あちらもこちらも色々と
さて、戻って来たので俺はテルモの店に様子見をしに行く。ずっと暫く顔を出しに行っていなかったのでどうなっているかと思っていると。
「なんだこりゃ?前よりも何か・・・行列が長くなってない?そんなに人気なのか・・・」
どうやら繁盛し過ぎているようだ。店の前で並ぶ客に店員だろう女性が整理券を配っている。
「香草焼き」はオカワリナシでお願いしております。多くの方に味わって頂けるように調整をしておりますので、どうか御理解の程、宜しくお願いいたします。」
どうやら数を限定しているようだ。毎回店を開くとこの様な行列になっているのだろう。客も店員も慣れたもので、どうやらこの状況は受け入れられているんだろう。
常連客が多いようで、お行儀の良い静かなものとなっていた。しかし整理券が無くなると阿鼻叫喚となる。
「嘘だろ!俺の所でギリギリ整理券が無くなるだと!?」
「うわああああ!今日はこれをずっと楽しみにしていたのに!」
「くっそぉ!来るのが後もう少し早かったら・・・!」
「あーあ、今日は駄目だ。ヤル気がでねえ・・・」
「いつも早めに来てるつもりなのに!何で!?俺一回しかまだ食べれて無いんだ・・・また食いたいのに!」
「店に一番に入る奴ってどれくらい前に来てるんだよ・・・」
などなど、それこそ嘆きの嵐である。どうにもコレは人を増やさねばならないかと俺は思う。
(後でクスイに二号店の件を俺から言うかな?これじゃあ不満が爆発寸前だな・・・)
俺は行列を横目に従業員専用の裏口から中へと入る。すると。
「あー!師匠!手伝ってくれると嬉しいです!コレ、ヤバいんですけど!」
どうやら下拵えをしておいたとしても、処理を一人で熟すにはかなり大変な模様だ。テルモの目の前には山積みのエコーキーの太腿。
「分かったからちょっと待て。ここにある物を全部剥いちゃっていいんだな?」
それからはテルモの手伝いを十五分で全ての下処理を終える。
「いやー、助かっちゃいました。お客さんの要望が凄くて量を少し増やしているんですけど、もうどうにもこうにも対応できなくなってるんですよ。」
テルモの仕事が素早く終わったのでお茶休憩だ。このテルモの言葉に俺は質問をする。
「クスイには話をしていないのか?従業員は充分な数を確保できているだろ?それはそれでいいが、下拵えのテルモの負担が増えてるって言うのは従業員を増やすって言うのじゃ解決できないからな。魔法使いの相談はしてるのか?」
皮剥き、香草漬け、肉を柔らかくする、などと言う工程は魔法を基礎にして行っている。なので魔法をある程度使えて、そしてテルモくらいには柔軟な頭をしていないと、これの下拵えはおそらくはできないだろう。
頭が固い、考え方が古い、そんな魔法使いじゃ多分上手くは行かないと俺は考えている。
「それなんですけど、クスイさんはどうやら他の事が優先で、そっちの方は時間が余ったら、って。大分魔法薬の方が忙しくなっているみたいです。なので私、ここが踏ん張り所なのかな、って思って頑張ってます!」
「ブラックな職場にしない為にも俺が魔法使い探してこようかな?クスイにしてはこっちの方を疎かにしている、って訳では無いんだろうけど。魔法薬の方がもっともっと大変なんだろうな、俺の想像以上に。クスイは平気な顔しているからそこら辺読めないんだよな。」
テルモが「ブラック?」と俺の口から洩れた単語に首を傾げている。でも俺は別段そこを説明したりはしない。
「よし、じゃあクスイに話をして俺が魔法使いの面接に直接出向こうかな。多分クスイなら当てはあるはずだから、それを聞いてみる。テルモは引き続き店を頑張ってくれ。できる事ならテルモの仕事を肩代わりできる人員を確保したい所だけど、駄目だったら暫くの間俺が手伝いに来よう。」
俺のこの言葉にテルモは「宜しくお願いします」と頭を下げる。コレで休憩は終わりだ。テルモはササッとお茶を片付けて仕事に戻っていった。
「さて、何だかちっちゃい所をグルグルと回っている感じだな?つむじ風の皆とあちこち回る、っていう話はどうした、俺?」
今はつむじ風には俺の代わりに師匠が仲間に入ってダンジョン攻略などをしているのだろう。
俺としては今まで散々師匠に頑張って来て貰っていたので、バカンスをして貰うつもりでこうしてこちらの仕事を交代したような感じなのだが。
「こっちに居れば居たで、細かいこうした所で忙しいな。まあ、悪くはないか。俺がそもそもの大本の発案者なんだから、当たり前の事と言えるか。」
俺はそのまま休憩室でワープゲートを出してクスイの所に移動した。そうして早速クスイへとその相談をした。したのだが。
「申し訳ありませんエンドウ様。以前にまだあったその魔法使いのアテは・・・就職をしてしまいました。」
どうやらそう言う事らしい。テルモへと時間の余裕ができたら、と言ったのはコレが原因だ。
これはどうしようも無いだろう。そのアテにしていた存在がもう無いと言うのだ。探すと言った事をするならば時間は必要になる。
その捻出する時間と言うのも魔力薬の事があまりにも忙しかったので取れなかったと言うのがクスイの事情だ。
本当に言葉通り、クスイは香草焼きの仕事にまで手が回らなかったと。
「じゃあ暫くの間は俺が店を手伝うか。テルモが今にも倒れちゃいそう、って程でも無いんだが。それでも負担はかなりのモノになってる。そう言う訳でクスイは魔力薬の方に尽力してくれ。俺が向こうは助っ人に入って手伝いをしておくから。」
「いやはや、面目ない。私からもお願いします。あの店には休日も取り決めてありましたが、それだけでは足りない位に毎日が忙しいようでして。私も他の面で支えを何か無いかと悩んでおりましたが・・・魔力薬の仕事が立て続けに、という訳でして。」
これには俺が申し訳なくなりそうだ。おそらくは俺が王子様と魔力薬の件での交渉を勝手にやった事もソコに強い影響を出しているからだ。
「うーん、コレは俺が悪かったな。クスイの考えていた構想を早めちゃったか。じゃあせめて運営資金だけは焦げ付かない様にする為に金だけはタンマリと出さないとな。金で解決できる問題は全部俺が出さないと格好がつかないしな。」
俺のこの言葉にクスイに苦笑いをされる。「もうお金の方は充分に貰っている」と。
こうして俺はテルモの店をクスイの手の空く時まで手伝う事に。しかし俺はその前に金の問題をパッパと解決してしまおうと考えた。
「よし、ちょっと久しぶりだけど、サンネルの所に出向くかな?世界中を旅して見たいな、なんて考えても居たりしたけど、まあ随分と狭い所をグルグルとしているなあ?それも、悪くないんだけどな。」
自分のサラリーマン時代をちょっぴり思い出しつつも、今の生活も悪くないと思い直す。
そうしてぶらりと散歩がてら街中を歩きながらサンネルを訪ねてあの倉庫に到着する。
「ごめんくださーい。サンネルさんは居ますか?」
と俺が言った瞬間に倉庫の陰から「しゅぱ!」と言った擬音が見えるくらいのキレの良さでサンネルが現れて俺の前へと「スタスタスタ!」と小走りに即座に寄ってきた。
「ヨウコソ御出でくださいましたエンドウ様!ささ、こちらに、こちらに。」
もの凄く丁寧で、しかし早口で俺は出迎えられて事務所へと案内される。これに俺は別段抵抗する事も無い。
そうして部屋に案内されてからソファでくつろいでいてくれと言われる。お茶と菓子を秘書が出してきて「ごゆっくりしていてください」と一言。
どうやらサンネルが忙しい時に来てしまったようだ。だが俺は今日の予定はこれ以上無い。魔力薬工場の警備は別段俺が四六時中いなくても回るし、テルモの店の手伝いはもう今日の仕事は残っていないだろう。終わっているのだ。急ぐ様な用事が存在しない。
なので言われた通りにゆっくりとここでお茶と菓子を楽しむ。前回に出された時よりも高級なお茶と菓子の様だ。そのおいしさにホッと息を吐いた。
そうしているうちに十五分くらい経っただろうか?サンネルが部屋へと入ってきた。
「すみませんね忙しかったようで。今日も買い取りをお願いしてもよろしいですか?」
俺は先ずは突然の訪問に謝罪する。アポ無し突撃をしている俺の方が立場が弱い。普通は予約などを取ってから訪問するのが社会の常識だ。
その常識を破っているのが俺の方なのだからサンネルにここから蹴り出されても良いくらいの立場である、今の俺は。
だけどもサンネルはもの凄く腰が低い。
「いえいえ!エンドウ様には儲けさせて頂いておりますればこの程度!今回は出された品を全て買い取れるようにと、金はご用意しておりましたよ。ささ、今回はどの様なものを?」
こうして俺はまた前回同様にサンネルに連れられて空き倉庫に案内される。とりあえず今インベントリに入っている物を殆ど金に変えたかったのでサンネルの様子を見ながら一つ一つ取り出していく。
オーガ、ハイオーク、ドン・モーグル、まだ数が残っているビッグブス全部、それと大漁の魚とついでに幻魚。
魚関係に至っては傷まない様にする為に冷凍しておいた。まあこの他にも売れそうな物は全部出した。
コレにサンネルはまたしても顔にかなり脂汗を出してはいたが、ストップは掛けてこなかった。どうやらギリギリで用意した資金内に収まったのだろう。
「こ、今回もなかなか驚かされましたが、耐えました・・・耐えましたぞ!よっし!ではこれらを素早く捌きたいので、従業員を倉庫に入れてもよろしいですかな?」
「ああ、これで全部だ。今度何か買い取って欲しいモノを得たらまた来るよ。まあ暫くは顔を見せる事は無いと思う。ちょっと忙しい店の方を手伝わなきゃいけなくなってね。」
俺のこの言葉にサンネルは大分ホッとした表情になっていた。おそらくは俺がまた直ぐにこうして買い取りをお願いしに来ても今回出した物が捌き切れなくては買取も難しい状況だと考えているのだろう。忙しすぎる、と。
それだけ大量に品を出したのでそれもそうだと俺も思う。特にここで注目はこの魚だと思う。新鮮、獲れたてピチピチ急速冷凍だ。
海無いここマルマルではこれらはかなりの注目度を浴びる事になるだろう。あと幻魚。コレは多分問題になりかねない。
漁でお世話になったあの漁師の話を思い出す。あの問題がこちらの都市で勃発したらまた煩い事になるかもしれない、いや、何故かそうなると俺には確信があった。
あったのならばここで出すな、と言う事ではあるが、処理に困るのでここでサンネルにこの面倒を被ってもらう事にする。これくらいは受け持って欲しい。
サービスとして出した買取品を全て氷漬けにして品質保持をしておいた。これにはサンネルも「有難うございます」と頭を下げてくる。
大量のビッグブスは捌き切るのにも相当な時間と労力が必要になる。なので普通にサンネルはこの氷漬けが有難かったのだろう。
こうして俺は事務所で手続きをしてカードに入金をして貰った。どうにもサンネルが買い取り査定をした金額が用意した資金の本当にギリギリだったらしく、ここでもサンネルは額に脂汗を滲ませていた。
こうして買い取りは滞り無く済み、俺は敷地を出る。後は次にする事と言うと。
「このお金はつむじ風の皆に相談しないといけないよな。金額の幾らかは取り分が発生してる事だろうし?」
この金額を全てクスイの事業に注ぎ込む訳にはいかない。これらの金額にはつむじ風のメンバーと共に行動していた時に得た魔物を売った金額も入っているからだ。
「とは言え、もう少しだけ時間は開けた方が良いか?皆が今居る所って俺まだ行った事無しな。ワープゲートでまだ行き来できないし。」
ワープゲートは一度行った事のある場所にしか繋げられない。なので先ずはそこに俺が出向かなければならないのだ。遠出になる。
とは言え、向かってしまえばそれほどの時間は掛からない。あっと言う間に空を飛んで一飛びで向かう事は可能だ。今の俺は制御にも慣れてきて自由自在に空を飛べる。
「とは言え、今日は止めておこう。戻って日向ぼっこだな。」
俺はこうして警備へとこの日は戻って休憩する事にした。とは言え、行ってみればこちらにだって仕事は無いと言える。
もうそろそろこの警備からも解放されたいなと思っている。もっと自由にこの世界を見て回りたい。
「あ、卵食べたい。サンサンに行ってこようかな?ダンガイドリの事も気になるしな?」
こう考えると今まで見てきた土地に何かと多少は気になるモノができている。バッツ国にはラディが紹介してくれた美味い料理を出してくれるゴズと言う店主の店がある。思い出して見るとそちらの事もちょっとだけ気になってくる。
「まあ、一人で食べに行くのはちょっとな。ダンガイドリの様子は見に行くかー。」
明日の予定は決まった。魔力薬の事業展開がここから大きく広がれば、いずれ近いうちに俺のこの警備仕事も他の者に交代となるだろう。
そしたらやっと俺は冒険にまた出る事ができるようになるだろう。そうしたら最初に向かうのはつむじ風の皆が向かったダンジョンが多く存在すると言うその都市だ。
その前に明日はダンガイドリの様子を見に行っても良いだろう。それとテルモの店は明日も開くのでさっさとそちらの仕事を熟して自由な時間の確保が先か。
こうして翌日の朝。俺は早速だが香草焼きの店の方に顔を出す。するとテルモが既に先に開店準備に取り掛かっていた。
「あ、師匠!今日も手伝って貰えるんですか?・・・あー、と言う事は、やっぱり?」
「そうだな。クスイに話は聞いたけど、前にあったアテは無くなってるって。なので俺がこうして緊急でな。魔力薬の方が落ち着けばクスイが動いてくれるそうだ。とは言え、もう少し後になるな。それまでは、って事で。」
コレにテルモは残念がったが、直ぐに気持ちを切り替えた。
「師匠が手伝ってくれたなら私の負担が大幅に減りますし、今はそっちの方が良いのかな?宜しくお願いします。」
こうして朝早くから俺とテルモで仕込みをし始めるのだが、30分程度で全て終わった。これにテルモが。
「早すぎですね・・・私まだ一つ一つ皮剥きするのに時間が掛かっちゃうんですよねえ。それでも何とか最近は速度を上げて作業できるようになったんですけど。師匠みたいに香草に漬けて肉を柔らかくしちゃう手早さには到底届かないです・・・」
俺はコレにテルモの魔力の操作が上手くいっていないからじゃないかと考える。
魔力操作を教えたアリシェルと比較すると、アリシェルは自身の中にある魔力を操るのに毎日ずっと鍛錬を怠らなかった。
考えてみればテルモは店での仕事に忙しくてそう言った鍛錬をしてはいない。なのでテルモにもそう言った時間が必要なのかもしれない。
しかし毎日これだけの量をずっと処理してきたのに時間が掛かるのは一体どう言う事か?そこら辺を少し掘り下げて聞いてみた。開店準備の下拵えは既にもう全て終わらせてあるのでこれくらいの事を聞く時間は確保できている。
「あー、何だか仕事の忙しさに追われてしまって、集中ができていない、かもしれないです。改めてそう聞かれて自覚しました。そうですね、ちゃんと対象に意識をしっかりと入れないとダメだなぁ・・・」
どうやら問題が対象物への集中力が保て無い所にあるみたいで。それは店が「毎度忙しい」と言った、心に焦燥が起こるからのようだ。
「まあ保有魔力の量を上げるのもやっておいた方が良いよな。じゃあ今飲んでるお茶に魔力溶かしたから今はとりあえずそれ飲んで底上げしようか。魔力を適度に消費した後だし、効果は結構出ると思う。」
テルモがコレに「はい?」と返してくる。俺は「いいから飲んで」と言って飲むように言う。
テルモは何の事やらと言った感じで気を抜いたままに温くなった茶を一気に飲み干す。
まだまだ仕事はある。店内のテーブル拭き、床掃除に、使用器具の点検など。食器の準備などだ。
「なあ?テルモはいつもこれを一人でやってるのか?」
余りにもテルモの仕事の量がこれではあり過ぎると思ってそう心配をしたのだが。
「ああ、今日はたまたまですね。少しだけ早起きしちゃったんで。どうせなら店の準備で動いていた方が良いかな?って。ちょっと中途半端に時間が空いちゃったもので。」
どうやら心配は杞憂の様だ。とは言え、今日の所はテルモの処理する予定の仕事はとうに終わった。ならば急遽、テルモは休日にすればいい。
俺がこれを提案すると、テルモは今日働きに来てくれる予定の人員が許可をくれたら、と言った条件を出す。
「私だけそうして休む訳にもいかないです。まあ、本音で言えば休めるなら嬉しいですけど。一番大変な仕事が今日は師匠のおかげで片付きましたから。それだけでも充分ですよ。」
けなげである。ついでにテルモは「休みはしっかりと貰っているので」と付け加えてきた。どうやらクスイはそこら辺の「休日」をしっかりと導入してくれているみたいだ。
他の従業員の待遇も聞いてみた所、しっかりと休みも、かなりの高給も出して貰えているそうだ。俺が心配をする必要は無いのだろう。クスイに任せて正解だ。
こうしてテルモの開店準備を俺も手伝う。そうしているうちに今日のシフトの従業員が続々と現れる。
その全員が開店準備が全て終わっている事に驚いた。そして下拵え、処理も終わっているのを見て「は!?」と再び驚く。
「あー、君たちは今日の当番かな?こうして準備は全て終わらせてある。テルモに休日を与えてやりたいんだが、大丈夫かな?」
俺から早速従業員にそう聞いてみた。しかし反応がイマイチだ。コレは駄目だな、などと思ったのだが、そもそも彼らは俺の事が誰だか只分かっていないだけの様子だった。
コレにテルモに苦笑いされる。しかし従業員の一人が答えをくれる。
「大丈夫っすよ。これだけの事をしてくれてあれば俺たちだけで回せるッス。いつもテルモさんだけものスゲー仕事量なんで、今日は俺たちで店頑張るっす。寧ろ働き過ぎテルモさん、休んで欲しいっす。」
一人の青年がそう口に出すと、他の従業員も同じ意見なようでウンウンと首をゆっくりと深く頷かせる。
どうやらテルモは随分と慕われている様だ。なかなかに信頼関係が築けているようで何よりだ。
「良し、じゃあ今日はテルモに思う存分羽を伸ばして貰おうか。」
テルモはコレに「羽を伸ばす?」と首を傾げながらも従業員たちに礼の言葉を伝えていた。
どうやら俺の世界の「言回し」は通じなかったようだ。まあそれは今回重要じゃない。テルモがいつも休日には何をしているかが俺は気になった。
もしかすると只寝て過ごすと言うのもあるだろうし、或いはワーカーホリックなどと言った感じで仕事の事を休みだと言うのに四六時中考えていると言った事もあるかもしれない。
そんな事を考えているとテルモはいつの間にか俺の事を従業員に「師匠だ」と説明をしていた。
俺はテルモには公けの場では「師匠」呼びはするなと言ってあったはずだが、それを忘れているのか、どうなのか。
別にそこら辺を俺もきつく守れと言う気も、今はそこまで無いのでこれを放置する。テルモの説明を信じるか、信じないかの判断はそれを聞いた本人次第だ。
俺はそれに何か言うつもりは無いのでテルモを叱ると言った資格も無いだろう。
俺とテルモはこうして店を出た。そして今日これからをテルモへと訊ねてみた。すると。
「そうですねぇ。ずっと忙しかったから、お給料を使う機会が無くて。溜まっている分ちょっと高い買い物をしたいですかね。前から欲しかった物を見に行きたいです。あ、あと服も。髪も長くなってきているので切りたいです。それと他の飲食店にも調査をしに行きたいですね。ウチは主に香草が主じゃないですか。そうするとやっぱりそこに他に変化を入れたいと言うか、何と言うか。飽きられたらそこで終わりかなって思うのであともう三つ四つ、種類が欲しいんですよね。市場へ行ってもっとあのお肉に刺激を入れられる様なものを探しにいきたいですね。」
テルモは結構お喋りなのだろう。あれもこれもしたいと、急遽休みとなった今日を思いっきり堪能したいと口にした。
俺はコレに付き合う事にした。ダンガイドリの所にはテルモの買い物の荷物持ちを終えてから行けばいいだろうと思って。
そうして俺が荷物持ちを申し出たらテルモは恐縮だと言いながらも少し嬉しそうに「お願いします」と言ってくるのだった。
俺たちは大通りを行く。テルモがあっちへ、こっちへと、思う存分買い物を楽しんでいる。それに俺も付いて行き、テルモが買った品を荷物持ちだ。
「師匠、ソレどうなってるんです?全く揺れないし、もの凄い積みあがってますけど・・・め、目立ちますね。」
「今更それを言う?テルモがあれもこれもって買うからいけないんじゃないの?って言うか、積みあがって行くの気付いて無かったのか?どれだけ天然なんだよ?」
俺がテルモを「天然」だと評すると、コレに首を傾げるテルモ。どうやらこちらにはそうした表現は無いらしい。
とは言え「抜けてる」と言い直したらどうやら通じたのかテルモは恥と感じて顔を赤くしてしまう。
「いや、その、楽しくってつい。はしゃいじゃいましたね。荷物を家に置いてきましょう一度。大体買いたいと思っていた物は買えました。こっちです。」
俺の持つ荷物はインベントリに入れられるだろう。けれどもコレはテルモの買い物である。買ったんだ、と言った満足感をテルモが得るにはこうして山と積み上げられた状態の方が視覚的にもより一層に深く実感ができるだろうと思っての事だ。
まあこう言った事は余計なお世話になりかねない所もあるが。それでもテルモは別段コレに文句は付けては来ない。
おそらくは俺が肩に担いでドンドンと積み上げていった荷物がピクリとも揺れず、ズレずにある事に驚いているからだと思う。
流石に荷物を崩して地面と衝突させるのは宜しくないだろう。だからと言ってこの状態は非常に周りの視線を集めているのは事実である。
トーテムポール状態になった荷物は遠目で見てもハッキリと目立つ。そう、それがいけなかった。
「見つけたぞ!お前があの香草焼きの店の店長だな?喜べ!この私がお前を雇ってやる!私が満足いくまで香草焼きを作り続ける栄誉を与えてやろう。」
小太りの男が護衛だろう男二名を左右に連れて俺たちの進路を塞いできた。これに俺はサンサンでの漁業ギルドの爺さんの話を思い出していた。そして「まさかなぁ?」と。
「おい、先程から黙っていないで挨拶くらいしろ!この私が美味い物を食うために高給で雇ってやるんだぞ?礼の一つも言うのが筋だろうが。」
話が通じない、いや、そもそも俺たちはまだ一言も喋っていないので会話は始まってすらない。
無いのだが、一方的に決めつける様にしてその小太り男はベラベラと口を開いてそのぶよぶよな肉厚の舌を器用に動かして喋り続けている。
「おい、付いてこい。私が泊っている宿で早速香草焼きを準備しろ。」
そう言って小太り男は俺たちの事を無視するかの如くに勝手にこちらに背を向けてノシノシと人込みをかき分けて歩いて行ってしまう。
これにはあっけに取られるしかない。俺もテルモも。ぽかんとしてしまったその意識を直ぐに取り戻して俺はテルモの手を引いて脇道に入り込む。
そして即座にワープゲートを開いてクスイの店の裏につなげて移動した。未だぽかんとして理解不能状態で止まっているテルモの背中を押して無理矢理ワープゲートを潜らせる。
こうして移動したはいいが、まだまだ俺とテルモは余りの衝撃に言葉が出ない。こうして即座に移動してあの場から逃げて来たのはおそらくは正解だったと思う。
「何だったんだあれは?というか、マジで?あれってもしかしなくてもあの爺さんの「幻魚」の件の金持ちのボンボン?」
「とんだ休日になりかけました・・・あそこまで会話が成立しないって・・・って、あれ?私、思えば一言も喋って無い?・・・なんだか勝手に向こうが盛り上がってるのに圧倒されちゃって言葉が出てこなかったんですよねぇ・・・」
一方的に喋って、そして、勝手に俺たちから離れて行った。こちらの返事も聞かないで。
余りにも滑稽が過ぎると人は笑わずに呆気に取られるのだと言う事が判明した瞬間だった。




