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疾風の視線は吸い寄せられるように道場へと向いた。
最初はゆっくりと次第に早足となって走りだす。
道場に入った。
中央辺りに道順の影が見える。
疾風がそちらへ進む。
「あ!?」
思わず疾風が声を上げた。
足を止める。
周りに張り巡らされた鋼糸の中で正座している道順に。
首が無かった。
「ば…馬鹿な!?」
激しい動揺が疾風の全身を駆け抜けた。
道順の守りは鉄壁のはず。
それがよもや破られるなどとは。
道順の身体のそばに首が転がっている。
周りの鋼糸の元糸はすでに死んでいる道順の手からは、離れてしまったようだ。
「む!?」
疾風は気づいた。
本来ならば正座する道順の全ての方位を囲んでいるはずの鋼糸が、一部分取り払われているのだ。
これはどういうことなのか?
疾風が不覚にも眠ってしまった間に雷組が現れ、道順の鋼糸の一部分を破壊したのか?
否、それならば道順が黙って見過ごすわけはない。
反撃に移り、離れの疾風たちに敵の侵入を報せるに違いない。
疾風は今一度、人が通れるほどの隙間の部分をよくよく注視し観察した。
違う。
これは無理に空けられたものではない。
意図的に作られた空間なのだ。
すなわち道順自身が鋼糸を操り空けた…何故か?
何故、わざわざ完璧な防御に穴を空ける必要が?
そしてそこから入った敵に何の抵抗もせずに首を斬られたというのか?
疾風は混乱した。
「疾風様」
背後より声が聞こえた。
陽菜の声だ。
疾風が振り返ると道場の入口に陽菜が立っている。
夜着姿ではなく、忍び装束であった。
「道順様!?」
疾風の側までやって来た陽菜が息を飲む。
道順の悲劇に気づいたか。
「こんな…」
信じられないという表情で、ふらふらと道順の遺体に近づこうとする。
そのまま進んでは、ぶつかってしまうであろう鋼糸は眼に入っていないようだ。
疾風が陽菜の肩に手を置いて、歩みを止めさせた。
「陽菜」
疾風が呼びかける。
「どこに居た?」
疾風の問いに、呆然としていた陽菜が顔を引き締める。
「汗をかいたので…水を浴びに。その後で離れに戻ったのですが…疾風様がいらっしゃらなかったので…もしやここにと」
そうか、と疾風が頷く。
濃密な二人の交情であったれば自然な流れと言える。
しかし。
何かおかしい。
得体の知れない違和感が疾風の頭の中で渦巻いた。




