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「陽菜…」
疾風が呼びかける。
「俺と…結ばれたのは…」
「ふふふ」
月影が笑う。
「残った雷組との戦いで、お前の隙を突く策のためよ。そのときに道順が居ては我に気づかれ返り討ちにされる恐れがある。よって雷組が来る時刻までに道順を殺さねばならぬ。道順を始末する時を捻出するのに、お前の陽菜への気持ちを利用した。お前が陽菜を求めておるのは我ら二人は前から気づいていたからな」
「………」
「道順を殺した後、身体に付いた返り血を水場で洗い落とした。お前との情事の後ならば水浴びは不自然ではあるまい。血の付いた夜着を忍び装束に着替え道場へ戻った」
「本当に…」
「?」
「それだけか…」
「………」
「俺を最後に残したのは…陽菜は…俺を…少しでも…俺のことを…」
月影は答えない。
地に倒れた疾風の顔を見つめる憎悪の眼差しの爛々とした輝きが。
微かに。
ほんの微かにその光を弱めたか。
疾風の両眼が閉じ、ぴくりとも動かなくなった。
疾風は死んだ。
月影は微動だにせず、しばらく佇んでいた。
が。
いつの間にか、その姿は消え去っていた。
「む」
坂巻重家はすぐ側に人の気配を感じ、目を覚ました。
坂巻城の重家の寝所である。
部屋は暗い。
布団をはね上げ、枕元の刀を掴む。
気配の方を向き、鞘から刀を引き抜いた。
闇に眼が慣れてくる。
忍び装束の何者かが正座しているのが、ぼうっと見えた。
「何奴!?」
重家が大声で誰何する。
続いて「誰か! 誰かおらぬか!?」と呼ばわった。
「誰も来ません」
忍び装束の者が言った。
若い女のかわいらしい声。
「な、何だと!?」
うろたえる重家。
激しく動揺していた。
寝所の周りには警護の侍たちと城の守り番である二組の忍び組が居るはずである。
しかし、いつまで経ってもそのどちらも姿を現さない。
これはどういうことなのか?




