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重家が慌てて声の方を見上げる。
いかなる忍びの技前か。
陽菜が天井から、まるで蝙蝠のようにぶら下がっていた。
束ねられていた髪はほどけ、下に垂れ下がっている。
明かり取りの窓より射し込む月の光が陽菜の顔を照らす。
おぞましい笑い声は、かわいらしく整った陽菜の唇より発せられていた。
その甚だ合致せぬ薄気味悪い様子に重家の顔が青ざめる。
「陽菜!! 我に代われ!!」
しわがれた声で陽菜が吼える。
「こんな外道に道理を説いても意味はない! 話すだけ無駄よ! 我がきっちりと地獄に落としてくれる!!」
逆さまの陽菜の顔が、こくりと頷くと。
みるみるうちにその顔が変化していく。
すさまじき憎悪と憤怒を混ぜ合わせた爛々と輝く双眸。
そして口の両端が吊り上がった恐ろしい形相。
天井から重家をにらみつける。
「おお…」
戦場に立ったのも一度や二度ではない重家が思わず身をすくめ情けない声を上げた。
それほどの尋常ではない憎しみを全身からあふれ出させた、くのいちの姿であった。
「我は月影」
陽菜…否、月影が言った。
刹那。
月影の掌中より分銅付の鎖が放たれた。
意表を突かれた重家は攻撃に全く反応できず、鎖はその首へと二重三重に巻きついた。
「ぬう!!」
重家が必死に鎖を外そうとするが、もはや遅かった。
月影の両手が鎖の元を渾身の力で引き上げる。
「ぐぎぎぎぎっ!!」
重家が苦悶の悲鳴を洩らす。
小柄な女とは思えぬ月影の膂力。
大柄な重家の身体が持ち上がらぬまでも、つま先立ちになるところまで引き上げられた。
重家の手から刀が落ち、鎖を何とかしようと両手の指で首の辺りを掻きむしるが、この状態では踏ん張りは効かず、剥がれた爪から血が噴き出すのみ。




