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さて、出発進行・・・?

「もうあらかたの馬車は出ちゃったよ?お兄さんが行く場所の馬車が残ってるかな?」


「ん?いや、別に俺は馬車に乗ろうとは思っていなかったが?」


「あれ?そう言えば旅をするような格好には見えないや。荷物は無いし、あ、待ち合わせ?」


 何だろうかこの子供は、と俺は思った。用があるならハッキリと手短に用件だけを言えばいいモノを、雑談を入れてくるくらいだからそこ迄の用事など無いのだろう。


 俺の肩まで位の背丈で、マントを羽織り、フードを被ってその顔は見えない。

 それに声の方も幼い響きをしているのだが、それが男なのか、女なのかの判別が付きにくい感じだ。


「用はなんだい君?聞きたい事があるなら要点を纏めてくれないか?」


 別に俺は機嫌が悪くなった訳では無い。俺は子供に知り合いは居ないし、正体不明の子供に声を掛けられるような事もしていない。

 いや、俺の服を珍しがって揶揄うために子供が声を掛けてきたという可能性はあるかもしれない。

 もしくは罰ゲーム的な何かで俺へとちょっかいを掛けてこい的ないじめ?みたいな。


「ああ、ゴメンゴメン。もしお兄さんの目的の地への馬車が無くなっていたらウチはどう?って感じだよ。朝の分はもう粗方出発しちゃってるしね。次に出るのはお昼丁度だからさ。乗り遅れたのかな?ってね。」


 そう言ってフードを取ったその子供は赤い髪の毛の女の子だった。


「何で分かったの?って感じの顔してるね。アタシはこの仕事長いからさ。分かっちゃうんだよねえ。」


 どうやら長年の勘だと言いたいらしい。子供ではあるが御者の仕事をずっと続けてきていて客を見極める目を養って来ていたのだろう。


「いや、先程も言ったけど、馬車には乗らないよ?歩いて行くつもりだったし?」


「えー?乗って来なよ。って言うか、何処に向かうつもりだったのかまだ聞いてなかったね。何処に行こうって言うの?近場?遠くじゃないよね?だって荷物無いもん。」


 取り敢えずしつこく聞いて来るのでちょっと鬱陶しく感じつつも俺は答える。金を稼ぐに客引きするのだ。これくらいはやってのけないと稼げないだろう。


「ダンジョン都市まで行くつもりなんだけど。歩いて行くつもりだし、馬車は要らないよ?」


「え?何言ってるの?ここから行こうとすると歩きなんて12日は掛かるよ?馬車なら6日じゃん。ちょっとくらいお金出して馬車で普通行くよ?お金無いの?」


 失礼な事を言われた。金が無いのか?と。初対面でソレは無いだろうと思う。けれども相手は子供だ。幾ら何でも怒る気にはならない。


「お金はあるよ。馬車が必要無い理由は人それぞれでしょ?まあでも、そうかぁ、そんなに遠いんだねぇ。」


 コレに俺はこの世界の「距離」の事情を感じた。そりゃ車も、電車も、飛行機も無いのだ。それだけ掛かるのは当たり前だった。

 俺は魔法で身体を強化できるので、常人では出せない速度で走れるので「基本」が「普通」が分かっていない。

 だからここでこの子供から「常識」を教わった事は非常に有益だ。


「知らないで歩いて行こうと思ったの?アタシの馬車を使いなよ。お安くしとくよ?とは言っても、他の馬車が無いって名目で特別料金取るし、ついでに特急をご要望ならソレは別で追加料金取るけどね。どう?」


 俺は今なら空を飛んでビューンと一っ飛びで目的地へと到着できる。しかしここで考えた。

 常識を身をもって体験した方が良いのではないか?と。まあ、今更だが。馬車の乗り心地にも慣れておかねばならないかな?と。

 この子供には距離の常識を教えられたので、そのお礼の代わりとして馬車に乗って行っても良いのかもしれない。


「じゃあお願いするかな。幾らだい?」


「よっし!お兄さん荷物も無ければ食料も無さそうだし、全部諸々コッチで準備して金貨八枚でどう?」


 そもそもこの値段が適正なのかが俺には分からない。この世界の「料金」の常識が俺には無い。

 ボッたくられていても俺には全く分からないのである。しかし別段俺はこの世界のお金に執着をしていない。なので言い値を支払うつもりで聞く。


「なあ?カードの引き落としはできる?やっぱ現金じゃないと駄目か?」


「ええ・・・お兄さん、普通馬車の利用は現金だよ?何?そんな事も知らないの?上等そうな生地を使ってる服着てるし、どこかのお坊ちゃん?」


 何だかボコボコに言われているが、別段俺はそんな事を気にする精神は持ち合わせていないのでスルーする。


「じゃあお金引き出してくるから、ここでちょっと待ってて。」


 俺は冒険者ギルドに行って先程の料金分だけでなく、他にも多めに銀貨、銅貨を下ろしておこうと考えた。

 ギルドに到着すると受付には他の人が並んでおらずに直ぐに用件を済ませる事ができた。


(インベントリの中に入れておけば別段嵩張ったりしないんだから、少し多めに下ろして入れておくか)


 今後にもこう言った事が多くあるだろうと思い、ちょっと受付から引かれるくらいの額を引き出しておいた。

 金貨30、銀貨80、銅貨100である。前にも小銭が必要だと考えて幾らかはインベントリに入れていた金はあった。しかし今回の事でこうして多めに持っていればニコニコ現金払いしかできない時に、一々カードから下ろすと言った手間を取らないで済むはずだ。

 と言うか、これまでインベントリに幾ら位入れていたかすら忘れていたくらいである。もうちょっと管理をしろと自分に言うべき所だ。


 こうしてギルドで大金と呼べる額を下ろした事で、またギルド長が出てきて俺に一言「そう言う事は事前に私に申告して」と注意を受けたりした。


 そんなこんなで時間は少々かかったが、こうしてお金を確保した。なので客引きをしてきた子供の所に戻る。


「あれ?本当に来たよ。逃げられたかと思ったけどね。じゃあ、こっちだよ。来て。」


 俺はここでちょっとだけ疑問に思う。この門の前に馬車を用意してある訳じゃないのか?と。

 こうして到着したのはかなりしっかりとした馬車だった。しかしそれを停めておいてある場所が何だか怪しかった。

 メイン通りを外れた寂れた道のぼろぼろの小屋である。何でこんな場所に隠す様に馬車を停めてあるのか、それを質問してみた。

 コレにこの子供が返してきた答えはと言うと。


「ああ、アタシは「潜り」なんだよ。だから正規のじゃ無いんだ。と言う訳で、お客さんはこの荷物の中に紛れて隠れておいてねー。」


 何とも馬鹿らしい話だった。俺はこのマルマルから隠れて逃げ出す様に出て行かねばならないらしい。

 まあ、今まで門など通らずにワープゲートで勝手に出たり入ったりを繰り返していたりした俺が言えた事では無いのかもしれないが。

 それでもこうして逃亡するかのような手口で門を抜けるのは抵抗がある。


「こんな立派な馬車を持っているのならば手続きでも何でもして仕事でマトモに稼いだらいいじゃないか。」


 当たり前である。俺は正論を口にした。しかしこれに返されたその答えは世知辛い。


「あー、相続税?って言うのが発生するらしくってね。両親は死んじゃってるの。その税が払えないんだ。だから隠し持ってるの。資産何だって、この馬車も、馬も。で、払おうとするとこれを売るしかない、ってね。矛盾してるでしょ。」


「分割で支払えばいいだろうに。そこまで稼げない仕事なのか?」


「見ての通り、私子供でしょ?そうなるとね、周囲の腹の黒い大人が寄ってたかってアタシを騙して金を奪おうとするやつらばっかりでさ。残ったのは隠す事ができたこの二つだけ。子供がコレを隠すなんてよくできたと思うよ当時。これまでこうして上手く隠し通せてたのが凄く幸運なんだ。・・・だけどもうそろそろ限界、って時にお兄さんを見つけたんだよねえ。」


 両親が死んだ子供が引き継いだ遺産を狙う親戚、といった話はまあ、良くありそうな話だ。

 金に汚い面の皮のブ厚い大人たちが寄って集ってハイエナのように骨まで食らい尽くす、などと。


「ふーん、哀れだねぇ。仕方が無い。助けると思って静かに荷物の中に隠れさせてもらうよ。ああ、それと特急料金も頼めばより助けになるかい?」


 根本的な解決にはならないだろうが、この子にそこまで親身になってやる義理は無い。

 なのでせめてと思って追加で特急を頼んだ。支払いと言う形でこの子を助けてやるくらいは良いだろう。


「まいどあり!お兄さんなかなか優しいね。じゃあコレの中に入って。」


 俺は言われた通りに積んであった空の樽の中へと身を屈めるようにして入る。大きな型の物だったので悠々と中へと入る事ができた。

 取り敢えず樽だけで無く様々な木箱が積まれていたのできっと荷運びに偽装でもしてあるんだろう。

 ここでふとまた疑問が浮かぶ。


(御者の仕事を潜りでやっているなら、当然荷運びの方も真っ当に正規で出来るはず無いじゃんか)


 俺は騙されているとそこで気が付いた。この馬車は当然門を通って外に出るのだから、人を乗せていても、荷物を載せていてもどちらも同じだ、関係無い。

 俺が入った事でその子供は樽を蓋で塞いでくる。そして蓋を固く閉めて俺を出られない様にしてきた事でそれを確信した。


「まあ、このまま何処に連れて行かれるのかちょっと興味が湧いたな。大人しくしてこのまま相手方の出方を待とうか。こんな真似、裏に誰か居るに決まってる。さてさて、俺をどうするつもり何だか・・・」


 俺はガタゴトと動き出した馬車の揺れを感じながらこの後の展開に思いを馳せた。まんまと樽に閉じ込められた自分の間抜けさをすっかりと忘れて。


 暫くはゴトゴトと馬車の揺れに身を任せていたが、つまらない。いや、旅につまらないも何も無いのだが。


「ん~!っと。さて、こうして出てきたけど、鬱蒼とした森の中。周囲に他に人の気配無し。おまけに道の整備ができてないから揺れが激しい事、激しい事。」


 俺は樽から出て背伸びをする。いい加減身体がカチコチになりそうだったから樽から脱出をしたのだ。

 これまで大人しく入っていたのはこの子供が俺をどうするつもりなのかを探る為だった。

 しかし長時間の同じ姿勢でいる事に限界がきて樽の蓋を無理矢理開けて外に出たと言う訳だ。

 出発から今の今まで周囲には魔力ソナーを使って周辺状況の把握はしていた。なのでこの馬車が街道を逸れて別の道に入った事も知っている。


 樽の蓋を無理矢理に開けたと言ったが、別に子供には気付かれてはいない。

 今も御者台に座って前方を見ている。出る時に音を立てない様にと魔法で防音、吸音をしていたので音など響かなかったのだから当たり前だ。

 俺が樽から脱出するなんて思ってもみないんだろう。暴れたら音で分かると判断しているはずだ。そしてこれまで俺はずっと樽の中で身じろぎ一つせずに静かにしていたのである。

 おそらくは寝ているか、もしくは出られない事を知って諦めているか、と言った風に思われていると見られる。


(さてと、何処に向かってるのかね?こっちの道はどうやら今は使われていない道なのか、或いは通行する旅人が只単に少ないとか、滅多にいない道なのか)


 俺はデコボコ道から受ける馬車の衝撃から身を守るために宙に浮いている状態だ。こういった事までコントロールできるまでになった。

 なので俺の尻は守られている。床に直に座っていたら俺の尻と腰が衝撃でヤバい事になっていただろう。

 こうして俺はこの馬車が何処まで行けば止まるのかをじっと待つ事にした。


 この状況的にみて俺は騙された、という可能性が一番高い。しかし、もしかしたら本当にこの子供は俺をダンジョン都市に連れて行ってくれている可能性も小さいが残っている。

 この道がもしかしたら近道だったりすると言った具合に、である。特急料も出すと俺は言ったので、普通は使わない道を使っているとか。


「でも、ハズレなんだよなあ・・・残念。前方に十名の武装した男ハッケーン。どうしたモノか?」


 まだ決まった訳では無い。この子供がこいつらと共謀していると。


「もうその姿が見えて来てるのに、その広場になっている所まで何の戸惑いも無く馬車を進めるとか。無いわー、無いわー。」


 野営用だと思われるちょっとした広く取られたスペースにそのまま馬車を進めていく御者の子供。


「こんな所でお客さん、とか?あり得ないなあ、自分で言ってて。にやにやしてるよ、あいつら。」


 こんな森の中に停車駅みたいなのがある訳では無いだろう流石に。どう見ても、考えても、この男たちはこの馬車を見ている。獲物がやってきた、みたいな目で。そんな態度は断じて客がするものじゃない。


「はい確定。なんだかなあ?こんなのに引っ掛かるって、俺そんなチョロい奴だったんだな・・・」


 俺は自分に落胆する。こんな子供までこんな犯罪の一員だとは思ってもみなかった。


「よう!首尾はどうだ?ここに来たって事は頭のすっからかんな奴を捕まえてきたんだろ?」


 この男どものリーダーなのだろう一人が代表で子供へとそう話しかけた。すると馬車は広場に入って停車した。


「いやー、ほんと、馬鹿みたいにホイホイ上手く行ったよ。って言うか、あんな臭い嘘話を信じるとか、良い人、って言うか、間抜けだよ。」


 子供は何にも悪びれた様子も無くそう言葉を吐く。


「じゃあそいつの身ぐるみ全部引っぺがして、いつものように縛って放置してくぞ。どれに入れてきたんだその間抜けってのはぁ?」


「その一番大きな樽の中だよ。ちゃんとしっかり閉めてあるから蓋開ける時は気を付けて。」


 当然俺はその中にはいない。そして俺は今、魔法で光学迷彩を使用して姿を消しているので気付かれていない。

 さて、どう言った反応をしてくれるか楽しみだ。面白いリアクションを求めたい。


「・・・おい、どういうことだ?この樽だろうな?本当に?軽いぞ。何も入っちゃいない。」


「嘘だろ?ここまで来る間に抜け出て逃げたって?あり得ないぞそんな事!いつものように逃げ出せない様に固めで閉めてそのまま真っすぐに寄り道せずにここに来たんだぞ!?」


 いつものように、この言葉で常習犯だと言う事が分かる。しかしこう言った犯罪以外にも別件で幾つも他の犯罪を犯しているんだろうこいつらは。


「おい!お前ら周囲を探すぞ!デリー、ここまで来るのに回り道なんてしてきて無いだろうな?」


「そうだよ!回り道する意味なんて無いって!ちゃんとマルマルで樽詰めしたんだ!私のこの手でやったんだよ!?今回だって変わりゃしない!」


 男どもは馬車が来た道を辿って俺がどこかに潜み隠れていないかを捜索し始めた。

 しかし、見つからないようでデリーと呼ばれた子供を怒鳴る。


「お前!どうして居ない!本当に乗せてきたんだろうな!?ァァ!?」


「嘘じゃ無いって!樽に詰め込んだ時からずっと静かで!逃げ出すなら暴れるだろ?そんなガタガタと派手に動けば絶対に気付くって!」


「樽に何ら仕掛けもされてねえし、ガタがきていて蓋が容易に開けられるようになってたって形跡もねぇな。・・・お前、化かされたんじゃねえのか?魔法使いに?」


「ちょっと!そんな風には見えなかったよ!変な服着てたけど、それは良い生地使ってたし。モノを知らない奴だったからどっかの箱入りのお坊ちゃんだと思ったんだ。しかもだよ?ダンジョン都市に向かうって言うんで諸々入れて金貨八枚って吹っ掛けてやったら素直に払うって言って金まで下ろしに行ったんだ!しかもアタシが付いた嘘に同情までした馬鹿だよ?魔法使いとかありえないじゃん!」


 散々言われているが、俺は別段気にしない。この二人のやり取りをまだまだ観察するつもりである。いつ姿を現したら一番ベストなのかを見計らっているのだ。

 何を見計らっているか?ソレは俺が姿を見せた時にこいつらの驚きが頂点になるだろうタイミングである。


「・・・おい、待て。お前今なんつった?もう一度言ってくれ。」


「え?何をさ?・・・同情したんだって所?違う?え、じゃあ吹っ掛けた金額?もっと前?ダンジョン、お坊ちゃん?変な服着てて良い生地使ってる?」


「おい、変な、って、具体的にどんなか説明はできるか?」


 ここでどうやら何か違和感をリーダーの男は感じたようだ。しかしデリーは全くコレに気付いていない。

 そうしていると俺を捜索していた奴らが戻って来る。どうやら見つけられなかった、と言った結論を出した様子だ。


「いねえな。大分向こうまで探したが、逃げられたな。そうなるともう追い付けないだろ。」

「森の中に逃げたっていうのは可能性としちゃ低い。逃げられたとしても今回は訳が分からねえ。」

「通報されると思うか今回のは?と言うか、本当にソイツ、樽の中に居たのかよ?足跡すら見つけられなかったぜ?」

「これまでデリーが嘘を俺たちに付いたとか言った事は無かったよな?だとするとどうやって気付かれずに逃げ出せたんだよ?」


 見つけられないどころか、馬車から逃げ出したと思わしき痕跡も見つけられない事に困惑をする男たち。

 しかしデリーはリーダーに言われた「変な服装」を具体的に説明しようとして口を開く。


「ほら、お貴族様が着てるのを見た事ある?あのほら、勲章とかゴテゴテに付けたあれ。それをもっと単純にしたスッキリした上着?履いてるのも、もっと地味でさ。うーん?・・・ああ、ほら、これこれ、こいつが着てるのが・・・って!?」


 俺はさりげなくデリーの視界内に現れた。他の男たちの目に入らない角度で。


「ぎゃあああああ!?コイツ何処に今まで居やがったぁァぁあ!?」


 デリーはコレに叫ぶ。これに他の男たちがビビると言う面白い光景になる。急に叫びだしたデリーに男たちは驚かされたのだ普通に。

 そしてデリーの向いていた視線の方向に気付いてバッと全員がそちらを向くのだが。


「・・・おい、誰も居ねーじゃねーか。何を大声出してんだよ。驚かせんじゃねーぞ。まさかお前、自分のヘマを誤魔化そうとしてんじゃねーだろうな?」


「違うよ!アタシが樽に詰め込んだ奴が今そこに突然現れた!しかもアンタらがソッチを見ようと動いた瞬間に消えたんだ!」


 コレに男たちは再びビビるが、少しだけ間が空いた後に呆れた言葉を漏らす。


「何が出てきて消えただ。何処にも何も見当たらねーじゃねーか。」

「お前嘘つくならもっとマシなのを吐けよ。」

「自分の失敗を認めたくないのか?そうならそうと言えよ。」

「周囲を見渡したって影も形もねーじゃねーか。」


 口々に男たちはデリーへと非難の声をあげる。ここでまたしても男たちの視線がデリーへと集まったので再び俺はまたデリーの、デリーだけの視界に入る場所に姿を現した。

 もちろん俺は魔法で光学迷彩で出たり消えたり自由自在だ。スッと姿を現したら、またスッと消える。


「ひぃ!?また出てきた!今ソッチ!そっちの森の奥!居た!確かに居た!」


 男たちがこれにまたしてもデリーの視線の先へと向くのだが、当然そこには俺はもういない。

 姿を隠しだけなら障害物に当たるとそれが動いて存在をばらしてしまうのだが、あいにくと俺は空を飛べるのである。


(姿を隠して宙に浮いてと。まあ、悪戯がはかどるねぇ)


 冷たい視線が男たちからデリーへと向けられる。しかしここでリーダーの男がそれを制止した。


「お前ら、止めとけ。こんなくだらない事にこいつは嘘は言わねえ。それに、俺に思い当たる節がある。デリーが連れてきたって奴はもしかしたら俺たちの手に余る・・・、いや、手を出しちゃならねえ相手だったかもしれねえ。」


 リーダーがそう言うモノだから他の奴らがお互いの顔を見合わせる。


「聞いたことあるだろ?マルマルでの妙な恰好した奴の話は。俺は今までこの話が尾びれ背びれが付いて誇張された話だったと思ってたが。嫌な予感がする。直ぐに逃げるぞお前ら。」


(逃がすはずが無いんだなあ、これが。アラヨッと)


 俺は先ずリーダーの男の脚を蹴っ飛ばす。勢いをつけて思い切り、である。

 バキリ、と固いモノが折れる音がする。そして同時に男はすっ転ぶ。


「いぎいっぎぎぎぎぎいいいい!な!?なんだあああああ!?」


 コレにギョッとする一同。当然だ。勝手にリーダーがその場で転倒するのだから。

 逃げると言っておきながらそんな事になっているのを見て誰もが硬直する。

 透明なままで動いている俺の事なんて気付けるはずが無い。なのでコレに襲撃を受けているという認識に入るにはまだまだ時間が必要な様子だった。


 そしてさらに俺は敵を容赦無く行動不能にしていくためにその隣に居た男に一撃を入れる。同じく脚を、そいつの脛を蹴り折る。

 普通は曲がらない方向へといきなり脚が曲がってしまったそいつは立っていられなくなってそのまま地べたに尻餅をついた。


「うぎゃあああああ!?俺の、お、お、俺の脚イイイイィ!?」


 またしても仲間の脚が折れたのを見て警戒で剣を抜き始める男たち。この反応からするに大分戦闘慣れしていると見られた。だけど、無駄だ。


「げぇえぇぇえぇぇええー!?どうして脚ががががが!?」

「おごあぁァ!?俺の脚もぉおおぉぉお!?」

「お前らどう言うこおごごごごご!俺の脚までぇぇぇぇえ!?」

「何だってんだ!?何だってんだよおお!?・・・あぎゃ!?」

「なんだ!脚が折られていってるのか!?俺たちを逃がさないつもりか!?・・・いげぇ!?」

「分かってりゃ防げる・・・分けねえだろうが!駄目だここに居たら・・・ぎぇえぇ!」

「俺だけでも逃げてやるううぅうぅう!・・・うごぉお!」

「ち、ちくしょおおおお!自棄だ自棄だ自棄だああああ!・・・あぎゃ!」


 コレで男たち全員の脚を折って容易に逃げ出せなくした。最後は残り一人だ。

 そして相手は子供、とは言え、俺はこれを許すつもりは無かった。

 子供とは言え、犯罪に慣れていて、しかも少しも悪びれた様子も無い。反省もしていない。

 これまでの発言で俺の事を散々馬鹿にした言葉を吐いていた事からそれが窺えたのだ。まだ小さな子供とは言え、立派な犯罪者として扱うつもりである。


「ひいいいいいいいい!?な、何で私だけ残ってるの!?ど、どう言うつもりなんだよおおお!?・・・ま、まさか!?最後に甚振ってころ・・・殺すつもりなの!?」


「やだなあ?痛い思いをして貰ってから罪人として衛兵に突き出すに決まってるじゃないか。それだけの事をお前らはやって来てるんだろ?なら、自分たちのやってきた因果がここで応報するだけだって。」


 俺はここで姿を現した。コレにデリーは「ひっ!」と顔を青褪めさせて言葉をそれ以上発せ無くなる。


「子供を甚振るつもりは無いんだけどね。でも、しっかりと逃げ出せない様にはしておく。しかも、痛い目を見させて。」


 魔力固めで動けなくさせても良かったんだが、こいつらが言った言葉が引っ掛かっていてそのつもりにならなかった。


「こ、子供に手を挙げるなんて・・・さ、最低だよ?ね?み、見逃してくれよ。ちゃ、ちゃんと償う!罰は受ける!だから!や、止めて。」


「なあ?身ぐるみ剥いで縛って放置なんだよな?それで、そんな真似何回してきた?そうした中で今まで、それと、何人殺してきた?」


 俺のこの質問にデリーは恐怖と共に答える。


「そ、そんなの数えた事なんて無いよ!な、何でも言う事を聞くからさ?ね?ぼ、暴力は止してくれよこいつらにやったみたいな。ま、股を開けって言うなら喜んでするし、それで、それで勘弁して!」


「なんだ、今まで散々人から奪って来ておいて、自分が奪われる覚悟も無かったのか。今までお前らが被害者にしてきた事をここで自分たちがされ返されているだけじゃないか。文句は無いだろう?お前らの流儀に俺も付きあっているだけだ。痛い目見させて逃げ出せない様にしてから、罪を償わせるために出す所にキッチリと連れて行くだけだ。ここで殺しはしないから、安心しろ。」


「・・・い、い、い、いやだあああああああ!」


 俺のこの返答を聞いて叫ぶデリー。次には俺へと背中を見せてこの場から離れようと必死に走り出す。

 でも、いつまでたっても俺との距離は遠ざからない。何せ俺がデリーを宙に浮かせているからだ。

 幾ら脚を高速で動かしても、その足は地を蹴る事が敵わないのだから先へと進めるはずが無い。


 デリーは流石にまだまだ子供、罪を償って娑婆の空気を再び吸う事が充分可能な歳だ。

 ならばここはしっかりと大人として、やってはいけない事を子供に躾として教えておかねばならない。


「なに、痛いのは暫くの間だけだ。治れば痛みを少しづつ忘れて行くさ。今までお前らの被害を受けた人たちには戻って来ないモノが多いだろう。それに比べたらかなり甘い処置だろうさ、それを思えばな。」


 絵面的に見て、訳を知らない人が見ていたらもの凄く酷い事をしているように見えてしまうだろうし、俺が外道の様にも見えてしまうそんな状況で、俺としてもなかなかにしんどい。しかしここで俺は心を鬼にしてデリーの脚を思いきり蹴った。

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