どうにもこうにも
「お前たち、やれ!」
そんな掛け声で始まった攻撃は全て通じていない。壁には微かな傷すら付ける事ができていない。
一斉に剣やツルハシを叩きつけているのだが、一向に壁は破壊される様子は無い。それもそうだ。俺が魔力で壁に被膜を張って保護しているのだから。
「何をしておるか!さっさとぶち壊して中へと入るんだこの愚図どもめが!」
しかし暫くしても変化は起きない。なので諦めたのか目標を変えてきた。
「門をやるぞ!門に居るのはたったの二人だ!蹴散らせ!中に入ったら占領だ。各自効率良く抑え込むんだぞ!いいか?中の機材には一切手を出すなよ!」
デブ貴族はそう言って先程からがなっているのだが、俺はコレに呆れてモノが言えない。
城からの、王様からの手紙が来ていないのか、来ていても読んでいないのか?はたまた読んだ上での犯行か。と言った事も考えられるが。それにしたってこのやり方は無いだろう。
どうにもこうにも「力づく」。腐っても侯爵だろうに、手段を選べと言うモノだこれには。もしくはコレが熟考した上で出した答えなのだろうか?
「門番さん、あいつら全員中に入って貰うから、開けてくれる?そうそう、俺が全部一まとめにして片付けるから、うん、そう、だから開けてやってくれ。」
俺はそう言って門番へと開門の要求をする。ここで門を壊されるのも嫌だし、それこそ魔法で結界を張ってこいつらを通さないと言う事もできる。
できるのだが、いい加減にここいらで片づけておかないと面倒臭くなってきた。デブ侯爵はなりふり構わないつもりなのが明白なので、こちらもそれに倣って一息に終わらせてしまうのがいいだろう。
王子様からも言質を取ってある。ならばここが決め時だろう。このデブ侯爵は「要らない」。
「はい、どうも。皆さんこちらにお集まりください。お初にお目にかかります。私はここの警備担当責任者をしておる者です。この度、あなたたちの言動は「強盗」と判断し、処理をさせて頂きます。ああ、もちろん今すぐに敷地内からお出になる方は御目溢しをしますので、お早めにどうぞ。」
俺は門から一斉に入って来るそいつらの真正面に立ってそう宣言をした。コレに素直に従って門から出て行く者がいればこれを追わない、と言っているのだが。
「おい!目障りだからそいつは殺せ。こんな者に構っている時間が惜しい。さっさと片付けるぞ!」
デブ侯爵からはそう叫ばれてしまった。この間の事など忘れているのだろうか?それともあの時のショックでそもそも記憶が飛んでいるのか。
「非常に残念です。では、皆さんには痛い目を見て貰い、御退場して貰います。」
俺は魔力を広げる。そしてデブ侯爵、それとこの場に入って来ていた不法侵入者全員を風呂敷で包むかのように結界で閉じ込めた。
それをボール状に形成していく。すると結界がその形になっていく事で足場が大きく動き、中に閉じ込められた者たちが大いにバランスを崩して重なり合っていく。
巨大な透明のボールの中がぐちゃぐちゃになる。人が人に重なり、潰れ、捻じれ、押し込まれ。うめき声がその結界の中に反響する。
まるでお笑い番組の企画の様なその状態はこの世界ではワラエナイ光景となっていた。
「あー、煩いのは勘弁なので、音を遮断して外に漏れてこない様にしました。なのであなた達が何を言っているのかさっぱり聞こえません。あ、外から中へは私の声が聞こえていると思います。さて、侯爵様、降参なさいますか?とは言え、言ったとおりに貴方が今この場でその勧告に応えたとしても聞こえはしないんですけどね。では、始めます。痛い目を見てください。」
閉じ込められている者で、もうすでに痛い目を見ている者はかなりの数になっているが、まだまだ地獄を見て貰う所存だ。
この結界ボールを転がすとどうなるか?きっとそれはこの世のモノとは思えない体験ができる事だろう。
この屋敷の庭は広い。なので案内をしてやる事にする。
「さて、皆さんには私がこの敷地内を案内して差し上げようと思います。そのボールの中に入ったままで皆さんはこの庭を観察していただきましょう。では行きますよ?」
武器を持った者たちである。それらが絡まり、突き刺さり、ぶつかってきたりと、そこには既にボールが回転し一周をした時には結界内部に血飛沫が起きていたりした。ボールの内部が一部、真っ赤に染まる。
これを繰り返すとどうなるか?恐らくはもの凄い凄惨な光景が出来上がる事だろう。
俺は最初に警告をしておいた。その時に直ぐに「逃げ出そう」などと言った行動をしようとした者はいなかった。
むしろ、壁が壊せないでいて焦っていたのに、門が開いて簡単に敷地内へと入れた事で、コレに全員が「にやにや」し始めると言った具合だった。
もうこうなればこいつらは自分たちのしている行為を反省していない、と言うのと同義だ。
ならばこの世界的に見て「強盗」などと言った行為をする者に対し撃退する上で「殺害」と言った方法を採っても文句は無いだろう。法的にも対処の仕方として許される範囲だ。俺が罪に問われる事は無いだろう。
この中には家族を持つ者がいたかもしれない。帰りを待つ人がいた奴もいたかもしれない。けれども駄目だ。自分が犯罪などと言うモノをした事を、やってはならなかった事を、心の奥深くに後悔として刻んでから御退場願う事になる。
さて、今は結界ボールが転がる二週目に突入だ。一週目でアレだけヒドイものだったのだ。二週目のその被害はもっと酷くなる事だろう。
生き残る事ができるのが何名になるのか?そもそも生き残れる者は現れるか?それは当人の運次第かもしれない。
これだけの人数を詰め込んだのだ。ボールの大きさも尋常じゃないが、それでもこの屋敷の庭は広かった。
そのままぐるっと屋敷の庭を一周するために動く。一周するのだからその間にカーブがあり、所々に段差があったりと、一筋縄ではいかない難所などもある。まあ俺が魔法でコントロールして転がしているのでそう言った所もスムーズに通過したが。
同じ方向に同じ様に転がる訳では無いので、結界内は非常にヤバい事となっていただろう。どのような時にどのような動きになるのかが予想できていなければ対処はできない事だろう。
そうやって屋敷を一周し終わり、スタート地点の門まで戻ってきて、敷地外へとそのまま出て行って貰う事にして俺は門から結界ボールを蹴り出した。
そこで結界を解除する。その結末はかなり酷いものだった。血に塗れた物体だらけ。そう、多くが死んだようだ。
こいつらは洩れ無く武器を持っていた。そして門を通った時には全員がそれを手にし、剥き出しにしていたのだ。
そしてそのまま結界に包まれて、この結末だ。こうなったのは必然だったのかもしれない。
余りにも酷い光景に俺も自分のした事をドン引きしたのだが、恨むならデブ侯爵、それと自分自身を呪って欲しい所だ。
「数名は生きている者がいるか・・・それでもどうやら瀕死みたいだな。うわ、道が真っ赤に、血の池地獄だな。」
そこで丁度時間を計ったかの如くに衛兵が五十名列を為してやってきた。
「こ、これはどう言う事だ!通報を受けてやってきてみればこの光景は・・・」
やってきた衛兵たちが皆口元を押さえて気分を悪くしている。どうやらこの地獄を目にして吐き気を催した様だ。と言うか、数名が列から離れて道端で吐いている。
そんな中で微かな声が響いた。しかもどうやら悪運が強かったようだ。デブ侯爵である。
「こ、こいつを捕らえろ・・・何をしている?早くしないか!私は被害者だぞ!?デルゴリヘル侯爵だ!私の言う事を聞け!奴をひっ捕らえろ!」
息も絶え絶えに死体の山から這い出てきたと思えばいきなり怒鳴り始めた。どうやら体力はまだまだあるようだ。
しかしその着ている衣服は全身が赤黒く、汚らしい恰好で迫力は全く無い。と言うか、このデブ侯爵に最初から威厳など微塵も感じたりはしなかったが。
周囲は血の匂いが今だ蔓延している。そんな中で怒鳴るようなマネをして呼吸がおかしくならないのか?と言ったクダラナイ事を思ってしまう。
「取り押さえろ!こうなったらもうしょうがない。・・・さて、エンドウ、殿とお見受けする。この度の件の説明をお願いしても?」
衛兵隊長がそう声を部下に飛ばしていた。コレに衛兵は俺を捕まえずにデブ侯爵を拘束する。で、侯爵はコレに喚き散らす。
「何故だ!私は侯爵だぞ!?お前らの様な木っ端兵が私に触れるなど言語道断だ!ええい近寄るなぁ!捕まえるのは私では無い!そこのそいつだろうがぁ!私を守れ!そいつは私の殺害を企てた凶悪犯だぞ!殺すんだ!そいつを!今すぐにだ!」
捕まえろと言って次には殺せと命じる。言ってる事をちゃんと統一して貰いたい所だ。
そしてそんな風に抵抗を見せる侯爵を即座に衛兵は捕縛する。衛兵はたじろぎも、躊躇いもしない。良く訓練されているようだ。
どうやら話は纏まっているようだった。動きがスムーズだ。この侯爵の言う事になど衛兵隊長は耳も傾けていない。
その代わりに俺へと事情聴取をしたいと言ってくる。しかも強制連行などでは無く、任意同行だとも言ってきていた。俺と侯爵へのこの差は何なのだろか?
俺のこの疑問が顔に出ていたのか、隊長は説明をしてくれる。
「お達しが来ております。エンドウ殿に対しては慎重に、丁重に扱え、と。こうした事を本人へとぶっちゃけてしまうのはどうかと思いますが、事があったらそう説明をしても良いと、城からの指示の手紙が来ておりましてな。」
大きなため息と共に隊長は俺へとそう説明をしてきた。コレが本当ならこのデブ侯爵にも手紙が来ていてもおかしくない。
「それっていつ頃のです?デブ侯爵にも手紙が行ってたりしませんか?」
「はい、四日前ですな。我が衛兵詰所に伝令が指令書を持ってきておりますね。そしてまあ、ついでにデルゴリヘル侯爵への手紙もあるともおっしゃっておりましたよ。こちらが手紙の内容を読んだのを確認後にすぐそちらに向かうと言って詰所を出て行かれましたな。」
「じゃあちゃんと手紙を読んでいる可能性大、だな。救えねえよ、コレ。」
この短期間でこれだけの兵をかき集めたのかもしれない。金の力か、はたまた侯爵としての信用で集めたか。
城からの手紙を読んだと仮定して、こうして攻めてくると言う特急仕事をしようとしてきたのはもしかしたら城からの監視をされていない今の内、などと考えたからかも知れない。
考え方がせっかちで、そして程度が低く、自分の見たい物しか見ていない、と言った印象を受ける。本当に貴族の器じゃないだろう、このデブ侯爵様は。
もうとっくに監視を既にされていたから、兵を動かした事を衛兵に即座に「通報」などが入っている訳だが。そこら辺の機微が全く読めていないのだろうこのデブ侯爵様は。鈍い、と言えばいいのか、もしくは只の小賢しい馬鹿と言えばいいのだろうか。
手紙を読んでいない場合を考えよう。あらかじめ少しづつ準備して揃えた兵を今この時に投入、と考えるのが自然だろうか?
そうするとあまりにもお粗末に過ぎると言えないだろうか?ここの屋敷の権利者はクスイだ。力づくでここを占拠した場合、クスイが法的な処置をするとなれば恐らくは正規兵が対応するような事になると思われる。
そうなればこれを指示したこの侯爵は逃げも隠れもできない犯罪者として城から指定される事となっただろう。
この侯爵はそれを跳ね返せるほどの力を持っていたのだろうか?そうは俺には思えない。まあ、こうなってしまえば今更だ。
こうしてこちらに戦力を向けて無理矢理、などと言った方法を採っているのだ。クスイを拘束し、脅して権利を奪うと言った方法を採っていないと言う事が丸分かりである。
「私が国王陛下へと一声訴えればお前など一捻りだぞ!私に頭を下げるならば今の内だ!さあ!額を地にこすりつけろ!」
デブ侯爵は俺へとどうやらその言葉を言っているみたいだったのだが、その体勢は非常に滑稽だった。衛兵に縄で縛られて引き摺られている状態だったのだから。
いくら捕縛をしたとはいえ、相手は侯爵だが大丈夫なのだろうか?と少し心配をしたら顔に出ていたようで隊長はこう言った。
「国王陛下からの印が入った命令書が来たんですよ。侯爵をどのように扱っても構わない、などと言った内容の、ですね。私は初めて見ましたよ。国王陛下の印が入った命令書なんて。それを自分が受け取る事になるなどと、今まで夢にも思っていませんでしたね。」
どうやら侯爵は御終い、と言った所らしかった。そんな話をしながら俺は衛兵詰所に隊長と共に並んで一緒に向かっている。隊長は苦笑いをしている。
そう、俺は任意同行を受け入れて事情聴取のため、共に詰所までの道のりを同行していた。
詰所に到着したらそのまま侯爵は地下牢に一時的に詰め込まれるようだ。しかもあの汚い血塗れのままで。
きっと血が乾いたら服を剥がすのに一苦労となるだろう。肌にそのまま服が血で張り付いてガピガピになってしまっているはずだ。
そんな事をチラッと考えてから取調室へと俺は案内される。そこで別段、怒鳴られたり、叱られたりと言う事も無く、只々淡々と俺は経緯説明をし続けるロボットの様になった。
この説明に対して引き続き俺への対応をしてくれている隊長は呆れ顔に変化する。それほどまでに侯爵が愚かである事を俺の口から説明されたからだろう。
世の中を知らぬ、金と権力に胡坐をかいて座ってふんぞり返る侯爵の姿でも想像したんだろう。その隊長がした溜息は大きかった。
「奴らの中に生き残りがいないかを調べさせています。居たらその者にも説明を聞いて裏を取ります。安心してください。クスイ殿の護衛に関してはこちらから事前に人を出してありましたので問題はありません。護衛騎士殿からもくれぐれもとお願いをされていましたからね。」
アリシェルがどうやらいつの間にか話を付けていたらしい。有能だ。確かに俺は屋敷の方へと集中し過ぎていてクスイの事を考えていなかった。
全く気にしていなかった、という訳では無いのだが、それでもクスイなら自身で何とかするのでは?と言った根拠の無い信頼をしてしまっていた。これからはそこら辺の事も俺が気にかけないといけないだろう。
「では、これにて聴取は終わりにしたいと思います。お疲れさまでした。」
俺は解放された。それこそB級サスペンスドラマの様な繰り返し同じ事をほじくり返されると言った事も無い。
よほど俺は信用されているのか?と考えたが、城からの国王の印が入った命令書を受けていたんだったと思い出す。
このあっさり対応もこの街を守る者として聞かねばならない事は聞き終えたからこそ、と言った所か。コレが犯罪者への調査だったらもっと尋問もキツイものになっていた事だろう。
俺はこうして衛兵詰所から歩いて屋敷に戻った。ワープゲートは使わずに。
それは何故か?おそらくは俺は監視されている。衛兵たちにでは無い。多分その手の専門の者たちに。暗部、と言う者たちだろうか?恐らくは国から派遣されているのだと思える。
俺の魔力ソナーには敵性反応として映らないのだ。しかも感じ的に配置が俺を「守るように」なっている事がが窺えるフォーメーションだった。俺の動きに合わせて一定の距離を付かず離れず、と言った感じで見事な連携を取れていた。
俺が大通りを外れて人気の無い小道に入って来ても襲ってくる気配を見せない。なので俺はこれに安心した。この者たちが余計な干渉を俺へとしてこないなら、別にこっちも無理に彼らに接触はしないで構わないだろう。
さて、屋敷から事情聴取のために詰所に来るまでにはこの様な者たちはいなかった。聴取が終わって詰所を出てからだ、こいつらが現れたのは。
しかし俺はこれを無視した。まるで気付いていませんよ、と言った態度で道を行く。
そうして屋敷に入れば彼らはどうやら散開したようだ。おそらくはこの屋敷の内部に入る事は至難だと判断しているようだ。
それは俺が結界を張っている事に気付いていると言う事だろう。そうで無ければもっと動きが派手になっていたはずだ。壁を乗り越えようとするとか、あるいは門から中へと入ってこようとするとか。
でもこれらをしないと言う事は俺の動きを監視するうえで屋敷への侵入は無理だと決断しているのだ、あっさりと。
(さて、やる事がまた無くなったな。クスイの交渉の日までどうやって過ごそうか。まあ、日向ぼっこでいいか。別に何かこれだけはやらなきゃいけない、って事も無いからなぁ)
師匠や「つむじ風」の皆が今頃は何をしているかなどを聞きたいなあ、などとも考えたが、連絡用の魔石は持ち歩くのは無しだと言う事で彼らに持たせていない事を思い出す。
遠くと連絡が取れる魔石なんて、バレたら世間が黙っちゃいない、と言った理由でお蔵入りしているのだ。
全世界に普及すれば珍しいモノでは無くなると思うのだが、今の所コレが魔石に刻めるのは俺一人だけだ。俺はその事だけに従事するつもりは無い。
そんなのは製作に缶詰になっても数を揃えるの何て無理だと言える。と言うか、俺がそもそもそんな真似をする気が無い。
それこそ、そんなモノを大量生産したところで使い熟せる魔法使いがこの世界には皆無だと言えるだろう。やった所で無意味だ。
多分師匠くらいになれば使える事は使えるようになるだろうが、さて、それで、そう言った魔法使いを量産するのにどれくらいの年月が必要だと言うのだろうか?
これらを鑑みればそれが途方も無い事だと言うのがすぐに分かる。そんな愚かな事はする気は俺には無い。俺は自由を愛したいのだ。
とは言え、もうそろそろこの魔法薬の件も俺が心配をそれほどしないでも良くなるようだ。このままここの警備をし続ける事からも解放されるだろう。
そうしたら師匠と「つむじ風」の皆と合流して各地を一緒に旅をしたいと願う。
そんな事を夢想しながら俺はクスイの交渉の日まで日向ぼっこを満喫して時間を潰した。
そして当日。迎えが来た。それは昼前、昼食を摂ろうかなと思ったタイミングだった。
「あ、エンドウさん。クスイ様が参られました。門の方でお待ちです。」
一人の職員が俺を見つけてそう伝えてくれた。俺はそれに一言礼を言って門へと向かう。
「ああ、エンドウ様、時間の指定をしておくのを忘れておりまして。申し訳ありません急に。ご準備は宜しいですかな?」
「大丈夫だ、問題無い。行こう。あ、一言連絡しておかなきゃいけないなコレは。」
クスイが乗ってきた豪華な馬車に乗り込んで俺は「護衛」が付いている事を話す。
と、ここでこれほどに豪華な馬車をクスイが持っている事に驚いた。レンタルかな?と思ったがクスイの展開する商売上はこうした「威厳」などを出すための見た目の馬車も必要なんだろうなと察してそこは言葉に出さない様にした。
「どうやら俺に護衛・・・もとい、監視が付いてるらしいんだ。一応は何処の誰が付けているのかは知らないんだが、敵意は感じられなくてな。」
「そうでしたか。何を伝えられるのかと少しだけドキッとしましたが。ならば殿下の兵ではないでしょうか?エンドウ様はどうやら・・・まあ、言ってしまえば危険視されている模様ですからな。」
「危険って・・・俺は別に無差別に暴れるつもり無いんだけど?」
「いやいや、エンドウ様の御力を知らぬ者が無礼を働けばその被害が関係の無い周囲の者たちに波及するかも知れないではありませんか?そう言った周囲への監視や護衛の意味も入っているのではないでしょうか?」
クスイのこの言葉に納得してしまった。俺では無いのだ、厳密に言えば。見張られているのはその周囲だ。なるほどなと思う。
無暗に俺へと突っかかって来る者が出ない様に、あるいは、事が起こった後の対応や始末をする要員だと言う事なのだろう。
この馬車の周囲を今も付けてきている十名は王子様からの派遣かどうかはまだハッキリとは判明してはいないが、とりあえずは向こうから俺へと説明があるまでは放っておこうと思った。
こうして馬車に揺られる事、暫く。どうやら到着したようだ。そこは外観がちょっぴり豪華な建物。
「ここで昼食会を行う事になっております。そこでエンドウ様もご一緒にお食事を。」
どうやら俺はクスイと同じ部屋で別テーブルにて食事をするのだそうだ。
「護衛の仕事のはずなのに、飯とか呑気に食いながらで大丈夫なのか?」
「はいはい、大丈夫です。エンドウ様ならどんな場面でも私を守ってくださるでしょう?」
「まあ、守るけどな。じゃあ言われた通りに食事を楽しませて貰おうかな。」
中へと入って個室?と言って良いのか分からない程の広い部屋へと案内された。そしてそこには先にテーブルの席へと付いている二名の男性。
その背後には護衛がそれぞれ一名ずつ立っていた。
「お二人とも、早すぎではありませんかな?時間はまだまだ充分にあると思うのですが?
クスイがそう言って男たちに問う。早く来過ぎだと。コレに二名がお互いの目を見あってから同時に答える。
「そんなの決まっているではないですか!あの画期的な魔法薬ですよ!?待ち遠しくて仕方が無かった!」
「そんなの決まっているではありませんか!あの革命的な魔法薬なのですよ!今か今かと待ち遠し過ぎて!」
ハモッた。コレにクスイは苦笑いをして対面に座る。
「では、お食事をしながら契約を結びましょうか・・・」
「いや!契約をして直ぐに動きたい!食事などしていられない!」
「先に契約をお願いします!いてもたってもいられません!」
これには俺でも苦笑いをするしかない。クスイはと言うと口の端を呆れでピクピクとひくつかせている。
どうやらこれほどに食いつきが良いとはクスイは思っても見なかったようだ。
この二人の食事の方も予約を入れてあるはずなので、食材などもこのレストランは仕入れていてもう準備、下拵えなども終わらせている可能性が高い。
そうなるとソレのキャンセルなども発生したらその分の料金などもクスイが払わなければならないのではないだろうか?
二人の熱量に負ける形でクスイは折れたようだ。そしてウエイターにどうやら厨房へとお願いをしてきて欲しいと頼んでいる。
「では、契約をしてしまいましょうか。こちらが書類、とその控えです。魔法薬作りの要領をまとめたものと一緒にこちらの指導職員を派遣します。早々にそちらへと出向するように言っておきます。では、ご質問はありませんかな?」
とクスイが説明をしているのだが、この二人は熱心に契約書を穴が開きそうなほどに見つめている。その熱量で契約書が燃え上がるのでは?と言うくらいに強い眼差しだ。
クスイが契約者に不利な事を書いているはずは無いと思うのだが、しかしコレは商売をする上で仕方が無い事だろう。契約に不備が無いかを双方確認、納得の上でこうした物は結ばれるのが本来の形なのだから。
「クスイ殿・・・コレは一体どう言う事ですかな?」
「そうですねぇ?何故この様な書面にしましたか?これでは・・・」
何やら不穏な空気が出ている。もしかしてクスイが何かやらかしをしたのかと思ってクスイの方を俺は見るのだが。
「いえいえ、それはこちらのエンドウ様の方針であるのです。この魔法薬を世界に、とね。開発者の意向をそこに示しているだけに過ぎませんよ。」
一体何が書かれていると言うのか?俺は気になったのだが、それよりも俺の事をクスイがこの二人に紹介してしまった。
ギロリと鋭い視線が二人から向けられる。それには物理的に何が?と言えるような何かがあった訳では無いのに、俺の背中はブルリと震えた。
「指導職員と言うのは彼が派遣されると言う意味ですかな?」
「開発者と言う事ですが、うちにも協力をして頂けると言う事になるので?」
「いえ、指導員はうちで育てたベテランを双方に一名ずつ、という意味ですな。」
きっぱりとクスイはこれを否定した。しかし続けて彼らは質問を続ける。
「様々な案件でウチがクスイ殿の店から融通を受けられるようですが、儲けを何故徴収しようとしないので?」
「そうですよ?一定の期間の間は売り上げから数割は普通回収するでしょう?しかも材料費はしばらくの間は全てクスイ殿持ち。尋常じゃない、いや、異常ですよ?」
俺はこれを聞いてなんて契約をクスイはしているんだとゾッとした。何せケツは全部持つから商品を売りまくれ、と言っていて。
そしてその売り上げは全部お前らにやる、などと言った契約をしようとしているのだ。コレがどれだけ怖ろしい事なのかは俺でも分かる。
こんなのクスイの店が潰れる勢いだ。魔力薬の売り上げが分散するばかりになって、それでもこの二人の店の魔力薬の材料費までこちらが出す事になるのはどう考えても頭のオカシイ話だ。
それでも期間が決められている間だけ、などと言うのだからまあ少しは安心する話だが。それでもこれほどの事をクスイが申し出るのはどう言った理由か?
「先ほども言いましたがね。世界にこの魔力薬を広める、それこそ、一般の人々にも気軽に飲んで頂ける位に。私はそれを目指します。商人冥利に尽きるでしょう?」
ニッコリと笑うクスイのその顔には妙な迫力が滲んでいた。




