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胸元あたりまでの黒髪をただ無造作に遊ばせる小柄な相手の気迫に、早くも鱗三は呑まれてしまっていた。
そもそもが最初に相手の気配を感じたとき、本来ならばすぐに身を隠さねばならなかったはず。
それを松明の灯りが近づく間、身動きもせず見守ってしまった自体が、すでに気押され始めていたという証なのかもしれなかった。
歩を進め続ける女が二間(役3.6m)ほどに差しかかったところで、ようやく鱗三が口を開いた。
「現れたな、雷組」
女は答えない。
歩み続ける足を止めた。
「我の名は」
女の声は低く、しわがれていた。
恐ろしい形相と同じく年齢不詳のその声が、口角のつり上がった唇から洩れ出してくる。
「月影」
「ふ」
鱗三が苦笑した。
「今から殺す相手の名に興味はない」
鱗三が懐から小さな笛を取り出した。
「死ね、雷組! 忍法、百鱗蛾!!」
笛を吹き鳴らした。
どこからともなく大量の蛾が姿を現す。
月影は全く動じず、空いている左手で腰に下げた瓢箪を掴んだ。
歯で栓を抜き、中身を口に含む。
蛾の集団が月影に襲いかかった。
刹那。
月影の口中より噴き出た霧状の液体が、右手に持った松明へとかかり。
猛烈な炎の帯となって蛾の大群に噴射された。
「おわっ!!」
あまりの炎の勢いに鱗三は後方へと跳び退がる。
炎の帯を受けた蛾たちはあっという間に羽を焼かれ、ぼとぼとと地に落ちた。
鱗三の笛の指示によって密集していたのが、かえって仇となった。
燃える蛾の炎が近くの仲間へと次々と燃え移っていく。
月影はさらに瓢箪から可燃性の液体を口中に補給し、炎から逃れた残りの蛾たちに再び火炎を噴きつけた。
大量の蛾が燃えながら右往左往に飛ぶため、辺りが明るくなる。
「あははははっ!!」
月影が狂ったように笑いだした。