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海なんて嫌い、嫌い。

 当たり前が愛おしく、当たり前の日常にイライラして、人間って難しい生き物だ。

 私の名前は浜辺はまべ 鳴海なるみ、海の見える町で生まれて、私がどこにいてもすぐ駆けつけられるようにってお父さんとお母さんがつけてくれた名前。とっても気に入ってる。


 将来の夢は、海の見えるこの町で、のんびり、ゆっくりとお茶を飲んで暮らすこと。それ以上何も望まない。あの出来事が起こるまでは。それは私が小学校3年生の8月のことだった。


 その日は海の近くだっていうのに、風がやけに穏やかで、いつものように海水浴を楽しんでいる人たちを見ながら、私は海岸沿いを家族3人で歩いていた。


 突然の雨。私たちは急いで家路に戻る途中、小さな男の子が海で溺れていた。


「おーい!大丈夫かー!」

 お父さんが荒れかかった海へ飛び込んだ。お父さんが必死でその子を助けているのを見て、私とお母さんはきっと不安でいっぱいだっただろう。見知らぬ男の子のためになんで荒れた海へなんか入って行ったんだ。

 男の子はなんとか助かった。それはお父さんが助けたのではなく、途中で気がついたレスキュー隊員の人たちが5人がかりで救助したからだ。


 私たちのお父さんは海へ飛び込んだまま、帰って来なかった。


 え?どうして?なんで?なんで私のお父さんが、え?私の心は悲しみと怒りでいっぱいであった。世界で一番大切な人を、大好きな海に取られてしまった。


 こんなことがあって良いわけがない。私は全ての怒りをその男の子にぶつけよう、そう心に決めた。


 その男の子は都市部で暮らす同い年の子だった。名前は遠藤えんどう まさる。こいつのせいで、私のお父さんが、お父さんが、、。

 次の日から、その子への復讐ふくしゅうのため、ストーカーまがいなことをした。遠藤優が住む家まで行き、尾行したり、どんな人生を歩んでいるか調べることにした。お母さんは止めたけど、私の怒りはどーしても止められなかった。


「まさる-!今日もサッカーしようぜ!」

 どうやら友達がとても多く、毎日のように小学校が終わったら、公園で友達とサッカーをして遊ぶのが日課らしい。

 私はその子のことを心から恨んでいた。はずだった。


 優は誰がどう見ても、優しく、強く、かっこいい、そんな少年だった。そして何より驚いたのが、私と同じように家族をとても大切にしていた。

 お母さんと買い物をしている時も、カートを押したり、重い方のレジ袋を持ってあげたり、いい奴だった。こんなんじゃ復讐しようにも、きっかけがない。もっと悪い奴でいてくれなきゃ、この怒りをどこに向けたら良いかわからない。


 ある日その少年がお母さんとの会話でこんなことを言っているのが聞こえてきた。


「僕ね、この間一度死にかけたんだ。その時、一人の男の人が必死になって助けてくれた!僕なんかを一生懸命助けてくれた。その人は死んじゃったみたい。とっても悲しくて毎日辛いの。だからね、僕はその人の分まで生きて、有名なサッカー選手になって、その人に僕はあなたのおかげで生きているよって伝えたいんだ!」


「優、きっとその人もあなたが真面目に強く生きていれば、少しは報われるはずだわ。お母さんね、その人が亡くなったって聞いて、頭下げにに行ったのよ。そしたら、その人の奥さんがね、私には世界で一番大切な人がもう一人います、だからきっと前を向いていけます!って言われちゃってさ。」


「その奥さんにとってもう一人の大切な人ってだぁれ?」

「娘さんがいるんですって。確かあなたと同じくらいの年の子だって聞いたわ。」


「じゃあその子のこともいつかきっと守ってみせるね!」


「えらいぞー、優ー!」



・・・やめた。やめたやめた。復讐なんてやめた。私の怒りはきっと消えない。けど、あの少年に向けるのは違う、子供ながらにそんなことくらいはわかった。


 それから私はストーカーをやめ、いつもの暮らしに戻った。お母さんと二人。少し寂しいけど、なんとかやっていくしかなかった。


 でもお母さんはお父さんがいなくなってから、みるみるやせ細っていった。


「拒食症ですね。過度なストレスが原因かと思われますが、心当たりはありますか?」

「い、いいえ。何も。」

 お母さんは、神経性無食欲症しんけいせいむしょくよくしょうと診断された。海の近くには医者が昔ながらの小さな内科くらいしかなく、都市部の大きな病院へ入院することになり、それがきっかけで、今の家を売り、都市部の大きな病院の近くで母と二人で暮らすことになった。15歳の冬のことだった。


私たちは売った家のお金と週3回のパートのおかげで、なんとか質素に暮らしていけた。


「鳴海ちゃん、高校は行きなさい。お金はお母さんが何とかするから!」


「そんな高校なんていいってば!私は中学卒業したら、すぐに働くんだ!それでお母さんを幸せにするの!」


「高校だけは行きなさい。あなたは頭がいいし、もったいないわ。お母さんのことは気にしなくていいから、ね。」


「じゃあ昼間は高校に行って、夜は働くってのはどうかな?」


「いいの。あなたの未来はこれから希望に満ち溢れていくのよ?お金よりも大切なものを見つけなさい。」

 

「お金より大切なもの、、」お母さんの口癖だった。


 私は言われたとおり、病院と家から一番近い高校へ進学することにした。


 高校であいつに再会するなんて、想像もしないまま、ちょっぴり肌寒い夜風はなぜか心地よく、新しい高校生活に心膨らませざるを得なかった。


 15歳の春、4月のことだった。



 

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