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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

中二病じみた初恋の残骸

作者: ゼロ

同じ性別の人を好きになることを中二病だと思っているわけではないのです。

かつての俺への供養に。


「久しぶり~!!元気だった!?」

 半年ぶりに会った元同級生は、相変わらずはちきれんばかりに目に見えないしっぽを振っている。社会人になってから、ちょっと服のセンスが変わったらしい。白のセーターに赤いスカート、色を合わせたブーツとバッグ。あか抜けた様子にちょっと目を見張って、にかっと唇の端を吊り上げる。


「久しぶり。うん、卒論のテーマに悩んでいる以外は、けっこう元気。杏奈はどう?」

「私も。仕事以外はまあそこそこ。あ、そうだ、どこ行く?寿司でいいんだっけ?」


 夕飯を一緒に食べようと杏奈の仕事終わりに合わせて駅集合。目当ての回転寿司はここからいくらも歩かないところで、前にも一度訪れたことがある。行こっかと自然に手を取って歩き出した杏奈に合わせ、一拍遅れて指を絡めた。


「やっぱ、いっちゃんの手冷たいね」

「うん、冬だとやっぱ手とか足とか冷えるんだよね。でも杏奈の手はめっちゃ温かいから余計に冷たく思うんじゃない?」

「あ、そうかも。割と手袋いらずだし」


 風が冷たくて、繋いでいないもう片方の手はポケットに突っこんだままだ。カバンも邪魔になるから反対側に担いでいて、格好と会話だけ見れば久しぶりに会ったカップルみたい。

 通り過ぎる人をチラ見して、また視線を前に戻した。意外と人目は集まらない。とっくに知ってはいたものの、頭の片隅でいまだに少し気にしている自分がいることもわかってる。


 だって女同士だ。


 会うたびにさらっと私の手を持っていく杏奈の温い手が好きで、けど毎回今日はつないでいいのかわからなくなるから一回目は杏奈から。用があって解けた次は私から。出かけるたびに手を繋ぎっぱなしにする習慣は、同じ学校だった時に杏奈に刷り込まれて以来、対象を限定してずっと続いている。


「それでさ、施設の食堂でこの前晩御飯を準備する係だったんだけど。もう利用者のおじいさんが早く来すぎて、ずっとテレビ見てんの!ご飯まだかって何回か言われたんだけど、まだですとしか言えなくてさ。ちょっと不機嫌にさせちゃったのは申し訳ないけど、その時夕飯の三十分前だよ!?十分前とかならともかく、ムリでしょってなったよ、もう。本当いまやってるとこだからって」


 たしか介護施設で働いているんだっけ。愚痴った杏奈には悪いけど、おじいさんの行動に思わず笑ってしまう。なに笑ってんのと怒られて、ごめんごめんと返したところでちょうど目的地の真ん前だ。


 年末年始とはいえ平日の、やや晩ご飯には早い時間。運よく待ち時間もなく席に通される。適当に食べて取って注文して、合間のおしゃべりも途切れずに気が付けば二時間二十分。割り勘で会計を済ませ、店を出たところでさりげなく手を絡めると、きゅっと握り返してくる。


 また寒い道を二人で戻った。


「いっちゃん、電車?移動から直接来たんだよね?」

「うん。キャリー、コインロッカーに預けてある。あ、でもお父さんがなんか近くに用事あるらしくて、帰りに拾ってくれるって」

「じゃ、ここでバイバイだ」

「うん」

「そっか。それじゃ、またね。次はお盆?」

「多分それくらい。じゃあね」


 改札口であっけなく離れた指をちょっと残念に思いながら、電光掲示板をちらっと見て手を振った。最寄り駅発車まであと5分。少し急ぎ足で改札の向こうに消えていく杏奈を見送って踵を返す。帰省ラッシュで近場のやつが空いていなかったせいで、キャリーがあるコインロッカーはここから反対側だ。取りに行くのは面倒だけど、持ってこないわけにもいかない。


 と、その前に連絡しとかなきゃ。


 ポケットに突っ込んでいたスマホを出してメッセージを打ち込み、送信する。取り出す際にめくれた袖口から冷気が忍び寄ってきて、ぶるっと寒気が走った。

 冷えるのって本当に一瞬だ。悪化する前にカバンから手袋を取り出して身に着ける。手をこすりながら歩きだした。




 父が来たのはそれから二十分後で。さらに車で二十分で、半年ぶりの家に着いた。


 建付けの悪い玄関の引き戸にいつも通り力をこめたら、勢いづいた戸が盛大に滑ってゆく。しまったと思ったが、もう遅い。ガシャン!と派手な音を立てながら跳ね返ってきた戸に肩をすくめ、何事かと台所から首をのぞかせた母に向かって、ただいまと声をかけた。


 おかえり、と返した母が合点のいった顔をする。

「ああ、それ? この前直したのよ。前から結構ガタついてたから」

「どうりで」

 今度は静かに戸を閉めて、靴を脱いだ。上り框に敷かれていたカーペットもいつの間にか変わっている。そういえば前のはだいぶボロだったっけ。


 キャリーを居間に置いて台所に顔を出す。戻って夕飯の片づけを再開したらしい母と、ノートを広げて明日の仕事準備をしている姉がいた。どちらも手は動かしながら、賑やかしくおしゃべりしている。


 ああこの空気も久しぶりだ。杏奈と会ってた時とはまた違った騒がしい雰囲気に、自然とほほが緩んでいく。二人に声をかけて、定位置にしているストーブの傍を陣取った。血の気が戻って痒くなってきた手をこすり合わせる。


 ほどよく温まってきたところで、からっと小さな音を耳が拾う。車庫に車をしまった父が戻ってきたらしい。あんのじょう台所の戸が開いて、父が入ってくる。着ていたジャンパーを脱いで椅子に掛け、ミカン箱からミカンをいくつか取り出した後に腰かけた。


 ついでとばかりに姉と私にもミカンが回ってくる。流れで受け取ったものの、別にお腹は空いていない。食べるでもなく、なんとなくいじりながら、姉たちの話に耳を傾ける。今日の議題は、来年に控えた結婚式のお色直しのドレスについて。多分、前に家族のグループチャットに写真が載せられてたやつで、レンタルか買うか迷っているらしい。どっちも似合ってたけど、求められてる答えはそれじゃない気がして、口をつぐむ。



「で、いっちゃんは誰かいないの?」

 ふいに放たれたお決まりの言葉に、やっぱり出たかと肩をすくめる。姉が籍を入れてからというもの、この手の話は悪気なく頻度を増していた。

手に持ったミカンに視線を落として、どうしよっかなぁと考える。


 二十歳過ぎたばっかなんですけど。お姉ちゃんも付き合ったのはそれくらいだったよ。二十五過ぎたら見合いするって言ってんじゃん。えぇー。出会いがないし出会う気もない。働きだしたら、もっと機会ないよ? 趣味にお金使うほうが大事。……苦笑い。


 数え切れないほどに繰り返してきたパターンの中で、いったいどれがマシだろうか。全部本心ではあるけれど、それで納得してくれるほど感性の溝は浅くない。


「うちの学科、男子四人だよ?今更むりむり。バイト先だってパートの人ばかりだし」

 結局、口に出したのは、もはやテンプレと化した言い訳だ。それに納得していないのはお互い百も承知だけれど、帰省のたびに言われる私の身にもなってほしい。バカ丁寧に白い筋まで全部剥いたミカンを頬張ったら、母はしょうがないなぁというように一瞬眉を下げて、妙ににこやかな顔で私を見つめた。


「早くいい人見つけてね」

 わずかな、けれど確かな圧力に、浮かれた気分がぷしゅっと萎む。への字になりそうな口を抑えて、それでも一応頷いて見せると、気が済んだのか次の話題へと流れていった。仕事やら同じく一人暮らしをしている弟の生活状況やら、ネタは尽きない。聞いている分には面白く、父と二人で食卓の地蔵と化しながら、目まぐるしく変わっていく話に耳を傾けた。



 がらっと玄関の戸が開く音がして、ひょっこり和馬さんが台所に顔を出した。

 ただいま、おかえりとなじむ声にやけに感心する。私だったら義両親との同居は勘弁してほしいところだけど、我が家のマスオさんはどうやらうまくやっているらしい。笑ってじゃれる姉夫婦をチラ見して、そっと立ち上がる。


「お、いっちゃん」  

 私に気が付いた和馬さんに、お久しぶりですと軽く挨拶して定位置を離れた。さも今から立ち去るところだったんですよ、みたいな顔をしてミカンの皮をごみ箱に捨て、ついでに軽く手を洗って水を飲んで、使用済みのコップをシンクに置いた。


 それからやっと、台所を後にする。家に家族以外の人がいるのは違和感があるけれど、この場でそう思ってるのは私だけだとわかってる。私にとっての他人と姉と父母にとっての他人は違う。

 単純に、実家イコール完全にくつろげる場所が、実家ニアイコールくつろげる場所になっただけ。



 階段をのぼりながら、割り当てられた母の部屋にお邪魔する。元私と姉の部屋は今は姉夫婦の部屋になっていて、単純に一人になれる場所がない。弟の半ば物置にされている部屋を使うという手もあったけど、それは私が嫌だった。

 姉たちはまだ下で、だから部屋には誰もいない。無機質な冷えた空気がアパートの自分の部屋のそれと似通っていて、思わずほっと息をつく。

 元から一人が好きな性質だ。久々の実家で知らずに上がったテンションに、うっかり致死量を間違えたらしい。


 しっかし寒い。いそいそと電気ストーブの前に座り込み、ツマミを最大限に押し上げる。数秒で手足がじんわり焼かれて、やがて赤くなってひりついた。


 さっきから頭の中で「いい人」ばかりがこだまする。ナチュラルに恋愛結婚したせいで、なんだかんだ身内が結婚しないとは考えつかないタイプだと、ため込む齟齬にいつしか悟った。

 別に嫌いなわけじゃない。けど多分、二人には世間一般的な「いい人」との付き合いじたいが苦痛なのだと理解できる下地がない。

 

 階下から笑い声が響いてくる。あそこにいる人たちは、自分たちがそうだったみたいに、いつか私も「いい人」を連れてくるんだと、かけらも疑っていないらしい。

 はは、と乾いた笑いが漏れる。

 いい人、ね。そう言われて脳裏によぎった影は、さっき会ってきた彼女のもので。思い浮かぶのが人好きのする、スキンシップ過多の、身内にだけテンションがはちきれる元同級生ってどうなんだろう。誤作動起こした独占欲が彼女のもとに向かうくらいには特別で、今も縁が続いているくらいには断ち切れない。


 けれど杏奈の側からしてみれば、それはスキンシップの激しいただの友情で。なんで手をつなぐのかと不思議そうに聞いてきた別の友達に、実際に彼女がそう答えているのを見たこともある。

 

 当たり前のように友情と断言されたことに、ちょっと裏切られたような気持になって自覚した。かといって言えるわけもなく、この関係が続けばいいやと気が付いた瞬間、たたき割った初恋は、残骸と化した今でも続いている。恋情と言うには薄っぺらくて一方的で、甘さなんてかけらもない、ただ手のひらから伝わる体温だけで温もったそれは、杏奈に会った時だけ灯がともる。

 会うたびにほんの少し燃料を継ぎ足されて、いっこうに消える気配がないこれを風化させるまでに、いったいどれくらい時間がかかるのか。


 「いい人」ねぇ。ぽつりとこぼした声が、ぬるくなった部屋に響いて消えた。



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