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(待てよ…)
絶体絶命の危機の中、楽法の頭にふとした疑問が浮かぶ。
この月影なる女は何故、今、現れたのか?
楽法の倒した雷組たちと同時に現れていたなら、戦いの様相は全く違うものになっていただろう。
月影だけが合流に間に合わず、遅れてやって来たのか?
それはあり得る。
しかし。
何やらもやもやとした違和感が楽法を捕らえて放さなかった。
それも束の間。
「死ねっ!!」
月影が吼えた。
突如、猛烈な勢いで楽法に向かって走りだす。
楽法は月影の突進をかわすべく、右側に跳んだ。
楽法の居た場所に月影の右手の小刀が疾る。
楽法は袖口より、すでに香の匂いを振り撒いていた。
敵を操る術を発動する条件は、あとひとつ。
琵琶の音。
(ええい、ままよ!!)
楽法が琵琶の弦を掻き鳴らす。
(あとひと節、もってくれ!!)
だが。
無情にも。
弦は盛大な音と共に千切れ飛んだ。
楽法が唇を噛む。
先ほど月影と相対したときの恐怖が再び駆け巡り、冷や汗が全身から吹き出した。
「ぎゃはははは!!」
月影が笑った。
大きく開かれた口からおぞましい笑い声が響き渡るが、その両眼は微塵も笑っていない。
絶対に揺るがぬ殺意がそこにある。
刹那。
月影が左手より鎖付きの分銅を放った。
楽法が、かろうじてかわす。
鎖が楽法の横を通り過ぎたところで、月影が左手をくくっと動かした。
かわしたはずの鎖が真横に滑り、撥を持った楽法の右手へと巻きつく。
「ちぃ!!」
まずいと見た楽法が右手を振って鎖を外そうとするが、その瞬間。
月影が跳躍した。
速い。
右手の小刀を振りかぶり、楽法に飛びかかった。
楽法が撥で迎撃せんとするが右手首の鎖を引き寄せられ、わずかに動きが遅れる。
逆手に持った小刀が楽法の琵琶を突き壊し、その勢いのまま胸に深々と刺さった。
「がはっ!!」
楽法が血を吐く声と琵琶が壊される際の弦の残響が重なり合った。
月影は手を緩めず、さらに小刀を押し込む。




