ろしいのは両手に握るナイフだ。逆にそれ以外の場所であれば挟まれたとしても安全。

 そう考え、明也はDブレードを振りかぶり、マリスドベルの顔面目掛けて駆ける。次はその頭に一撃を叩き込んでやるために。


「ぐ、あっッ!?」


 だが、その攻撃は届かなかった。凄まじい衝撃を受け、明也は弾かれるように宙に浮いた。

 両腕に挟まれたわけではない。それよりも敵の頭部が攻撃範囲に入る方が早かったのだから。

 しかし、それが早すぎたのだ。明也の想定以上に。

 Dブレードを構えた瞬間、マリスドベルの頭との距離が急激に縮まったのだ。

 明也が突っ込んでくるのを予想でもしていたのか、マリスドベルはその長い脚と体を器用に折りたたみ、その姿勢のまま襲い掛かったのだ。そして明也が斬りかかる直前、それを勢いよく伸ばした。

 結果、明也は頭突きをもろに喰らい、想定外のダメージを受けた衝撃でDブレードを取り落としてしまう。


「しまっ――!」


 Dブレードを再度取ろうと手を伸ばすが、剣に届くより先に広げられていた両腕が閉じる方が先だった。

 二の腕だけで抱きしめられるような形で、明也は拘束されてしまう。


「や、やめろ……! 離せ……!」


 もがくが、万力で締め上げられるような力で押さえつけられては何の意味も成さない。魔装に守られているはずの明也の体から、ミシミシという音が聞こえ出す。

 幸いな事にナイフが届かないような体勢で刺し殺されはしないが、このまま締め上げる力を強められ続ければ1分とかからず死ぬ。

 それが分かっているはずの明也なのに、どういうわけか体は既に抵抗を諦めていた。不思議な事に敵であるはずのマリスドベルに抱き締められ、まるで家族に抱かれているような安心感を覚えていたのである。もはや脱出不可能であると悟った脳が心を落ち着かせるためにそう錯覚させているのかもしれない。


「――――」

「ぅ……ぁ……、いやだ、こんな……」


 最後の抵抗とばかりに明也は首を振り、空を見上げた。しかしそんな事では当然逃れられなどしない。

 闇が広がりつつある空と、自身を感情の読めない瞳で見つめるマリスドベルの顔が、明也の最期を看取るようだった。

 断末魔の代わりのように、骨が軋みを上げ――


「そこまでですよーーーーッ!!」


 明也の体が潰される直前、絶叫と共に一閃が走った。女子生徒を避難させ、路地から飛び出した佐藤がマリスドベルの背後からDブレードを振るう。

 右脇から首にかけてを斜めに切り裂き、怪人の右腕と首が同時に宙へ舞った。必然的に拘束を解かれた明也が自由になる。

 切断箇所から光が溢れ始め、死んだも同然の状態となったマリスドベルもそれ以上は動けずにいたが、明也も死の淵まで追い詰められ、咄嗟に動くことはできなかった。上手く着地ができず、バランスを崩して左半身からコンクリートの地面に激突する。

 魔装の防御力で怪我は負いこそしなかったが、依然明也は起き上がれないままでいた。まるで体が既に死を受け入れてしまったように動かないのだ。


「……ごめんなさい、暁くん……。もっと早く私が助けられていれば……」

「そんな顔しないでくださいよ店長。……正直死んだと思いましたけど、俺は生きてますし」


 そう言って佐藤に肩を貸されて立ち上がろうとした明也だが、まだ体に力が戻らないのか滑り落ちるように地に膝を突いた。


「暁くん……」

「…………へ、平気です店長。すぐ、立てるように……って、店長!?」


 空元気に振る舞う明也を見て、佐藤が両腕で明也を抱きかかえた。いわゆるお姫様だっこの体勢だ。

 一応年齢相応に重い明也ではあるが、魔装を装備していれば通常以上に力が出せるので佐藤にも持ち上げたまま移動するのは簡単な事である。だが、それとは別の理由で明也は困惑していた。


「てん、ちょう……? なんでこんな……。危ない目に会ったって言ったって俺が油断しすぎてただけなんですから、ここまでしてもらわなくても」

「いいえ、暁くんがこんな目にあったのには私にだって責任はあります」

「そんな、店長に責任なんて……!」


 反論しようとしたが、佐藤に抱かれている関係上顔が非常に近い位置になるため、明也はドキドキして目を反らした。そして何も言えなくなってしまった。


「暁くんが何と言おうとこのままシュガーフェストまで帰ります。お店の従業員が怪我をしたんですから、店長である私が放ってなんて置けませんから」

「……はい……」


 有無を言わさぬ態度に、それ以上明也には何も言えはしなかった。

 好きになった相手にお姫様だっこで店まで連れていかれた明也は、今まで以上に佐藤に惚れたという。

 ……こうして、茅原町に現れたとされる殺人鬼、のマリスドベルは無事に討伐され、町に再び平和が戻ってきた。誰が宿主かは不明だが、マリスドベルを撃破した以上はその人物の殺人欲求のようなものも消えている事だろう。





「そういうわけで、殺人鬼退治は私と暁くんとで終わらせてしまいました」


 店に戻り、京とライミィに帰還するよう連絡した佐藤は戻ってきた2人に先程の事を説明した。自分達が解決に関われなかったのが悔しいらしく、小さく唸っていた。


「むー、ワタシらは何も無くてつまんなかったのな……」

「んうう、咲達の側が当たりだったのか……。私達が西を担当すれば良かったな……」

「当たりって……。むしろライミィと先輩の方が正解でしたよ、冗談抜きで死ぬ所だったんですからね?」

「そこまで強力だったのか?」


 明也の言葉に、意外そうな顔をして京が聞いた。


「そうですよ。どうやって見つからないでいたのか知らないですけど、きっとあれは発生からしばらく経過した個体ってやつだと思います! あんなに強いヤツとは初めて戦いましたもん!」

「…………ふーん、そう、だった、か」


 話を聞いていた京は、表情は崩さないもののあからさまにしどろもどろな返答を明也に返していた。

 あからさまに怪しかった。見るからに何か知っているというのが一目でわかる。


「京先輩。話してもらえますよね?」

「さて…………心当たりがないからな。この間海に行った時は家に帰ってきても遊び疲れてたからすぐ寝たしマリスドベル発生の確認もしてなかったが、心当たりはないからな」

「バリッバリに心当たりあるじゃないですか。……まあ、結局俺も死ななかったから別にいいんですけど」


 気まずそうに京は顔を伏せるが、別に誰かを責めたかったのではなく単に真相が知りたかっただけなのでそれ以上明也は追及しない。

 海に遊びに行った間に発生したマリスドベルを見逃したのが原因であんな強力な敵と戦うハメになったのであれば、佐藤があれほど明也に責任感を感じていたのもわかる。自分が海に連れて行ったせいで、と思ったのだろう。

 ライミィは何の話かわからない様子だが、京に続くように佐藤も明也にすまなそうに視線を送っている。今なら2人とも償いと称せばどんな事でもやってくれそうな雰囲気すら出ている。そんなことしないが。

 重苦しい空気など明也は求めていない。明るく振る舞って、この話は終わらせる事にした。


「ま、そんなに気にしてませんから! 何かしたいって言うなら、今まで通りに接してくれるだけで俺は十分ですよ!」

「暁くんがそれでいいなら……」

「異論は無いが……」


 あまり納得はいっていないような口ぶりだが、2人は了承したようだ。

 こうして町の脅威を1つ排除した明也達だったが、結局茅原町の住民に感謝されるような事はなかった。


 次の日。

 シュガーフェストに働きに来た明也は京と顔を合わせるなり「昨日のニュースは見たか?」と非常に真剣な表情で聞かれた。

 無言で首を横に振ると、自身のスマホを取り出してニュースサイトの記事を見せつけられた。


『N県茅原町に潜伏中の殺人犯逮捕』


 そんな見出しの記事だったが、内容を読むよりも先に明也は目を見開いて驚愕した。逮捕された犯人の顔写真に見覚えがあったのである。

 つい最近、シュガーフェストにドーナツを買いに来た朗らかな顔の男だったのだ。あの時と同じ薄い黒ぶちの眼鏡と黒いコートを着ていた。

 それだけでもゾッとする思いをしたのだが、記事の内容を読むと更に明也は驚いた。

 なんと男が茅原町に逃げ込んだのは昨日の早朝なのだという。それ以前は別の地域にいたというのだ。

 マリスドベルは茅原町にいる人間の心の悪意から生まれる。この男から怪人が生まれたのだとすれば、早くともその日の朝という事になる。

 それにしては強すぎるのだ。強大な悪意を抱えているとはいえ、生まれたてのマリスドベルならば弱い。

 つまり、明也が戦ったマリスドベルの宿主は別にいる可能性が高いという事。あの殺意以外に感情の無さそうなマリスドベルの生みの親が今も茅原町にいるという事実に、明也はちょっぴり恐怖を感じた。

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