美味しい、嬉しい?
とりあえずこの事はクスイに話しておいた方が良いだろうと言う事で家の中に入る。するとクスイは書類仕事を熟している途中だった。
「クスイ、大丈夫か今?ちょっと面倒なのが現れたんだが。」
テルモの荷物はインベントリに収納した。荷物が多過ぎたのでクスイの家の中に入れるのはどうかと考えて。
中空にぽっかりと開いた黒穴に買い物したモノがポイポイと入っていく光景が、テルモの意識をまたしても宇宙の彼方へと運んでしまう。
これを無視して俺は続けてクスイへと説明をする。あの小太り男の事を。するとどうやらクスイが知っている人物だったらしい。
「ああ、そうですか。こちらにもやはり来ましたか。遅いくらいでしたね。まあ、予想はしていましたから。しかし出合い頭にその様な・・・どうにも話が通じ無い方なのですなぁ。」
どうやら俺の予想は当たっていたらしい。まさか、と思いたかったが、どうやらサンサンでの漁業ギルドに「幻魚」を依頼したと言うあのボンボンらしい。
「各地にある「美味」を求めては現地で小さい問題を発生させていると言った話が耳に入ってきますな。自分の思い通りにならないと地位と金で嫌がらせをするそうです。あれでも侯爵家の跡取り息子だそうで。」
そんな輩にテルモは目を付けられた、と言う事か。どうにかしなければいけないか?とは思うのだが。
「なあ?それって単純に店に食べに来て貰えれば解決しないか?あ、そうだ、駄目だ。あの小太り男、テルモを雇うとか言ってた。しかも自分が宿泊してる宿で香草焼きを提供しろって。・・・メンドクセエ・・・」
俺は嫌な予感がこの時膨れ上がった。「幻魚」の事だ。直ぐにサンネルの所に行って警告をしておかねばならないだろうと判断する。
「あー、ダンガイドリの様子見に行けなさそうじゃん。この件が終わらない事にはどうにもなぁ。」
テルモの事もそうだ。あの小太りが無理矢理テルモを連行すると言った事をしないとも限らない。
「クスイ、テルモの安全をまた守るために此処に匿っておいてくれないか?うーん?それにしたってテルモ、大人気だな?前回も同じ理由で狙われてるしな?」
デジャヴである。全く同じ理由で以前も貴族に狙われているのである。コレに冗談がキツイとテルモは言い返してきた。
「堪ったモノじゃないですよ!悪い冗談は止してください!こんな風に人気を取る事になるって勘弁して欲しいですよ!」
嫌な言い方をしてくれるな、とテルモに睨まれてしまった。
「まあこの件はあの小太りに香草焼きをタンマリとご提供すれば解決するんだろ?確か飽きるまで、とか何とか言っていたくらいだからな。テルモじゃ無くて、俺が作りに行っても文句は無いだろ。」
取り敢えずはあの小太りにはテルモでは無く俺が対応すればいい。小太りは前の時の貴族みたいにテルモを無理矢理攫おうとした訳では無い。
ここは穏便に香草焼きをある程度提供すれば満足して帰ってくれるだろうと言った考えである。
「テルモ、今日は家に一度ここから戻って着替えやその他を用意。その後は戻ってきてクスイの家で待機だ。買い物した荷物を直ぐに開封して楽しむ、とはいかなかったが、ちょっとの間、我慢な?店の方は俺が最低限の部分は処理しておく。ゆっくり休め。」
こうして一度テルモの家にまで向かう。そして手早く準備と用意をテルモにさせてインベントリから買い物した荷物をドンドンと取り出して搬入だ。
「ちょっと見境無く買いすぎましたね・・・ああ、家の中が狭い、けど、幸せが詰まっていると思えば・・・でも、狭い。」
余りここに長居をしているとあの小太りがこの場所を嗅ぎつけてこないとも限らないのでテルモへと声を掛ける。
「また何かあったなら俺がもうワープゲートでテルモの家に繋げられるから。今は直ぐにクスイの家に戻ろう。」
テルモに家の鍵を掛けさせて俺はワープゲートを出しクスイの家へとトンボ返りだ。コレにテルモが「もうコレどう言って良いのやら・・・」とワープゲートを通る事に諦めを見せていた。
テルモをクスイの所に預けた後はサンネルへと小太りの事を教えるために向かう。ちょっと急いだ方が良いだろうと思って倉庫の近場にワープゲートを繋げて近道をする。
「直ぐにこうしてまた来た事に嫌な顔されたりは・・・まあしないだろうけど。ちょっとバツが悪いな。しばらくは顔を出さないって言った側から、だもんな。」
そうしてちょっとだけ気後れしながらもサンネルが居てくれと願いながら倉庫の敷地へと入る。
「むむむ?エンドウ様?どうかなさいましたかな?何かお忘れ物がありましたでしょうか?」
少々の警戒を滲ませてサンネルが俺を出迎えてくれた。これ以上は買い取るにしても資金が残っていないと言うのがあるのだろう。
でもその件では無い事を直ぐに俺は伝える。
「ああ、そうじゃない。一応は知らせておいた方が良いだろうと思った事が起きて。それを少々説明をしたいんだ。どうだろうか?忙しいとは思うが、時間は取って貰えないか?」
この俺の申し出にサンネルが「構いません」と言って事務所へと案内してくれた。
「知っているかどうかは分からないけど、小太り男が現れた。あー、いや、何だったかな、名前?あ、クスイからその侯爵家の名前聞いてなかったわ。」
ここで侯爵家、と俺が口に出した時点でサンネルがどうやら勘づいてくれたらしかった。
「侯爵家はいくつかありますが、私の商いに関係するであろう家は・・・二つ、ですかね?」
「あ、そこまで行くと話が早いのか?えーっと、そいつはどうやら美食を、な?それでサンサンで幻魚で一問題起こしてるんだ。それで、買い取って貰った中に幻魚、あったでしょ?それで警戒をしておいて欲しいと思って。その小太り男、このマルマルに居るんだよ、今。」
この拙い説明に直ぐにサンネルの顔は顰められた。
「お願いがありますエンドウ様。ブツを暫くの間、預かっていて頂けないですかな?幸いにもまだ準備をしている最中ですので、幻魚はまだあのままになっております。私が信頼する職員が二名程目にしていますが、外に情報を漏らすような者では無いので。問題が遠く去っていくまでの間、エンドウ様に保管をお頼みしたく。」
コレに「倉庫代」は出すとサンネルに言われる。しかし金は要らないと俺は伝える。
「どうにも「問題」ってサンネルが言い切るくらいには、そいつとは接触したくないんだな。分かった。金は要らない。与っておくよ。あー、サンネルがそう言う反応だと俺、会うのやだなぁ。どうしよう?」
俺の微妙な最後の言葉にサンネルが俺に訊ねる。そして忠告もしてくれる。
「はて?エンドウ様は面会の機会が?・・・気を付けた方が宜しいかと。聞き及ぶ所によると、大抵は無理難題をぶつけてくるのが大抵との事。どうにも権力を笠に着て無理矢理押し付けてきて、できないとどうやら嫌がらせをされる、嫌味を散々言われるらしいですぞ。しかもそれをネチネチと何年も、らしいです。」
そんな相手をサンサンのあの漁師の爺さんは良く撃退できたなあ、と思う。確かボコボコに最後はしてやったと言っていたが。
(あれは漁で使う網をバッサリ切られたから報復で、って事なんだろうけど。その裏には器物損壊罪との差し引きがあったのかな?)
いくら貴族であっても犯罪をした証拠を集められたら捕まるだろう。あのサンサンで小太り男が殴られた後にその後に何もしないで帰って行ったかどうかは知らないが、こうしてサンネルから聞いた話からしたら、そう易々と尻尾撒いて逃げる様な人物とは思えない。
となれば、裏でそう言った司法取引でもあったのかな?と想像してしまう。
(足がつかないやり方が下手なのか?頭が悪いのか?まあ、馬鹿なら馬鹿でそっちの方が扱いやすいか?いや、馬鹿は馬鹿で扱い辛いと言うのもあるかぁ)
貴族と聞くと何故か「狡賢い」と考えてしまっている自分がいる。そうした狡猾な部分をその小太り男が持っていないと言うのであれば俺も対応が少しはし易いか?と考えるのだが。
こうした考え方は俺の勝手な妄想であるのでこれ以上は深く考えず先入観は捨てておく。
こうしてサンネルと倉庫に入り、幻魚だけを俺が与っておくことになった。インベントリを出して俺はそこへと幻魚を放り込む。
「大事な物はエンドウ様に預かって頂くのが一番安全なようですな。コレで一安心、と言いたい所ですが、気を緩めていると足元を掬われるかもしれませんな。・・・嫌な予感がします。」
もしかしたらそのサンネルの嫌な予感とはその小太り関連ではないだろうか?とは言え、そう言った事はその時にならねば判らない事だ。俺はコレに深く言及しないでおく。
こうして俺はこの後はどうしようかと悩みながらサンネルの倉庫を出た。
(香草焼きをたらふく食わせれば終わるだろうと思ってたのに。どうやら一悶着起こるか?うーん?訪ねるのは止しておくか)
何だか会うつもりが急激に無くなったので俺は屋敷に戻って警備をしていようと思った。まあ日向ぼっこをするだけなのだが。
放っておく事ができない、なんて問題でも無かったので、俺は何か起きるまではこちらからアクションはしない事にした。
無用な事をこちらから無暗にして藪蛇、なんて目も当てられない。そう思ってふと思い出した。
「あ。あの小太り、名前なんて言うんだよ?・・・まあ、無理に知らなくていいか。コレ以上の接触が今後に無けりゃ知らなくても良い事だしな。」
帰り道はワープゲートを使わずに散歩を楽しみながら戻った。
それから翌日の事。俺は香草焼きの店に入る。下準備の為だ。今日も元気に開店準備である。
テーブルを拭き、床掃除。調理器具の点検に皿の枚数の確認など。とは言え、俺が魔法を放つとそれらは直ぐに終わってしまう。
テーブルの汚れ、床の汚れは俺が魔力をまるで水で洗い流すかのようなイメージで拡散するとあら不思議。綺麗さっぱり。
調理器具はと言えば魔力を流し、金属疲労やら、罅が発生していないか、歪んでいないかなどは直ぐに分かる。
皿の枚数は魔力ソナーで把握する。となると、開店作業はモノの数分で終わってしまう。
「明らかに過剰だなあ。早く来過ぎたな。他のスタッフが来た時にでも肉の下処理は始めれば間に合うだろうしな。ちょっと一息つくか。」
俺はお茶の準備をしようとして外の様子が騒がしい事に気が付いた。それはどうやら関係したくないあの例の小太りのようで。
「ええい!貴様らどかんか!私はここの店の店長に用があるのだ!ええい!列の横入りなどこの私がする必要などあり得ないんだ!どけ!退け退け退け!」
問題が向こうからやってきた。早い。心の準備がまだだ。しかもどうやら小太り男は普通に店に食べに来たと言った様子では無い。
それと、早朝から店の前に列ができているようで、どうにも常連客だろう者と言い争っていると言った感じだった。
「俺、コレに対応しなきゃいけないのか?絶対に面倒臭い・・・嫌だ、外の様子を見に行きたくない。」
魔力ソナーを広げてその様子を先ずは確認しようと思ってみたらいきなり店の入り口をドスドスと叩く音がし始めた。
「おい!出てこい!昨日は私の命令を無視しおって!今日は貴様を連行しに来たのだ!もし出てこないのであれば無理やりにでも引っ張り出して連れて行くぞ!」
これぞ我が道を行く、と言って良いだろう発言だ。コレにどうにも常連客の方が耐えられなかったようだ。
「おう!テメエは何様だこのデブ!さっきからこの店の料理がくいたけりゃ列の一番後ろに並べって言ってるだろうが!」
その常連客が小太りの襟首をつかんで入り口のドアから引き剥がそうとする為に手を伸ばした。
すると小太り男の護衛がその常連客の男の手を掴んで引き倒してしまう。そして地面に倒れた所を拘束してしまった。
「あちゃー、どうすればいいんだコレ・・・しょうがない。ゴタゴタを止めに入るくらいは仕方が無いよな。」
俺は魔力ソナーで店外の様子は把握していた。しかしよりにもよって喧嘩が始まってしまうのはどうにも店の評判に響いてしまう。
それにこの小太り男、どうにもしつこい性格のようで、先程から怒鳴り散らして「出てこい」と叫び続けているのだ。
こんな行為は迷惑だ。商売の邪魔であり、妨害である。
「あー、すまないが、その人を放して貰えないかな?そうで無いと貴方たちを捕縛しなくちゃいけなくなる。」
俺は店の裏口から出て行ってその騒動へと声を掛けた。コレに列に並んでいた常連客の他の人々も、小太り男も「誰だ?」みたいな顔をしてコッチを見てくる。
(おいおい、この小太り男は昨日俺を見ていただろうに。あ、マジで?テルモしか目に映っていなかったって事か?)
取り敢えず常連客を押さえつけていた護衛の男に魔力を流して操り引き剥がしておいた。
勝手に体が動く事に驚き過ぎて声も出ないその護衛の男は目を見開いて、しかし訳が分からないと言った感じで口をパクパクと開いたり閉じたりを繰り返す。
押さえつけられていた常連客はどうやら幸いにも怪我は無かったようで直ぐに立ち上がった。そして服に付いた砂を打ち払って拳を握る。
「このクソ野郎!テメエも痛い目見とけや!」
俺が引き剥がした直後だったのでその護衛の男はその一発を避ける事ができなかった。俺が流していた魔力をひっこめた直後に顔面へと拳がめり込んでいる。どうやら驚きが優先してしまっていて常連客のそのアクションに対応できなかった模様だ。
(過激すぎるだろ・・・なんだよ、かなり良い一発が入ってるぞ、アレ)
どうやらこの香草焼きファンの闇は深いらしい。目には目を、歯には歯を、とでも言わんばかりである。
「さっきから列に並べと言っているだろうが!おい、皆!コイツら袋叩きだ!やっちまうぞ!二度とふざけた真似できねえようにボッコボコにしてやる!」
俺の出る幕が何故か当初に想定していた方向とは違う方へと流れていく。
俺が止めに入ろうと思っていたのは小太り男の方であったのに、今止めなくてはいけないのは常連客たちの方だ。
「はいはいはい!ストップストップストップ!君たち!これ以上の店の前での暴力沙汰はさせないよ!もしまだやると言うのであれば店にはもう二度と入らせない!香草焼きを食べさせないよ!」
俺がそう言って叫んだ事でピタッと常連客たちの動きが止まる。俺はコレに「どんだけやねん」と呟いてしまった。
どうやら心底この香草焼きが好きな連中である様だ。こんな朝早くから店に列を作るくらいの者たちだ。どうやらこの言葉は覿面だったらしい。
「いいいい、一体貴様は何者だ!?この店の関係者だと言うのであればこいつらを何とかしろ!客の品位が最低だ!被害を被った私へ謝罪をしろ!それもこれも店の責任だ!そうだ!ここの店長を呼べ!私がこうして直接来てやったと言うのに顔を出さんとは!けしからん輩め!低俗共は私の言う事を一も二も無く聞いていればイイのだぁ!」
これを聞いた俺は「ドンダケ屑なんだろうかこいつは?」が真っ先に浮かんできた感想だった。真面目に対応するに値しない、それが俺のこの小太り男への嘘偽り無い評価だった。
「とりあえずお前さんは誰なんだ?食わせねえって事だが、そうなるとこの店のお偉いさんか?ならこいつの対応をしてくれ。さっきから俺たちの言ってる事を聞きやしねえ。」
常連客の方からも「そうだそうだ」と声が上がる。コレに大きな溜息を俺は漏らしてしまう。
しかしここで先程殴られた護衛が立ち上がって激昂し始めた。
「このクソがぁ!やってくれやがったなコイツ!死ね!」
剣を抜いた。当然貴族の護衛をしていたのだから剣ぐらいは確かに持っているだろう。だが、抜くのは御法度だ。
これを見て俺はすぐさま魔力固めを行使する。刃傷沙汰なんて御免被る。店の前だここは。評判が悪くなってしまう。
「さて、剣は収めて貰いましょうか。で、私が一応責任者なのでお話を伺いますが。当然失礼な発言をされればこちらとしても機嫌が悪くなります。何をお求めで?香草焼きがお食べになられたいなら列に並んで頂けますかね?」
俺は特段冷静になろうとして丁寧な言葉遣いから入った。まあ中身は貴族相手に慇懃無礼なのだが。
魔力固めをした護衛は俺が身体を操っておいて剣を収めさせている。またしてもコレに護衛は表情を驚愕に染めているのだが、それを小太り男は一切見ていない、気にもしていない。
魔力を相手に流してそれを操作する事で相手の身体を操ると言うのはかなりの恐怖を与えるのかもしれない。
その護衛は次には「確信」をしたのかガクブルと震え始めた。俺が剣を収めさせて直ぐに魔力固めを解いた後に。この事も視界に入っていない小太り男。
「貴様が責任者だと?馬鹿を言うな。私の調べでは此処の店長は女だ。何処のどいつだ貴様は。」
テルモの事を調べていると言うのはもうすでに知っている。そうで無ければ昨日あんな事にはなっていない。
外見や見た目などを確実に理解している上で声を掛けてきているはずだからだ。そうで無ければあれほどに確実に俺たちの前に現れてはいないだろう。もしかしたら似顔絵なんかを誰かに書かせていた可能性もあったりするか。
「見ての通りですが?先程の言葉に嘘はありませんよ。この店の経営者の一人です。店を任せているのは確かに女性ですが、それが何か?貴方が起こした騒動で店の準備が遅れて開店が遅れそうなんです。用事が無いのであればお引き取り願いたいのですが?」
穏便に、そう、穏便に。真面目に対応する価値がこの小太り男には無いと感じている。それが俺の偽らざる感想だ。
しかしここは人通りの多い場所だ。しかも常連客がこの時間からまだまだ継続してドンドンと増えて行っている。人目が多い。
(まだ客が増えるのかよ・・・ドンダケなんだよ。別に麻薬の様な成分は入っていないはずだろ?そこまで衝撃の大きな料理だったって言うのか?疑問だ・・・)
冷静な扱いができる間はこの小太り男には手を出さないで居ようと考えてはいるのだが。それも今後の相手の出方次第だ。
常連客達は増えていくし、なんだなんだと騒いでいる。ここで俺の魔法を使って撃退、などと言う目撃証言はあまり増やしたくは無い。
もう以前にこの街で「やらかし」はしているからこれ以上顔が知れても何のその、と言う感じではあるのだが、それでもこの常連たちの間に俺の顔がこれ以上知れ渡るのもどうかと感じるのだ。
この店の経営者の一人と宣言してしまっている。嘘では無い。なのでその点での接触してくる者が出てくる可能性は低く抑えたい。
そう言った問題に俺は関係したくないからだ。そう言った商売事の話はクスイに持って行って貰いたい。
「だからさっさとその店長を呼べと言っているのだ!昨日はこの私が声を掛けてやったにもかかわらず、姿を眩ませやがった!この私に雇われると言うのは光栄な事であるのだ!それを無視した罪は重いのだ!そうだ!その責任は経営者だと言ったお前にもある!責任を取れ!この店は今から私の貸し切りだ!無期限でな!」
話が通じない、それがこの場に居る者たちの共通となった。常連客はこれを聞いて「アホの子がいる」と「言葉が通じていない」とも口にしている。
小太り男の護衛が「当然だ」と言った態度で居るのが不思議でならない。ずっと護衛をし続けている古株なのだろう。これにおそらくは思考がマヒしていると思えた。
自らの守る対象がロクでも無い事を口走っているのに、それを諫めるでも無く、止めるでも無く、さも当然とばかりにウンウンと首を縦に振っている護衛。
「それは出来かねます。さて、これ以上店の前で喚き散らすと言うのであれば他のお客様の迷惑になりますのでお引き取りを。そうして頂けないと・・・実力行使で排除させて頂きますが、どうなさいますか?」
俺が先程魔力を流してその身体を操っていた護衛の顔が一気に青褪める。そしてやっとその護衛が小太り男へと小声で「ここは一先ず・・・」などと言って退散する事を提案し始めた。
人目が無駄に多くなり過ぎた、と言ってはいるが、どうにもその提案に耳を貸さない小太り男。
「貴様!私の言う事が聞けないのか!ええい!もうよい!この店を見るも無残な姿に変えてやれ!私を不機嫌にさせた罰だ!おい!やれ!」
この言葉で集まっていた客たちの空気が変わった。当然だ。店が無くなれば、お目当ての香草焼きが食えなくなるのだから。
「黙って聞いてりゃ俺たちの存在を忘れてやがる。おう、やるぞ。これ以上は時間の無駄だ。」
列の先頭に立っていた常連客がそう言葉にしたとたんに「うおおおおおおお!」と気勢が上がった。
「やっちまえ!」「うざいんだよ!」「さっさとどきやがれ!」「出て行け!」「お前らの居るべき場所じゃねえ!」「くそ共が!」「痛い目見ねえと分からんようだな!」「暫くの間おいしく飯が食えない様にしてやる!」「お呼びじゃねーんだよてめえらは!」「さっきから勝手ばかり口にして・・・」「聞くに堪えない、消えろ。」「店を壊すだぁ?そうか、ならお前はもう終わりだな?」「てめえは敵を作り過ぎた。死ね!遠慮なく死ね!」「どっごらあああ!てめえらも無残な姿にしてやんよ!」「お前もぼろ屑にしてやろうか?」「おいおいおい、お前は言っちゃなんねー言葉を口にした。お終いだよ。」
多くの罵声にやっと自分たちが多勢に無勢だと理解したらしい小太り男はじりじりとその場から後退し、額に汗を掻きつつ焦りを見せる。
「く・・・くっそ!今日の所はこの辺で引き下がってやる!しかし覚えていろよ!この屈辱は必ず倍返しだ!」
そう言って人込みを分けて店から遠ざかっていく小太り男。コレに俺は。
「あ、また名前が分からんかった。まあ、いいや。皆さんお騒がせしました。直ぐに開店準備の方を致しますので、どうかお待ちになっていてください。では、失礼します。」
取り敢えずこの場はこれで治まったと見ていいのだろう。裏口から店の中に入って俺は一つ深呼吸する。
すると先程の人込みの中に既に従業員は紛れ込んで様子を見ていたのか、直ぐに裏口から今日のメンバーが入ってきた。
「ヤバいっすね、アイツ。今後はどうしましょうか?きっとまたアレだと店に来ますよね?」
一人の従業員は不安そうにそう言葉にした。俺はコレにしょうがない、と口にする。
「俺が店の用心棒もする必要があるか。とは言え、今日はもう来ないと思うんだけどな。さて、こっちの下拵えを直ぐに終わらせるから、そっちは焼き台の火を入れて温めておいてくれ。」
ここで働く従業員は俺の事は分かってくれている。何度か手伝いに来ているので俺がこの店の者だと理解しているのだ。
「あの小太り男の件でテルモの身辺が危ないかも、って言う事でテルモには身を潜めて貰っている。代わりに俺が手伝いをしに来ると言う事で。これからしばらくの間宜しく頼む。」
俺のこの挨拶に従業員が全員気持ちの良いハキハキとした受け答えで「はい!」と声を揃えた。
この日、この後は別段何かと問題は起こらずに店は回った。しかし何と言って良いか。本当に朝から開店してずっと客が途切れ無い。
朝から香草焼きを食い、そして豪快に酒を飲む者たちが多かった。どれだけこの料理にハマっているのだろうか?と疑問が消えない。それほどにこの店にやって来る客は誰もかれもがセットで酒を頼んでいく。
「コレは早々にテルモの交代要員をクスイに見つけて貰わないと困るなあ。」
俺はずっとそう思いながらエコーキーの処理と下拵えを続けていく。注文は肉の柔らかさまでの指定ができるのでそれに合わせたものが必要になっているようだった。コレは店のサービスらしい。
そしてその「柔らかさ」に幸せを噛み締める客もいれば、食い応えを感じたい客が硬めで、と言った注文をしてきたりもする。
硬めを注文する者は大抵酒もセットでぐびぐびとやっている、朝っぱらから。俺の考え方からすると「朝から酔っぱらって仕事に行く気か?」と言った部分があるので、コレにどうにも納得いかない部分がある。
とは言え、こちらの世界ではこうした事は認知されている行為だと言うのであれば、俺から文句は言えない。
こうしてずっと本日仕入れた数を裁き終えるまでノンストップで仕事が続き、昼が過ぎて夕方頃ようやっと全てが終わったのだった。




