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「さあ、こちらへ」
楽法が自分の座る隣の欄干をぽんぽんと叩く。
陽菜は素直にそこに腰をかけた。
思えば七年ほど前に楽法が霞組に入ってから、忍び務めに関すること以外、ろくに会話した覚えがない。
陽菜は黙って、うつむいた。
「青葉は」
楽法が言った。
「残念でした」
陽菜が顔を上げ、楽法を見た。
楽法の吊り上がった細い眼には、ありありとした悲しみと心痛を隠せぬ陽菜に対する憐憫の色が浮かんでいた。
「それでも敵を二人倒したのは立派ですよ。鱗三も雷組を二人倒している」
楽法はあごに右手を当てた。
「霞組は雷組より優れている証明です。我らの知る雷組の残りは八人」
楽法の言葉に陽菜は頷いた。
八人の敵を道順、疾風、楽法、そして陽菜で倒さねばならない。
陽菜は以前、共に戦った際に見た楽法の術を思い出していた。
どういう理屈かは分からないが、敵の身体を意のままに操る術。
おそらくは催眠術のたぐいであるという認識を陽菜は持っていた。
そのとき楽法は今もその手にある琵琶で演奏していたはず。
陽菜の視線が自らの琵琶に向いていると楽法が気づいた。
撥を出し、琵琶を構える。
「道順様と疾風殿を起こしては悪いが」
くすりと笑った。
「今日は許されましょう」
楽法はゆっくりとした旋律を奏で始めた。
打ちのめされた陽菜の心を励ますつもりか?
はたまた亡くなった二人の仲間の鎮魂のためか?
陽菜は瞳を閉じ、しばらく黙って琵琶の音を聴いた。
しばらく後、楽法の手が止まり演奏が終わる。
陽菜が両眼を開け、楽法を見た。
楽法が、にこりと笑う。
「二人の仇を討つためにも我々が落ち込んでいてはいけません。闘志を奮い立たせ、戦いに備えるのです」
陽菜が頷く。
その視線は楽法の琵琶へと移っている。
「そんなに興味がありますか?」
楽法が問うと今度は陽菜が恥ずかしそうに微笑んだ。
「楽器を持ったこともないので」




