忘れられない思い出
それから僕の人生は毎日ハードな練習、慣れない言葉、カロリー配分が難しい料理といろんな問題が山積みだったが、なんとか楽しく、明るく過ごしていけた。
結局大学時代の彼女はそのまま音信不通になり連絡も取っていない。自然消滅ってやつだ。そもそも恋だの愛だの言ってられる環境じゃなかったので、サッカーだけに没頭する日々だった。でもなぜだろう、もう5年は時が経っているだろうが、鳴海のことがずっと忘れられなかった。どれだけ好きだったのだろう、まだ彼女が生きていたのなら、どれだけ幸せだっただろう。ただ鳴海と普通の生活をして、普通の仕事をして、普通に生きていけたらサッカーなんてやめていただろう。世界で一番好きな人だった。彼女を超えられる人なんてもう現れるわけがない。会いたい。辛い。こんなに胸が苦しいのに、僕はまだ生きていかなければいけないのか。この世で一番大切な人を失ってまで、生きていかなければいけないのか。ふとそんな風に考えて枕を濡らすこともあった。
鳴海との馴れ初めを思い出した。
「バンッ」
誰かにぶつかった。それは名前も知らないクラスでも一番目立たない女の子、鳴海だった。
「おい!どこ見てんだよ!俺にケガでもあったら次の試合勝てねえだろ?」
「ごめんなさい、、。」
「ごめんで済むなら、必死でサッカーやらねぇっつーんだよ!気つけろよ!」
「あ、、、はい。すみません。」
はっきり言って最悪の出会いだった。僕はどちらかと言うとクラスではムードメーカー的な存在で、サッカー部では期待の星と呼ばれていた。高校1年の秋のことだった。何をやるにも自信があった。その頃の夢はもちろんサッカー選手。毎日、日が暮れるまで練習した。
「あの、遠藤くん。この間はぶつかってしまってごめんなさい。私ドジだから。お詫びにこれあげる!」
と言って、鳴海は僕の背中に氷を入れてきた。
「おい、つ、、つっめてーなー!おい待てそこの女!このやろう!」
「ちょっとぶつかったくらいでプリプリしちゃって!そんなんじゃあんたのこと男としてだーれも見てくれないよ!だからね、今日から私が調教してあげる!」
鳴海は不敵な笑みを浮かべた。
「だ、誰がお前みたいな暴力女に調教されたいんだよ!バーカ!」
僕も負けじとにらみ返した。
「ぷっ、ははははっ」
二人で笑い転げたのだ。
「私の名前は浜辺 鳴海、よろしくね!」
「おう、俺の名前は遠藤 優、よろしく!」
それから僕たちが恋に落ちるのに時間なんて必要なかった。
きっとあのぶつかった瞬間、あの瞬間から恋が始まっていたのかもしれない。
「お前の名前って、名字が浜辺で名前が鳴海だろ?なんか海みてぇーだよな!」
「あ、気づいた?私ね、海の近くで育ったんだ!今はいろいろあって、都市部に引っ越してきたから、俗に言う転校生ってやつなんだよ!けど、高校生になってすぐに転校してきたから、周りはあんまり私が転校生だって気づいていないの。それもそれでちょっと寂しいんだけどね。」
「へーー、海の近くかー。なぁ、今度の休み、お前が育ったところ見に行こうぜ!案内してくれよ!」
「別にいいけどー、何にもないよ?海しかない。」
「バーカ、海があんじゃんかよ!あとお前がいる!それ以外他になんか必要か?」
「ちょ、なーに調子のいいこと言ってんのよバカ!」
ってなわけで、土曜日、鳴海の生まれ育った場所へ電車で向かった。1時間くらいかな、そんなに離れていなかった。
「さ、着いたわよ。」
「え、ここ?駅員は?え?これが駅?」
まさにそこには駅員どころか、駅の改札までなかった。
「こんな駅なら一番安い切符買えば良かったじゃんかよー!」
「ダーメ!そういうズルいことすると、ちゃんと神様が見てるんだからね!」
鳴海のそういう真面目で、真っすぐなところも好きだった。
「わーーーー、すっげーーーーっ」
僕は考えたこともなかったが、大人になってから海に来たのは初めてだった。海の広さや、匂い、風、砂、日差し全てに感動した。
「ね、すごいでしょ!これが私の育った場所。去年まではこうやって一人でいろんなこと考えてたなー。」
「なんか贅沢だな。」
「うん、まあね。でも私は今の都会の生活?ってやつも好きだよ!歩いて5分以内にはコンビニがあるし、売ってる服だって流行の最先端って感じだし、なんだか今を生きてるって感じがする。それに変態サッカー野郎もいるしね!」
鳴海の笑顔は海よりも何よりもキレイだった。
「だーれが変態だ、このこの!」
「きゃはは、ちょっとどこ触ってんのよ!」
僕たちの青春はこの瞬間から加速した。僕は鳴海の方を向いて真面目な顔をした。
「なぁ、鳴海。話がある。」
「何よ急に。こんなところで襲いたいなんて言わないでよね。」
「バーカ、真面目に聞けよ。俺たちさ、高校卒業したら一緒に暮らさないか?」
「え?、、それって、、」
「ん~~まぁ、将来もずっと一緒にいたいなって思ったから、一応結婚の予約ってやつ?」
「バーーーーーーーーーーーカッ」
鳴海は海へ思いっきり叫んだ後、僕に飛びつくようにキスをした。鳴海は少し泣いていた。
こんなに好きになる人はもう現れない。そう確信していた。
鳴海も同じ気持ちならいいな。そう思いながら、海を二人で眺めていた。そこには会話なんていらない。
好きという気持ちだけで、身も心も満たされた。それは16歳の秋のことだった。
ただひたすらに、幸せだった。




