諦めない相手に対応するのは非常に体力が必要
地面からは土で構成された触手が生えてくる。そして俺へと向かってくるその集団へと横薙ぎをかけた。
一網打尽、と言って良い光景だったんだろうと思う。三十名が一纏めになって空を飛んだ。大体高さはざっと2mはいったか。
飛距離も5m程となかなかに盛大に吹っ飛んだ。地面から生えたその触手の勢いは三十名の全身鎧を着た重量の男たちを誰一人余す事無く吹き飛ばしているのだ。これの威力がどれだけあるのかはもうこの一回で充分に理解できただろう。
さて、誰が何を理解したのかと言えば、残りの動けない兵たちの事である。俺は一拍だけ間を開けてから宣言した。
「今からこれを全員に吹っ掛けます。逃げたい方は今すぐに動かないと巻き込まれますよ?じゃあ行きますね。ぶっ飛ばされた方は直ぐに逃げなかった自分を恨んでください。あ、あとこの馬鹿の事も恨んでください。」
俺はカリブルを指さしてそう言葉にする。これを合図に俺は二本、三本、四本、五本と触手を次々に増やして見せる。
演出だ。先程の威力の触手が俺の意志でいくらでも増やせる事を教えるためのアピールである。
コレで兵たちは逃げやすくなっただろう。たちまちのうちにそこらじゅうで兵たちの悲鳴が上がる。
「ひ!?ひやあぁァぁァぁァあ!」
「な、何だよ!こんな話聞いてない!」
「嘘だ!夢だ!か、簡単な仕事だって聞いたのに!こんな得体の知れない奴の相手なんてしてられるか!」
「こ、侯爵家のボンボンが金出すって言うから稼げると思ったのに何だよコレはよぉぉぉぉ!?」
「後ろ盾が大物貴族だからこっちは安心して暴れられると思ったのに!一体全体俺は何を相手にさせられてるんだ!?」
「ち、違う!俺は別に殺しをしようとなんて思って無かった!た、助けてくれ!」
「こ、降参する!するから命だけは勘弁してくれぇ!」
「や、止めろ!そ、それをこっちに向けて来るな!向けてくるなああああああ!」
「近づいて来る・・・お、俺は逃げさせてもらうぜ!あんなものに殺されて堪るかよ!」
「ギャ!?お、押すんじゃねーよ!くっそ!やってられるか!こんな悪夢を見させられるために此処にいるんじゃねえんだよぉ!」
瓦解した。五百居ると言っていた兵は次々にバラバラに散っていく。一目散に逃げるのに自分の着ていた鎧を捨てて身軽になって逃げる者もいた。
半数以上はコレで減ったのだが、まだ様子見をしようとしている呑気な奴らと、それと勇敢にも俺、もしくは触手へと立ち向かう者たちも少ない数だが現れた。
でも、それも虚しい。一薙ぎでそう言った奴らは吹き飛んで戦闘続行が不可能になる。大抵は宙高く舞い上げられてそのまま受け身も取れずに地面へと衝突。
今の所は死人が出ていない事がそれこそ奇跡、と言っていいくらいには、吹き飛ばされる兵の数は多い。打ち所が悪ければ死んでいるだろうな、と言った高さから落ちて誰一人として死亡していないのは本当に運が良いのだろう。
こうして逃げなかった奴らはきっと報酬の金額にでも目が眩んでいたのかもしれない。カリブルが幾ら位こいつらへの金を用意していたのかは知らないが、こう言った者たちの末路とは大概が上手く行く事は無い。
「ああ、もしくは本当に忠義でこの侯爵家に仕えている者たちだったりする可能性もあるか。向かってきた兵の中にそう言った人物もいたのかね?」
忠臣だと言うのであれば、寧ろこんな場所にまで付いて来る前にカリブルをそもそも止めているはずで。それこそここには当然の事ながら付いて来ているような事は無いだろう。
カリブルみたいな屑にはそう言った実直な部下は勿体ないなあ、などと考える。
まあ、本当に侯爵家の未来を憂いていただろう家来なら、自分の身をもってしてもこのデブを止めるべきだったはずだ。こうなる前に。
そしてそう言った忠臣と言うのは自分の仕える者の安全を心配し、優先するものだ。そうなるとここで抵抗を見せてきた兵たちの中にそう言った者はいない率の方が高いかもしれない。
「まあそんな面倒臭い事、確かめようとは思わないけどね。」
既にもう一通り片付いた。この場に立っているのは俺とカリブルだけになっている。
「そんなバカなぁ!?五百だぞ!この場にこれだけの数いたのになぜ貴様程度の小僧を殺す事ができないんだぁ!」
さて、この発言でカリブルは反省もしていない、絶望もしていない事がすぐに分かる。
自分の力が通用しない事が、その目で、そして目の前で見ていたのに呑み込めないのだ。事実を受け入れないでいる。
「貴様なんぞに私が!?この私が屈する!?あり得ない!あり得ないんだそんな事はぁ!」
カリブルは取り乱しているのだが、俺への具体的なアクションと言ったモノは取らず、言葉だけで俺を否定し続ける。みっともなく喚き続けるだけ。
コレに俺はどうしたらいいかと悩む。流石にこいつを殺すわけにもいかないだろうとの判断で、である。
「これだけやって「見せしめ」してるのに、何でこうも頑なに自らの敗北を悟らないのか?いい加減ここまでくると、どうしたらいいか良いアイデアは出てこねえな?」
いっその事、死なない程度に痛めつけて「調教するか?」と言った事も頭に浮かんでくる。けれどもそれでもこのカリブルが大人しくなる様なイメージが湧いてこない。
まあ、流石に長時間に及び拷問を続ければ、その根性は折れるだろうと思うのだが、俺が逆にそんな事に長く付き合いたくは無い。
この間ずっとカリブルは喚き続けているが、その言葉は俺の耳には入らない。
俺が「この後どうしようか?」と考えている時にその集団はこちらへと近寄ってきた。
馬に乗った騎士、と言ったら多分良いのだろうと思う。美しく磨かれた鎧にきらりと日の光が白く反射する。
十五名の騎士、そしてその騎士たちが守るかのようにしている中から一人、どうにも「お役人様」と言った人物が現れた。
そしてカリブルへと自分の役名と、ここに来た目的を口にした。
「私は王家から派遣されました特別執行官のケンドラルです。この度、カリブル殿を捕縛しに参った。」
この突然の事にカリブルが口を大きく掛けたままに黙った。
俺はコレに王子様がしっかりと準備しておいてくれたのかな?と思考して土の触手を引っ込める。
「と、特別執行官など聞いた事も無いぞ!?う、嘘を言うな!王家だって?わ、私は何もしてないじゃないか!私を罠に嵌めて騙す気だな!?」
「こちらが令状です。見た事はありますか?この国印を。いや、まあ、しかし、アナタの様な家に居ずにほっつき歩いて各地で問題を起こしているような者が国王陛下からの直々の署名と印など一目だって見た事は無いのでしょうな。これではアナタに本物かどうか疑われてもしょうがないのでしょう。」
思いっきりこの特別執行官殿はカリブルを馬鹿にした。コレに顔真っ赤になるカリブル。
「そうだ!お前らなんて知るものか!私を捕まる?ええい!捕まえるならそこのソイツを捕縛せんか!この侯爵家の私に対して暴力を振るって来たんだ!そうだ!コイツをお前らが捕まえるんだ!」
この期に及んでこの特別執行官に俺を「捕まえろ」と命令をし始めるカリブル。頭が悪い。
「・・・一応情報は収集してアナタの事を調べましたが、これほどとは。愚か者は何処まで行っても往生際が悪い。もう一度言いましょうか?私たち、派遣されたここに居る者たちはアナタを、「侯爵子息」を捕縛、城へと連行しに参ったのです。大人しく罪人として捕まって頂きたいのですがね?アナタの命令を聞く筋が全くこちらに無いのです。そこら辺は御理解して頂いて・・・いませんね。」
「うるさああああい!黙れ黙れ!コイツを捕まえろと私が言っているのが聞けないのかお前らぁ!」
錯乱しているとしか思えないカリブルのこの言動。こうなるともう根本的に大人しく捕縛なんていった事はできない。
多分ケンドラルはカリブルに神妙にお縄について貰いたかったのだろう。侯爵家の名誉をこれ以上傷つけないために。
この場に一緒に居る騎士たちのカリブルを見る目がもの凄く冷えて来ている。これ以上何を言っても無駄、と判断をしているのだろう。
「そもそも罪状は何だと言うんだ!?私を捕まえるだとぉ!馬鹿を言うなぁ!不満がある奴は金を積んで黙らせて来たんだ!ここに来て訴えをするだと?金を返せと言うモノだ!」
問題はそこか?と思わず言いたくなる主張をカリブルはしているが、これは証言として自白と捉えられる内容だろう。
執行官殿はこれまでカリブルを調べてきたと言っていた。そしてこれだ。その中身を肯定するような発言をカリブルはしている。
金を積んで解決できなかったモノは権力でも使って、或いは単純に暴力などで脅したりして黙らせていたのだと推測できる。
「さて、御自覚があるようですな。それなのに捕まる気は無い、と。さて、金で解決してきたとおっしゃりましたが、金で解決できなかった事案はどうなのですか?」
執行官殿もそこら辺の事をもう既に調べ尽くしてあるんだろう。後はこの場での御本人の口からの言葉を吐き出させるために質問をした。
そしてコレに黙っていればいいモノを、カリブルはまだ怒りが冷めやらぬのか、口を開いて証言し始める。
「その様な屑共は無理矢理ねじ伏せてやったわ!平民如きが私に逆らうとは言語道断なのだぁ!金を払ってやると言った時点で有難く受け入れておればいいモノを!どいつもこいつも私を舐める者たちには痛い目を見せて解らせる!侯爵!私は貴族だぞ!?」
ここまで愚かだと「道化」と言う言葉ですら表現が生温い。馬鹿、アホ?ドジ?間抜け?トンマ?クルクルパー?頓珍漢?
どれだけこのカリブルへと馬鹿にする言葉を並べてみても、どうした所でこれほどの人物を表す言葉が見つからない。
「・・・捕縛をお願いします。呆れてもうこれ以上は話しをする気になれません。続きは城の地下牢で落ち着いてからに致しましょう。では、皆さんお願いします。」
ケンドラルはそう言葉を吐いた。すると騎士たちが一斉に動き出す。カリブルを逃さないためだ。
カリブルが逃げるとは思わないが、万が一、と言った所だろう。いや、逃げ出せたとしても直ぐにこれでは捕まるはずだ。
何せここは身を隠せるだけの障害物が無い街道である。それとカリブルはこの場合自分の脚で走って逃げる位しか方法が無い。
馬など乗っていないし、それこそ不意を突いて走り逃げ出しても、鍛えて、訓練している騎士たちから逃れられるとは到底思えない。
当然カリブルは馬をここまで乗ってきているのだろうが、今はそれから降りている。五百の兵を率いてここまでくるのに徒歩、と言った事は無いだろう流石に。
その馬も、今何処に繋げ置いてあるのかは分からない。何処にもそんなモノが見えないからだ。
もしかしたらどさくさに紛れて兵たちの誰かが盗んで逃げた可能性がある。それが一番可能性が高い。
「馬鹿者!私を誰だと思っている!離せ!離せぇぇ!」
騎士たちが頑丈な縄を取り出す。二名の騎士がカリブルを力づくで地面へと倒し、手首を、胴を縛っていく。
脚しかまともに動かせない位にガッチガチに縛り上げられたカリブルはまだまだ喚く。
「こ、こんな扱いをして父上が黙っていると思うなよぉ!貴様らは全員縛り首にして晒し者にしてやる!そうだ!父上を呼べぇ!私を直ぐに解放しろぉ!」
ここに来て父親に助けて貰うと言った発言を始めるカリブル。しかしこれには騎士から冷たい視線を送られるだけ。
余りに喚いて煩いのでその口にも縄をかけられて猿轡をされる状態になるカリブル。
「ふごぉ!ふぐぅ!?ふごごごご!」
どうやらきつめに締め上げられたようで既に言葉を発する事が不可能だ。口からはフゴフゴと無駄な諦めの悪さだけが吐き出されている。
「では、連行します。皆さん引き続き城までお願いします。」
ケンドラルはそう言って騎士たちに撤収の合図を出す。去って行くその時に俺へと顔を向けてきて一瞬だけニッコリと笑顔で会釈をして来た。
その笑顔にどんな意味が込められていたのかを俺は察する事ができない。寧ろ、そんな事で何を分かれと言うのか?意味深に俺へと笑顔を向けて来た事に「察しろ」と言う方がオカシイ。
「言いたいことがあれば言葉で言ってくれないと分からんよ。腹の探り合いばかりしてる貴族じゃ無いんだから。って言うか、それは俺の只のイメージだな。でも、貴族って言葉の響きにはそんな陰湿なイメージしか湧かないんだけど正直に言うと。」
去っていくその騎士たちと執行官殿の後姿を眺めつつ、そうぼやく俺。カリブルの一件はコレで終わったんだな、と思うと何だかもやっとしないでもないが。
多分コレが一番良い結末だったんだろう。罪人は捕まり、裁かれ、罰を受ける。当たり前の社会の形。
でも俺としてはカリブルに一発、物理的に痛い目にあわせたかった、と言った気持ちが無かったわけでは無い。
なのでこのもやもやはそれなんだな、と一人納得する。
「帰るか。婆さんの所に行って魔石を返却して貰おう。あ、それと香草焼きの人員・・・は、まあ、駄目だったら他を当たるか。」
とは言え、他に頼れそうな所は無い。まだしばらくは俺が店を手伝うしかないかな?そんな風に思いながら俺はマルマルへと帰還した。
そして直ぐに婆さんの家に向かう。そしてその隠れ家のボロ屋の入り口をノックする。
「婆さーん。来たぞー。入ってい良いかー?」
俺がそう声をあげるとドアが開く。すると姿を現したのは婆さんの付き人のサレンだった。
「どうぞ、中へお入りください。」
流石に前回来た時よりも警戒心は下がっている様子だった。しかしまだまだ俺へと向けるサレンの視線は鋭い。
俺が妙な動きをしないかどうかを見極める為だろう。顔はこちらに向いてはいないが、さりげなく目だけで俺を視界に入れ続けて監視を怠らない。
「片が付いたのかい?それじゃあ仕事は熟したって事で良いね?それじゃあこいつは返すよ。」
ソファに座っている婆さんが貸し出していた魔石をサレンへと渡す。どうやら俺が戻って来るまでの間、ずっと魔石を観察していたようだ。
恐らくだが量産できないかと考えていたのだろう。金になる話ならどんとこい、と言った所か。
しかし多分コレは再現できないと思われる。俺のオリジナルだからだ。刻んである刻印がどう言った物なのか、意味なのかを婆さんは分からないだろうし、それこそこれだけのキレイな球をしている魔石は作れないだろう。
「確かに返却して貰った。お仕事お疲れさん。それじゃあ次の話をしても良いか?」
「なんだい?次の話って・・・ああ、お前さんの店に魔法を扱える者を派遣してくれってやつかい?アンタ本当にウチにそんな仕事を依頼するのかい?本気・・・なんだろうねぇ。」
「だって、人材豊富じゃ無いの?良い人居たらこっちに紹介して欲しいんだけどな。とりあえず店で仕事をしている間は殺しは御法度にして貰うけどね。お金になるんだったらどんな仕事も受けてくれるんじゃないの?」
「そんな事を言った覚えは無いよ。まあでも、考えてやらん事もないさね。そうだねぇ。サレン、アンタが行ってきな。今はこれと言ってあんたに与える仕事が無くなっていた所だ。丁度いいさ。」
婆さんは俺の頼みを了承し、そしてサレンを派遣すると言い出した。コレに当の本人はと言うと。
「はい、分かりました。引継ぎは誰を?」
「私が適当に誰かを選ぶから、今から行っておいで。明日からにでもすぐに仕事に入れるようにね。」
随分とすんなりと受け入れるなぁ、と俺は驚いた。サレンに行って来いと婆さんがいきなり言うのにも驚いたが。
「えーっと?じゃあそうなるとクスイの所に先ずは行くか。何か準備をする事はある?あるなら待つけど?」
俺のこの言葉にサレンが「では」と言って二階へと上がって行く。どうやら着替えてくるようだ。
「あの子は腕っぷしもあるからね。良い用心棒にもなるさね。それに器用だし、魔力の扱いも上手い。これ以上無い人材だろうよ。」
「んん?腕っぷし?凄い優秀じゃん?そんなのを派遣してもいいの?」
婆さんと俺との会話が続く。
「いいさ、あの子はずっと私に付きっ切りでねいつも。他にも社会勉強はさせてやらないとねぇ。」
「まあそう言う事ならこっちもこれ以上は文句無いよ。取り敢えず扱き使わせてもらうさ。ああ、安心してくれ。給料はそれに見合う分払うし、休みもちゃんとあるから。」
「店の評判は耳にしているよ。あの子を派遣するのはね、私が香草焼きを店に行かずとも食べられるようにする為もあるのさ。」
「おいおい、ちゃんと店に食べに来てくれよ。まあ、いいか。」
ここで準備ができたサレンが降りて来た。その見た目は何処からどう見ても只の街娘。人込みの中に紛れたら全く目立たないだろう。
「よし、じゃあ行くか。はい、じゃあ入って。通過し終えてもそのままちょっとだけ進んでおいて。俺が後から行くから。」
俺はワープゲートを出す。そしてサレンに通るように言う。コレにサレンは「分かりました」と言ってすんなりと一切戸惑いや怖がる様子も無くワープゲートを通っていく。
「度胸が凄いな。まあ、こんな所に余計な時間を掛けられても面倒だったし、良い事ではあるか。」
俺もワープゲートを通ってクスイの家の前へと出る。そこには変わらない様子でサレンが背筋を伸ばして立っている。顔つきも全く変わった様子も無い。
いきなり遠い場所まで移動した事にサレンは多少驚いているだろうと思っていたのだが、その様子が全く無い事に逆に俺が内心驚く。
(ポーカーフェイスなのか、或いは本当に何事にも動じない鉄の心を持っているのか。まあそこら辺は考えないで良いか)
俺はそこら辺を考えない事にして家の扉を開いて勝手に中へと入る。そして声を掛けた。
「おーい、クスイ、居るかー?魔法使い連れてきた。香草焼きの店で雇うから手続きをお願いして良いか?」
クスイはテーブルで書類仕事をしていたのだが、この俺の言葉にゆっくりと顔を上げてこちらを見る。
そのクスイの視線は俺が連れてきたという「魔法使い」を見極めようとする鋭いものだった。
「エンドウ様が連れてきた方なら文句はありません、と言いたい所ですがね。その方は・・・身元のハッキリとした方ですかな?」
怪しい者を雇うわけにはいかない。確かにそこは確かめたい所だ。何せ店は今、大繁盛。
その売り上げ、金を目当てに集まって来る薄汚い心を持った犯罪者が近づいてこないとも限らない。
だから身元、身分などはしっかりと雇う上で確認はせねばならない。
「ああ、大丈夫だ。妙な真似をしたら俺が責任を持って対処する。そこら辺は信じてくれていい。」
「そうまで言われてしまえば、どうしようもありませんな。では、手続きをしましょう。こちらの書類の確認が終わってからで宜しいですかな?」
クスイの仕事が一段落するまでサレンには座って待ってもらう。その間に俺は台所に行ってお茶の用意だ。
勝手知ったる他人の家の台所。そこにテルモが現れた。
「あー、師匠。どうです?私店に戻れそうです?」
どうやらテルモが俺がここに来た事で問題が解決したのだと感じたらしい。お茶の用意の手伝いをしてくれる。
「ああ、今日にでも戻れるぞ。それにテルモ、喜んでいい。魔法使いを連れてきた。クスイの雇用契約が終わればその後は仕事を教えるから、明日からにでも現場で色々と教えてやってくれ。後は慣れてきたら交互にでも仕事に入って、休みを多めにとれるように日を決めればいい。」
この俺の返事にテルモは喜びと言う驚きでその顔を固めるのだった。
こうしてサレンは無事に契約も終わり、早速「講習」となる。となるとクスイの店では食材が無いので香草焼き店へと移動する事に。
そして店の方はと言うとまだまだ列が絶えない。そんな長蛇の列を横目に俺たちは店の裏口からスタッフルームへと入る。
まあ教える内容は前にテルモに教えた中身そのままだ。だけども今回はテルモの時みたいに、俺がサレンの魔力の器を無理矢理広げると言った事は無しだ。
その代わりに魔力薬を使用してみる事にしたのだ。婆さんの言う「魔力の扱いが上手い」というサレンが、今の状態でどれくらいできるのかを確認した後に飲ませようと考えている。
そしてサレンはどうにも優秀だ。実際にやらせてみればすんなりと全ての工程を完璧に熟してしまった。
「何でこうもめちゃクソ優秀なの?もう何も教える事無くなっちゃった。まあ、いいや。テルモ、あとは店の方に明日から研修として連れて行ってくれ。その他もろもろの仕事内容はテルモが教えるんだ。いいな?あ、あとサレンとテルモはなるべくなら下拵えを終わらせて魔力を消費したら魔力薬を飲む事をしてみてくれ。今この場でも一本グイっといっとくように。」
俺は店のコップを持ってきて、それに俺の魔力で作り出した魔力薬を満たした物をサレンに渡す。そして飲むように言う。
サレンはコレに少々眉根を顰めつつもグイっとその中身を飲み干した。
テルモにも同じものを飲ませてみたのだが、何故か二人ともアリシェルの時のように「ピョーン」と小さく飛び上がったりなどはしなかった。
「魔力薬を地味に少しづつでも飲み続ければ魔力量が上がると思うから、そうなれば処理できる総量も挙げられるだろうし、魔力に余裕もできるだろうから、そうなれば疲れの方も軽減できるはずだ。」
この俺の説明にテルモは「分かりました師匠!」と気合が入っている。どうにもサレンという「後輩」ができたという事に喜んでいるようだ。
しかしサレンの方は随分とクールな対応だ。テルモへと何ら感情の起伏を感じさせない冷たい声音で「宜しくお願いします」とだけ。
「じゃあコレで俺もようやっとゴタゴタが無くなったなあ。よし、それならダンジョン都市へレッツらゴーって感じだな。つむじ風の皆と会うのが滅茶苦茶久しぶりな感じがする。」
この後はサレンに自分で処理をした香草焼きを食べさせて感想を聞いてみた。すると表情は一切変わっていないのに、声だけは冷たさが少々和らいだ感じで「美味しいです」とこぼした。
続いてテルモには俺が店に出ていた時に出していた香草焼きの件を話す。柔らかさと噛み応え問題の事だ。
これにテルモは実際に食べてみたいと言うので明日は俺も店に出る事に。
今日の香草焼きはどうやら俺たちがこうしている間に完売していたらしく、外では食べられなかった客たちの慟哭が響いていた。
そして翌日の早朝、俺は約束通りにテルモに俺が完成させた「柔らかい」と「噛み応え」を両立させた香草焼きを食べさせ、店を出た。
サレンもそれを試食したのでその内に再現はできるようになるだろう。これから慣れてくればテルモと交代でシフトに入って仕事を熟していく事だろう。そうしてこの店をより一層の人気店に押し上げるに違いない。
「よし!マルマルにはもう大きな問題はこれ以上無さそうだな!じゃあ皆の所に向かうとするか。」
俺はつむじ風の皆が向かったダンジョンが周囲に多くあると言うその都市へと向かう気になる。
そして事前に調べておいたその都市へと通じる街道の門へと足を運んだ。
「別段急ぐでも無いし?そうだなあ。ゆっくりと旅行気分で行こうかな?・・・ワープゲートがあるからいつでも好きな時に好きなだけ戻って来れるってズルいよなぁ・・・」
そんな事をぼやきつつも到着した時にハッと気づく。
「あれ?おれ、そもそもワープゲートあるし、門から一々出て行かなくてもよくね?ついでに言うと出たり入ったりとかって門番がチェックするけど、俺の格好って目立つしなあ?あんまり出入りをするのに門を使うのはしない方が都合良い?」
しかも今は空すら自由に飛び回れるようになった。初めて入る都市や街ならばいざ知らず、ここはマルマルだ。
門を使わずにワープゲートで行ったり来たりを繰り返している。それこそ門を通る意味が無い。
「まあ、こういうのも偶にはいいじゃないか、うん。そうやって俺が「非常識」をホイホイやってたらこの世界の常識にいつまでたっても慣れて行かないしな。」
そう考え直してみると改めて思う。
「ダンジョン都市まで歩いてどれくらいの日程なんだろうな?普通は馬車で向かうだろ?で、その馬車は何日かけてその都市に到着するんだ?」
しかも俺はインベントリがあるので荷物は無く手ぶら。そもそも遠く離れた地域に行こうと言うのにこの見た目では全く旅行をするような姿にも見えない。
「旅行代理店とか在ったりしないんだろうか?まあ、無さそうだよなあ?」
そんな事を門前の広場の隅っこで考えて立ち止まっていたら声を掛けられた。
「ねえそこの変な服着たお兄さん。ウチの馬車を利用しない?」




