31
無造作に遊ばせた胸元辺りまでの黒髪。
獰猛な肉食獣のような鋭い視線が尋常ではない憎悪を浮かべ、疾風をにらんでいる。
必殺の意気込みが、そこにはあった。
疾風は背中の激痛に耐え、突然現れたこの新手の敵を凝視した。
いつの間に背後を取られたのか?
雷組は全部で十二人だったはず。
霞組の調べを逃れた一人が存在したのか?
そんなはずはない。
雷組は先ほどの二人で全滅したのだ。
それは間違いない。
では、この地獄の底から這い出てきたような風貌のくのいちは、いったい何者なのか?
疾風は激しく動揺した。
「我の名は」
女の口が開く。
恐ろしく、しわがれた声。
「月影」
女が名乗ったところで疾風は重大なことに気づいた。
疾風が自らの背後に庇っていた陽菜の姿が何処にもない。
「陽菜!!」
疾風が背中の痛みをこらえ呼ばわった。
返事はない。
まさか。
この新手の敵に害されたのか?
そうは思いたくなかった。
「陽菜!!」
もう一度、呼ぶ。
やはり返事はない。
月影の周りにも陽菜の姿は見当たらない。
「ふふふ」
月影が笑った。
しかし疾風に向けた双眸は微塵も笑ってはいない。
毒素のような憎悪を垂れ流し、疾風をにらみ続ける。
「おめでたい奴。まだ気づかんのか?」
月影が言った。
疾風は月影が何を言っているのか分からなかった。
気づく?
何に気づくというのか?
「鱗三の百鱗蛾」
月影が続けた。
「炎で燃やしてやった」
疾風は地に伏せた身体を起こそうとした。
斬られた背中が痛む。
かなりの深傷。
疾風の特殊な予知も視界外には及ばない。
雷組の二人に気を取られ、ここまでの接近を許したのが最大のしくじり。
結局、疾風は立ち上がれず、しゃがんだ体勢になるのが精一杯であった。
「青葉の毒」
さらに月影が続ける。
「部屋から少量を盗み出し成分を調べた。あらかじめ造った毒の効き目を無くす薬を飲んだ」
疾風は両手で刀を構えた。
視界内に月影を捉えてさえいれば、また先を見通す力が現れるはず。
しかし。
深傷を負った身体では敵の動きが知れたとて、果たして逆襲できるのか?
傷によって荒くなる呼吸を疾風は必死に集中し整えた。




