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「楽法の琵琶の弦は」と月影。
「あらかじめ切れるよう細工しておいた」
「………」
ようやくここに至って、疾風は敵の話に違和感を覚え始めた。
この憎悪の塊のような女は何か大事な話をしているのではないか?
「道順は」
月影が続けた。
「あれだけ非情になれ、非情になれと言っておきながら。どうしても話があるともちかけたら、あっさりと鋼糸を空けて我を側に導き入れた。我の存在を知らぬとはいえ、甘いことよな」
「?」
疾風は混乱した。
月影は何を言っているのか?
疾風の心の中で何かが、ぎしぎしと音を立てて歪んでいる。
ずっと感じている小さな疑問たちが。
この気持ち悪さが。
全て腑に落ちる、ぴったりと形のはまる場所があるのではないか?
「楽法の死体の手紙も雷組の死体の挑戦状も、どちらも我が書いた物。全ては霞組と雷組を皆殺しにするための謀よ」
「後はお前を殺し、城の守りの忍び組たちを殺せば我の望みも易々と遂げられよう」
現状と月影の言葉から導きだされる答えは、もうはっきりと見えている。
しかし。
疾風はそれを受け入れられぬ。
否。
受け入れたくなかった。
(違う…そんなはずはない…違う、違う!!)
己の考えを振り払うように首を横に振る。
疾風の視界が揺れ、輝き始めた。
この後の月影との戦いを映しだす超常の力。
月影の左手がゆっくりと天に伸び。
人差し指と中指以外の指が曲げられる。
「忍法」
月影の遅くなった声。
「花嵐!!」
月影の身体から無数の桜の花びらが舞い上がる。
花びらは月影を中心に渦巻き、疾風に向かって吹きつけた。
前が見えない。
その花びらたちの後ろから。
月影の右手に持った小刀が刺し込まれた。
花びらたちと月影の右手が霧が晴れる如く消えていく。
そして。
再び繰り返される月影との攻防。
「忍法」と月影。
「花嵐!!」
花びらの嵐の中より突き入れられる月影の小刀の切っ先。
その軌道はすでに知っている。
が。
疾風の身体は動かない。
背中の傷の影響か?
否。
もはや折れていたのだ。
疾風の心が。
月影の小刀の刃が己の腹部に深々と刺さる瞬間。
疾風は叫んだ。
「陽菜ーーーーーっ!!」




